37.動いた先に見える未来へ踏み出す
未だリーシェライルが目の前から消えた現実を理解しきれず、茫然とするフレイリアル。
窓辺で宙を見たまま涙流し固まっている。
青の間の扉が開かれ、人が入ってくる気配を感じた。
フレイリアルは目の前まで進んできた者を生気なく見やる…予想外の者が立っていた事で意識が向き、思わず声が出る。
「ニュー…ル…?」
少しだけフレイリアルの目に光が入っていた。
ニュールは要件を告げる。
「頼まれたんだ…いつまでもウジウジしているようなら尻を叩きに行ってくれって」
「…リーシェが?」
「あぁ…そうだ。ほぼ、大賢者様が予想した通りの行動だな…」
「当たり前…じゃない!!! こんなのって無いよ!!」
静かに奥底で渦巻いていたフレイリアルの怒りと悲しみが扉を見つけたかのように、ニュールに向かい流れ…叫びとなって飛び出す。
大賢者集まる異空間で、ニュールは隣にスルリと寄ってきた魔物以上に強かでしなやかなリーシェライルに申し渡された。
「君がフレイから悪い虫を遠ざけないから、僕が不安になって暴走しちゃったんだよね…。君が責任をとるのは当たり前だよね?」
これぞ有無を言わさぬ鮮やかなる責任転嫁。
艶麗な微笑みを浮かべ、シレッとニュールを責めてくるリーシェライル。
「どんなに魔物が束になろうと、貴方には負けます…」
もう諦めて思ったままを声に出し伝える。
「気持ちそのまま言葉で伝わるからって、遠慮が無さすぎると更に肝を冷やすことになるよ…」
可愛らしく不貞腐れる様な態度と企む笑みに、酷薄さが入り凄みが増す。
言葉通りに心胆寒からしめる。
その直後に浮かべた艶やかないつもの笑みの中に、フレイリアルしか見たことが無いだろう…リーシェライルの内側から漏れ出るような本当に優しい笑顔が混ざりこむ。
魔物入る強者に分類されるであろうニュールであったが、その落差ある表情に唖然とし余計に背筋を正さなければいけない気分になった。
「ふふふっ…本当に君は相変わらず酷いなぁ、取って食うような真似はしないから安心してよ」
軽く笑い声まで聞こえる。
そして真面目な声に戻る。
「僕はフレイが前へ進む道を選択する。…だから、立ち止まっているようなら背中を押してあげてね、頼んだよ…」
「わかり…ました…」
今まで見た中で最高に優美で魅惑的な笑みを浮かべ、ニュールを魅了する。
その笑みで雁字搦めに縛り上げたニュールから、絶対に否と言わせぬ力を持ってリーシェライルは約束の言葉をむしり取る。
半強制的ではあった…だが、どちらにしろ覚悟の入った願いをニュールは拒否することができなかった。
怒りをぶつけてきたフレイリアルに問う。
「このまま何もせず留まり、大賢者様の思いを否定し消え去るのか?」
「なぜ、私だけが残らなきゃ…」
自分自身を未だ受け入れがたいフレイリアルが自棄するように思いを吐き出す。
「一緒にいたかったからじゃないのか?」
「それな…ら…ぅっく…」
嗚咽を抑えるが、涙で言葉が続かなかった。
「選択されて進んでしまった道は取り消せない…だけど最善を目指して先へ進むしか無いんじゃないのか?」
「それでも…リーシェに…居て…欲しかった」
フレイリアルが無言で涙流し続けるのを、ニュールはひたすら見守っていた。
そのまま黙して、守護の思い持ち待つ。
暫しの時の後、動きを止めていたフレイリアルが声を出す。
「どうすれば一緒に居られる?」
「…魔石の魔力を動かしながら、願いを叶えるための呪を捧げれば良いそうだ」
「分かった…ありがとう」
そしてフレイリアルは、美しい透明感ある輝く灰簾魔石を両掌に乗せ、魔力動かしつつリーシェライルと自分が前に進むための切っ掛けの言葉を呟く。
「我願う解放」
フレイリアル自身の願いとリーシェライルの願いが循環する。
膨大な魔力が立ち昇り、賢者の塔の存在を知らしめるように強く温かく優しく輝く。
今まで頼り切っているのに空気の様に気づきもしない者たちへ、大々的に大賢者と言う存在をエリミアの国土全体へ突き付ける。
その輝く光は収束するとフレイリアルの中に入り込み、フレイリアルの中に広がる彼方との繋がりをゆっくりと埋めていく。そして、この世界との繋がりを再び強め取り戻す。
その光の中には、しっかりとリーシェライルの存在がある。
「リーシェ…」
魔石が溶け消え去った手のひらで、既に存在しないリーシェライルの影を含めてフレイリアルは自分自身をひしと抱きしめる。
手から伝わる魔力は、リーシェライルの魔石が身体の中に納まり輝き存在することを感じさせた。
その腕にリーシェライル自身を抱きしめることは二度と出来ないが、存在そのものを抱きしめ共に歩み続けることは約束されたのだ。
ニュールがポスリとフレイリアルの頭に手を置き無言で労わる。
その温かさが、フレイリアルの重くなった心を少しだけ軽くする。
そしてニュールが下からの気配に気付き伝える。
「来客があるようだぞ…」
ニュールの言葉の後、暫くしてリオラリオがアルバシェルに抱えられて18層の転移陣より22層に上ってきた。
「アルバシェルさん…リオラリオ様…」
気持ちはまだ沈むが、前を向けるようにはなっていた。
アルバシェルはリオラリオを下すとフレイリアルに向き合い無言で抱きしめる。
「???」
疑問を浮かべるフレイリアルに答えるアルバシェル。
「リーシェライルから頼まれた」
アルバシェルは抱きしめたまま静かに伝える。
「1人で我慢して立っているなら抱きしめてやれ、支え棒ぐらにはなるだろ…って。本当に君の保護者は辛辣だよな…」
更に手を差し伸べてくれる者を手配していたリーシェライルの過保護さに、フレイリアルは苦笑する。
「リーシェは心配性だから…」
何処までも愛されている事を実感する。
その時、ニュールの方へつかつかと歩み寄るリオラリオが居た。
「最期の最後でお会いできると思わなかったわ!」
ニュールがその勢いに一瞬たじろぐ。
「初めまして。時の巫女をやらせて頂いてたリオラリオです。フレイの守護者様には以前からずっとお会いしたかったんですのよ」
魔物なニュールになっても、未だ腹に一物持つような人との渡り合いは苦手であった。幼い姿のリオラリオであるのに、ニュールはあからさまに警戒し、引いている。
「そんなに逃げられると追いかけて捕まえたくなるわね…」
リオラリオが今までにないぐらい楽しそうだ。舌なめずりして追いかけ弄びそうな勢いだった。
ニュールは以前、リーシェライルがリオラリオの事を珍しく感情あらわに毛嫌いするように述べていたのを思い出す。
『あれは同類だからだ…同族嫌悪ってやつだ』
この不用意な思考が導く表情が、狩る者の好物であるのだがニュールは気づかない。
たとえニュールが魔物入る者であったとしても、権謀術数巡らす世界で長年生き延びてきた強さだけでは敵わぬ力持つ者にはとても弱いようだ。
「やはり、もっと前に貴方みたいな方にお会いしたかったわ…楽しくてもっと遊びたくなってしまうもの」
面白そうな獲物をどう料理しようか楽しそうに思考するリオラリオの姿は、純粋に悦に入る彼方の人格に近い雰囲気を持っていた。
リオラリオの笑みはニュールの背中に寒気を走らせた。
その後、華やかな満面の笑み浮かべリオラリオが皆に伝える。
「冗談はさておき、一応、貴方達にも私が知り得た未来の可能性を伝えておこうと思ったの」
リオラリオが散々魔力注ぎ、見続けた世界が進む可能性持つ…未来。
「この世界自体も無限意識下集合記録との接点が減ることで彼方との繋がり薄くなり、魔輝が天輝や地輝として湧き出る事は殆ど無くなるでしょう。それにより、魔力が薄い世界へ少しずつ移行していくわ…それがどれぐらいの期間で起こるかは分からないけどね。でもここ以外に存在する世界の中には、魔力の扱えない世界だってあるの。だから十分やっていけるはずよ…」
鮮やかに微笑み鼓舞する。
「諦めずに進みなさい」
そしてフレイリアルに近づき伝える。
「フレイ…貴方は彼方との繋がりを魔石で埋めることで巫女の特質は弱まるでしょう」
その言葉にフレイリアルは安堵する。
「貴女は大賢者リーシェライルの大賢者の石を受け入れることで、賢者の石を引継ぎし者…大賢者と呼ばれる者になったの。故に、人から指摘され責任を負わされそうな立場になるかもしれない。でも、大賢者リーシェライルは貴女と共に居たかっただけで…決して大賢者にしたかった訳ではないから気負わずに過ごしてね。…まぁ、絶対にそのうち意識下に出てくるはずだから困ったら動いてもらいなさい」
そして、ちょっとお茶目な感じで付け足す。
「あと、アルバシェルを宜しくね。巫女の繋がりは、貴女に魔石が填まった時点で弱まっているのだから、これから先の思いはあの子自身の思いよ。だから、良かったら曲解せずに受け取ってあげてね…」
そして次にニュールに近づき伝える。
「これから先、確かに貴方は自身を捧げ役目を続けねばならないでしょう。でも、貴方の人生でもあるのだから貴方自身が選んだ道をしっかり楽しみなさい。誰かのための貴方ではなく、貴方のための貴方だって事を忘れないでね…」
2人に告げるとリオラリオは決意する。
「私はそろそろ行くわね! 自分たちの手で素敵な世界を築く事を願っているわ」
そして有無を言わせず、軽やかに切っ掛けとなる言葉を唱える。
「我願う解放…御機嫌よう」
金の煌めきとともに霞み消えていった。
「嵐のように過ぎ去って行ったね…リュウと会えると良いね」
そう呟くフレイリアルはアルバシェルに抱きしめられたままだった。
ニュールが怪訝な顔をしながら述べる。
「…んんんっ? 男として悲しみ落ち込んでる者に付け入るように近づくのはイカガなモノなんだ…?」
久々にフレイリアルが近くにいて、守護者の繋がり全開…お父さん傾向が強まるニュール。魔物版お父さん状態なので殺気が半端ない。
だが、苦言呈されても動じないアルバシェル。巫女の誘因力が消えている割には中々強引だ。
「私はフレイと共に歩む者だから、これぐらい許される」
勝手な解釈で勝手に述べて行動するアルバシェル。
フレイは何故か、固まった状態のままだった。
ニュールが訝しみフレイに尋ねる。
「どうしたんだ? 大丈夫か?」
「リーシェがね…奥の…底の方から凄い勢いで昇ってくる感じがするの…」
その瞬間…フレイリアルの中から発する灰簾魔石色の輝く魔力が重力を持ち、アルバシェルを押しつぶし引きはがす。
フレイリアルの顔には、心からの喜びに満ちた笑みが溢れ…止めどなく涙が零れる。
「こんな形になって、悲しませてゴメンね。でも、その代わり言葉通りに一生、君と共にあるからね」
意識下で嫣然と端麗な笑み浮かべるリーシェライルが…確かな存在として、フレイリアルの中に…そして周囲にも知らしめるように淡く輝く魔力で形作り顕現した。
「本当に私の中に居てくれるんだね…」
嬉しそうに幸せそうに呟くフレイリアルを、リーシェライルは内より溢れ出した力で…内から外から全てを受け止め強く抱きしめる。
究極の繋がり…2人で1人…誰にも侵すことのできない、強く巡る環が作り出される。
そして鉄壁の防御力持つ助言者リーシェライルを持つ大賢者フレイリアルが出来上がった。
その様子を目にしながらも、喜ぶフレイリアルの姿をアルバシェルは嬉しそうに見つめる。
暖かな眼差しには、受け入れるけど諦めない…と言った不屈の思いが籠っている。人の領域超えた難攻不落の繋がりに、新たなる気持ちで挑戦しようとするアルバシェル。
まだまだ、ここでのドタバタも続きそうであった。
魔物な心持ちのニュールは、少しの哀れみの気持ちと…少しの呆れる気持ち、少しの賞賛の気持ち…を持つ。
そして今後の成り行きへの大きな興味を持ちつつも、とばっちりを受けない距離で見守ろうと決意をするのだった。
これにて本編完結となります。
最後までお読み頂きありがとうございました。
読んで下さる方がいると思うだけで、書き進めるための励みになりました。
本当にありがとうございます。
7月末ぐらいからポツポツとおまけ話を書いてみようかと思いますので
また時間あるときにでもお立ち寄り下さい。
よろしければブックマークや感想、評価なども頂けると幸いです。
暫く別話等でも此の物語世界の中を広げてみようと思いますので、気に入りましたらまたよろしくお願いします。




