16.褒められても巻き込まれます
控えの間の前まで来てフレイの一歩が動かない。
「おいっ! 石樹の儀が始まる時その場に居ることも条件なんだから、このままココにいるのは不味いだろ」
ニュールは正論を伝えてフレイリアルを動かそうとしたが梃子でも動きそうもない…相当な苦手意識が刷り込まれて居るようだ。
その時、控えの間がカチャリと開けられた。
中から出ようとしている者とかち合ってしまった。室内に案内する係の者が、再度外で来場者を待つために室内から退出しようとしていたのだ。
案内係の者は、儀式への参加者と解ると平身低頭謝り倒してきた。
その状況も相まって入り口付近は部屋の中から一斉に皆の視線を集めることになってしまった…余計に気まずい。
室内にはフレイリアルとニュールを除く全ての者が、既に集まっていた。
おおよそ10才前後の子供たちと、その守護者候補達は様々な年齢だが多くは20代の若者と言える年齢層の者たちだった。扉の前に立ち尽くすフレイとニュールは出で立ちからして摘まみ出されても文句の言えないレベルだった。
「さすがに随分と良いご身分ですね」
「…」
継承権11位のエシェリキアが声をかける。フレイは城外門での時と同じような無表情で固まっていた。
『確かこいつはフレイが言ってた、いじめっこ筆頭だな…』
エシェリキアの回りには6人の取り巻きとその守護者候補達の合わせて12人が周りを取り囲んでいた。
「エシェリキア様がお声を掛けたのに、返事もできぬのか!」
取り巻きの一人が気色ばむが、透かさずエシェリキアがその者に告げる。
「嫌、これは僕の独り言。上位の方に此方から声を掛けさせて頂くなんて滅相も無いですから」
取り巻き連中がお坊っちゃまを口々に褒め称える。「何て気遣いの出来る方」とか、「此のお心の広さ」とか、「気高さ」とか、「美しさ」…とか関係無いことまで色々褒めたおし、これみよがしな賛辞を述べる。
口々に彩られ咲き乱れる賛辞の華に、もうお腹一杯を越えて吐き気をもよおした。
『これは確かにきついな…』
ニュールは立場的に傍観するしかないが、フレイがあの状態になるのが少し納得できた。
『こいつらで6人だから、あと10人は王族がここに居るってことか』
目の前で繰り広げられる面倒事はニュールにとって、お偉い餓鬼どもの戯言であり一切関係ありませんという気分であった。
『街中で攻撃しきて姿を見せなかった者もいたが、この中の者か…?』
気になる状況を把握するために意識を周囲に飛ばして確認していたが、気づくと目の前には憤怒の形相でいきり立つ若者がいた。
「…??」
そもそもニュールは皆を若者と判じていたが、自分の思考にチョット待てよ…と思った。
『オレだって、この守護者候補の中に混ざってもおかしくない年齢だろ…?』
過去何万回と思ったかもしれないが、敢えて思いたかった。
『オレの実年齢は26だぁぁぁ!!!』
でも実際の見た目は47歳。それで絡まれたとしても仕方ない。
今回も意識を飛ばしている間に、ド定番な「お前何者だ!」とか、「ジジイのくせに」とか、「お前なぞ場違いだ」とか散々言われていたらしいが、脅威と認識できなかったため全く気付かず総無視してしまったらしい。
相当失礼な奴になっていたようだ。
逆にフレイは皆を総無視したことにスカッとしたのか、笑う声を必死に押さえながら肩を揺らしているし…止まらない。
『声は出してないが笑ってるって丸わかり!! ソレだと全く堪えてないのと一緒だ!』
ニュールは叫びたいが叫べない。
この状況に周りの失笑を買ってしまった先ほどの守護者候補殿は、自分で仕掛けてきたのを忘れて更に真っ赤な悪鬼と化しニュールに掴みかかる寸前であった。
どのように対応して納めるべきか悩み処であるが、その冷静な表情が相手の怒りを更に煽ってしまった様で早速手を伸ばして来た。
勿論ニュールが捕らえられてた某所での鬼畜な厳しい訓練や命のかかった実践を潜り抜けているので、ここら辺にいる箱入りなお兄さん達なら間違いなく束で相手に出来る自身がある。
しかし、それをやってしまったら色々疑惑を持つ人が出てきた今となっては、墓穴を掘ること確実である。
その時、少し離れた位置からゆるりと歩み寄る者が声をかけてくる。
「少し見苦しくてよ」
ニュールが昼過ぎに初めて会い、対峙し対戦したモモハルムアが優雅に近付いてくる。そして揉め事の中心地に流麗に立ち止まる。
皆の声が一瞬で消え静寂が訪れる。
「ライハラル。自分の守護者候補ぐらいしっかり管理しなさい。迷惑です」
キッパリと苦言を呈す。
そしてモモハルムアはスイッとフレイリアルに向き直ると、礼をして畏まる。
「場を静めるためとはいえ、差し出がましい対応をお許しください」
「ありがとうございます、モモハルムア様。ご機嫌麗しそうで何よりです」
『フレイがちゃんと対応した!!』
思わず少し顔を綻ばせたニュールは、その状況を抜け出した事ではなくフレイが正面を向き対応した事に何故か嬉しさを感じた。
『何故…?』
ニュールは漠然と感じた様だが、フレイリアルの事を既に《ウチの子》目線で対応している事にニュール自身が気づいていないのだった。
フレイが対応した相手である、相変わらず子供らしからぬ艶やかで美しいお姿のモモハルムアお嬢様。その美しき肉食獣の瞳をチラリと覗かせ、ニュールを確認するように視線を向けた。
まるで捕らえた獲物をもてあそぶように…。
「フレイリアル様こそ、ご健勝そうでなによりでございます」
艶やかな笑みを浮かべる。
そして余計な事を面白そうに話始めた。
「街中では、フレイリアル様の守護者候補であるニュール様にお手会わせ頂き僥倖であります。誠に有り難うございました」
静まっていた場がザワツク。お嬢様は言葉を続ける。
「ニュール様の胸を貸していただき、私ども大変勉強になりました」
意味深な笑みを浮かべ、更にもう一度全てを魅了するような花咲く微笑みをニュールのみへ捧げながらシッカリ確実に向かい合ってくる。
その場に感嘆のため息が広がり、それと共に舌打ちや歯噛みする音まで聞こえてきそうになった。
一度怒気の落ち着いた守護者候補も再びいきり立ち、今度はそいつだけでな部屋全体からの怒気…嫌、殺気に近いものがニュールに押し寄せる。
特に男に分類される者達は、ほぼ全てが敵意を向けてきた。
恐るべしモモハルムア様の魅力。
その状態を明らかに意図的に導きだしたお嬢様をニュールは睨みたくなった。
フレイリアルだけがニヘラっとした笑みを浮かべ、ニュールへの賞賛が嬉しくてバタバタ動き回って喜びたいのを我慢するようにモジモジしていた。
『そんな場合じゃないだろ~』
フレイのお気楽な頭の作りに頭を抱えたくなった。
更に問題のお嬢様はいたずらっ子っぽい目で挑むように、微笑みを深めニュールに爆弾を投げた。
「さすが賢者様の力量でございました」
一瞬、場が凍り付く。
『やってくれた…この子やってくれたよ…』
ニュールは言葉になら無い思いが頭を占領し、体から空気が抜けるような気分になっていた。
《賢者》
内包者が至るべき境地。真の内包者であり、内包せし魔石と自身に強い繋がりを持ち魔石の最大限の能力を引き出せる者。
この控え室の中、他に賢者は居なかったようだ。
お嬢様の発言を聞き、その話の真意を測る者、疑惑の目を向ける者、モモハルムアたちを降したと言う力があるなら…と納得する者、賢者へ至ったものへの羨望や嫉妬を持つ者…そして極一部の聡い者が示した反応。
その極一部の者達は、手に入れていたニュールの薄い調査書の表書きを頭の中で照らし合わせた。
《ヴェステ》と《賢者》を結び合わせ興味を感じる者、…そしてそれが自身の利になる事かを深く考える者も。
ニュールはこの窮地からの起死回生を図るために "愚策:勘違いでしょ作戦" に頼ることにした。
「いやぁ、偶々勝たせていただきましたが本当に幸運だっただけです。私のような雑魚魔石持ちに賢者様の様だなんて誉め言葉、過ぎた誉め言葉でございます」
情けなさ全開、オジサン感満載で皆の期待を打ち砕いてみた。
ニュールの言葉に「やっぱり勘違いか」とか、「雑魚魔石とは重畳なことで」とか一気に嘲笑の対象に落ち無かったことにできたのでは…とニュールは少しホッとした。
しかし、完全に騙しきれなかった僅かに存在した聡い者は動くことになる。
そして名誉を重んじる者も黙っては居なかった。
モモハルムアはニュールの対応に此処まで…と引いてくれたが、その後ろに控えていた守護者候補の女騎士フィーデスが牙を向く。
「お嬢様が判じた事に異を唱えるか! 仮に此方の油断があったとしても、我々が遅れを取ったのは事実。だからこそお前が今言うべき事ではない!!」
既に先程モモハルムア様にお会いしたときから、その後ろで憎々しげに此方を見る女騎士をニュールは目にしていた。
対戦した時は顔を覆うタイプの兜を着けていたので分からなかったが、今改めて見る20代前半と思われるその姿は、銀の髪と濃い青の瞳を持つ細工物のような優美な作りをしていた。
お嬢様の金の髪と紫灰の瞳と対をなすようで、二人並ぶとより一層華やかな空間を作り出す。正しくお嬢様の側に控えるのに相応しい者であった。
本人自身だけでもかなり美しい部類に属し、出るところが出て引っ込むところが引っ込むと言うお嬢様が未だ持ち得ない美もそこに示していた。
何も考えずその姿形を見つめていたことに気づかれてしまったのか、先程の物言いに怒りの形相が追加されてしまった。
『このぐらいのお姉さんに巻き込まれるなら本望なんだけどなぁ~』
何かを察知したフレイとモモハルムアからまでも、痛い視線が飛んできた。
だいぶ有耶無耶どさくさな空間は出来上がり、この女騎士からの追求さえごまかせば忘れ去られるだろう…と思ったが、色々ごまかせない部分は出てきてしまいそうだった。