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20.巻き込まれた現実

「フレイリアル様は大層な守護者候補を得られ重畳よな」


高出力の結界を展開したニュールを見てエシェリキアは憎々しげに呟く。

そして笑いながら言う。


「それもまた、殺りがいがあると言うのかのぉ」


『コイツあっち側に行っちまってる…』


あっち側…思い込みによる信念や心酔するモノを持ち、そのためならば手段も何もかも選ばず、それが手を血に染める様なことであっても躊躇なく実行へ移せてしまう…そんな奴の事をニュールはそう呼んでいた。

特殊な環境に居たとは思うので、度々そう言う輩に遭遇した。

自分もそちらへ行ってしまいそうな事も沢山あったがニュールは踏みとどまりたかった、自分の糧となる暖かい思いをくれた人々のためにも。


エシェリキアはこの悪しき者の粛清を計画した時、サランラキブにかつての失敗について諌められた。


「自分の手を汚した実感を持ちたくないが故の魔力攻撃で、息の根を止められるわけないじゃないですか」


サランラキブはエシェリキアの顔をじっと見つめながら微笑む。悪意を塗り込めた手で誘惑するように甘く手招きし導く。


「エシェリキア様は決断出来る方です。国の禍根となる輩を切り捨てることは雑作もないはず…此の機会を有効に使ってください」


自尊心を擽られる様な甘言に踊らされ、その特別な魔石を受け取ってしまった。

エシェリキアはもう引き返せない橋を、背中を押され渡らされてしまった。


エシェリキアの取り巻きの一人が、国王しか持つことの許されていない金剛魔石を取り出した。


その力は魔輝石を除く通常の魔石の中では、最高出力の魔力を導き出すことができ、個人で展開する程度の結界ならどんなものでもほぼ破壊できると言われている。

厳重に管理すべき魔石であり、各国とも中枢を担う者のみに許された魔石である。

そのため管理体制は全ての国で共通であり、この国でも無断で所持するだけで逆心ありと断じられるような魔石だった。

その魔石は現実として今ここにありフレイ達を狙っている。


「あの魔石で結界を破壊されたらヤバイぞ」


ニュールは後ろで戸惑う三人に伝えた。


「まずはここを脱出する…逃げるぞ」




ニュール達を襲撃してきたのは3組の儀式参加者。エシェリキア、アズリノ、イソラだった。この3人が懲りずに毎回フレイリアルに仕掛け倒れていた者達だ。


「今回はこれがある」


エシェリキア達は、あらかじめ時間より早く控えの間で落合う事を決め、計画の申し合わせを行った。

そこで掌に乗るソレを見せられた時、アズリノ達を驚きと興奮が襲う。


エシェリキアが見せてくれたのは金剛魔石。


中枢に携わる者しか持てない特別な魔石。実際、この国なら王と王妃しか持てない魔石が其処にあった。

  

「今この手に有ることが我らが正義であることの現れ、今回は戯れは無しだ」


エシェリキアは強い思いの籠る口調で告げた。

その輝きを秘めた魔石を見つめ崇高な気持ちになったアズリノはエシェリキアに申し出た。


「ぜひ私に、その魔石を帯び任務に当たることをお命じ下さい」


「許す」


「有り難きお言葉、痛み入ります」


大差ない序列の並びにチョットした格差が生じた。



ニュールは金剛魔石からの魔力に対応するため、反射結界を作ることにした。


普通の結界で対応しきれない魔力でもコレでしっかり受け止めることが出来れば反射できる。欠点は対応範囲が狭いことと、今の手持ち魔石が本来はそれに向いてない事であった。だがニュールは、ごく狭い範囲に集中させて小さいが強度のある反射結界を築いた。


その魔力を練り上げる刹那に思い起こす。


ニュールが砦で訓練と雑用をこなしていた頃のこと。

余った時間で一人訓練をしていると、雑用を良く出しやがるオヤジが口から煙を吐きながら遠くからボーッと暇そうにこっちを眺めていた。ソイツは突然近づいてきて、勝手に話始めた。


「おいっボウズ、魔力ってのは練るって言うけど粘土みたいに捏ねくり回す訳じゃねぇ」


その砦のオヤジはニヒッと下品な笑いを浮かべながら何やら両手で違う物をこねくり回す動きをする。不思議そうな顔をする子供のニュールに諦めて話を続ける。


「流れを捕まえて方向とか勢いを少し変えてやるだけさ」


そして手元の生活魔石から魔力を取り出し、結界を作る。


「無理矢理は良くない、それは女もだけどなっ」


そのオヤジはまたニヒッと笑う。どうやらソッチ方面の話題の時出てしまう笑いだったようだ。相変わらずの無反応なニュールに諦めて続けた。


「方向付けさえできりゃ、向き不向きはあるけれど全ての魔石から望んだ全ての魔力を取り出せるぞ」


ニュールの目を見ながら続ける。


「普通の結界と反射結界の作用は似ているけど違う魔石を使うだろ? だけど、やろうと思えばどっちからだって最高の魔力を練り上げる事はできるんだぞ」


そう言って広げた手のひらの上に乗る十字魔石を見せた。

普通の結界を作るのに初心者が良く使う魔石だが、そのオヤジはそこから高出力の反射結界を練り出した。


「ついでだが、結界と反射結界は似て非なるものだから忘れるな。反転した魔力は結界が弾く魔力と違って純粋に勢いを増すから最初の5割増しだぞ」


ニュールは一連の話を見聞きして、チョットだけオヤジに感心したのだった。

そのオヤジとは、また別の場で出会うことになった。



ニュールが作り出した反射結界は、最高強度である金剛魔石による鋭く研ぎ澄まされた魔力に破壊された。

だが、その魔力はしっかり反転した。

破壊された反射結界は、その役目をしっかり果たしていた。

攻撃は攻撃した者に帰り着き獰猛な牙を剥く。

反転したそれは、魔石から魔力を導きだしたアズリノの大腿を撃ち抜き阿鼻叫喚の叫びをあげさせた。裂けた大腿より波打つ様に迸る生命の息吹が残酷に流れ行く。


初めて目にする華やかな色合いに染まる光景にイソラは怯え愕然し、その場に座り込んだ。あちら側に行ってしまったはずのエシェリキアも現実を実感し、揺らぎ固まってしまった。

それぞれの守護者候補も同様にその状況に対応できず慌てふためくだけだった。


サランラキブは、エシェリキア達がフレイリアルに向かっていく時から少しずつ気配を消し、最後尾より少し外れた場所で控えていた。


結局3度目の失敗をした上、手痛いしっぺ返しまで受けてしまい茫然自失となった者達を目にし皮肉な笑みを浮かべた。


「使えないお坊ちゃん達ですね」


小さく吐き捨てるように呟く。


「この場面展開は潮時ですかね」


その後ろに控える影と共に更に存在が霞んでいき、その室内から気配が消えた。

塔へ続く王宮の大廊下を楽しげに歩くサランラキブ。


「さぁ、そろそろ素敵な主要会場が出来上がっている頃ですね」


影は相変わらず無言で控える。


「今回守護者候補の代役、有り難うございました。候補者No.4クンが予想外に手酷くやられちゃいましたからね」


サランラキブは賢者の塔に向かいながら少し疑問に思ったことを自身で確認するように呟いた。


「あの、坊っちゃん達が毛嫌いするお嬢さん…その守護者候補の年長者の方、何処かで見知っているような気がするのですが…」


中央広場の催しでフレイリアルを襲撃し、ニュールに返り討ちに合った候補者の事を思い出し少し気になったせいかもしれない。だが、何だか見かけた姿である気がして独り言のように呟く。


「よく覚えてらっしゃいますね~《三》ですよ」


珍しく影から反応があった。


「?」


「《一》《ニ》を廃して逃げ延びてたらしい、元《三》です」


サランラキブはその影の言葉で思い出した。


珍しく研究所中庭に展開していた赤の将軍の元へ、あの御方が直接赴き何か交渉している事があった。その時、熱い瞳を向けてある男を指差す姿を見かけたのを…。


あの御方が執着している感じの男の事が気になって、研究所で勉強の合間に窓からじっと観察したのを思い出した。

男は赤の将軍の後ろに控え、口だけを曝す面体を着けていた。

声を掛けて下さったありがたみも理解せず、ふてぶてしい雰囲気と小馬鹿にする様な口元をあの御方に向けた。

それだけでも十分腹立たしかったが、あの御方が注目したと言う事実がサランラキブの奥底に眠る嫉妬の炎に油を注いだ。

何者か解らないと言う謎は余計にサランラキブの中に嵐を吹き荒れさせ、心掻き乱し暫く煩わせることとなった。


「そうか、奴か。あの御方がが欲しがっていた玩具。私が提供したら喜んで下さるだろうか…」


「オレが協力させてもらいますよ…」


ほぼ、御意しか述べないような影が酷薄な笑みを浮かべ申し出る。


「生きてれば良いのでしょ?オレが捕らえさせて頂きます」


「?」


「こーんな仕事してますけど、オレ筋を通すって言うの好きなんすよ…ちょっと元《三》に筋通してもらいに行きたいんです」


その爬虫類的な何処を映しているか判らぬ金の瞳が、暗い愉悦を宿らせ光っていた。

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