18.巻き込まれた原因
「今日の僕とフレイの秘密だね」
小首を傾げ宵闇色に光指す瞳を優しく細めながら、顔にかかった銀の長い髪をするりと延びた白い指で除けて耳に掛けそのままナイショの仕草で口の前に持ってくる。
そんな麗しい仕草で締められた今日の内緒話の内容。
《大賢者が塔を離れる事で起こる惨事》
酷く不穏な題材だった。
フレイが青の間に出入りするようになってから1年と5の月ほど過ぎた頃だった。
それまでの間、フレイは自分の部屋にこもってたら出来ないような事、教えてもらえないような事を此処で数え切れないぐらいリーシェとやってみた。
リーシェがしてくれる昔の話や、昔々の話、昔々のそのまた昔の話、魔石の話に魔物の話、次から次へと湧き出る数々の話に興味は尽きない。リーシェは疑問も寂しさも全てを埋めてくれた。
質問した内容に答えてくれるリーシェは、答えを教えてくれているのに時折り奇妙な事を言った。
「へぇー、僕も聞かれるまで知らなかったな」
「えっ? だってリーシェが答えたじゃない!」
「僕の中にあることを僕が全部知ってるわけないじゃないか!!」
子供の様にむくれながらリーシェは答える。
7歳ぐらいの子に対等に突っ掛かる姿は子供ながらに「しょうがないな…」と思ってしまったが、フレイリアルはリーシェライルの事が誰よりも何よりも大好きだった。
此処に来てリーシェと一緒にいると、自分の部屋周りで聞く嫌な話を全て忘れられた。
選任の儀前の予備学習として賢者の塔にある学舎に入ることが決まったときも、リーシェの近くに行きやすくなると思い嬉しかったぐらいだ。
『それなのに何でこんな…』
そう思いながら、起きた事態に義憤抱えフレイリアルはその場から全力で走り去った。
フレイリアルは近づいてくる同年代の子供が大嫌いだった。大体がからかうために近づき、見た目が違うだけで悪く言う。
根拠の薄い根拠で縛ろうとする浅はかな考えが許せなかった。
『大人も同じ…』
結局フレイリアルの鮮やかで綺麗な青葉の瞳や豊かな大地の色した髪は、均一な色を持つここの人達にとって "異質な色持つ奇異な者" としか認識してもらえなかった。それなのに学舎で集まる事で一層の違いを印象付けられ、フレイリアルは弾き出される。
攻撃用の水の魔力をぶつけられたが、フレイ自身の持つ特性で難は逃れた。
だが、その力は攻撃してきた子供達を昏倒させることになったのだ…。
学舎のある賢者の東塔から中央塔まで、フレイは走り続けた。
そして、今では儀式や謁見でもない限り、問い質される事も無く通れるようになっていた中央塔入り口を息を切らしながら走り抜ける。転移の間まで行きつくと、呼び止められる隙を与えず陣に魔力を込め転移した。
転移陣を起動し18層に移動する一瞬の間、ここに来たばかりの頃の事が思い浮かんだ。
「フレイは体の中に魔石は持ってないけど力は引き出せるはずだよ」
何度かリーシェに転移陣を使って蒼の間まで連れて来てもらい、自分でも転移出来たらなぁと思っていたときに言われた。
「えっっ?」
「だって回路が見えるよ」
「???」
リーシェは事も無げに言った。
「だって、石樹の儀の時、石を取り込めたでしょ?」
「…うん…」
「王城の結界とか通るの、すごく嫌な感じするでしょ?」
「うん」
「それは回路がしっかりフレイの中に出来上がってるからだよ。王城壁に埋められている魔石と魔石で作られる結界が回路と干渉して、通り過ぎるとき嫌な感じが出るんだ。回路がしっかりしてる者ほど、あそこはあまり通りたくないと思うとはずだよ」
相変わらず訳がわからないと言った顔をしているとリーシェは優しくフレイの頭に手を置き、柔らかな髪を愛しそうに微笑みながら撫でてくれた。
「取り込んだ魔力がそこにあるのは当たり前の事だよ? どれぐらいの強さの魔力を扱えるかはまだ判らないから、少しずつ僕と訓練していこうね…それと、これは皆には内緒にしておいた方が良いから二人の秘密だよ」
笑顔でふざけながら楽しそうに、ひ・み・つ、と指を左右に動かすリーシェの笑みは相変わらず花が咲くように美しかった。
そんなことを思い出す間に18層に着いた。
其処からも、ひたすら走り最上階を目指す。
階段を一歩ずつ駆け抜けていくと周りの魔石の鋭くも清々しい力が降り注ぎ、毎回の事だが身体の中に溜まった澱が全てが洗い流されて行く。最上階にたどり着く頃に怒りは落ちつき、その分じんわりと悲しみがやって来た。
青の間の扉を開けるとリーシェはいつもの様にゆったりとした動きでこちらを振り返り、優雅に微笑みフレイを迎えてくれた。
「いらっしゃいフレイ。学舎での勉強は終わったの?」
包み込むように微笑んでくれるリーシェに辿り着き、フレイは今まで我慢していたもの全てが溢れてくるような気持ちになった。
ぽろぽろと瞳からこぼれ落ちる涙は止めどなく流れていった。
立ち尽くしたまま無言で涙を溢すフレイに近づき、リーシェは何も言わずに抱き締めてくれていた。
暫しの時間が流れた後、フレイがまだ涙を流したまま呟く。
「リーシェ、一緒にここから出ていこうよ」
「ねぇ、一緒に行こう!」
少しずつ大きくなる声で何度も繰り返し訴え、最後は泣き叫びながら言う。
「お願い、リーシェ。一緒にこの国から出ていこう!!!」
リーシェはその言葉にゆっくりと静かに答えた。
「僕はこの塔から離れたら生きて行けないんだ…」
フレイはその返事を聞いて固まり、涙でぐちゃぐちゃの目に疑問を浮かべながらリーシェライルを見つめた。
「ここから離れたら生命を維持出来ないんだよ」
もう一度はっきりした言葉でリーシェは答えたのだった。
《大賢者》
先代大賢者より体内魔石を継承し、その魔石と回路を繋ぐことであらゆる魔石から最大限の力を引き出すことができるようになる。その力は賢者の塔を制御する力として利用され、過去の大賢者が蓄えた知識を共有することもできるようになる。
その他解明されてない力もあると推測される。
ヴェステ王立魔石研究所
リーシェは泣いていたフレイが泣きやむのを確認してから、手元にあったヴェステの研究所が発行した研究論文が載った厚い本をパタリと開き見せてくれた。
「大賢者って公式にはこんな感じの事しか知られていないけど、出来る事以外にも出来ないことが存在するんだ…」
困ったような悲しそうな顔でリーシェは、リーシェの中で解っていることを教えてくれた。
リーシェは賢者の塔の魔力が此の国の隅々まで広がっていること、そして繋がっていることを教えてくれた。
「この国は乾いているけどお水には困らないでしょ? それは、この地面の下の奥深くに水の通る道が出来ていて、塔の魔力で循環…ぐるぐる回してるんだ」
フレイは初めて聞く自分の住む場所の不思議が解き明かされていくことに、胸の高鳴りを覚えた。
「この国の街中は砂漠よりは涼しくて、樹海よりは乾いてる、そして山々より温かい。何も調整しないこの国の状態は、荒れ地を十倍荒れ地にしたような環境のはずなんだ…本来、人が住めないような…」
今まで聞いたことも見たこともない内容にフレイリアルは言葉一つも出なかった。
「この国の環境が人に優しいのは、全て塔が大気や水を制御しているからなんだよ」
フレイはリーシェの話を聞いて、この国にはリーシェが必要だけどリーシェにはこの国は必要じゃないと思った。
「でもリーシェに国は必要じゃない気がする!」
思ったままを伝えた。
「うん。僕には必要ない…だけど僕の身体には必要なんだ…」
「??」
「僕も僕にとって、この国が大切であると思えてない…フレイと一緒だよ。でも、僕の身体は塔の機構に組み込まれてしまってるんだ」
リーシェは更に説明してくれた。
大賢者は、塔とも回路を開き、魔力制御弁として組み込まれていると言うことを…。
リーシェの身体を維持するためには大量の魔力を循環させておく必要があり、リーシェにとっても塔が無いと生命を維持できないと言うことだった。
塔も大賢者が居ないと機能不全を起こし、全ての機能が破壊されてしまうという一蓮托生の関係であると言うことを話してくれた。
「だから大賢者である僕が居ないと、人間が住めないような国になってしまうんだ。境界壁や王城壁の管理も大賢者と賢者の塔でやってるから、この機構が崩れたら魔物が四方から侵入し放題になっちゃうしね…」
笑い顔でおどけて見せるが、逃げ場の無い現実に縛られている状況。渦の中に術なく飲まれていき、笑うより他無いような状況…と言った感じだった。
「抜け出す方法は無いの?」
フレイはリーシェがそんな状況であることが許せなかった。
「基本的には無いのかも…でも大賢者の蓄積された情報の中に《天空の天輝石》と言うのがある。凄い魔力を含み、それぐらいの大魔力を含む魔石なら機構に組み込まれてしまってる賢者の石と入れ替える事が出来る…と言う情報も有るんだ」
リーシェは寂しそうな顔で話し、悲しそうな顔で付け足した。
「でも僕はここから動くことは出来ないから、僕の使命が終わる日までここに居るしか無いのだけどね…」
そう言いながら、その美しい顔は実際に行くことの出来ない遠い荒れ地や首都の街並みを賢者の塔の窓より、羨望を含む瞳で写していた。
「リーシェが探せないなら私が探してくる。この国に無いならどの国に行ってでも、私の一生を賭けてでもリーシェを自由にしてあげる!」
その時初めて《天空の天輝石》を追い求める決意をした。
"今日のリーシェライルとフレイリアルの秘密" が、そうして其処に大きく出来上がったのだった。