おまけ4 振り出しに戻って進もう~ミーティとモーイの第一歩 5
案内された離れから出て、ミーティとモーイは集落の長の家の母屋へ向かう。
そこでは先ほど門のところにいたラオブが自宅に戻り、入り口すぐの大広間を執務室代わりにして長代理として色々と指示を出していた。
「集落内で魔力が湧き出ている事を、樹海の魔物に感知されるのはまずい。気付かれる前に、囮用の闇石を少し離れた場所に再度設置するんだ」
負の魔力…穢れた魔力は魔物を呼び寄せる。
「闇石の予備はあと2つ程あります。小さいものですが、両方とも中にある程度魔力が詰まってます。1名だと魔力動かし置いてくる時に引きずられ…持っていかれてしまう可能性が高いです。それよりも封じ込めを完了させるために使用した方が…」
「分かっている! そちらも語り部達とその補佐が更なる手を打っている」
普段から冷静なラオブであるが、事態の困難さに手を焼いたのか苛つき、進言した者の言葉を切って捨てるように荒々しく言い放つ。
闇石は黒曜魔石の一種である。
ありふれた黒曜魔石だが、稀に青い魔力…空間を統べる魔力を内包するものがあり、魔石が持つ以上の魔力を保有する能力を持つ。それを特別に闇石と名付けて呼んでいる。
闇石が持つ魔力は、基本的に長い年月をかけて自然に溜め込んだ魔力であり、導き出せば通常の魔石同様に魔力を利用できる。
ただし含まれる魔力は暗い力を帯びた穢れた魔力であるため、使用者の意識に影響を及ぼし心を闇に沈めていく。
力を溜めていない闇石ならば、多少の気分の落ち込みや苛立ちなど様々な不快感を生み出す程度である。
力がある程度溜まっている闇石や、力弱くても闇石の力を連続使用したり、強く繋がってしまった場合…様々な意識への影響が強く出る。
闇石に突き落とされた気分の落ち込みは、自傷感情を引き起こし…煽られた苛立ちは、他害感情を昂らせ広める。
そして完全に持っていかれてしまえば、中身を失い…生物の根幹となる彼方との繋がりが断たれる。
「今は兎に角、外壁周囲を警戒して魔物の侵入を許すな。闇石の設置は俺が行く」
「危険です。それに、指揮するものが居なくなります」
「魔物が侵入してしまえば集落の被害は甚大だ。語り部達が湧き出しを闇石に封じきるまでは、周囲の魔物の目を他へ向けさせておかないと。集落の結界内に侵入されたらお終いだぞ!」
必死の形相で拳握りしめ、力振り絞るように指示を出す。
その不吉な輝き放つ闇色の石と集落に湧き出す負に傾く魔力がもたらす影響は、樹海の集落に深く絡みつき…根を張り…意思を持ち…そこに存在するものを含めて空間そのものを蝕み吞み込んでいくようだった。
「ラオブ兄…」
不意に現れたミーティの声掛けに、緊張感溢れる面持ちのまま振り返るラオブ。
「少し立て込んでるんだ…すまんが離れに居てくれ」
突然現れたミーティに怒り押し殺す口調で告げる。
「手伝える事あったら言ってくれよ!」
ミーティは、ミーティらしからぬ懇願するような気弱な態度で声を掛けた。
その言葉はラオブの中にある冷たい怒りを一気に増幅させ、一度収まった苛立ちを再燃させ表面に引きずり出す。それでも元々理性優位なラオブは、押し留めるように…10数えるぐらい視線を逸らしてから、ミーティに向かい答える。
「…これは集落内の問題だ。外部の…お客様には、関わって欲しくない。この地に留まっていた他のお客様も、集会所に避難してもらっている」
淡々と無感情に状況を伝え、更に続ける。
「外壁の守りにしても…この件に関わるには、全て賢者相当の強い回路と魔力操作技術が必要になる。貴方は未だ通常の内包者のままだろ? ここの集落では武力以外が重要なんです…そのために我々は努力してきた。資質あると言われていたのに甘えていた貴方とは違う…」
非難めいた言葉を散りばめ、ラオブは冷静に突き放すように…言葉の剣をミーティの心のド真ん中突き立てた。
樹海の集落の子供たちは、ほぼ全員何らかの魔石を内包する。
そして年齢問わず、内包出来た直後から修練を積み始め魔力回路鍛える道へと強制的に進まされる。
ミーティは鉱山主に嫁いだイラダの子供であり、子供の頃から集落を頻繁に訪れていたとはいえ明らかに部外者だった。
だが、語り部の長の孫であり、元々アクテの跡継ぎとして育てられたイラダの息子である。その為、内包後は集落の子供たちと同じように修練の場に強制的に通わされた。
遊びの延長のような修練の内は、同年代の子供達と遊ぶように楽しく過ごした。
だが、樹海の深部に暮らす集落の者にとっては遊びでは無かった。
街のある樹海の辺縁で暮らしているミーティは、樹海の深部に存在する危うさを知らない。その為、能力高めることが生活に…生きることに繋がる…と言う切実さを理解できなかった。
鉱山に現れる敵は盗賊など人の領域であり、魔力より武力の方が役立つ。ミーティは剣術や体術など目に見えるものの方が理解しやすかったので、徐々に考え方に隔たりができた。
結局ミーティは魔力回路鍛える修行を度々さぼり…進みの妨げとなる。
周囲の目に厳しさが増し、少しずつ友人だった者との心の距離も離れてしまい…集落とは母を通しての親族の繋がりのみになってしまった。
ミーティの集落を訪れる回数は減り…鉱山での地輝湧き出ることで起きた事故からは、数年に1度…と言った感じでしか足を運ぶことはなくなった。
それでも祖母のアクテはミーティに目をかけ期待する…。
語り部の内だけに秘された伝承による魔力の鑑定による判断であったが、周囲には只の孫バカにしか見えなかったかもしれない。ミーティ自身もそう思っていたのだから…。
「そうだな…オレはスウェル鉱山の人間だし、今はプラーデラ国王に仕えてるただの兵士だもんな。役に立たなくってゴメン…」
結局、負の魔力の正体を直接ラオブに尋ねることもせず、その場に背を向け逃げるように母屋から離れへ戻るミーティ。
モーイは無言のままミーティの後ろに付いて行く。
離れに付く直前、モーイは口を開きミーティに問う。
「…いいのか?」
「ここの奴らは子供の頃から訓練しているんだ…神殿の神官とか賢者の塔の賢者と同じような修行を積んでるんだ。オレはそう言う魔力操作を極めるのより、体動かすために魔術組み込む…って言うような方が得意だから、あんまり役にたたないのさ。大きな魔力動かして魔力主体で攻撃とか、操ったりするのは苦手だから…」
どう考えても言い訳にしか聞こえない内容を、くどくどと説明し続けるミーティ。
「何かミーティ変だぞ? イジケてんのか?」
「違うよ! オレは…オレは…客観的に見て…」
「客観的?? お前らしくないぞ! 今のミーティはアタシが凄いなぁ~って関心したミーティじゃないぞ」
「……オレ、凄い所ないし…」
此処に来て、異様なほど気持ちが折れているミーティはうつむき固まる。
「アタシの知っているミーティは最後まで諦めが悪くて…小さな工夫で起死回生の機会を掴み取る凄い奴なんだけどな…」
そう言いながらモーイがニカッと…ニュールの様な親父くさい笑いを浮かべながら、ミーティの顔を覗き込む。
ミーティの心は、その優しさと気遣いにギュンと心を掴まれた。
「モーイ、ありがとう。ヤッパリ胸が前より少し膨らんだ分は、懐も広くなったんだな! まだまだ広げる余地も山ほどありそうだしな!!」
満面の笑みで、元気振り絞るようにおちゃらけて言葉を返す。
「…?!!!」
その瞬間、モーイの驚愕の表情と絶句…そして眉間のしわが一瞬深くなった。
…その後、最期の審判下すかの如き慈愛含む冷ややかな視線が向けられる。
モーイに胸の話題は厳禁である。
ミーティが折角の機会を潰すヤラカシ大王の1人であるのはモーイも十分理解してはいたが、毎回許せるとは限らない。
1度目は良い雰囲気と…その後感じた違和感に気を取られ、突っ込みを入れる機会を失う。お陰で水に流してやる懐の深さを発揮出来た…と言うことにしてやった。
だが、2度目は見逃せない。
堪忍袋の大きさと懐の育ちが比例する訳ではない…と言うことを直ぐに証明したくなり、怒りの笑顔浮かべながら瞬間的に強烈な制裁を加える。
「懐は深くなるんだ…広がったからって寛容になるわけじゃねぇ!」
急所への見事な蹴りで天誅下し、乙女の敵に渇を入れる。
ミーティは悶絶する痛みとともに前のめりに倒れこみ、絶句したまま自身の考えなしに動く口の軽さを悔いた。
だが、その懲らしめはミーティを迷いの中から救い出し、シャッキリした気分にさせた。
あまりにも嬉しそうに良い笑顔を浮かべるので、モーイは一瞬心配になり怪訝な表情で問う。
「お前…そう言う嗜好の奴か?」
「…!! 今ので目が覚めただけだよ!! ウジウジ下向いて考えるより、考えなしに突き進む手段を思い付く努力する方がオレらしいからな」
ミーティは涙目で笑顔を作りつつ、肩の力を抜き気楽に前を向き動き始める。
集落は、元々木々が疎らな緩やかな丘状の地形を利用し作った場所だ。
中心部の一番盛り上がった場所に木々を利用した監視塔作り、そこから広がっていった。
防御結界陣刻まれた外周壁は、樹海から30メル程度しか離れていない。
集落が徐々に広がり開墾の難しい場所に到達していたからだ。
今は直径5キメル程度の少し歪な楕円形…と言った感じの範囲を外周壁で囲み内部を守っている。
「今度は門の所まで行ってみるか…」
ミーティは決断すると、モーイに声を掛け行動に移す。
自分達の目で確認したかったので、母屋にまだいるであろう集落を統括しているラオブには告げずに密かに動くことにした。
ミーティの祖母の家は、門と反対側の外周壁近くにあるので、いついも外周に沿って歩いた。
長の家に来るときは案内の者に従い、祖母の家に行くのと同じ外周に沿って歩き、途中で折れて長の家へ向かったが最短の道でなくとも気にならなかった。
今回は中央を抜けて門まで行くことにする。
長の家は集落中央から少し奥の付近にあったので、集落の中心部…家屋集まる場所を通り抜ける。
集落にある家屋は全て木々を利用した比較的簡易な小屋に近い作りであり、皆同じようなものを使用していた。樹海の所々にある石拾いの為の小屋に近い外観で、個人所有…と言うよりは集団で維持管理し何時でも他の場所へ移動できるようにしてあるのだ。
集落には大人が老若男女合わせ200人程度が定住している。
それ以外に、商人や、樹海での石拾い稼業の者達や狩りをする者、それらの立ち寄り・中継地点として樹海の深くに踏み入った者たちの拠点としての利用もあるので、常に400人程度の成人が集落内で活動していた。
行きは夕暮れ時であり明るかったので気付かなかったが、今は既に明かりを必要とする暗さになっている。
だが辺りに聞こえる音は、風が葉音鳴らす音や遠くで獣か魔物が鳴く声が微かに聞こえる音のみ…であり、静寂と言えるような状態だった。
家々に明かり灯す時間帯であるのに、灯る光も無い。
長の家からの明かりと夜空の輝きがなければ、闇に包まれる空間が出来上がるだろう。
引き続き周囲を見回し、状況確認できそうな集落の定住者を探しながら門へ向けて歩いていたが、人を見かける事がなかったし、新たに明かり灯る家も無かった。
その日そこには、人の生活が全く感じられなかった。




