おまけ2 キミアとエレフセリエの行く道 1
「ふっざけるな!!」
タラッサ連合国内レグルスリヤ王国にある賢者の塔…水の塔の最深層にある透の間に怒声が響き渡る。
普段は子供姿になっている時でさえ冷静さを保つキミアの口調を、怒りが変える。
「何を考えてるんだクソ爺! そのままだと消えてしまうんだぞ」
「ワシは十分働いたと思うのじゃよ…今回の後始末だって、ちゃーんと指示出しといたんじゃぞ。それに王国だって、今後何年かは賢者達だけで何とかなるように以前からお膳立てしといたんじゃよ。どっちにしろ後20~30年かだったんだし…それなら1日でも塔から離れて、他の場所へ行きたかったんじゃもん」
「くっそ…じゃもんじゃない!!」
叱られた子供の様に言い訳しつつ悄気るエレフセリエに対し、怒り心頭のキミアリエ。
「なぁ、キミアよ…一緒に出掛けよう。そう遠くない場所じゃから、どうじゃ?」
「チッ……」
いつもの様におちゃらけて我儘言っているように見えるが、エレフセリエの瞳には強い意志が宿っていた。
塔に繋がりたくないと言うエレフセリエの気持ちが変わらない事を感じ取り、様子を見るためにもキミアリエは舌打ちしつつ無言で付き添う。
「まったく…どこへどうやって行くつもりなんだよ…」
「今回は海山羊を使って行きたかったんじゃ」
嬉しそうにニッコリと微笑みキミアに向かい合うエレフセリエ。
転移で移動するのかと思えば海山羊で行くと言う…場所は告げなかったが思った以上に近場らしい。キミアの返事を得る前に既に準備もしていたようだ。
海岸に立つエレフセリエは本来のヒョロッとした老人姿で、キミアは子供姿で横に並ぶ。意図したわけではないが、2人とも初めて直接会った時と同じ姿形だ。
その雑な口調のキミアは、雰囲気や口調まで少年時代に戻っていた。
エレフセリエとキミアリエはタラッサの大賢者として並び立つ存在である。
1つの賢者の石を共有するにも関わらず、両名を共に大賢者たらしめているのは何故か…。
賢者の石である燐光放つ烏刺紐母魔石の影響が大きいと言える。
現大賢者と次代を引き継ぐものを揃え継承行えば、他の賢者の石でも共有により塔に繋がる能力を持ったまま魔力循環領界外に出て過ごせる大賢者を作り出す事も可能であろう。
だがそれは1つのモノを2人で使う共有であって、両者の意思に食い違いある場合に同等の魔力を行使することは不可能である。
この烏刺紐母魔石で出来た水の塔の賢者の石は、普通の共有…とは少し違う状態で魔石を分かち合い大賢者達の中へ内包させる。この魔石は分裂し、条件を満たす者に分身魔石を抱かせる。分身魔石を授かりし者は、力分け与えられ単独で使えるようになる。
北投魔石を内包したキミアリエは通常とは異なる継承…其の賢者の石たる烏刺紐母魔石に取り込まれ大賢者として再び産み出された。
そして塔付きの大賢者に匹敵す魔力を、賢者の塔との直接の接続なしに得る。
通常の継承と同様、大賢者へ至るのに必要な魔力が生命力から変換され、再生された肉体は20代半ばの見た目に変化していた。
キミアリエが後継者として見出された頃、エレフセリエの肉体は既に塔付きの賢者としても限界を超えつつあった。そのため、休眠期間を設けつつ活動していた。
「ワシが休んでいる間であっても、非常事態起こりそうならば事前に起こせ…無理やり力を得るのは切羽詰まった時のみじゃ。くれぐれも無駄に命を費やすな…」
エレフセリエは長く眠る前に必ず賢者の地下塔の謁見の間にて、王宮と塔の管理者達を呼び出し言明していた。
それでも休んでいる間に2度ほど、通常大賢者しか入れない透の間に無理やり賢者が送り込まれたことがあった。
1度目は功名心溢れる者と利を追求する者が組み合わさり起こった、悪辣な事故の様な愚昧な挑戦。
力強き賢者の力を結集させ築いた多重結界を透の間に赴く者へと施し、賢者の石の力が分け与えられる分裂魔石を作り出し内包するために送り込まれた。
「私が筆頭賢者様方や大賢者様の思い叶えます…」
挑む者は、言葉巧みな者に踊らされ意気揚々と透の間に進んだ。
通常の賢者の石と違い、水の塔の賢者の石は適応力無き者が取り込もうとすると失敗するだけでなく事故が起こる。
賢者の石を取り込もうとした者が吸収されてしまったり弾かれてしまうだけでなく、どれだけ厚い岩で囲った場所であろうと一定範囲の場所にまで影響及ぼす禍々しい燐光を発する。
其の範囲内に居た者は、どのような生物であってもじわりじわりと弱り滅びていく。
1度目の挑戦は、その時塔に居た人数分の後悔で終止符が打たれた。
2度目に透の間に賢者を送り込んだのは、タラソ軍が塔を領土内に持つレグルスリヤに攻め込み急襲仕掛けて来た時だった。
「我が身を捧げさせて頂きます」
「済まぬ…」
この時の対応は致し方ない状況ではあったようだし、起こることも覚悟していた。
覚悟を持ち事に当たる名もなき賢者は無事に分裂魔石を取り込んだ。
そして、得た力で敵を退け塔を守り切る。しかし、内包した者は翌日息絶えた…そのまま内包し続けることは叶わなかった。
闇石が力を得るため心を内側より壊すのに似て、烏刺紐母魔石は内側より身体を破壊する。
二度と再生できない様に…。
資格無き者や中途半端な資格持つ者がその賢者の石…烏刺紐母魔石の力を得た場合、身体の内より爛れ溶かされ…一瞬でもその存在に触れた者を死へと誘う。
一時的な力を得るため送り込まれた賢者は、生け贄として使い潰される様なものだった。
水の塔の大賢者を探すに当たってまず北投魔石を内包する者を探すのは、それが烏刺紐母魔石に耐えられるかどうかのの指標になるから…。
北投魔石を内包できる者は、烏刺紐母魔石にも耐えられる可能性高き者であると言われていた。
だから賢者であるかどうか以上に、その魔石を内包出来るかが重要なのであった。
レグルスリヤの特異な賢者の石は、継承者を途切れさせ単体にしてしまうと賢者の塔を越え生者無き領域を作り出す。
大賢者は生きた障壁にもなっていた。
其の危険を孕む特異な魔石は、他の塔を統べる賢者の石と違い莫大な力を賢者の石のみで作り出す事が可能である。
エリミアと違い、往古の機構が失われているタラッサなのに類似した機構を再構築し維持できるのは其の魔石あってこそである。
危険度も高いが、恩恵も大きい…扱い方を間違えれば牙を剥く、まさしく諸刃の剣であった。
キミアリエは王家から生け贄の様に捧げられた王子である。
大賢者の継承者を探す時、差し出しても影響の少ない王族の儀式には北投魔石を混ぜ込んで行っていた。
第4王子であったが、上の王子や皇太子とは歳離れたキミアリエは継承権持つが影響力は有って無いに等しい者…王子とは思えないぐらい自由に育ってきた。
王家の者のほうが、一般の者より特殊な魔石を内包出来る確率が高いから…ある意味切り捨てられたのだ。
エレフセリエとの道中、ふっ…と過去のシガラミを思い出していた。
「…国や周りの事は打ち遣っちゃって良いぞ…塔には繋がっても、繋がらなくても良いのだから」
「はぁ?」
「お前は大丈夫だ…ワシが願っちゃったからな」
「???」
「本当はこの定めから完全に解放してやりたかったのじゃが、それは無理って言われてしもうてな」
カラカラと笑いながらエレフセリエは言う。
「その願いは何なんだ! クソ爺、話が違うぞ!」
大賢者の総意で動かせるはずの大地創造魔法が何者かに起動された時、理…無限意識下集合記録の持つ意志による裁定が働いている事をエレフセリエはキミアリエに告げた。
「自浄と言う名の制裁がもたらされているんじゃ…」
突然告げられた内容は、自然に導かれた抗いようのない力としてキミアの目の前に立ち塞がるようだった。
だがエレフセリエは可能性を語る。
「全ての塔が満たされる状態に近付けば、あるいは世界の理に繋がるかもしれぬ…」
そうして、以前から仄めかされていた様にキミアリエはインゼルの白の塔に向かう事になった。
1人の大賢者として塔と繋がるために…。
その前に理…無限意識下集合記録による世界の裁定についてエレフセリエが、知る限りの知識を口頭にて教えてくれた。
全ての塔が繋がる大賢者で満たされるならば、大地創造魔法を止めることができる。それは世界の理に繋がることであり、無限意識下集合記録の領域に入ると大賢者は2つの願いを叶えられると言う。
1つは大賢者の総意の下願う世界への願い。もう1つは大賢者の1人1人に与えられる願望叶える機会。
但しどちらも却下される可能性が有るらしい。
それはエレフセリエが危険を顧みず意識の深層に潜り得てきた情報だった。
「制限付き、ご褒美特典じゃな」
にんまりとエレフセリエは笑む。
「だが此処で私事を願うのは危険じゃ。不釣り合いな力による自分の願望の達成は、自身への危険を及ぼす」
そしてエレフセリエは真剣な口調でキミアリエに告げる。
「ワシらが得た力は、この地と人々から得た力。この世界が存続するために願いを使うべきなんじゃないかと思う…」
キミアは納得いかないながらも説得され、危険及ぼす願いは持たぬとエレフセリエに誓わされたのだ。
そして彼の領域に至った後、キミアリエは実際に世界の理を占める無限意識下集合記録に、大地への力の供給絶えぬこと…安寧を願った。
勿論ちゃんと叶う願い申し出る前に、キミアらしく約束などお構いなく色々と勝手な願いを申し出てみた。
「僕らを完全に自由にしてよ」
「無理だ」
「じゃあ、あの子を僕に頂戴」
「そう言ったことは、此処を通すべき願いではない。他者の意思を操ることは叶わぬ」
他者の意思を強制的に変化させるのは、無理な願いとして分類されるようだった。以外と出来ること出来ないことの境界がキッチリしているし、出来ないことが多い。
「世界を操る癖に、なーに綺麗事言ってるんだか」
キミアが毒づく。
「じゃあ、爺を長生きさせてよ」
「既に、その者は助言者。生物としての域は越えている」
「何一つ願い事なんて叶わないじゃないか!」
却下され聞き入れられない要望にキミアリエは憤る。
キミアは其の領域に存在する人ならざるものが、哀れみ慈しむような瞳の色浮かべている様に思えた。
「…結局、爺の言う様な願いしか叶わないのか」
今にも泣き出しそうな表情で呟くキミアリエがそこで佇んでいた。




