おまけ5 守護者契約 8
賢者の塔、中央塔22層、青の間。
天空の間とも言われるぐらい空と一体化出来るような場所。
肌に突き刺さるような濃い魔力が空間全体を支配し、其処に在るべきモノのみ導き入れる場所を作り出す。
それでも塔と大賢者の繋がりが切れ、以前より…若干魔力濃度が落ちている状態。
その為…安全性を保つ意味でフレイリアルとリーシェライルが、大賢者の知識と力を駆使した防御結界陣を…力任せに幾重にも築き張り巡らせた。
其処は前とは違う形ではあるが、鉄壁の…難攻不落の要塞とでも呼べるような場所が作り上げられる。
その自分達で仕上げた快適な空間で深呼吸をすると、国王との謁見で受けた…実際はピオとの遣り取りで被った…多大な精神的損害が少しだけ補填される気がした。
「おかえり、フレイ。お疲れ様!」
帰ってきたフレイリアルを、美しい暮れ時の空の様な色合い持つ…灰簾魔石の魔力を纏ったリーシェライルが…美麗な面に満面の笑み浮かべ熱烈に出迎える。
目の前に戻ったフレイを有無を言わさずギュッと抱きしめ、リーシェライルは腕の中に収めたフレイの頭上に…甘い口付けを嵐のように落とす。
"新婚家庭かっ!" …と突っ込みたくなるぐらい熱い思いを捧げるリーシェライルを、当然のように…何も気にせず受け入れるフレイリアル。
2人だけの世界を築いているのは確かなのだが、相変わらず微妙な温度差が有る様にも見える。
現在…リーシェライルの外見は器として使うグレイシャムであり、フレイリアルに纏い付く見た目の色合いは…銀から金へと変わった。
存在は確かにリーシェライル…なのだが、近くで見守ってきたニュールとしては…とてつもない違和感を感じる。
もっとも…本人達は全く気にする様子が無い。
魔物な心持ち状態でシラッとした表情保ちつつ…若干心配する思いと、辟易…と言った微妙な思い混ざる視点で…2人を食傷気味に眺める。
「フレイ…、帰ってきたばかりなのにごめんね。まず儀式執り行う前に…1つだけ君に決めてもらわなくちゃいけないんだ」
一通り決まり事のような…濃いい挨拶が済んだ後、リーシェライルがフレイリアルに告げる。
「次の守護者の希望…誰か望む者は居る?」
フレイリアルにとって問われた内容は想定外であり、晴天の霹靂…と言った感じの質問だった。
「えっ? 次の守護者って…必要なの?」
驚きの表情で問い返す。
フレイリアルはニュールとの守護者契約の解除…については納得したけれど、新規の守護者を得る…と言う話は考えたこともなかった。
「一応…なんだけど、決めておいた方が良いと思うんだ…」
「今後も、エリミア国王内で行動するのなら必要だと思うぞ。この国の決め事なんだろ? 下手に放置したら、国王に揚げ足取られかねないぞ」
リーシェライルの軽い返事に付け加えるようにニュールが口を開く。
今まで熱く甘い空気感にさらされ…必死に周囲に同化して居ない振りする努力をしていたニュールだったが、居たたまれないような甘さから脱した…と判断し会話に加わる。
「契約しなくても守ってくれる人を側に置けば良いんじゃない? 必要なら騙しちゃえば良いんじゃない?」
誰の影響なのか…成長したのか、さらりと悪いことを言う。
「承認を受けた守護者契約を持つか持たないかは、大地と契約した者には分かる」
「えっ?」
「大地と契約した正統なる王は、契約を判じる目を持つ…だから、偽ることは出来ない」
ニュールが大地との契約を説明する。
大地との契約で得られる、数少ない…4つ程しかないショボイ権能の1つである…承認の判別。
だが…分かるだけでコレと言った効果は無い。本当に単純に判別できるだけの効果。散々振り回された割に利益の少ない契約だった。
「それなら、ニュールがそのまま続けてくれてた方が良いんじゃないの?」
フレイリアルが一度片付き…納得した内容を蒸し返す。
「オレが手にしてしまった責務を果たすには、お前さんの隣に始終ついてるのは難しいからな」
「私との守護者契約の方が先だったもん!」
小さい子供と同じように駄々をこねるフレイリアル。
「それに関しては済まないと思ってる…。だから最大限の助力や協力を今後も惜しまないよ」
「この1年だって離れたままだけど大丈夫だったじゃない。いざと言うときに助けに来てくれれば問題ないよ!!」
以前、話し合った内容と同じ…堂々巡りに戻ってしまいそうだった。
「あぁ、そうだな。だが、今後も大丈夫かは分からない。本気で…この場所から抜け出そうとするのなら、近くで守る…本来の役目果たせる守護者を持つべきなんじゃないのか?」
少し困った目でフレイリアルに言い聞かせる。
「ニュールが良いよ…そのままだっていいじゃない…」
そのままでは先に進めないことを理解しつつ…子が親に擦り寄る様に、ただただ甘えたかったのだ…。
ニュールが何だかんだと捨て置けず背負ってしまったモノ…。
頂点に立ち導く者が壊れてしまった国の国王…とか、世界の恣意的不均衡を改めるための上位者との理不尽な契約による管理者…とか、フレイリアルの守護者…とか、ピオにとって主君であること…とか。
事の大小に構わず、心動かされた事に手を差し伸べてしまう…癖…習性。
最早、本能…と言っても過言でない様なニュールの行動。
極限で差し伸べられた手ほど、救われる者として離し難いものはない。
叶わぬ希望…と理解しつつも、フレイリアルは甘えた言葉をニュールに向けてみたのだ。
フレイリアルのエリミアでの活動…往古のモノから独立した機構の組み直しは、この1年で7割がた片付ていた。
この1年作業を続けていく中で、フレイリアルは樹海の民に偏見を持ちにくい境界門周辺の人々と…少しずつ交流してきた。時は要したが、徐々に先入観なく接してくれる者が増え…今ではエリミア国内にも少しだけ拠り所となるような場所も…人も…持てるようになった。
『あと少しだけ機構の整備に携わって皆が扱えるようになれば…此の狭く凝り固まった国から、脱出ができる』
フレイリアルは不完全ながらも、念願達成出来そうな所まで漕ぎつけた。
だが、新たな繋がりや希望を得ようとも…古い繋がりは心の支えである。
契約が切れても繋がりが切れる訳ではないと分かっていても…不安になる。
「フレイ…お前のこの1年の頑張りは知っている。周りには、しっかりとお前をみて協力してくれる者達ができたんじゃないか?」
ニュールは…不安から来るフレイの甘えたい気持ちを見抜き、巣立つ直前の子供の安寧を願い…優しく語り掛ける。
「お前は、独立してやっていける力を十分に付けたと思うぞ」
フレイリアルも褒め称える温かい言葉に、少しずつ心慰められていく。
「守護者候補としては、モーイかブルグドレフ辺りが身近な所では適任だと思うよ」
横にいたリーシェライルが、その賞賛と慰め交ざる… "親子の交歓" の様な…時の分かち合いを、さり気無く遮るようにして早々に口を挟む。
苦笑い浮かべるニュールが更に提案する。
「…若しくは解任と同時の任命を先送りにして、新たに募集するか…だな。ただし其の場合、国王側から何らかの横槍を入れられる場合が有るだろうし、その動きが如何やら活発な様だ…。だから、出来たら直ぐに決めてもらいたい…」
そしてリーシェライルが入るグレイシャムの器にチラリと視線を送り、ニュールはフレイリアルに伝える。
「…あと、アルバシェル…も選択出来る者の1人だと思うぞ」
瞬間…本気の殺意含む視線がリーシェライルからニュールに送られた。
其の視線の元となるリーシェライルが入るグレイシャムの美しい金の輝き持つ表情が、怨嗟で歪む。
サルトゥス王国の王子であり大賢者であるアルバシェルをフレイリアルの守護者にすると言う提案は、リーシェライルを激しく苛立たせた。
リーシェライルの宿敵とも言えそうな者の…守護者就任への提案…。
確実に敵認定されそうなこの提案をするにあたって、ニュールも少しは躊躇した。それでも…この先に長き時を持つ大賢者の守護者を、大賢者がこなすのは利に叶った事である。
しかも、アルバシェルならば何が起きてもフレイリアルを守り抜くであろう。
共に歩み守る他者と言う立ち位置埋めるのは、リーシェライルでは不十分なのだ。
それはリーシェライル自身が十分に把握していた。
"内なる存在は、長い時を経て同化する"
大賢者の内に導く者として存在する助言者や統合人格は、別の意識体の様に感じられるが近しい存在であり…根幹を共にする1つの存在である。
それは接点を持つ時間が多いほど同一化を起こし、他者としての役割をこなさなくなる。
ニュールの中のニュロが、自身から望んで表に現れないのは…ニュールを1人にしないために…其の時が来るのを少しでも引き延ばす為である。
大賢者自身が、真に1つの存在でしかない…と気付いた時、心痛む悟りを開くしかなくなる。いくらリーシェライルが睨みを利かせたとて変わらぬ事実であり、其の痛みを和らげるのは他者である。
其の状況を理解していても納得するつもりのないリーシェライル。
ニュールと2人だけの話し合いで、この話題に至った時もリーシェライルは苛立つ。
「あんな奴を守護者にするだなんて…それ以外にだって、いくらでも遣りようはあると思うよ」
アルバシェルの関与を徹底的に排除したがるリーシェライル。
仄暗い意図持ち…画策しようとするモノの様に目を輝かせ…言葉紡ぐ。
「同一化する前に僕の血縁者から…僕だけの器を手に入れれば完全に同調できる。そして手に入れた器との間でフレイリアルに子供を作ってもらえば…表層だけでなく、深層から移動できる。僕を産んで貰えるってことだ…生まれ変わりに近いと思うんだ…」
闇の気配にとっぷりと浸りながら、妖しく美しい微笑み浮かべるリーシェライルの姿が其処にある。
一度追い詰められて闇に落ち…器失う事になったリーシェライルには、フレイリアルと共にあることへ向けての行動に制限は存在しない。
「それはフレイ次第だろ?…欺瞞に陥るな。アイツが望まないのに実行はするんじゃない。全ての道を示した上で…アイツが選択した道ならば其れも有りだろう」
そしてリーシェライル入るグレイシャムに向き合い、瞳の奥の奥にあるリーシェライル自身の本質へ届くように…ニュールが警告する。
「オレはアイツの守護者であり、保護するモノでもある。選ぶのはアイツ自身だ…誘導もしくは強要するのならオレが止める。貴方が其のようなモノで無い事を願っている…」
ニュールは、リーシェライルの狂気の歯止めとなるべく…主張するのであった。




