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おまけ5 守護者契約 6

目の前に現れた者を認識し、フレイリアルは表情を取り繕う事が出来なかった。


ニュールからヴェステの者を何名か引き入れたと言う話は聞いていたし、ミーティからも…師事しているヴェステの者に関する愚痴を聞いていた。

いつかそう言った者に遭遇する…と言う事も理解していた。


だけど、頭で理解する事と感情は別物だと…その時思い知る。

出会った瞬間、表情も思考も凍りつき…その後は苛立ちと怒りが湧きあがり…その後悲しみと悔しさが訪れた。

ありとあらゆる悔恨の記憶が…ポツリポツリと天から降り注ぎ…涙の如く流れ落ち、ゆっくり…パラパラと…目の前に集まっていく。

そして一つ一つが持つ記憶を指折り数え思い出す毎に、再度…純粋で冷静な怒りが新たに生まれ…心の中を埋めて尽くす。


『…私はヤッパリ簡単には許せない…』


出会った被害に思い馳せれば当然の結論である。

フレイリアルの中で…強い思いが心の奥底で纏まり、一つの魔石のように固まるのを感じた。


大賢者の執務室横に設置された応接間にての謁見時、フレイリアルは憮然とした表情を包み隠さず…態度にもそのままを表す。

目の前の相手から、視線も…姿勢も…完全に逸らし…ほぼ真横を向いている状態。

その場で怒り爆発させないために選択した究極の態度だった。


エリミアとプラーデラ…合わせて全体で20名程にしかならない非公式に近い謁見ではあったが、国の代表として他国の使節に対するにしては…相当に不適切な振る舞い…とも言える。

指摘されたならば、その通りとしか言いようがない失礼極まりない行動。

だがフレイリアル自身…全く改める気は無かったし、他から強制されたとしても…修正しようもない状態。

目を合わせてしまえば…それこそ国としての品位を疑われる様な罵詈雑言の数々が、口から溢れ出しそうだった。


助けに行く道を阻み…騙した挙句に拉致し…仲間を傷つけ…散々フレイリアル達を陥れてきた者。

遊び半分かと思える程に楽しみながら陥れ…弄び悦に入る様子が、フレイリアルの脳裏にシッカリと刻まれている。

外道中の外道としか思えない様な者…フレイリアルにとっては世の中の害悪にしかならない様な者が、目の前に…プラーデラ王国の宰相ピオとして現れたのだ。


フレイリアルにとっては、エリミアで遭遇した小憎らしいヴェステの影《14》であり…サルトゥスで再び対峙した腹立たしい《五》であり…タラッサからヴェステへ向けてフレイリアルを連行した…いけ好かない隠者Ⅸである。

どの様な時…どの様な場面であっても、敵としてしか認識出来ない者。


勿論、下劣な指令を出している者…ヴェステ国王の下で動き従っていた…と言う事は理解している。

其れでも此の者が…自ら外道で魔物な諸行を楽しみつつ行っていることが、近くで接触したフレイリアルには伝わっていた。

敵対する集団の中の一人…でしかないと言うのに、フレイリアルの中でどうしようもなく昂る "許しがたい" …と言う感情が、ピオ個人に直接向かい…渦巻く。


そのような経緯を知らぬ者にとって…フレイリアルの態度は、常識知らずで恥知らずな…我儘な王女の無知で気まぐれな姿に見えたであろう。

そして此の国にはフレイリアルの事情を把握する者は、内なるリーシェラル以外…王宮に存在しなかった。


周囲の者達…特にエリミアの国王側から今回の謁見を取り仕切るためにあらかじめ送られてきていた者達…外務司る大臣と補佐官達の顔に緊張感走り、フレイリアルに向けて恨みがましい視線が送られるのが見て取れた。

場を混乱させる存在…としてしか、その者達の目には映らなかったであろう。

だが頭上に掲げた怒りの剣を鞘に戻す気は、全く無い。


『私の怒りは正統だ。決して恥じ入るべきでもないし、矛を納める必要もない』


それは怒りというより尊厳…に近い、フレイリアルにとって譲れないモノだった。


"自国王女の暴走による外交問題の勃発?!" …とエリミア側の者達は慌てる。

それでも挨拶述べたプラーデラ側の今回の使節団筆頭である宰相ピオは、どの様な扱い受けようとも…柔らかな笑顔を絶えず浮かべ…余裕持ち全てを許容するかのように振舞う。

ピオ的に…フレイリアルに対して散々遣らかした自覚はあり、御機嫌取るかのような思いも多少込められているようだ。


「今回、大賢者であらせられます王女様にお招き頂き…こうして実際お会いできただけでも僥倖…光栄でございます」


「遠路遥々お越し頂き、こちらこそ感謝致します」


「この後、国王との謁見の場に御案内いたしますが、その後は王城に移り…ゆるりと御過ごし頂きたい」


まったく反応示さぬ自国の王女を捨て置き、大臣やその補佐を務める者達が口々に歓迎の挨拶を述べる。

万人に愛想振り撒くピオに対し、フレイリアルは相変わらず唇かみしめ…顔をしかめ…瞳を燃やし…視線合わぬ場所で激しく睨みつけていた。


周囲の者たちがピオの挨拶に対応し…言葉返していく中、フレイリアルは終始無言を通す。しかも…あからさまな不快感示す表情が崩れることはなく、フレイリアルに対する周囲の不信感は徐々に広がり…不快なざわめきを作り出す。

気まずい雰囲気の中…エリミア王国の外務司る大臣の咳払いで…対応した補佐の者たちが謁見終了を宣言する掛け声があがり、言葉通り国王と対面するための次なる拝謁の場へと向かうことになる。

謁見終了後の空気感は、非常に冷ややかなものだった。


「やっぱり使えない…むしろ禍根となりそうな愚劣さだ」


「守護者繋がりで招待出来ただけだ。森の色持つ者など、所詮そんな程度」


「表に出すこと自体間違っているんだ…。恥にしかならない」


移動の準備をする者たちの口から漏れ出る、フレイリアルに対しての…見下す様な悪意に満ちた陰口。

たとえ自国の王女が不躾であろうと…継承権持ちの王族に決して持ってはならぬ、蔑みの感情と…侮蔑の悪感情が…躊躇いなく表に出始める。

険悪な雰囲気が、フレイリアルを取り囲む。


一連の様子を眺めていた…大臣や補佐の職務こなすような上位の者達も、その他の雑魚同様にフレイリアルに向ける視線はとても冷ややかで…侮りと嘲笑混ざるものだった。


フレイリアルの背後には、表面上穏やかに見える微笑み浮かべ…グレイシャムの器の中のリーシェライルが悠然と控え立つ。

だが周囲の諸行に、彫像のように張り付いた笑みを少しだけ歪ませ…ポソリと呟く。


「きっとみんな、命が惜しく無いんだね…」


其の声が誰かに届くことは無かったが、失礼な態度を取る輩どもは十把一絡げに…敵認定された。

フレイリアルに向けられた侮りの視線に対抗するため生み出した…狂気孕む惨殺予告するかのような重々しい怨嗟込められた殺意が、器が持つ金の瞳の奥に降り積もっていく。

その凍てつく殺意を編み込み…密かに高められ…一瞬で首を落とすであろう威力持つ鋭き魔力の刃が、高度な隠蔽魔力纏わされ敵認定された者達の首もとに静かに突き付けられていた。


自国の王女に対しての浅はかな行動に気付きもせぬ雑魚どもは、あと1言…余計な言葉を加えたのなら…一瞬で血の大海に自身が沈むであろう危機的状況に陥ってる…等とは露ほども理解しておらぬ様子。

その中の10名程の首に…鮮やかな彩り持ち微かな匂い放つ印が、小さな警告含む贈りものとして届けられる。

だが受け取った者達は、なぜ其のような状態になっているのか…思い当たる理由に辿り着けない。不意に現れた痛みと流れ出る暖かきものに驚愕しつつ、不思議そうに傷口に手をあて首を傾げるしかなかった。


その攻撃には高度な隠蔽が掛けられているため、一般の者達には何も感じ取ることは出来ない。恐怖で震え上がるような殺意に気付くのは、常に周囲を観察する注意深き者か…高い察知能力持つ者だけであった。

だが条件に当て嵌まりそうなフレイリアルは、相変わらずリーシェライルに対しては…ポンコツであり…能力高くても此の状況を察知出来ない。



「怖いもの知らずって、ああ言う者達の事を言うんだろうなぁ…。あんな化け物を敵にするなんて、僕には怖くて出来ませんねぇ。まぁ他人事だから良いけど、今晩あたりアイツら微塵切りになっちゃってんじゃないのかねぇ」


フレイリアルとの謁見後…賢者の塔から王宮の謁見の間へ向かう途中、フレイリアルの背後に付き従い歩き…状況静観していたピオの心の声が…そのまま口からだだ漏れる。


フレイリアルの嫌悪感を未だ一身に引き受けているピオ。


今でこそニュールの下で忠実な僕として有能に働くピオではあるが、ヴェステ王国の元影であり…隠者も務めた上に無難に生き残ってきた其れなりの強者である。

しかもエリミアの賢者の塔…青の塔奪取作戦での実行部隊の一員でもあり、ずっと敵として関わって来た。

何度もフレイリアルを付け狙い、小意地の悪い手口で行く手を阻んできた者。


比較的呑気で大らかなフレイリアルを苛立たせる唯一の者であり、不快感増幅させるような因縁の相手である。

思わず睨みつけても仕様がないぐらい憎らしい相手、気持ちを逆なでるように弄ぶ嫌な奴…としかフレイリアルは認識してなかった。


ある意味、大変に印象深い者。

嫌…という感情が高まるほど、余計に記憶に刻み付けられ…頭のなかに居座ってしまうような者であった。

フレイリアル達側の人間になった…としても、大嫌いな者であり…どこまでも腹の立つ信用ならぬ相手である事に変わりない。


警戒しまくるフレイリアルは、自国の大臣達から向けられる悪意や蔑みは気にならなくとも…ピオの呟きには必要以上に反応しまくる。

一挙手一投足が気になるし…気に入らない、まさしく嫌悪感…ではあるのだが相当に執拗だ。

ただし "執着" とも呼べそうな感情…等と口にする者がいたとしたら、間違いなくリーシェライルとフレイリアル両名から抹殺されたであろう。


「敵って何!!」


存在自体がイラつくピオが呟いた、不穏な言葉。耳にしたフレイリアルは問い質さずにいられなかった。


「おやっ、クックックッ…高貴な王女様がやぁっと口を開いて下さいましたか?」


前を歩くフレイリアルから飛び出した唐突な疑問の言葉に、ピオは揶揄う様にクツクツと笑いながら答える。

その答えを聞いただけでムカムカが止まらず闘志湧きあがりそうなフレイリアル。元気が無い時に近づくなら、気力奮い立たせる存在…丁度良い刺激になるかもしれない。

ピオと縦に並び歩き進んでいるのに…思わず立ち止まり完全に振り返ってしまいそうになるが、半分体をひねった時点で制止される。


「おぉっと、足は進め…前を向いたままでお願いしますよ。これ以上愚かな王女様に思われたくないでしょ? 愚鈍な王女様では周囲にも迷惑をかけてしまいますからね! あぁ既に相当迷惑そう…ですかね!」


「!!!!」


一瞬、顔だけピオの方へ向け…フレイリアルはキッと憎々し気に激しく睨む。

賢者の塔での謁見で、自身の状況を把握された事に羞恥を覚える。

それでもグッと言葉飲み込み、苦々しくもピオの言葉に従う。


「一応、間抜けな王女さまのために目くらましの魔力展開はしてありますので、昂らずに言葉で向けられる罵詈雑言なら受け付けられます。勿論、愛の告白でも宜しいですよぉ。あぁ、でも凄い方達に睨まれちゃいそうですからヤッパリ遠慮しておきます。首と胴体は離れないに越したことありませんからねぇ…」


先程の状況を正しく観察できた数少ない者であるピオは、周囲の魔力を探りつつ軽口を放つ。

グレイシャムに入るリーシェライルは国王との謁見する者達の中には入って居なかったが、警戒しておくに越したことはない。

あのようなモノを相手にするほど愚かでは無い。


「…まぁ、ナイショで一夜だけ…と言うお願いなら、何時でもお付き合いしますよ! 早速今晩試してみますか?」


あの恐ろしいモノが監視する気配が無いのを良いことに…羽を伸ばしたピオのお遊びは、当分終りそうもないようだ。

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