おまけ3 フレイリアルが目指す場所 4
一部始終を唖然とした表情であんぐりと口を開け眺めていたブルグドレフが、やっとの思いで言葉を口にする。
「…今のは…いったい…」
「少し陣を改変しておいたよ。私はまだ修練してる最中だから、実際にリーシェが築いた陣を上からなぞって補強しただけなんだけど…」
フレイリアルは満足げにブルグドレフに笑む。
新しい魔法陣組み上げられることによって、境界門や境界壁から伝わってくる魔力が今までの比ではないことがブルグドレフにも感じられた。
「これで防御する力が少し増したと思うよ…以前程ではないけどね。今までより警備の人出が少し減らせると思うから、町の復旧に人手が割けるかな…。魔石の補充も、今までの半分の回数で半分の量で入れれば保てると思う」
ブルグドレフはフレイリアルが陣を組み直すために使った魔力量と技術に絶句するしかなかった。
「先に境界の処理をしちゃったね。危険の回避も必要だけど、生活に必要な水が滞らないようにしないと…」
フレイリアルはブルグドレフの呆然とした様子は気にせず呟くのだった。
数少ないフレイリアルの情報として得ていた内容を、ブルグドレフは実際に目にし意識に深く刻み込むことになった。
『新たなる大賢者が誕生したと言うのは…本当だったのか…』
確証を得ている内容ではなかったが、状況から推測して間違いのない情報であった。だが最高峰の技を見せつけられることで、目を逸らしたかった現実を否応なく受け入れざるを得なかった。
『つまり国王は…大賢者の伴侶となり、この国へ繋ぎ止める役割を期待しているってことは確定。この国の中枢に関わる…穏やかとは程遠い刺激的な世界。権力と煩わしさも得るが、それとは違う興味深い世界へも関わることのできる繋がり…か』
上手く運べば手に入るであろう立場…だが2種類の意味で身震いする。
望むべき未来が訪れる可能性が持つ歓喜…と、共に訪れる恐怖。
そして、普通に関われない事に寂しさ…を感じる。
『??』
ブルグドレフは自分の中の思いに、何故だか分からないが疑問を感じた。
何も気にせず突き進むフレイリアルは、気軽にブルグドレフへ声を掛ける。
「ここの処理は終わったので、水の機構を管理する場所へも行きたいのですが…」
ブルグドレフの目が動揺し、若干泳いでいることに気づきフレイリアルは言葉を切る。
その状況に気付き、ブルグドレフは気を持ち直すように声を掛ける。
「…失礼しました。あまりにも凄い魔力操作に驚嘆しておりました…素晴らしかったです…」
フレイリアルが訪ねてくると言う折角の機会に、ブルグドレフは繋がり持とうと努力した。そして直接接触することで、素のまま楽しめる関係が築けそうな事に喜びを覚えた。
だが、繋がりを持った先に見える場所に、予想以上に疎ましい内容が含まれていることに気付く。
更に、今ここで駆使された魔法陣や魔力の扱いに無意識の内に気後れ…畏怖…若しくは恐怖と呼べる感情をブルグドレフは覚えてしまった。
そして其の感情は悟られる…。
それは、フレイリアルが今まで散々受けてきた周囲の反応に近かったから…。
「ごめんなさい…突然の魔力の扱いで驚かせてしまいましたね…」
ブルグドレフの心の中で湧き上がった感情が生み出した表情を、フレイリアルの内に潜むモノも読み取る。
彼のモノは…それがフレイリアルの気持ちを傷つけ…沈ませた事に反応し、冷気を生み出し…空間の温度をぐんぐん押し下げていく。
理由は不明だが起こった環境変化を感じ取り、冷静さ取り戻したブルグドレフはフレイリアルに声を掛ける。
「この場所は少し肌寒いですね…宜しければ早めに外へ出ましょう。次にご希望されている水の機構の管理所ですが、少し整備されていない道を行くのですが…後日になさいますか?」
フレイリアルの服装は華美ではないが、決して森を行く格好ではないのでブルグドレフは一応問う。
「いえっ、折角ですから御迷惑でなければ同行させて下さい」
ブルグドレフはの目を見て返事をする。
その目の中から既に怖れが消えていることに少しだけフレイリアルは安堵した。
以前から魔力を吸収してしまうことでエリミアの人々からは恐れられ避けられていたのに、普通に接してくれた数少ないエリミアの者に恐怖を与えてしまったのではないかと思うと憂鬱になった。
それは自分の中の周囲への思いを一層希薄にし、此の国に対しての思いが消えてしまいそうな気がした。
「ここから少し沼地の様な場所になりますので、鎧小駝鳥|には向きません。私の砂蜥蜴に2人乗りでも宜しいですか?」
「此方こそ宜しいのでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ」
「お仕事のお邪魔をして申し訳ありませんが、宜しくお願いします」
「いえ、お気になさらずに。こちらにご一緒にどうぞ…」
そう声をかけてから第6王女を自分の砂蜥蜴の前に乗せ、安全確保の為に後ろから腕を回す。
予想以上に華奢な身体にそぐわない目を引く膨らみ…抱き締めたくなる衝動。ブルグドレフは自分が惑わされる質では無いと思っていたが、明らかに逆上せているのを自覚する。
無意識に回した腕に力を入れ、引き寄せようとしてしまう。その瞬間…時々感じていた冷んやりとした感触が首に纏い付き、冷たい指で締め付けられるように息が詰まっていく。
思わず回していた腕を離し、自分の首を確認すると締め付けがおさまった。
「…すみません。以前痛めた手が少し痛むので、安全には気を付けますので御自身でしっかりと砂蜥蜴に捕まっていて下さい」
ブルグドレフがそう告げると冷んやりとした感覚も消えた。
草生い茂る湿地帯を抜けると瓦礫の山の様な場所に細い道が出来ている場所に辿り着く。
「この岩山の間を抜けた先が目的地なので、此処からは歩いて行きましょう」
ブルグドレフの言葉に従い、砂蜥蜴を降り後に付いて行く。
一緒に来た従者は砂蜥蜴の所に留まるようブルグドレフから指示を受け、未だにフレイリアルを胡散臭そうに睨みながら主人を心配しつつ言葉に従う。不安定な道のりなのでブルグドレフはフレイリアルの手を取るが、先程よりはましなチクチクと刺すような痛みが再び手に現れる。
明らかに行動と痛みの関連性があると思われる状況、訝しみ警戒するが判断は保留する。
暫く歩き進むと、瓦礫の中に唯一残っている残骸の様な建物と、その中心に簡易な屋根と柱だけでできた周囲の瓦礫を利用したような四阿があった。その下には、魔法陣が剝き出しで描かれていた。
外部に曝された状態だが、魔法陣が築く防御結界に厳重に守られてはいる。漏れ出る魔力の流れが、明らかに機構深部へ繋がる為の…重要な扉となる魔法陣であることを示していた。
ブルグドレフはフレイリアルの手を離すと足早に其の陣ある場所に移動し、上に立ち告げる。
「ここからの陣は人数制限があるので、この先に進まれるのでしたら申し訳ありませんがご自身でお願い致します」
そして起動力となる魔石を陣の上に置くと、魔法陣が輝きブルグドレフは一瞬で消え去った。
「怖がられちゃったのかな…」
フレイリアルが残念そうに小さく呟く。
今までと違う態度で転移を強行し、フレイリアルを置いて1人で行ってしまった。何故だか其の事に対しフレイリアルの方が罪悪感を感じる。
『恐怖とは…劣るが故に募るもの。それよりもフレイの事を試そうとした行動の方が問題だな…』
リーシェライルは過去に幾度となく浮かべた美しくも酷薄な強者の笑みを、フレイリアルの意識下で描き出す。
そして怒りで空間の温度下げる。
「警戒心持たれちゃったのかもよ…リーシェ、少し意地悪してたよね!」
『ふふっ、僕のフレイにちょっかいを出す不届き者に掛ける情けはないからね』
悪びれずシラッと答え、今度は爽やかで鮮やかな微笑みで彩られるリーシェライルの姿が見えた。
「協力者が居た方が良いって…2人で話して出した結果でしょ?」
『それでも気に食わなければ、今の僕は我慢はしないよ…』
そう言うと、不敵な悪い笑みに切り替えるリーシェライルを感じた。フレイリアルは溜息をつきつつも苦笑いし、ブルグドレフが向かった場所へと続く。
水の機構管理する場所は、瓦礫の山が築かれている地下にある。
全体に掛けられた防御結界陣の隙間を縫って直接入り込むことも可能だが、四阿に敷かれた魔法陣から向かうのが安全そうだった。然程複雑な魔法陣でも無かったので、解析し鍵を作り出し一瞬で追いつく。
「ここは魔力活性集約点にもなる場所のようですね…」
フレイリアルはその場に辿り着くと、目の前に立っていたブルグドレフに声を掛ける。
魔法陣の先にある地下空間は境界門の地下同様、少し広めの空間にある台の上に陣が描かれていた。地下に張り巡らされた水の機構に繋がり動かす陣だ。
ブルグドレフは分かってはいたが、呆気なく同じ空間に辿り着かれ声を掛けられ…半分諦めたような気分になる。そして自身が子供じみた行動を取っていたことに恥じ入った。
「ちゃんと説明もせず置いて来てしまって申し訳ありません…」
ブルグドレフは自分が比較的冷静な質であり、羨望や怨望での高ぶりや恋情や劣情による昂ぶりなどとは縁遠いと思っていた。それなのに此の数時間で色々な感情が刺激される。
自分自身の行動に踊らされているかのような複雑な表情浮かべるブルグドレフを見て、フレイリアルは溜息をつき小さく謝る。
「ごめんなさい…私の体質で…感情が刺激されているかもしれません。ですから、お気になさらずにいて下さい」
巫女の性質は弱まりはしても、完全に抜けたわけではない。…良くも悪くも、通常より大きく人の感情を揺さぶる特性は残っているようだ。
フレイリアルは縮まったブルグドレフとの距離感を元へ戻し、遣るべきことを実行する。
「リーシェ、ここは魔力の集約の拠点に出来そうだよね」
『魔力活性集約点だし、簡単に拠点に移行できそうだね。だけど末端の陣の組替えが終了してないから、少し陣を合理的に改変して効率だけ良くしておいて、後日全て終了してから切り替えかな…』
「終点登録しておけば簡単に来られるか…取り合えず今日は、さっきと同じ様な感じで魔力を集めるよ…」
リーシェライルの案に対し自分が出来ることをフレイリアルは告げる。
『了解。今度は境界壁より少し深い場所へ繋げて連動させるから、魔力集めた後に紐を高いところから下ろしていく様に細長い流れを作って地下へ向けて注いでみて。それと敷く陣の構造は僕が組み上げるから、今度はフレイが実際に最初から空間魔石動かし描いてみよう』
「えっ、もう実践?」
『遣ってみるのが一番の修練だよ。もちろん補助はするから』
「わかった…」
少し厳しめの師匠であるリーシェライルが顔を出す、そうして一通り打ち合わせを終えた。
1人呟いている様に見えるであろうフレイリアルの姿を、言葉失い見守るブルグドレフに向かい告げる。
「感じてはいるとは思いますが、大事変の後…機構の根本が壊れていたり、塔との繋がりが薄くなっているために魔力の供給が減っています。先程の境界門の管理所の陣と同様、効率の良い魔法陣へと組み替えますのでご容赦下さい」
有無を言わさず行動する。
大切な陣を守る防御結界陣も有って無いような感じで扱いつつ、水の機構に繋がる陣へ直接手を置き解析する。
ブルグドレフは何処か苦しそうな表情で無言で見守っていた。




