おまけ4 振り出しに戻って進もう~ミーティとモーイの第一歩 9
ラオブに先導され、集落の長…叔父でもある者に再び会うために集落中央部へ門から移動する。
ミーティにとっては気乗りしない…憂鬱…としか言いようのない道程、歩みを進める足取りが重くなる。
一応、依頼? …された門外に押し寄せる魔物熊の処理は、完璧に討ち果たす形で完了した。
だが、此の騙し討ちの様な集落側からの依頼は、強制的に応じるように仕組んだ明確な罠である。もし…以前の実力のままのミーティだったならば、叔父の思惑通りの結果になっていたであろう仕打ち。
流石のお気楽なミーティでも、許せる範囲を越えていた。
それでも相対する予定の者の面倒さに溜息が出る。
「此方で少々お待ちください」
屋敷に到着し、取り次ぎの間待つようにラオブに告げられ…暫く入口すぐの広間に留まる。
魔物が集まってしまう騒ぎの根幹の事態に対しての、仮の指令部になっている様な場所であり、集落の今を担っている者達が行き交う。
殆どが見知った者達であったが、誰一人として視線合う者が居なかった。
再度現れたラオブが執務室まで案内してくれる。
中に入ると、粗方の経緯を聞いたであろう…集落の長であり叔父でもあるラームスが、憮然とした表情で待っていた。
「役目を見事に果たされた…とのこと。無事に戻られて何よりです」
心にも無い言葉を吐き出し真正面から対する叔父は、今まで浮かべていた表情を覆し…胡散臭い余裕ぶった作り笑いを浮かべていた。そして尊大な態度でにミーティ達を迎え入れる。
ラームスは、門でミーティ達を罵倒しながら追い出した事などおくびにも出さない。
だが、死地へ追い遣ったはずの者達が、見事に使命を果たし無傷で戻ってきたのは事実。
まるで "貴方の愚かな計画は失敗しましたよ" と…ほくそ笑みながら面と向かって伝えに来たかの様なこの状況…ラームスは苛立つ。
内心、体面を傷つけられ腸煮えくり返る思いであったのだ。
逆にミーティは、思わず気の毒過ぎて…苦笑い浮かべる…と言った感じだが、表面上はいつもの様に気おくれするかの様に取り繕う。
そして気遣うような…憐れむような…微妙な表情を浮かべる。
勿論、其の憐れみの様な思いや表情こそ、相手の苛立ち焚き付ける最高の燃料になることは承知している。ミーティも其れを理解しているが故にわざと表情作り…煽る。
基本的には毒気少なく気の良いミーティだが、遣られっ放しにはしない。
門外に追い出し始末する意図打ち砕いたからと言って決して高飛車にならないように気遣いながら、謙虚な風貌装い企んだ叔父に相応のお返しの気持ちを込めて対峙する。
「集落の長殿。しがないプラーデラ王国の将軍補佐の身ですが、今日のところは襲来しそうな魔物を処理しておきました。此方に来れば事情を伺えると聞き及びましたので、ご報告を兼ねて参りました」
ミーティは、礼儀正しい対応と笑顔の下に…侮蔑の心をたっぷりと底に敷き込みつつも丁重な態度で挨拶述べる。
此れぞ正にピオ直伝…究極の慇懃無礼な応対である。
邪気の無さそうな笑顔で伝える報告は、集落の長である叔父の様な…自尊心高めな心持ちの者にとっては、聞いているだけで腹立たしくなるだろう。
故に、これは最上級の特別なおもてなしとなる。
案の定、内心穏やかとは言えない表情で挨拶返してくれた。
「あぁ、それは有難い。流石、将軍補佐殿ですな…」
だが、其の言葉と共に…今まで表面に浮かべていた怒りをスッと納め、正面からミーティに向き合う長。
一見、今までの態度を改め…真摯に向き合うかのように見えた。
だが集落の長であり叔父である者の…瞳の奥底に揺らめく暗い思い籠る輝きは、ミーティを捕らえ放さない。
そして…苦い思いを押し留めるべく、手に爪食い込ませている様子がありありと伺えた。
本当ならここで最高の笑顔を残して立ち去りたい所だが、ミーティも祖母の現在の様子や集落内の状況を確認したいので、合わせたくもない顔を眺めつつ留まる。
「婆ちゃんはどこ?」
此処からは集落にいる血縁者を訪ねてきた者として、立場を切り替え問う。
その応対に叔父も茶番は終了…とばかりに、憮然とした表情に戻し敵意を解放する。
「アクテ様は集い…に参加している」
「調子悪いんじゃないの?」
「回路に負荷がかかったために、9の月程…意識を…意思を失われていた。完全ではないが現在は復帰していらっしゃる」
「えっ? ほぼ1の年寝たきり…って…そんな状態だったのに大丈夫なの?」
その言葉にラームスは目を見開き、苛立ち最高潮に答えを返す。
「アクテ様の意思だ! …それに寝たきりではなかった。…イラダ…様も戻ってる」
「何で母さんが!!」
ミーティは告げられた予想外の事柄に戸惑い…色々と情報聞き漏らしてしまう。
「イラダ様自身の判断で戻られた…詳しくは本人から聞け。語り部長の家近くにある聖域で、集いと浄化が行われている。ラオブに案内させるから好きにするがよい…」
そしてラームスはブスッした表情のまま、ラオブに向かい指示を出す。
「今言ったように、語り部達の下へ導け。集落の長の権限で制限されていた説明の許可は与えるので、我々の思いまで含めて…十分に理解するよう説明せよ…」
「…承知しました」
そう言うと、ラオブに責任押し付けるようにしてラームスは出て行ってしまった。
唖然とする、ミーティとモーイ。
ラオブは何事もなかったかの様にミーティ達に向かい、今後の行動の説明をする。
「本日は遅いですので、明日改めて…」
「このまま語り部達の下へ行きたいんだけど…」
ミーティは提案に異を唱え、今すぐ行動する事を希望する。
「問題ありません。では、このまま向かう…と言うことでよろしいでしょうか?」
「お願いします」
ラオブに語り部達の居る場所まで導いてもらうことになった。
「では道すがら、説明させていただきます」
ミーティとモーイは、ラオブの後ろに従うように付いて行く。
ラオブは淡々と指示された説明を始める。
「この地が、デュアービル…神通る地…とも呼ばれていることはご存じでしょうか?」
唐突な質問から説明が始まった。
ミーティにとっては、かつて集落で時々参加していた、学び舎で聞きかじった話…そしてモーイにとっては、聞いたこともない話だった。
「かつて此の地はインゼルの塔に繋がる道だったそうです。そして塔から他の地域にある塔へ飛ぶ為の転移陣を持つ場所でした」
ニュールが説明してくれた錠口…他の転移陣と塔を繋ぐ施設であると、ラオブも説明する。
「語り部は…其の施設の管理を任された者達でした」
ここら辺からはミーティも聞いたことの無い話になってきた。
「しかし、見捨てられました。其れでも此の地は亡き者達の集まる場所だったが故に、放置する事も出来ず…方針決めかねる…と言った時に、サルトゥス王国の時の巫女様に救われました。そして、闇石に湧き出る穢れた力を封じ移動させる話を持ち掛けられ…集落として存続するために契約したのです」
淡々と話を進めていくラオブ。
それは語り部達と集落が請け負う仕事。
周囲の穢れた魔力を集め石に詰め込み、土地を浄化する。
用意された闇石へ亡き者達の持つ魔力を封入する作業であり、それを魔力として譲り渡す仕事。
「此の地は元々、魔力濃いため穢れた魔力も集まりやすかったようです。それ故に、インゼルの塔で繋がる道として、用意し維持したのでしょう」
黙って聞いているミーティ達を一瞬振り返り、一瞥した後…ラオブが記憶について語り始める。
「集いが、語り部達が記憶を受け継いだり再共有する儀式だと言う事はご存知だと思いますし、準備が必要な事や、特別な場でないと行えない事もご存知だと思います」
確かに母や祖母…祖母の家を訪ねてくる語り部達と過ごす事で自然と見知った情報だった。
時々振り返り確認しながら目的地へ進むラオブに、ミーティは無言で頷く。
その様子を確認したラオブは話を先に進める。
「…では、其の条件を無視して記憶の継承を行った場合の危険性をご存知でしょうか?」
「いやっ、聞いたことないよ…」
ミーティは、其の様な事が出来るとも…実施した事例があるか…等も聞いたことが無かった。ラオブはミーティの答えを聞き、引き続き説明を続ける。
だが其の声の中には、今まで以上の冷たい感情が籠っていた。
「前回、貴方が転移陣を使った時の転移先錯誤の訂正により転移座標を修正して事なきを得たそうですが…其の座標はご存知のモノだったのですか?」
「いやっ、婆ちゃんが…」
ミーティがはたと気付く。
「えっ、まさか…」
「……」
ラオブの無言が答えとなった。
「アクテ様は、あの場で記憶の継承を貴方に行いました。一部とはいえ…元々記憶の継承は肉体や回路に負荷を及ぼすもの。然るべき時と場所を選ばぬ事で生じた負荷は、甚大だったようです。しかも、本来なら継承による負荷は受け渡しをする双方に生じるもの…貴方は何らかの影響を受けましたか?」
ラオブの言葉は、暗に祖母アクテがミーティが受けるべき負荷まで背負ったという事を示していた。
いつの間にか立ち止まり…向き合う形になっていたラオブの目が、冷ややかにミーティを見つめる。
「後に残してきた者達の状況確認もせず、前だけ見て自分だけ何かをなした様に偉ぶる…とんだ御為ごかしですね…吐き気がする」
ぶつけられた言葉に…今初めて知らされた事実に…ミーティは絶句するしかなかった。
ラオブは更に続ける。
「それだけじゃない…。お前…貴方に記憶を移す事で、語り部の長の回路は…いやっ、語り部そのものが不完全なモノになってしまった。語り部達が魔力を万全に操作出来ず浄化が滞った結果が今の状態だ」
俯き何も反論できないミーティに、ラオブは言葉を投げつけ続ける。
「お前の尻拭いをするためにアクテ様が身を捧げ…イラダ様は捨てた集落に戻らざるを得なくなった…立年の儀を受けた者が随分と可愛がられてて笑える状態だな…」
「!!!…それってどう言う事だ??」
その引っ掛かる言葉にミーティが反応する。
「言葉通りだ。既に今溢れている穢れた魔力は、器無くして収まる事はありえない大きさになっている。今は湧き出し集まる場に留めておくだけで手一杯だ。大きくなりすぎた力を扱うには、もう下位の賢者では間に合わない…大賢者に近い上位賢者でないと、吞み込まれるだけで意味が無い。…だからイラダ様が語り部の長を受け継ぎ、アクテ様が器になり封じる」
「…何で!!!」
「お前が導き出した結果だ。穢れた魔力以上に…お前自身が、禍引き起こす災厄そのものの様だな!」
ミーティは何一つ返す言葉を思いつかなかった。




