36.思い願い動き悲しむ
「契約は結ばれた。これから先、君が選び取る瞬間まで君は管理者となった…」
笑顔で告げる金色に輝く使者はニュールの手を取り、金の魔力注ぎ込み告げる。
「使命は僕らの代わりに見守ること、手出しをしても良いけどね…その権限を与えよう。そして、世界を理の中に再び委ねるか…そのまま独自の道を歩むかを選択できる権利を行使できるのが最大の特徴かな」
淡く輝く白黄の光纏う空間で、無限意識下集合記録の意思とニュールの間に交わされた約諾だった。
「随分と緩い取り決めだが良いのか?」
「温情ある約束って感じでしょ?」
愉しそうに語る。
新しい試み…と言う感じであり、観察する甲斐のありそうな対象…といった趣きだった。
「まぁ、絶対的な力は持たない神様みたいな存在として永遠を過ごしてもらうからね…少し緩いぐらいじゃないと耐えられなくなっちゃうと思うんだ。簡単に終わっちゃっても詰まらないからね」
そう言って、にやりと笑う。
「注意事項としては、死なないわけじゃないから気を付けて。病気にもならないし、怪我もすぐ治るけど、粉微塵にされたら死んじゃうよ」
愉しそうに脅してくる。
「もし、苦しくなったら誰かに権限を委譲する事も可能だよ。但し権利の引継ぎをせず死んでしまえば、契約は解除となり再び他からの干渉受ける世界になることを忘れないで。死にそうな時は後継者に権限を譲渡するのも有りだよ」
したり顔をしながら一見優しげにニュールの頬に触れる。
この表情は見たことがあると思った…研究所に連れていかれた時、ニュールを実験台にして嬉々として情報を集める研究者がいた…それと同じだった。
「君はこれで自ら僕らの愛すべき永遠の囚われ人になったのだからね…」
柔和だけど残酷で心無いのに愉悦だけ籠る瞳をニュールに向け、憐れむようにやさしく包み込むように呟く。
「これは世界が受ける干渉を、君が一手に引き受ける様な契約だからね。破棄したくなったらいつでも解放の呪文を唱えるんだよ…"我願う解放" ってね」
散々脅され、揶揄われ、弄ばれた挙句…その者の話が終るとニュールは有無を言わさず望む場所へと送られた。
冷たいのか親切なのか理解できないまま勝手に処理された。
青い清廉な魔力が満ち足りた空間…懐かしい思いが刻まれた場所。
フレイリアルが時空超えた場所から辿り着いたのは、無論のこと青の間だった。
約束なくても当然の様に訪れる場所だが、今回はしっかりと約束した。
窓辺のクッション広がる場所に、いつもの様にゆるりと腰掛け、変わらず同じように待っていてくれるリーシェライルが、悠久の麗しさで柔らかい微笑みを浮かべ迎えてくれた。
「おかえり、フレイ」
「ただいま、リーシェ」
其処にはお互いを必要とし待つ者達がいた。
立ち上がるリーシェライルの下へゆっくりと向かい、フレイリアルは静かに抱きしめる。その柔らかな身体を更に大きな腕で外側から包み込むように、リーシェライルが抱きしめていた。
優しい思いと魔力の循環が出来上がり繋がる…そこには美しい環が描かれる。
空間に満ち足りた幸せな魔力が湧きあがり広がった。
静謐な時の中に濃密な思いが宿る。2人してそのまま朽ち果てても後悔無いという気持ちで、1つの彫像のようにその場で思い巡るままにお互いを感じる。
暫しの時の後、リーシェライルが言葉を発した。
「疲れちゃうから座ろう。お茶でも飲みながら話をしよう」
「そうだね、リーシェ特製のお茶が飲みたいな!」
お互い話すべき内容を伝えるのを躊躇うように、気軽な話を始める。
些末な話の後、今度はフレイリアルがいつものようにド直球で話を振る。
「大賢者の人達と無限意識下集合記録との協議って…どうなったの?」
「勿論、大賢者と塔の繋がりは一度全て外すことになったよ…後は自分の希望によって再度繋がりたい者だけ繋がることになったんだ」
「それが話し合いで決まったお願いだったの? じゃあ、皆の個人でのお願いも話し合ったりしたの?」
「それは無かったかな。皆、集まる前に決まっていたよ」
そこら辺をリーシェライルは話す気が無さそうだったので、フレイリアルは皆の様子を聞いてみた。
「皆と話した?」
「ニュールとは少し話したよ」
「魔物なニュールって何か偉そうだったよね」
「そうだね、確かに前の方が揶揄い易くて可愛かったね。でも今回もちょっとフレイに悪い虫が付き過ぎだって文句言ったら動揺していたよ…ふふっ、あれは僕に対する反射かもね」
リーシェライルから控えめだが楽しそうな笑い声が漏れる。その様子を見て思わず一緒にフレイも嬉しくなる。
「他の人たちは?」
「キミアとアルバシェルには睨まれたかな…エレフセリエには挨拶したよ…」
「ヴェステの塔には誰が入ったのかな?」
大賢者の抜けがあるまま望んだ魔法陣への対応が可能になったのは、ヴェステにある塔の穴が何者かで埋まったから…でも、その情報は無かった。
「皆の集まる中には来なかったよ…だけど感覚として、大賢者では無いのに繋がっていたのが不思議だったな。大地から直接に陣へ干渉するような感じだった…」
「無限意識下集合記録の人は顔は見えた?」
「僕のは知らない人の気がしたけど、ニュールは伯父さんだったらしいよ」
話題はまた本当に取るに足らない、たわいの無い話へと戻り巡る。
この長閑な時間を…この先長くは持てないだろう事をお互い理解していた。
「ここで…青の間で、天輝降りた後、魔物魔石の探索やったんだよね…懐かしいな…」
長い月日が経った訳では無いのに…この短期間に数の年過ぎたかの様な気分になる変化があった。
久々のリーシェライルとの気兼ねのない時間…夜が更けていくのも忘れてしまう。フレイリアルとリーシェライルは、ほぼフレイリアルからの一方的な話ではあったが本当に沢山のお喋りをした。
あの日、荒野に天輝降りた日に魔物魔石を拾いに行った時から始まる冒険譚をフレイリアルは語る。
なるべくこの温かな時が過ぎ去らないよう願いながら。
「あのね、リーシェ…私の側にリーシェが居てくれて本当に本当に良かったって思うんだ」
「僕もフレイが側に居てくれて…一緒に時を過ごしてくれて本当に嬉しかったよ」
そう言って微笑み見つめ合い、軽く口付ける。
泣き笑うようにリーシェライルから目を離さないフレイリアルの顔を、愛おしそうに眼を細め見つめるリーシェライル。
そこには思いと魔力が循環する環が出来上がり、2人は心からの深く熱い思い込めて何度も何度も唇を重ねる。
純粋に思いを寄せ合う、綺麗で優しい時が刻まれていった。
大地創造魔法陣を止めた後、気付くと薄青い魔力纏う空間でリーシェライルは尋ねられていた。
「君は何を望む?」
自分たちとは異質なモノが訪ねてきた。
「あの子が幸多からん人生を進み続けることを願う」
「それは難しいかな…あの子の役目は終わってしまったからね」
容赦なく事実を告げる異質なモノ。
「では僕を捧げて…」
「それも難しいかな…君自身単体で考えたとき、ヤハリ命運尽きているからね」
そして、フレイリアルが望む願いを推測してリーシェライルが願う。
「では、あの子が願うであろう僕の先を…あの子自身へ戻したい」
「それならば可能であろう」
そして契約が成立した。
フレイリアルは窓辺でリーシェライルとあれやこれやと語らい、額突き合わす様にして抱きしめ合いそのまま2人して微睡に落ちた…のは覚えている。
だけど目を開けたとき、リーシェライルの姿は其処に無かった。
その代わりに両手に乗るぐらいの大きさの重厚感ある美しい透明感ある輝く灰簾魔石がフレイリアルの横にあった。
フレイリアルはその魔石の波動を感じ顔面蒼白になる。
そして目を見開き、その魔石をみつめたまま呟く。
「リ…シェ…?」
喉がカラカラに乾いたようになり声が擦れ、心臓は予想した結果に恐怖し早鐘を打つ。
だけどその魔石から溢れ出る優しい…見知った魔力は明らかにリーシェライルのものだった。
「何故…何故…なぜ…なぜ…ナゼ!!!!」
叫ぶけれど、泣きたいのに涙さえ出て来ない。
生きたまま絞り捩じ切られたのに、全てが渇ききって何一つ出て来ない…そんな感じだった。
酷く裏切られたような気がした。
「一緒に…一緒だって…いっしょだ…って」
呆然と…心失い…停止する。
永遠に終わりの来ない悪夢の中に閉じ込められたようにフレイリアルは感じた。
輝く光の中にあった空が、既に宵闇の星含む空に変化している。
心失われたまま目にした光景にリーシェライルを感じる。
『あぁ…リーシェの瞳と一緒だ…』
その宵闇の空を見ながら、横で輝く魔石に手を触れると暖かく柔らかく微笑むような魔力が伝わってくる。
ポツリ…ポツリと栓をしてあったかのような目から涙が溢れてくる。
「嫌だよぉ…いやだよぉ…抱きしめてよぉ…」
灰簾魔石色した魔力が抱きしめるように包み込みながら、夜が更けるまで独り涙した。
フレイリアルは魔石の下に手紙が置いてあったのを発見する。
そして、意識があるような無いような中でゆっくりと開けて読む。
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親愛なるフレイへ
今回この道を選んでしまったことで、君を傷つけると思う。
これは僕の我儘なんだ。
それでも僕は君が存在する世界しか望まない。
僕はどんな形であっても、君と2度と離れたくない。
だから出来たらこの魔石を取り込んで欲しい。
共に生きる道があったにも関わらず、自棄に陥り道を閉ざしてしまった自分への罰でもあるんだ。
もし君が僕を許せず拒否したとしても、それは受け入れるよ。
でも、出来るならば内包魔石となってでも君と共に在りたい。
君を残したのに一緒に居たいなんておこがましいけれど、できたら僕の願いを叶えてね。
永遠に君を愛しているよ。
リーシェライル
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「リーシェ…ずるいよ…」
手紙を読んだフレイは無言で表情無く、再び流れ出す涙に抗うこともなく…思考と動きを停止する。




