おまけ3 フレイリアルの目指す場所 3
その少女は整った顔の作りではあるが、美人と言うより愛くるしい…と言った感じの少女である。
飾り気が無いためか表情のせいか、顔だけ見ていると年齢より幼い感じがする。
背の高さはブルグドレフの肩ぐらいまであり、小柄な成人女性ぐらはあった。
しかし、マントの中に隠れる肢体が年齢と不釣り合いなぐらい濃艶であり、成人女性の豊満さと少女の華奢さを併せ持ち存在を主張する。線の出にくいエリミアのゆったりした衣服に張り付くような流線型を描き出し、際立たせていた。
揺れるマントの隙間から覗き見てしまったその姿に、ブルグドレフの目は釘付けにされ心奪われる。
暫し悪しきモノに魅入られたかのように固まってしまった。
「ご迷惑だったようでしたら出直しますが?」
至って冷静なフレイリアルが、淡々と素気無くブルグドレフに問う。
心遠くなっていたブルグドレフは、声を掛けられ一瞬で我に返る。
王国から持ち掛けられた御縁であることを思い出し、待ちに待った機会を逃さぬために平常心取り戻し動き出す。
「いえ、わざわざご足労頂きありがとうございます。では屋敷にておもてなしさせて…」
「私がこの場所で興味を持つのは、魔石と水の機構と境界門と境界壁なので…お構い無く」
ほぼ直接 「貴方に興味はありません」 と言っているのが感じられ、少しだけ自尊心が傷つく。
ブルグドレフは、自分の中にそんな驕りが存在することに少し驚いた。
「では、ご希望の場所…そちらが丁度今から向かう視察予定地に両方入ってます。宜しければご一緒に向かい案内させて頂きます」
「ありがとうございます。お忙しい中、お手数ですが宜しくお願いします」
丁寧な返事が返ってくる。
突然訪問してきた不躾な上位王族の傲慢な小娘…とブルグドレフは噂で聞いた印象から、一瞬で判断してしまっていた。それ故、礼の言葉が返ってくるとは思わなかった。
ブルグドレフは色合いに関する偏見を持たなかったが、色々な場所から入る情報によって作り上げられた先入観…は持っていたので印象に落差を感じる。
『…少し考えを改めるべきか…直接対峙した感じは、想像以上に面白そうだ。此の機会に、探りを入れつつ…なし崩し的に契約…婚約の合意が取れれば重畳だが…』
策を講じて遊ぶ玩具が、労せずに手に入ったような喜びにひたるブルグドレフだった。
面白さ得るために自身の身分を押し上げる道を選び王よりの要請を受諾したが、予想を覆す展開に興じる。
『このお嬢さんの相手をするのなら、退屈しない人生が送れそうかな…』
煩わしさより好奇心が増す。
たぶん、無意識に思惑持つ慢心した顔をしていた…と、今ならブルグドレフは思い当たるであろう。だがその時は、フレイリアルの中に潜む闇を孕む者が静かに観察していることに気付いていなかった。
フレイリアルの無計画な行動力と、思ったことをそのまま伝えてくる会話に翻弄される自分自身を楽しみつつ、自分が年長者である立場を思い出し穏便に大人な対応で案内する。
全く状況を読む気もなく、自身の興味の赴くままに行動するフレイリアル。
思うがままの行動…と言う点ではブルグドレフと似た部分あるが、その度合いは比べ物にならなかった。
フレイリアルは何者にも縛られないように見えた。
「送っていただいた魔石は、何処で手に入れたのですか?」
「ここの境界門から出てすぐにある森の入り口で見つけました」
「いつ? 最近ですか?」
「いいえ、3の年前ぐらいです。普通に落ちてましたよ」
「なんと! 普通に!!」
矢継ぎ早に襲い来る質問と、年若い者とは思えぬ驚嘆の仕方に度肝を抜かれる。
「ふっはははっ! いやっ失礼…」
まるで興の乗った研究者でも相手にしている気分になり、ブルグドレフは何だか面白くて声を出して笑ってしまった。最近得ることの出来なかった、心からの笑いだった。
「本当に魔石が好きなんですね。今度許可を取っておいて境界門外に出てみましょう」
「是非に!!」
フレイリアルの真剣な瞳と即答ぶりに、もう一度笑ってしまう。何の含みもなく、純粋に魔石を求める其の姿勢に好感を持つ。
自由とはほど遠い出自や境遇なのに、何者にも囚われない行動。憧憬のような気持ちが、ブルグドレフを捉える。
ブルグドレフは自分でも分からないが、異様な程この状況に気分が高揚する。この婚姻の申し出は悪くない話なのではないかと思える様になってきていた。
「第六王女フレイリアル様…」
「フレイリアルかフレイで良いですよ! ブルグドレフさんみたいに普通に接してくれる人がエリミアにも居て吃驚しました。何だが嬉しいです」
微笑みながら申し出る。
フレイリアルはブルグドレフの中の樹海の色合いへの偏見の無さを感じることができ、親近感が湧いた。
「ではフレイ様…と呼ばせて頂きます」
予想外にフレイリアルからも距離を縮めてもらえたようで、ブルグドレフの顔に本当に楽し気な笑みが浮かんでいた。
その時、何処かから冷んやりする視線が送られる気配を感じ、ブルグドレフは思わず周囲を見回し確認する…が特に問題はなさそうだった。
道すがら話すフレイリアルは、異様なほど魔石に執着する他は…少し野趣に富むと言った感じのとても高位王族とは思えない程、素朴で可愛らしい一風変わった…今までにないぐらいブルグドレフが興味を持てるお嬢さんだった。
喋りながらゆるりと進んでいたが、予定していた第一の視察地である境界門へ辿り着く。
門から50メル程離れた所に、その場所に様々な者が滞在出来るように築き上げられた砦がある。その中に更なる地下へ降りる場所が存在する。
「私は境界門と境界壁の管理棟へ入りますが、ご一緒しますか?」
ブルグドレフはがフレイリアルに声を掛ける。
「一緒に入っても大丈夫ですか?」
砦から地下に降りる扉に、 "関係者以外厳重に立ち入りを禁ず" と刻まれている文字をみてフレイリアルが逆に質問してきた。
「えぇ、こちらから結婚を申し込ませて頂いてる方なのですから、立派な関係者ですよ」
ブルグドレフは、にっこりと微笑み快諾する。
確かに部外者禁止だが、継承権持ちであるレクス名乗る上位の者を一介の管理者が本来拒むことは出来ない。
フレイリアルは入れて当然…なのである。だが其処は、結婚を申し込んでいる状況を強調して周囲の者や本人の意識の中に既成事実として刷り込むため、言葉にして耳に残す。
『我ながら小ズルい…』
ブルグドレフは自嘲しながらも手管を弄する。
そしてフレイリアルと共に、管理棟へ入る。
「慣れないと足元危ないですのでお手を…」
そう言ってブルグドレフはフレイリアルに手を差し出す。
「ありがとうございます」
同意の言葉を得て手を取ろうとするが、一瞬、差し出した手に氷が触れるような感覚が走り、突き刺されたような痛みが広がる。ブルグドレフは思わず引っ込めそうになったが、負けずにフレイリアルの手をしっかりと手を取る。
何故か "負けずに…" と思ってしまったブルグドレフだが、自身の思考とその痛みを不可解に思う。
フレイリアルの手を引きながら、狭くて暗い階段を魔石の明かりを灯しながら4階分ぐらい地下に降りていくと扉があった。そこには予想よりは大きめの部屋があり、一段高くなった5メル四方の台に陣が施されていた。
「今は正常に稼働していた頃の100分の1以下の魔力量しか巡ってないと言われているので、定期的に魔石を補充し境界壁と境界門へ魔力を導き入れています」
言葉通りブルグドレフは賢者の塔から指定された量の魔石を陣に乗せ、魔力を動かし陣に流し入れる。
陣の輝きが増し境界の魔力が増強されたことが感じ取れる。
「魔法陣に触れても良いですか?」
フレイリアルが一応許可を求める。
「どうぞご自由に触れてください。防御結界陣も敷かれてますので直接は難しいかもしれませんが…」
一応、管理者登録した者以外を弾く設定にはなっていた。そしてブルグドレフはフレイリアルが、ただ魔法陣に興味があり触れたいだけであると思っていた。
フレイリアルが大賢者を名乗ったと言う話は賢者の塔の噂として聞いていたし、その裏付けをするため賢者の塔中央塔にて管理者達に王命で聞き取りが行われたのは知っていた。
青の間に強力な魔法陣が敷かれていて、その部屋に何者も到達できていない…と言う事も理解していた。
だが今回直接会ってみてから、事実であるかどうかの確認を本人に対して…ブルグドレフはしていなかった。
否定する者も多かったので噂としてしか捉えていなかった…とも言えるが、確認したくなかったのかもしれない。
そして此から目の前で繰り広げられる光景に、放心し唖然とすることになった。
フレイリアルは許可を得ると、造作もなく防御結果陣の内側に入り込みブルグドレフの横に立つ。跪き両手を魔法陣に置くと、内なる魔石…賢者の石より魔力導き陣を解析する。
そしてフレイリアルが独り言のように呟くのをブルグドレフは聞き取る。
「折角苦も無く此処まで辿り着けたし、此処は早めが良いと思ってたし、予定じゃなかったけど先に遣っちゃおうか…」
『そうだね…樹海側は魔物の侵入もしっかり防ぎたいし、少し広範囲で対応できる強力なモノに変えた方が良いかもね…』
「そっか…じゃあ少し多めに集めたほうが良いかな」
『そっちはフレイに任せるから、僕は陣の修正に力を使うよ。樹海近くだから集めやすいと思うけど、なるべく練習したみたいに大気中からね…』
師匠なリーシェライルとの段取りが完了すると、今度は立ち上がり両手を軽く広げ手のひらを上に向ける。ブルグドレフにはリーシェライルの返事は聞こえないので、フレイリアルが一人で呟きながら行動しているように見えた。
「何をするつもりなんだ」
ブルグドレフは何が起こっているの分からない状態でボーッとフレイリアルを見ながら呟く。
その時、急速に上空から相当な量の魔力が集まってくるのが感じられた。
それは往古に描かれた機構に繋がる翡翠魔石で描かれる魔法陣に呼び寄せられ、上空に環を描き回転する。
巡り始めた魔力は、徐々に増幅し薄緑色に輝き始めた。
更に元々ある魔法陣に共鳴するように翡翠魔石の粒子が地下空間に集まり、リーシェライルの導きで新たなる陣を築き上げ、頭上ぐらいの高さで元々の魔法陣の上に浮かぶ。
その陣をフレイリアルが魔力導き空間の魔石動かし、補強するために上書きする。
呼応する2つの魔法陣が時とともに距離を縮め、重なり、新旧合わさった新たなる陣となり煌めき定着した。
「リーシェ完璧だね!」
『僕らの合作なら当たり前だよ』
2人して自負する共同作業を、少しずつ完成させていく。
そこには往古の機構を介さず立ち上がる構造を持ち、独自に防御結界作り出す魔法陣が組み上がり、新たな時代へと輝きを放ち始めるのだった。




