29.終末呼び動き始める
宵闇時の空、陽光は完全に沈んているが淡く光を残す。その中を無数の白く輝く魔力の粒が飛び交い、空の彩を増している。
おとぎ話に出てくる雪…と呼ばれるものの様であった。
その日、近年少なくなっていた天輝がエリミア全土に降り注ぐ。
通常、天輝や地輝と言った魔輝と呼ばれる自然発生的な高魔力は、部分的な発生が多く荒れ地の何処かに降りる事が多かった。
国全体を覆うのはとても珍しい現象だ。
かなり上空での現象だったようで、直接降り注いでも魔力暴走起こすような者は現れなかった。この天輝降りた後は、魔輝石である天輝石が豊富に採取できるため求めて荒れ地をさ迷う者が増える。
本職の石拾いで無い者達さえも荒れ地を彷徨い天輝石を探し沸き立つ。
天輝が降りた数刻後、フレイリアルはヴェステの王宮の転移陣よりエリミアの王宮の陣へ転移した。
既に正規の手続きでの転移時間を過ぎている時間帯、密かに陣を使用し移動してきた。だが現れた瞬間、予想通り再度拘束された。
「この指示は一体誰が出したの?」
仮にも王女に対する強制的な行動、一応確認する。
「大賢者リーシェライル様です」
わかりきった答えではあった。
答えた硝子目玉の賢者や兵士がフレイリアルに対応する。
そんな場面なのにフレイリアルは一瞬そわそわした雰囲気出し天を仰ぎ、目を輝かせた後に…溜息をつく。そして諦めた様に兵達に従う。
一瞬、背後で隠蔽かけて控えていたアルバシェルが警戒するが、そのまま落ち着いたので計画通り隠れたまま移動する。
エリミアへは、ヴェステへ迎えに来てくれたアルバシェルと共に戻った。
クリールも勿論一緒だ。
「多分、フレイはエリミアへ行くと拘束される事になる。必要な事らしい…そのまま受け入れるだけでは、流れのままに解放された後で動いても間に合わないらしい」
そうアルバシェルは告げた。時の巫女リオラリオに幾つかの最悪の展開を確認してきた…との事だ。
「ただ、詳細は言えない…既に私が知ることで流れは変わっているかもしれないが、これ以上の歪みは干渉出来る領域から外れてしまうから…秘するように言われている」
そう言い真剣にフレイリアルの瞳を捉える。
「だから連れ去られるのを見ているが、必ず助け出す…信じてくれ…」
「信じてるよ! それに私は助け出されるだけの人からはもう抜け出したい…助け出せる人になりたいの」
フレイリアルは力強く微笑み決意する。
そして前に進むために一緒に陣でエリミアへと飛んだ。
着いた後、拘束され連れていかれたのは賢者の塔・中央塔だった。王宮に与えられている私室以上にフレイリアルにとって馴染みのある場所。
だが今回は青の間ではなく、転移の間の横にある謁見の間へ連れていかれた。
その場所は使われるための準備がされているわけではなく、暗闇に閉ざされたような世界であった。
高窓からの光が唯一の光である。
最奥…高窓から降り注ぐ青白い光の下、高座に光を反射し青白く輝く人影があった。
「こんな日は天輝石探しに行きたいんじゃない?」
最奥から声を掛けられる。
いつもよりも明るく魔力に満ちた空から淡い月明かりが降り注ぐ。煌めくような魔力含む光を浴びながら、光よりも美しいリーシェライルが儚い笑みを浮かべ立っていた。
「リーシェ…」
やっとリーシェライルと相対するの時間を持つ。
何日かぶりに見たリーシェライルに、泣きながら駆け寄りたい衝動を我慢してフレイリアルはその場に佇む。
だがリーシェライルの言葉と態度は、フレイリアルに対して…冷たい緊張感含むものだった。
「お帰り…と言うべきなのかな…」
抑揚のない、怒気含む…と言える様な声でリーシェライルが語り掛ける。
「ちゃんと約束通り帰ってきたよ…」
「帰ってくれば大丈夫だと思っていた?」
確かに安直な考えや思いが心の隅にあったので、フレイリアルはその問いに答えられなかった。
リーシェライルの張り詰めた空気が消えない。
「フレイは…僕が、フレイの顔を見たら直ぐに考え直すように見えた?」
「リーシェが意外と強情で人の話聞かないのは知っているよ」
「それは、そのまま君に返したい言葉だな」
この場面では不適切では…と思われるようなフレイリアルの会話の展開に思わず脱力したのか、やっといつものリーシェライルの柔らかな優しい笑みが見られた。
「まったく…フレイには適わないな」
笑みを深め、愛おしそうに目を細める。
「さっきね…天輝が降りたんだ。久しぶりだし大規模だったから、空が騒がしいんだ…」
「…リーシェ…何をしたの?」
何事も無かったかの様に…普通の会話持ち掛けるリーシェライルに対し、フレイリアルは容赦なく核心を突く。
「そんなに凄い事はしてないよ。元々エリミアのあの日…に使おうと思っていたものを使っただけだよ…」
冷たく甘い艶笑がフレイリアルの心を突き刺す。
「…君が近くに居たから…傍に君が居たから、もう少し進めそうだったんだ。だけど君は僕の前から立ち去った…」
「戻ってきたよ!!」
「…戻ってくる戻ってこないの問題じゃぁ無いんだ…」
酷く静かで穏やかな笑みを浮かべるが、恐ろしく不穏な雰囲気を持つ。
「君も僕も…選択をしたんだよ…」
ゆっくりと歩み、高座に設けてある席にゆるりと座り言葉を続ける。
「全てを手にする事はできたとしても、全てを選ぶことは出来ない」
そう言いリーシェライルが片手を上げると、この部屋までフレイリアルを連れてきた賢者が反応し、フレイリアルに先に進むことを促す。
そしてリーシェライルの目の前まで進む。
目の前に居るのは、フレイリアルがいつも一緒に居たいと願っていたリーシェライルである。目の前にするだけで思いと魔力が環を描き始める。
「おいで、フレイ」
リーシェライルが発した言葉は、まるで魔力纏った強制力持つ命令を発したのかと思えるほどの力を持っていた。
自分の望みと相まって、フレイリアルはその言葉に抗えなかった。
自ら近付き手を伸ばすと、リーシェライルにそのまま膝に乗せられ抱き締められ…フレイリアルも抱き締め返す。
その自然に繋がる思いと魔力は全身を巡り、どちらが捧げるでもない口付けとなり熱を持ち其々の思いが増幅し深まっていく。
その時入口付近でコトリと音がする。
案内した大賢者達は、フレイをリーシェライルの前まで連れて行った後…退出させていた。その空間にはリーシェライルとフレイリアルしか存在しないはずだった。
アルバシェルは潜み機会を窺っていたが、その光景を承服しかねる思いから衝動のまま音を発し隠ぺい魔力を解く。
リーシェライルは、フレイに口付けていた顔を正面に向けると鮮やかに笑み、余裕を持ち言い放つ。
「そうか…君も来ていたんだね」
そう言いながらリーシェライルは冷たく美しい表情をアルバシェルに向ける。
気付いているのに、知らないふりして見せつける意地悪な確信犯がいた。
「…初め…ましてかな? 実際にお会いするのは初めてなんだよね。それにしても随分と無粋な人なんだね…」
冷酷な上に華麗で美しじ顔を歪め…酷く残念そうな思い込め…蔑む様に微笑む…と言う複雑な表情浮かべアルバシェルに向かう。アルバシェルも不敵に微笑み、リーシェライルを牽制する様に…尊大な態度で言葉送る。
「そうだな…直接は初めましてかな。直接赴く…という手順踏めば、姫との結婚を承諾して頂けるとサルトゥスの夜仰っていたのでな…遅くなったが伺わせて頂いた」
優雅に挨拶するがお互いに名乗りもしないし、友好的な対話には程遠い雰囲気だった。
「正式な訪問…と言うわけじゃないのなら、帰り時間は気にしなくても大丈夫そうだね…」
「あぁ、門限は無いから安心しろ」
言葉の中に双方、鋭い気持ちが籠る。
リーシェライルが徐にフレイリアルを膝から下ろし椅子に座らせ、フレイリアルは訳の分からないまま其処に留まる。
立ち上がったリーシェライルが述べる。
「お互い意見をぶつけるより、公正に意見通す方法にした方が良いかな…。建物は壊したくないから、射出系魔力の使用は厳禁って所でどうかな?」
「望むところだ」
その答えと共にお互い足元に魔力纏わせ、双方から近づき切りつけ合う。
対話は省かれ、純粋に魔力体術と剣戟による手合わせ…勝負が始まる。
アルバシェルは普通に戦えそうな比較的筋肉質な体型であり、納得できる戦い方であった。だが線の細く見えるリーシェライルが剣を受ける姿をみるとフレイリアルは不安になってしまう。
「何で戦うの? リーシェ、無茶しないほうが良いよ…」
何も考えず…思ったままを口にするフレイリアル。
こんな場面であるのに、全くブレない天然の失礼さ…感嘆に値する。
「フレイ、相変わらず酷いよ! ちゃんと魔力無しだって戦えるぐらいの力は持っているんだよ。今度、全身見せてあげるから良く観察して!」
戦いつつもフレイに話しかける姿を見る限り、リーシェライルに余裕があるのは本当のようだった。アルバシェルは、リーシェライルとフレイリアルの距離感に苛立ちを覚える。
「何だか微妙に腹立たしいな…本当に余裕ならば手加減は要らないってことか」
「そうだね、お互いそんなものは捨てた方が無駄がないかもね…」
更に戦いに傾ける熱が増し、切り付ける力と速さの次元が上がっていく。
何を得るための戦い…と言うわけではなく、単にお互いの存在が気に食わない部分が大きかった。
「以前から偉そうに保護者面してるのに、助平ったらしい過剰な庇護に物申したいと思っていたんだ」
「君こそ、横からちょっかい出してくる出刃亀的無神経さは称賛に値すると思っていたよ」
お互いに思うがまま、焚きつけるための暴言吐く。
アルバシェルはリーシェライルの冷徹で無感動に見える所が、リーシェライルはアルバシェルの甘やかされ傅かれてきた生まれながらの傲慢さを…それぞれがお互いを…根本的に如何とも許しがたい思い募る存在だと認識する。
永遠に続きそうな…拮抗する故にじゃれ合いにしか見えない戦闘だったが、アルバシェルが切りつけた太刀がリーシェライルの腕を掠め赤い筋作る。
リーシェライルが少し他所見をしたのが原因だったようだ。
「残り時間、フレイと密着して過ごそうと思っていたけど、存外こういうのも楽しいんだね…」
リーシェライルが頬を上気させながら嬉しそうに述べた。
「残り時間って何?」
ひたすら傍観するしか無かったフレイリアルが尋ねる。
「フレイもさっき聞いてきたじゃない! 何をしたの…って」
「あぁ、丁度隠蔽魔力が剥がれる所だよ。そろそろ真下のエリミアからでも陣が全部見えるんじゃないかな」
そう言いながら戦いの合間に上空を指さす。
少しずつ濃密で莫大な魔力が現れるのが感じ取れる。
「僕はもう、世界を諦めたんだ。君の選択の時が終わっているのと同様、僕の選択の時も終わっているんだよ…君が立ち去った時にね」
にっこりと闇深めた笑みで答えた。
完全に指標は傾いていたのだった。
魔力が満ち、上空に広がる陣が自動的に広がり紡ぎだされていく。まずそれは上空に陽光の如き輝きを天空に向けて広げた。
ただ、その時間帯は既に闇時近い…と言う時であり、その日の太陽はもう大分前に沈んでいた。
その光景は各国から確認され、其々の首脳部は夜間招集をかけて王宮や官邸に集まり、光ある方向と原因を検討する。
高さや方向などよりエリミア上空であると判断された。
送り込んである人形による確認や、エリミアへの書簡用転移陣にて緊急の問い合わによる確認をした。答えは異常は感じられない…と言う反応と、「その様な現象見られない」 と言う返信だった。
「そんな馬鹿な…」
「あの様な明らかな異変…」
呟く大臣達だが、遠見の鏡にて確認させてもらうと、明らかに明かりなどは見られなかった。
鏡使う者が謀っているのか…エリミア全体が騙されているのか…。
それは少しずつ明らかになる。
エリミア全土を覆っていた隠蔽魔力は、全てが完成されるとともに剥がれ落ちていく。
そこには太陽の如き輝き持つ球体の様なモノと、エリミア全体に広がる広大な魔法陣が遥か上空に築かれ、エリミアを夜から昼に一気に変えた。
エリミアに存在する全てのモノが謀られていた…そして昼になった夜に驚愕する。
賢者の塔に居た者達も全て、外の変化に気付き表に出てくる。魔力感知出来る賢者達は、その光景と魔力の大きさにと怯え震え愕然とする。
勿論、フレイリアルとアルバシェルも唖然とした表情浮かべる。
アルバシェルは自身の衝動に流され、行動が遅くなった事を悔いる。
「華やかに世界を終わらせようと思ってね」
リーシェライルが柔らかく楽しそうに美しく笑む。
その時には、無数の天輝を集め収束したような魔力纏いし光の玉が、巨大な球体から様々な都市に向け射出され始めた。




