おまけ4 振り出しに戻って進もう~ミーティとモーイの第一歩 2
「樹海の民の閉鎖領域…語り部の引き継ぐ記憶の中には、内包魔石と根源との魔力回路を安定させる古来よりもたらされた特殊な技術がある」
ニュールの…大賢者の情報礎石として解析されていない、古い記憶の記録そのものの中に記された情報。今回2人を動かすために釣り餌のように利用したが、嘘偽りの無い情報であり樹海の集落へ赴かせる目的の1つでもあった。
モーイは意思取り戻す前から体力や技術維持するために、ニュールの操作指示で通常の体術な訓練などは行っていた。人形状態での魔力操作は、回路に負担をかけないように禁止していた。
そもそも回路切れそうな状態に陥ってから回復したとしても、魔力を再び扱えるかどうかさえ分らなかったのだ。
賢者の塔が甦り土地に魔力が行き渡る今、獣しか居なかった荒野に魔物が出現するようになっていた。
新たに魔力満ち始めたプラーデラの大地は、獣から魔物生み出し他の土地より魔物を呼び寄せる。荒野には時々大々的な魔物の襲来や魔物の強者が現れることもあり、王都からも兵士が派遣される事があったのでミーティは頻繁に参加していた。
意思が戻った後もモーイは魔石より魔力導き出し戦うような手合わせは誰ともしていなかったし、魔石の導き出しが必要になりそうな魔物討伐にも参加することはなかった。
「一緒に行こうぜ!」
ミーティが明るく気軽に魔物狩りに誘う。
「…あぁ、もっと調子取り戻して足手纏いにならなくなってからな」
モーイも、軽い感じで答える。
言葉通りに受け取るミーティは気にもしてなかったが、意思が戻ってから時が経過しても返事は変わらなかった。
モーイは密かに独りで色々試してみたのだが、やはり魔力の導き出しが上手くいかない。
それでもモーイはひたすら鍛練を行い取り戻す努力をする。
意識が身体に戻ってから、自分自身の体内魔石との繋がりが遠くなってしまっていることは感じていた。
少しずつ回復させ魔力を流す感覚は蘇ってきた。探索魔力など非戦闘系の魔力の導き出しは可能になってきた。最良の状態であっても、一気に動かす必要のある攻撃系魔石からの魔力の導き出しや、自身の体内魔石の魔力を動かすことは難しく…出来なくなっていた。
「モーイは心は取り戻せたが、魔力回路が半分以上破壊されている状態であり…内側の均衡が崩れていて回路の繋がりが不十分になっている。だから魔力操る事が難しくなっているようだが、オレが持つ情報で導けるのは此処までなんだ」
モーイが置かれている予想外の状態についての話しに、ミーティは真剣に耳を傾ける。
ニュールから伝えられ、初めてモーイから返ってくる答えが変わらない理由を理解した。
「樹海の語り部に関する記録の中に、調整する技術があるはずだ。大賢者が持つ記憶の記録で確認したが、詳細については分からないんだ。調整を実践できるのは、語り部達が受け継ぐ記憶の中にある知識…若しくは樹海の民が持つ記録の中にあるはずだ。だが樹海の集落…語り部の儀式行う領域は血族のみが受け入れられる場所…助けてやってくれないか?」
ここから先の治療がこの場所には…ニュールの持つ記録の中には存在しないのは事実。より一層適した場所や、知識持つ者が存在することを仄めかす。
ミーティの伝手を頼らざるを得ないことを伝え…決断を促す。
「仲間であるモーイの為なら…」
ミーティは珍しく一瞬嫌悪の表情を浮かべたが、モーイと共に集落へ行く話しを受け入れた。そして複雑な心を抱えたまま、母の故郷である樹海の集落を目指すことになるのだった。
「これから繋ぐぞ…」
プラーデラの城の中の一室にて、今まではプラーデラ国内には無かった…新たに築かれた転移陣の青い輝きが漏れ出ていた。
継続的に使用できる転移陣を保有するには、かなりの金額が掛かる。
魔物魔石を使用しないで魔法陣作り上げていた頃のような国家予算的金額ではないが、相当な負担となる値段だ。
それでも魔法陣を描く為に使用するのは、希少で高額な蒼玉魔石であった。更に転移陣を描くに当たって、高位の賢者が4~5名程度は必要である。
転移陣を他国同様に運用するには常時2名の賢者が必要である。
保有管理に掛かる費用まで考えると、以前よりはマシとは言え莫大な費用と維持する経済力が必要になるのだ。
元々困窮していたプラーデラ王国にとって、その金額は転移陣を手の届かないものにしていた。
しかし、それ以上にプラーデラ王国で陣を維持するのには問題があった。
空間に広がる魔力が大変薄く…枯渇しそうな状態であり、大掛かりな魔法陣を常に利用出来る状態で維持管理するのは難しかったのだ。
往古の機構が作動し攻撃魔力が王都に向けられた、後に大事変と呼ぶようになった日…。その膨大な魔力を、ニュールが防御結界陣を築いて弾き…守りきった。
防御により拡散した魔力は天輝の如く大地に恵みの魔力を与え、更にはニュールが塔と一度繋がった事で途絶えた地下の機構が甦り、プラーデラ王国は今や魔力が枯渇した場所ではなくなっていた。
今は他国同様、普通の賢者でも魔力扱いやすい場所である。
しかも、今はこの地には大賢者が存在する。
それは金銭に代わるモノとして余裕を生み、ニュールが組み上げた魔法陣はプラーデラ城に今までと異なる道を開くであろう。
大賢者の存在は枠を超え、あらゆる所へ影響を及ぼす…それだけの異質な…一線を画す力を持つと言うことだ。
「ニュールは行ったこと無い場所でも繋げるのか?」
陣の組み換えを行うために必要なのは、必要な技術と能力持つ事と組み換え繋げる者が陣の到達点を知っていることである。樹海の転移陣を知らないニュールが空間を繋げることに、ミーティは素朴な疑問を持ったのだ。
ニュールはその質問に淡々と答える。
「ヴェステの錠口で座標を読み取っておいたから大丈夫だ…本当は、樹海にある転移陣を使ってるお前が導ければ手間はないんだけどな」
「そんな事言ったってオレ賢者でも大賢者でも無いもん」
「賢者も大賢者も生まれた時からってわけじゃない…出来るか出来ないかは可能性と機会の問題だ。目の前に現れた分岐点での選択した先に…結果は現れる。望むと望まぬに関わらず、通りすぎてからじゃ同じ選択は出来ない」
あっけらかんと他人事の様に逃げるミーティに、少しだけ言葉に苦々しさを含め告げるニュール。
「ニュールってば爺臭い説教ばっかだと、見た目通りの本物のジジイになっちまうぞ」
神妙に聞いているモーイとは正反対に、ミーティはへろっと軽口言いながら気楽に聞き流す。
思わず後ろから小突きたくなってしまうニュールだが、魔物な心情のまま行動に移すと遣り過ぎてしまうので自制する。
ミーティはニュールに付いていくと何となく決めた日から、ピオの訓練を受け続けている。おかげで武力や魔力操作が格段に上達したが、それ以上に何故か調子良さと打たれ強さが倍増していた。
元々スルリと懐に入り込むような愛想の良さを持っていたが、対人対応が更に磨かれ警戒心抱かせること無く口先で転がし心開かせる。
自身でも色々と成長しているのを感じるせいか、自負と自尊で耳が塞がれた今のミーティは人の言葉を聞き入れない。
「……まぁ確かに、結局は自分自身の判断だな」
「だろ? オレの周りは皆、勝手言う奴ばっかだからなぁ」
ニュールへの皮肉の様にも聞こえる。
ミーティの軽く言い返す様な言葉をニュールはさらりと受け止め、頂点に立つ魔物入るモノとして弟子を可愛がるかの様に微笑み返す。
其れはミーティを心酔させる強者の余裕持つ笑みであり、圧なき圧を与え自然と跪き姿勢を正したくなるようなものだった。
「良い経験が積める旅になる事を願っている」
転移陣の行き先を軽く変更すると見送りの言葉だけ残し、最後まで見送らず足早に静かに立ち去るニュール。
その後ろ姿に対し陣を管理する者や部屋を警備する者…其処にいた他の者と同様、無言で自然に敬うように礼をとってしまった。
そんな自分自身に何となく納得出来ないミーティであった。
集落への事前連絡は、ニュールが繋がっている鳥形魔物である扇鳥を人形化したものによって親書を送り返事を受け取っている。
ミーティやモーイを、プラーデラ王国からの正式な友好使節と言う形で送り込む事への同意も得られていた。
「公式…ではないが、一応国家として使者を送る形にしてある事を忘れるな…」
主にミーティの言動に対して釘を刺すように聞こえる言葉を、ニュールは行くことが決まった時に告げた。勿論ミーティの出身一族の住む場であるのは分かっているし、モーイに対する願い事についての個人的な相談依頼についても記し、承諾を得ている。
油断するな…と言う意味は勿論込められていたが、その注意…以上に背後に守りがある事を示す言葉であったのだ。
「何でアタシは来ることになっちまったんだよ…」
転移陣の強い発光が静まりつつある中、モーイが小さく呟く。
自身の現状にもどかしさを感じる上に、此処まで来ても何も変わらないかもしれない…と言うモーイの不安は、憤り持つ呟きとなって口から漏れ出た。
辿り着いた樹海の集落より少し離れた館にある転移陣は、かつてフレイリアルが修復し、皆で出発した陣であった。
2人とも見覚えある場所と短期間で起こった変化に、それぞれ感慨深さを味わう。
樹海の集落は中心とする集落の規模こそ小さいが、街町に定住せずに樹海で暮らすような狩や石拾いする者達が集まる場所であり、定住者以外を含めた人数で考えればドリズルの街程度の規模はあった。
村や街…と言う自治体的組織…と言うか、樹海で生活するモノたちの組合…と言った雰囲気だった。所属する集落の長を指令を出す頂点に据え、其の下に知識保有する語り部が存在し、語り部の長が統べる。理路整然と管理された組織だった。
「此が終わったらフレイの所に寄れるんだし、お前自身の事も含まれてるんだから良いじゃないか」
少しふてくされるように頬膨らませミーティが反論する。
ミーティにとってモーイが自分自身に対して憤り吐き出す呟きは、ミーティに対する不満の声の様に聞こえたのだ。
「連れてくるのを引き受けてやったのはオレだよ…!!」
明るく強気に口に出すが、ミーティは力無い自分をいつでも悔やんでいた。
コンキーヤの神殿で連れ去られた時も自分が足手まといだった自覚がある。そしてモーイがヴェステの地下牢から逃げ出そうとして魔力暴走が起こした時も、ミーティはただ見ていることしか出来なかった。更にそれによってニュールの道を定めてしまった事にも責任を感じていた。
『もしあの時、少しでも自分に何か手段があったならば違う先があったのでは…』
そう思うとミーティの心苦しさが増すのだった。




