おまけ4 振り出しに戻って進もう~ミーティとモーイの第一歩 10
語り部の長、ミーティの祖母アクテが暮らす家まで辿り着く。
ミーティが幼い頃より何度も訪ね遊んだ、自分の家とも言える温かい場所。
集落では嫌な対応受けることもあったが、此処では決してその様なこと無く守られていた。
今、その家の灯りは消えていた。
今まで集いがある時期に集落を訪れることは無かったので、初めて遭遇する状態である。
「誰も居ないんだな…」
訪ねていくたびに元気良く朗かに迎えてくれた祖母アクテは、今…此処に居ない。
アクテの家は、いつも住人以外の誰かが居るような…活気ある場所だった。
世話役をしていた語り部の長を補佐する者達や他の語り部達が頻繁に出入りしていて、絶え間なく訪れる人々と明るい笑顔がこぼれる優しい時が流れる空間である。
今は冷ややかな静寂が包む…動くものの気配を感じぬ、時を刻まぬ場所になっていた。
「語り部の方々や補佐をする方々は、集いのある期間中は皆さん聖域へ向かう為の館で過ごされてます」
先程は怒り昂ぶり…ミーティに憤りぶつけ糾弾するような発言をしていたラオブだったが、その様な言動したとは思えないぐらい…平常心で案内を続けている。
ミーティはラオブに責め苛まれ…意気消沈していた。
反論することもなく、無表情にただただ受け止めている様子だった。
モーイは、その状況分析しつつ静観している。
「今現在、語り部の方達は、集い…記憶の共有を進めている最中だと思います。手順としては…再共有がなされた後、語り部の長より次期長に深部の記憶の譲り渡しを行うと聞いてます」
その後もラオブは泰然と…案内と説明を続けている。
儀式行っている聖域は、集落の外周壁…結界の施してある壁の外の離れにあると聞いていた。
最初、アクテの家に寄ったのは、何かを確認するためだと思っていた。だが、ラオブはアクテの家の門をくぐり、そのまま中庭へ進む。
アクテの家は、集落の長の家と同様に色々な者達が滞在できるような作りになっていて、母屋には程よい広さがある上に何棟か大きめの離れも備えていた。
勝手知ったる他人の家…といった感じで、ミーティ以上にラオブは堂々と離れの方へ向かい迷いなく進んでいく。
向かうのは離れの先になるようだ。
其処には樹海の中では珍しい…瓦礫積み上がる荒れ地と、その中心にポツリと小神殿…お社が設置されていた。
子供の頃アクテやイラダから決して近づくな…と何度も言い含められた区域である。
その頃、今と大差のないミーティは、勿論やんちゃ坊主であった。素直に言いつけ守ることなど滅多になかったし、好き放題の悪ガキだった。
まだ集落の同年の子供達とも楽しく遊び、禁止された区域の探険にも皆で出たりしていた。
子供らしく、言われれば言われるほど約束を破ってみたくなり…言いつけ破り何度もこの区域に入り遊ぶ。瓦礫といっても崩れ切った砂利のような状態だったので、特段興味を引かれるモノは無かった。それでも秘密な感じが楽しくて…行くだけでワクワクする。
何度も立ち入り禁止区域に侵入していた。
そして、何回目かの探検でお社を見つけた。
丁寧に結界陣を施され、隠蔽と防御の魔力を纏う小神殿。
非常に気になったので…侵入を試みた。その過程で、結界に触れてしまい…侵入したのがバレて…こっ酷く怒られた。
広大な庭の草むしりと、歴史書の書き取りと、3の月程のおやつなし…それが与えられた罰だ。
地味にもう一度やりたくないと思えるものだった。
ミーティにとっては興味以上の重い罰であり、それ以降は近付かないようにしていた場所である。
「あそこから語り部達のいる場所へ移動します」
ラオブが指し示した場所は、そのお社だった。
普段は結界が施され侵入出来ないようにしてある領域。それなのに今日は結界が解除されている上に、お社の扉が開いていた。
ミーティが子供の頃、何があるのか知りたくてしょうがなかった場所。
だが、お社の前に立ち中が覗けるようになっても何か特別があるようには感じられなかった。
「聖域って集落外にある館なんだよな…」
独り言の様に確認の言葉を呟くと、ラオブが再度答える。
「ここにある転移陣で目的地まで飛ぶことが出来ます」
そして防御結界陣に登録された者として、魔力のせ解除するための…切っ掛けの音を扉へ送る。
「解放」
魔力を纏った其の言葉は鍵となり、隠蔽が解かれ空間を繋ぐ転移陣が顕になる。
「この先に皆さんいらっしゃいます」
そしてミーティ達はラオブに付いて行く。
『通過型の陣って、黄の塔を調べているときに何度も通った奴と同じか…』
ニュールが黄の塔を手に入れ調査した時、調査中に扉に施された魔方陣を何度も通過した。
通過する度にもとの場所へ戻っていたり…予想外の場所に移動していたり、まるで幻覚操る魔物に化かされたかの様であった。
「設置型の魔法陣とは違い空間に魔法陣描くのは、結構な技術と魔力が必要なんだ。空間に浮遊する魔石を凝集させた上で描き、固定させる必要があるからな」
そんな黄の塔で受けたニュールからの説明を思い出した。
『…確か、この型の魔法陣は近距離の移動が主な目的って言ってたっけ…』
ミーティは、其の予備知識で少し余裕を持ってしまった。
ラオブに続きミーティとモーイも転移陣を通過した。
誘導され辿り着くであろう先の空間について…ミーティはあまり考えていなかった。
その為、衝撃を受ける。
転移陣をくぐり抜けた瞬間、のし掛かるように重い…寒気を覚える様な魔力…に囲まれているのを感じた。
刹那、警戒感が爆上がりして無意識に防御結界立ち上げ、攻撃魔力も動かす準備をしながら周囲を探索しようとした…。
その時、背後からパコリと小突かれる。
「この寝トボケが! こんな場所で1人で戦でも始めるつもりか? いい加減にするだ」
全くの不意打ち食らったかの様な状態で…距離を詰められ…背後から攻撃を受け、目を白黒させるミーティ。
「はははっ! それでも随分立派になっただい! やはり旅には出るもんだな」
圧倒的な技術でミーティに近付き軽く攻撃仕掛けて来たのは、語り部の長である祖母アクテだった。
「婆ちゃん!!!」
そこには最後に会った時と変わらぬアクテが立っていた。
喜びと心配と不安で一杯になり、矢継ぎ早に質問する。
「婆ちゃん大丈夫なのか? 起きてて平気なのか? 無理してないか?」
「ええいっ、良く見るだい! 見た感じ、どっか大丈夫じゃなさそうな所は見つかりそうか?」
「でもオレのせいで、9の月も意識が…って」
「あぁ…表に出なかったがな、意識下では活動しとったよ。身体も動かしてもらっといたし…見ることしか出来ないかったが、何が起こっているのかはシッカリと理解できただ」
そしてミーティの頭にポスリと手を置くと呟く。
「お前が、頑張っていたことも知ってるだい」
アクテは不敵な笑みを浮かべる。
そのアクテの頑健そうな雰囲気と、かえって労りを与えられたような優しい言葉にミーティは安堵と癒しを得る。
思わず涙出そうな気持ちになっていた。
心を落ち着かせるために、周囲を見回す。
そして、そこに見つけた者に、驚きと喜び…そして、悔やむ気持ちが生まれた。
「…母さん…ごめん…」
母イラダの姿もあったのだ。
母が自ら去った集落に、ミーティのせいで戻っていると思うと…心苦しかった。
だが、少し離れた場所から送られてくる母からの視線は温かく包み込むようなものだった。
この何とも言えない状況下、ラオブだけが冷静に無表情のまま佇む。
そして、場を落ち着かせるために提案をした。
「この場に留まるより、先へ進み、部屋にて其々の状況確認を行った方が良いと思いますが…如何でしょうか?」
皆がその提案に頷き同意する。
アクテはその場で語り部補佐に無言の指示を送り、場を移すことになる。
ミーティもその動きに従い、皆が歩く方向に付いていく。
立ち去る寸前、ミーティは此の不思議な場所をもう一度振り返り見直し確認していた。
此処に辿り着いた時に感じた重々しい感覚は、この空間が持つ魔力だった。
今まで賢者の塔でしか感じたことの無いような、異様な程に濃厚な魔力溢れている場所。
そのため、この場に着いた瞬間、警戒感高まり…自然と防御態勢を取ることになってしまったのだ。
賢者の塔やその痕跡残す場所は、清廉な…強烈だが清々しい魔力が溢れる空間である。
適正無き者には苦痛になる鋭利な魔力降り注ぐ場。
辿り着いた聖域に繋がると言う空間は、そう言った場所と同様の強烈な魔力が支配している。
だが、この空間に存在する魔力は、混ざった…快にも不快にもなり得る…中途半端な方向性持つもの…純粋ではない…ある意味濁った魔力であった。
黒光りする魔石で出来上がる濃密な魔力に包まれた空間。
この部屋に光差し込むような窓は存在しない。それでも魔石が魔力の反射で光を帯び、淡く白く輝いているために明かりを必要としない。
この空間に、おびただしい魔力が内包される理由を…ミーティは察することができた。
魔力が満ち溢れるのは、塔と同じように魔石で築かれた部屋であるためであろう。
そして、この部屋に使われているのは黒曜魔石であり、所々に変異を起こした青い魔力を帯びている魔石を含んでいる。
そこから穢れた魔力が湧き出しているのが感じられた。
『何でこんな状態のまま…』
声には出さなかったが表情に現れてしまっていたのかもしれない。
「これが貴方が導き…引き起こした事の結果なのです…」
最後尾で付いていくラオブの口から、先程ミーティを罵り責めたのと同じような言葉が…今度は囁くように…だが前回同様強い意思持ち、自身の言葉が絶対的正義であるかのようにミーティの背後で囁く。
「貴方は遣ったことの責任を負うべきです」
「えっ? 遣ったこと?」
引き続き独善的な正義を掲げ、ラオブはミーティに囁き続ける。
「貴方が…貴方の罪の下で犠牲になり、自身を捧げるべきです」
そして他の部屋へ向かう列の最後の2人になり、ミーティがラオブの囁きを問いただした瞬間…ラオブは行動に出た。
魔石から魔力導き出し…ミーティに襲い掛かる。
ラオブが手にしているのは、漆黒の中に青みを帯びた輝きを放つ黒曜魔石…それは闇石だった。




