おまけ5 守護者契約 3
ニュールが見学したいものがある場所はヴェステ王国王宮。
他国の王宮…しかもニュールのプラーデラ王国とは、友好的関係を築く間柄…とは決して言えない国。
むしろ敵対的関係の国だが、現在は休戦中…と言った感じの関係であった。
それでもニュールは今までの因縁など気にせず、自ら向かう。
以前ヴェステに赴き勝手に登録しておいた地点へ、着の身着のまま直接転移する。
「あぁ、以前よりは大分工夫された防御結界陣が築かれているようだな…」
以前ニュールが容易に侵入してしまった分、ヴェステ王城全体に其れなりの対抗策講じてはあったようだ。
此の前より水準を上げた、数段高度で複雑な防御結界陣が築かれていた。
ただし…自身の能力活用すれば無効化も楽勝であり、難なく入り込んだニュール。
其の上で陣の改良に対し称賛…のような感想を述べたのだ。
もし…陣を築いた者が聞いたのなら嫌味にしか聞こえないであろう、遥か高みから見下ろす目線での…凡愚な者へ向けた…虫けらの如き小さな努力への…労い。
ある種の憐れみ含む様な思いであり、一切の悪気は無い。
賢者水準ならば…他者が築いた結界の中へ転移すること自体が本来不可能であり、此処までの水準の陣を必要としない。
賢者と大賢者の能力の違い、それは基本法則を無視するかの如き魔力操作能力…と内包魔石自身が持つ魔力量の差。
単純に言えば、賢者の石と…ただの魔石の差。
それによって、本来なら "有り得ない" …と言われる状況が作り出される。
「こんな厳重に結界張り巡らされた城の深層に問題なく侵入している時点で、向こうにとっては工夫云々以上の大問題だと思うんだがな…」
相変わらずのニュールの化け物っぷり溢れる魔力操作を目にし、思わず呆れるしかないディアスティス。
此のあっけない他国の城への侵入は、それと同時に感知されないためのあらゆる魔力が展開されている状態にもなっていた。
「流石ニュールニア様、美しく完璧で理想的で完全無欠の転移です。貴方様の御目を汚すように存在した、こんな玩具の様に薄っぺらな結界を褒めるのは止めて下さい。匠の技お持ちになる我が君に太刀打ち出来る者など存在しないのは当然ですし、秀逸な貴方様を阻もうとすること自体が烏滸がましいのです。ですから此のような児戯に等しき技に、評価を与えるなどと仰らないで下さい」
ピオは聞くのも面倒臭くなるぐらいの称賛の言葉と視線をニュールに捧げながらも、周囲を警戒すること怠らず…話を持ち込んだ者として目的地まで誘導する。
陣が発見されたのは、謁見の間横に設けられた控えの間からだ。
丁度ニュールが最初にヴェステから脱出し…エリミアに逃れた頃に見つかったらしい。
控えの間の改修行うために壊された床から発見されたのだ。
「これが其の陣です」
ピオが指し示したモノは直径2メル程の魔法陣であり、あらかじめ聞いていた通り…一見しただけでは目的を図りかねるモノであった。
部屋の改修時一部壊してしまったような痕跡はあるが、陣として魔力流れるまでに修復されてはいるようだ。座標が特定の場所に繋がっているのは分かるのだが、それ以上でもそれ以下でもない。
陣を築くのに使用されている魔石で半永久的に持続しそうな構造をしているが、これと言った働き持たなそうな陣なのである。
実際に触れて確認してみても、特に魔力が動き新たなる現象起こる気配も感じない。
「確かに座標が刻まれているが、魔力を流し込み動かしても何の働きも起きないか…」
自分の体内魔石や手持ちの魔石の魔力を使っても陣が動き始めることはなかった。
「作動させる…と言うより、魔力送り込むためのもの…」
更にニュールは触れた陣の座標を読み取り気付く。
「?? この場所は…」
ニュールが何らかの気付きを得た時、隠蔽や静穏、探索に防御…騒動起きぬように広げていた様々な魔力に…無理矢理押し入るように干渉しながら入り込んだモノが現れる。
「久しぶり…になるのかな?」
そこには名乗らずとも知った顔があった。
此の城の主であるヴェステ王国国王、シュトラ・バタル・ドンジェが立っていた。
生粋の王族らしい優雅な仕草で微笑み、ゆるりと…たおやかな風情で入口から声を掛けてきた。
ゆるゆると…余裕持ち歩み寄ってくるが、その動きに無駄は無い。ニュールの前に自然とピオとディアスティスが壁を作る。
高貴なのに一見人懐こい無邪気な行動…に見えるが、ヴェステ国王に一分の隙もない。
そして何故か敵意は無い、だが勿論…好意もない。
友好的な笑顔で打ち解け近づくが、空虚な瞳の先に空っぽの思考が存在する。
「確かに久しぶり…だな、その器とは…」
「さすがに君の眼はごまかせないよねぇ」
「なぜお前が其処に居るんだ?」
ニュールの表面上の様子は沈着冷静であり…さざ波一つ無い…感情の動きの全く感じられぬ状態だった。
むしろ相手に負けず劣らず、虚無が巣食うが如き空洞感…スッポリ抜け落ちたような漆黒の闇を抱えているかのように一見見える。
だが察知する能力のある者は気付くだろう。
その薄氷の下に、圧し殺すように隠した…寒気催す程の憎しみがニュールの奥底から渦巻く様に湧き上がってるのを…。
連れの2人…相当な強者であるピオとディアスティスでさえも、ニュールの内に潜む尋常ならざる殺気を感じ…背筋に冷たいものが走り意識が凍り付く。
「願いの代償として肉体を受け取ったんだ。彼は魂の自由を求めていたからね…」
気軽に気楽に返答しニュールの殺意を受け流すモノ。その返答でニュールの気持ちを一気にザワつかせ、秘めていた憎悪を表面に浮き上がらせる。
ニュールの前に立つのはヴェステ王国の国王の器持つが中身は別物だった。
中身は…あの日、大地創造魔法陣を動かしたモノ。
全体の意思を表す個であり、無限意識下集合記録が持つ人格…グレイシャムの中に入っていたモノだった。
「人を馬鹿にする様な契約結ばせた上に、早速の契約不履行か? 遣りたい放題だな…。所詮そのような低次元な存在だった…と言うことか」
ニュールが吐き捨てるように、次々と怒り持つ蔑みの言葉を叩きつける。
「そんなに怒んないでよ! これは君らの契約とは別口…この体の主との契約だよ。それに此の器の主だった者との契約や…君達との契約に縛られているから、自由に干渉は出来ないんだからね。基本的に情報取り入れるための目としてしか使えないんだから安心してよ」
一切悪びれずに…却ってニュールを責めるかのように状況説明する。
「幾らでも言いようがあるな…」
「本当だよ。此の器の持ち主が希望した、この国が現状維持出来る位の…程々な感じの発展と人々の安寧。それが、我の活動範囲だよ…」
いくら彼の地のモノが問題ないと訴えても、凍り付いたニュールの心は動かない。
簡単に当然の様に主張するそのモノの存在自体が、ニュールにとって納得がいかないのだ。
だが、そのモノは更に主張を続ける。
「我が、器との契約によって維持すべき状態を保てるならば…其れ以上は望まないし、他に干渉するつもりもないよ」
楽し気に微笑みながら、人外の…世界の外から入り込む意思は述べる。
「我が此処に在るための契約は、この器との間で交わされたもの。つまり器滅びれば、完全に我らの側からの干渉は消える…」
相手の望む先を描き叶えるかのような…誘惑する言葉操り…自身の望む未来へ相手を陥れようとする。
「この器を滅ぼす努力…してみるのも一興だと思うよ。我もこの世界での戦いを生身で感じてみたいのだがなぁ」
余裕の笑みを浮かべ、ニュールを煽りソソノカス。
「今スグ…此の場でお前を叩き潰したい衝動に駆られるが、即行動を起こすほど短慮じゃあ無い」
元々遭遇した時点より、ニュールは隠し切れない怒り秘めた状態ではあった。
それでも多少煽ったくらいで高ぶり、理性捨て去るほど浅はかな若造でもない。
「詰まんないなぁ…一触即発な状況からの戦い! …って展開、憧れちゃってるんだけどなぁ」
引き続きふざけたことを言う、ヴェステ国王の振りして入り込むモノ。ただ自身の思うままに物事が進まぬこと…に対し、小さな不満を漏らす。
『この中身は…間違いなく様々な場面で遭遇した、状況だけを楽しむアノ刹那的存在だ』
ニュールは心の中で再確認する。
「まぁ、お楽しみは先送りにしておこうかな。でも折角此処まで来てくれたのだから、我から2つ程…小さな贈り物をしよう」
そして世界の理を選択する場に現れたモノのように、平然と高慢に…さもニュールが提案受け入れ了承したかのように押し付ける。
「一つは答えを贈るよ…君の求めるものはソノ陣と繋がっている。まぁ君ならもう謎は解けてるかもしれないけどね! おまけ情報として…陣なくとも求めるものは得られる…と伝えておくよ」
ニュールが必要としているモノを的確に把握し情報を贈る。
如何にも素晴らしい贈り物を届けた…とでも言いたげなドヤ顔で、ニュールの表情を確認しながら次なる贈り物を広げて見せる。
「もう一つは…此の器の我と…我が国との闘い持つまでの猶予を、あ・げ・る。だからシッカリ準備しておくれ。すぐ倒されちゃったら面白くないからさ」
黙って聞いていた3人を…順繰りと見やり、純粋に喜び表すような笑みを浮かべる。満足のいった表情で…とても嬉しそうに勝手な主張を繰り広げ、唖然とする内容を吐き出すのだった。
「…何を馬鹿なこと言って…!」
余りにも傍若無人な展開作り出すヴェステ国王の仮面被るまがい物に対して、思わずディアスティスの口から呟きが漏れていた。
「あっ、君…ディア…我の旧友だったよね。…意外と筋肉だけじゃなく脳味噌も使ってる側近…とでも言った方が良いのかな? 猪突猛進な青の将軍よりも使い勝手良さそうだったんだけどなぁ…。我の後宮にも入れそうなぐらい美しいしね!」
ディアスティスに向かいヴェステ国王シュトラが微笑む。そして次に黙って控えていたピオにも向かい話しかける。
「君も影とか隠者とかに居た、残忍な変わり者のくせに何だかんだ良く働くヤツ…だよね? ちょっと執着心の強い面倒さはあるけど、完璧に仕事こなすだ優秀さがあるんだよねぇ…」
此の不作法な物言いに対し、怪訝な表情浮かべ殺気放つ2人。
だが、シュトラの器操るモノは気にもせず言葉続ける。
「君らは脅しや利益では動かないだろ? 比較的我らの思考に近い、興味や面白さで動く者。ならば再度こちら側に戻って来ても問題ないんじゃない?」
軽い感じの誘い言葉に、2人は即答する。
「望まぬ勧誘…とは不躾さが甚だしいですね。ご理解頂ける脳味噌をお持ちだと良いのですが、自身で望んだもの以外からのお誘いは不快なのですよ。たとえ貴方が何者であろうと、提案されるだけで何だか汚らわしい気持ちになります」
「そうだな…これは自分自身の矜持でもある。軽々しく扱われるのは厭わしいな…」
予想外に提案された、再勧誘のような引き抜き。何一つ考慮する余地なし…と、ピオもディアスティスもキッパリ撥ねつける。
「残念…交渉決裂か、早速負けちゃったねぇ。周りから攻め落とすって良い手だと思ったんだけど、やっぱり上のモノが君みたいな人だと一筋縄ではいかないんだね。我の周りも結構面白くなっていると思うのだけどなぁ…」
ニュールに向かいシュトラが愚痴の様な感想述べる。
ピオの…相手見下し蔑むような発言や視線、ディアスティスの信念に近い重々しい返し…それらを受けても、全く残念では無さそうに残念と呟くモノ。
「この場では諦めるよ。次に仕掛けた時にでも会おう!」
楽しそうに別れの挨拶を告げ、来た時以上に呆気なく立ち去るのだった。




