おまけ5 守護者契約 5
人の持つ本質は心の奥底に根付いている…良きモノも悪しきモノも。
研ぎ澄まされた悪しきモノを隠形の衣で包み隠し…極上の獲物を今後も自らの糧にすべく…手管として利用するために、リーシェライルはニュールの情感領域に密か踏み込み…無防備な心の背に手を伸ばす。
優しく抱くことも…突き落とすことも…意のままに…。
「まぁ、何にしても…ヴェステの国王に取りついている不愉快なアレは君に任せるよ。出会ってしまった事は今更だし、状況把握できたのは良いと思うよ。だけど、遭遇したその場で宣戦布告されちゃったのは君の落ち度…だよね?」
誰にもどうしようも出来ない部分を容赦なく突き、言葉巧みに…自責と言う名の深き沼に導き…落とし入れる。
「突然現れた相手の策略にまんまと嵌まるとかして、怒り昂ぶり…踊らされちゃったんじゃない? ちょっと…いやっ、凄く…愚か…だよね」
揶揄うような軽い口調で状況言い当てられ…その上、追い打ちかけるように…蔑みの込められた言葉をさり気無く送られる。
言葉操り出すグレイシャムの器の口の端は、狡猾な色合い含む笑みに彩られ…綺麗に持ち上がった。
羞恥に彩られた自戒する思いに浸り、返す言葉も思いつかぬニュール。
リーシェライルはニュール自身が軽率であったことを自覚させ、更なる罪悪感で塗り固め…念入りに責任背負い込ませる。
「まぁ…相談には乗るし、手を貸さないわけじゃないからさ。契約の解除には予定通り付き合うし…安心して。解任の儀は、明日の昼にでも遣っちゃおうか…」
その上、丁寧に恩まで着せておく。
鮮やかな手際で心絡め取り、抵抗する気力奪い動けなくして獲物を手に入れる。
さすが老獪なる古魔物な大賢者様。
フレイリアルの内なる存在となっても、悪辣な鋭敏さは健在である。
ニュールはリーシェライルの言葉に踊らされているのを自覚している…にも関わらず、自ら進み出た上に…自責の念を思い起こす言葉を大切に受け取る。
年齢相応の弱さ…と言うか、未だ持つ清廉潔白さの証明とでも言うのか…中途半端に良い年齢の癖に、甘さが痛々しい。
『取り敢えず儀式を行うにあたって、必要な確認だけは行わねば…』
それぐらいの正常な思考は取り戻したので、囚われている蜘蛛の巣型のリーシェライルと言う名の迷宮から完全に抜け出すため…正気に返るべく…ニュールは心の中で足掻く。
「スマン、その他諸々は…無事儀式が終わったら対応しよう。…儀式執り行うには、もう1人大賢者が居たほうが良いんじゃないのか?」
未だ自嘲ぎみなニュールはチョット面倒くさい感じではあるが、少しずつ正常思考取り戻し…建設的に問い返す。
その瞬間、リーシェライルの表情に歪みが生じる。
ニュールが発した単純な確認は、予想外にもリーシェライルへの反撃の力を持つ。
「僕が此の器を使って大賢者役をそのままやるし、繋がりを外すだけだから問題無いと思う」
一見…冷静に判断した答えに聞こえるが、次に発せられた言葉から…隠された思いが漏れ出る。
「それに…人を増やすと面倒じゃあないか…」
罠に掛かったニュールを弄び楽しみ…悦に入り浮かべていた笑みは、子供の言い訳のような言葉とともに消えていた。
人を増やし頼るとしたら…サルトゥスの大賢者。
その男に声を掛けたならば、文字通り一瞬でフレイリアルの下に飛んで来るであろう。そして、リーシェライルが絶対に近付かせたくない…近付きたくない生命力溢れる男。
その者と繋がりそうな糸が、リーシェライルに生物としての思いを作り出し…余裕を吹き飛ばす。
冷静沈着さを剥がされ、華麗で冷酷な微笑みを取り払われたリーシェライルの入る器。其処には嫌悪と敵意まる出しの…余裕のない感情をあらわにした、彩り鮮やかな不快感を面に刻み…血生臭さ漂わせる男が立っていた。
ニュールが通常状態だったなら…逆にリーシェライルをおちょくり究極の地雷を踏んでいたかもしれないが、今はニュールの気持ちも戻らず…其れ所じゃない。
「…貴方が全て取り仕切るなら問題無いとは思うが、…まぁ、良いだろう」
幸いな事に、通常路線から逸れずに遣り過ごす。
ニュールはリーシェライルの言葉を信じて良いのか疑いつつも、了承するしかなかった。
一瞬で余裕の笑みに戻ったリーシェライルは、無意識に操り出したニュールの攻撃に報復するかのように…再度魅惑的な微笑み浮かべ切り出す。
「あぁ…そう言えば…これも伝えておくべきかな…」
ニュールが同意した直後…今気付きましたとばかりに、追加事項述べようとする。
「一応…大賢者役は僕が行うけど、フレイは守護者契約結ぶ時に体内魔石ではなく彼方に繋がる魔力塊そのものと回路開き…導き…契約しているんだ。その分ちょっと繋がりが複雑かもしれないから、こっちの補助も宜しくね…」
リーシェライルは重大な懸案事項を気軽に付け足してきた。
ほんの直前まで…リーシェライルが入るグレイシャムであった器は、全てを超越するような美しい微笑み浮かべ "問題無い" と言ってた…はず。
その舌先乾かぬうちに…愉悦の表情浮かべ…言葉翻す。
『そうだ…此の御方はこう言うモノ…だった』
改めて思い出す…魔物な心持つニュールさえも翻弄する、傑物と言うか…妖怪…本物の魔物的なモノ。
お陰様でリーシェラル様の手持ち人形でもないのに、恩を着て責任背負い込む重装備へと…ニュールは着せ替えられてしまった。
まぁ…既に友人と言う名の下僕である事を了承してしまっているニュールには、文句を述べる権利は無い。
リーシェライルが万人を魅了する…高貴で此の世のものとは思えない美しい笑みを面に浮かべる時、示す感情は大概どちらかである場合が多い。
その笑みに冷たさが入ってなければ無茶振りする享楽に浸る愉悦の笑みであり…絶対零度の冷たさ持つ場合は究極の不快感込められた最終宣告もたらす笑みとなる。
そこに込められた共通する意味は、 "何がもたらされても拒否することは不可" …であると言うことだった。
器は異なれど表す意味合いは同じ。本来のリーシェライルの中性的外見より野性味の増した美麗さ持つ今の器は、本来の残忍な秀麗さを力強く際立たせる。
リーシェライルとの付き合いが長い訳では無いが…曲者の扱いに長けている自負を持つニュール。
そのニュールさえもたじろがせる。
微笑み付きの1つの "宜しく" で、10倍の厄介事を処理しなければいけないであろうことを…ニュールは覚悟する。
そして大賢者リーシェライルに、今後とも良いように使われる道への通行手形が発行されてしまったことを悟るのであった。
ニュール達がエリミアを訪れる大分前、大事変起きた後…程々に世の中が落ち着き取り戻し…其々が自身の立ち位置を模索して活動していた頃。
自重知らぬフレイリアルは、自身が置かれている政治的状況などは一切考慮せず…国内にある水の旧機構の修繕・復旧…などなど精力的に手を加えていた。
「遣りすぎは危険だよ。フレイ自身が疎まれ狙われる」
内なる状態のリーシェラルからも、注意促す声を掛けを何度も受ける。
「其れは慣れっこだよ。でも此の国を縛り付ける機構から…末端を切り離して独立させ、その後さっさと逃げちゃえば大丈夫だよ」
朗らかにあっけらかんと聞く耳を持たないフレイリアル。
過信では無く…成し遂げる能力も回避する能力も持つのだが、危険である。
エリミアの第6王女であり、賢者の塔を引き継ぐ大賢者でもあるフレイリアル。
権力争いとは縁遠くとも、中枢に在るモノ。
其れなのに…王国内の権力的均衡など何も考えずに行うフレイリアルの自由気儘な活動は "王権揺るがす行為" と認識され、意図せずに…若干とは言えないぐらいの危険視し糾弾する者達を生み出す。
国王や…其の周囲の思惑や譲歩により、利用すべく担ぎ上げられたフレイリアルは色々な意味で注目を浴びる存在になっていた。
表面上は修繕・復旧の功績称える…と持ち上げてくるが、隙を伺い…監視しながら排除の機会を狙う。そんな感じの目論見が、あからさまに透けて見える。
更にフレイリアルが修繕・復旧…と言っていた機構の改修行為は、実際には改変であり…旧機構からの切り離しと独立した新機構の再構築であった。
其れは利権求める王族が介入する余地を持つ…賢者の塔が中枢で集中管理するような往古の地下機構から導く魔力供給により成り立つものではなく、賢者の塔からの直接管理が不要な機構。
末端で解決出来る機構として、フレイリアルが新しく作り上げたものだった。
旧体制下の影響受けぬ新機構へと少しずつ変貌する事で…中央への口利きを希望する者達から恩恵を受けていた地方に居る末端王族は、状況の変化に少しずつ不満募らせる。
そして新たなる状況引き起こしたフレイリアルを目の敵にし、表から裏から手を尽くし…口撃と攻撃を強める。
「余計なことをする愚昧な異端の王女め!」
「力を手に入れたからと言って、この国の色合い持たぬ者は出ていくのが必定…」
「不正に手に入れた力を塔に返すべく、塔に繋ぎ幽閉してしまえ!」
エリミアでの樹海的な色合いへの忌避は、相変わらず健在であり…再び…過激に狙われる要因となった。
この様な不穏な空気感強くなる中、他国の国王務めるモノとして…ある程度の状況を把握していたニュール。
遠距離に在る…とは言え、未だフレイリアルの守護者として契約繋がる身。
役割果たすために直接赴き…状況確認し、守護のための措置を取ろうと考えていた。
そんな中、突如として意識下の深い領域…繋がるモノでさえ接触の有無を感知出来ないような場所から、懐かしい美麗な姿が…忽然とニュールの意識下に現れる。
「久しぶり…用件だけ伝えるよ。取り敢えず…エリミアでの件は僕に任せておいてくれるかい? 現状知ることで、彼女の自由な気質が損なわれたら悲しいじゃないか…。だから、大事にはせず害意ある者には十分反省させて内密に処分するから…ニュールは手出ししないでね」
灰簾魔石色の淡い青紫の輝きまとう…華々しくも危うい酷薄な笑み浮かべ、一方的に語るとリーシェライルは優雅に微笑み消え去った。
『この件は手出し無用…と言うことか…』
その時のニュールは…言葉通り全てをリーシェライルに任せ、どう見ても面倒な揉め事を…そのまま…有難く放置した。
結構あからさまに命狙うものが居たので…国を超えてニュールまで届いた話だった。
フレイリアル自身は全く気付いてないし、注意を促してきたリーシェライルだと言うのに…本人に気付かせるつもりは欠片も無いようだった。
極まる…鈍感っぷりと、究極の…過保護っぷり。
"どっちもどっち…関わり合いたくもない…" などと思ったことは、心の奥…勝手に入り込めない場所へ丁寧にしまっておいた。
エリミア辺境王国は、一般には閉じられた国であり自由な出入りは禁止されている。
それでも王族の招待による外交は常日頃から行われており、今回はフレイリアルの招待により急遽プラーデラの使節団が賢者の塔に来訪・滞在することになった…と対外的には伝えてある。
内密な者の訪問や真の目的を紛らわし覆い隠すために…ニュールはプラーデラよりピオを呼び寄せた。
フレイリアルが非公式に自身の守護者であるプラーデラ国王ニュールニアをエリミアへ招いたが、多忙な国務に追われ来訪出来ぬため…代わりに宰相含む使節団が来ることになった…という設定にしたからだ。
慎重に対応しながら、周囲を欺く。
一応、プラーデラの非公式の使節団が5人程でエリミアを訪問…と言う形がとられる事になった。
予定的では招き入れたフレイリアルとの謁見を最初に行い、同行する…と言う形で其のままエリミア国王との拝謁へ向かう手筈である。
目眩ましの為の使節団来訪ではあるが、疑念抱かれない様…公式な訪問に準じての日程を組んだので正式なエリミアの国王への謁見となる。
その前に、まずは前段階となるフレイリアルとの謁見…顔合わせであった。
「この度、エリミア辺境王国第6王女フレイリアル様に拝謁賜り恐悦至極にございます」
いかにも真摯な態度で…厳かに挨拶述べる使節団筆頭、プラーデラ王国宰相務めるピオの胡散臭い挨拶が厳粛な間に響き渡る。
この場で初めて使節団要員と対面する事になったフレイリアルは、自身の表情が明確に凍りついたのを感じ取るのだった。




