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18.甘く動く

エリミアの王宮の管理体制は表面的には変わった。


現在王妃は公務を行うには負担が大きい病…との事で実質役目を退いたような状態であり、今まで王妃に集中していた王宮の機能と権限が王に戻る。

王は諸事の記録管理なども行っていた賢者の塔を頼る事が増え、王妃が担っていた多くの業務がそのまま賢者の塔に移行する事になった。


結局、何処か一か所に頼りきってしまう構造的な問題…は何一つ変わらなかった。

自身が動かずとも安定して営まれる国家機能は、上位の者として働く人々からも試行錯誤する力を奪った。

何事も人任せ…誰かが遣ってくれる…と高を括り余裕を見せる者達を作り上げる。

其れは組織の末端を構成する者…民も…一緒だった。

皆、大事が起きてから気付き…悟るのであろう。


以前からフレイリアルと類似した樹海の色合いに近い濃い髪色持つ者は、エリミア国内にも少数ではあるが存在していた…嫌忌する存在として。

まるで隠蔽魔力でも施したかの様に…人々の間で存在する事自体を否定され…より一層濃い色合い持つならば、透明な人間であるかの様に遇された。

樹海を忌避する音頭取る王妃が表舞台から姿を消すことで、樹海を感じさせる者への風当たりは若干減った。それでも長年の間に築き上げられた、偏見や考え方が直ぐに変わる事は無い。


国潰えぬ限り、同一を良しとする心の基準は変わらないのだろう。

結局フレイリアルは他の地で様々な経験得ようとも、此の地から1人で飛び出す勇気も手立ても無く、王城に閉じ籠るしかなかった。

そして、かつてと同様に青の間へ赴く時間だけが存在した。


だが、その部屋の主の状況は変化し不在だった。


リーシェライルは塔から若干行動範囲が広がった事と、王妃が対応できなくなった職務を代行する事や意見求められ王の前に出向くことも多く、1日のうちに何度訪ねようと青の間は空虚なままだった。


「昼時3つお茶の時間に青の間に戻るから待っていてね」


本日3度目に青の間を訪れた時、リーシェライルから伝言が残されていた。

ほんの少しでも一緒の時を持てるように…リーシェライルは忙しい身を調整し、フレイリアルの微笑み作る贈り物の様な嬉しい言葉を記し置いてくれたのだ。


1人青い魔力に包まれ、いつもリーシェライルがこの場所で待ってくれていた日々を思い出す。


『リーシェは皆が去った後…こんな気分だったのかな…』


其れは酷く虚無感伴い…青い魔力の中へ溶け込んでしまいたいような気分。

フレイリアルはこの魔力の流れに身を任せ同一化してしまえば、自身の存在が無に帰したとしても寂しくないような気がした。


「今日は何をしてたんだい?」


伝言の通りに戻って来たリーシェライルは、宵闇色に星を紛れ込ませたような瞳を優しくフレイリアルに向け、そっと瞳を覗き込み訪ねる。


「ここで探索をかけてみたよ…荒れ地には、めぼしい魔石は無かったけどね」


実際、フレイリアルは主不在のこの部屋で思うように探索をかけて過ごした…色々と。


「最近、天輝が降りることが減っているからかもしれないね…」


「樹海の民のお姉さんにも聞いたよ…全体的に減ってるんだね」


「地輝は増えている…って言う噂も有るんだよ」


リーシェライルは色々な情報を持っていた…。


「そう言えば、リーシェは裏の森までって行けるようになった?」


フレイリアルはいきなり話題を変える。


「一応、王城の敷地内は領界内にしてあるから行けるよ」


「じゃあクリールにも会いに行けるし、時間が取れる時に一緒に散歩しよう! 海は一緒にみれたから今度は森に行こう」


こうして束の間のとりとめのないお喋りと、たわいない約束を楽しむ。

折角エリミアに戻っても、以前よりもリーシェライルと過ごせる時間が減り寂しかった。

それが自分の我が儘であることもフレイリアルは十分理解していた。

そして、リーシェライが味わって来た今までの時間で感じた孤独を思えば、自分が感じているホンノ少しの孤独を訴えては申し訳ないような気がした。


暫し、お互いの言葉が切れる。

フレイリアルが上の空で色々と考えているとリーシェライルが真横に座ってじっと見つめていた。


「フレイ…寂しかったかい?」


今まで以上に近い距離で横に座るリーシェライルに気が付き、思わずのけ反る。久々に青の間の中、至近距離で見るリーシェライルの美しさには破壊力があった。


「どうしたの?」


真横で尋ね見つめてくるリーシェライルの柔らかな眼差しに、フレイリアルの顔が火照る。

いつも過ごしてきた距離なのに改めて実感すると物凄く恥ずかしく感じたのだ。


「何でもないよ…」


そう言って目線を外し言い逃れし、平常心取り戻そうとしたが…そんな猶予は貰えなかった。


「僕は寂しかったよ…」


そう甘く囁くと横からしっかりと抱き締め…暮れゆく空を眺めるような瞳がフレイリアルを覗き込み、端麗な笑み浮かべる唇が近付き…深く…深く口付けた。

その蕩ける様な時間は長く続き、フレイリアルの思考を奪い…何も考えられなくする。痺れる様な感覚と共に青の間な魔力の巡りに入り込んでしまいそうな…流れの一部になり回帰してしまうような感覚。


離れた唇から発せられる言葉が、今までのこの会えない時間さえ一寸した意地悪な味付けだったのでは無いかと思わせる。


「寂しい時間があった分、離れがたいでしょ?」


小首を傾げてリーシェライルは悪戯っぽく告げる。

そして美しいのに危険で狂暴な魔物の様に微笑み、鋭い爪で獲物を捕まえる。

捕まえられたフレイリアルは抗うことも無く捕まることに喜びを覚え、芯から逆上せるような熱さを感じ思いと魔力が巡る。

だが、その魔力の巡りで熱くもなったが…冷静さも取り戻した。


この美しくて優しい…純粋で愚かしい本質持つ寂しい者が、大きな闇に抱え込まれ苛まれ苦しんでいる姿がフレイリアルに見えてきた。

思わず、この哀れで愛しい生き物をフレイリアルは抱きしめる。

だが訪ねる内容は甘さから離れる。


「リーシェはニュール達がどうしているのか知っている?」


コンキーヤの神殿で別行動になって以来、音沙汰無く心配していた。そして今日、此処の魔石の魔力を使い探索しているときに気付く。


『此れを使い探索すれば世界を知る事が出来る。完全に上の層へ行くと戻れないかも知れないから、ここで探せば良いよ』


白の塔で陣を解くときに語りかけてきたモノが教えてくれる。


『君は知ることができるんだよ』


そして少しずつ真実に近付いていく。

リーシェライルはフレイリアルに抱き締められたまま、捕まえる様に抱き締め返し答える。


「フレイはニュール達の状況を知りたいの? それとも、僕が知っているかどうかを知りたいの?」


抱き締めたまま冷静な響き持つ声で問う。フレイリアルの背中側にあるリーシェライルの表情には、今までにない厳しさ持つ獲物を食い殺すときの残忍な笑みが浮かんでいた。


「両方かな…私の探索魔力?…って感じのでは細かい状況までは分からなかったから知りたかったのと、何故教えてくれないのかな…って思ったの」


その回答にリーシェライルの表情が和らぐ。

少し体離し、表情見ながら話す。


「話したらフレイは飛び出して行きそうだったからだよ…」


そしてニュール達の近況を教えてくれた。


捕らえられたモーイとミーティが瀕死の状態となり、それを救う為にニュールが内なる魔物を受け入れ融合したこと。

モーイは生きては居るが…お人形で有ること。


フレイリアルは無意識に立ち上がっていた。

仲間達の状態を知り…もっと早くに行動起こさなかった自分自身にフレイリアルは唾棄したかった。

気付くと、そんな状態になったフレイリアルの腕をリーシェライルが掴んでいた。


「…だから伝えなかったんだよ。何も出来ないでしょ? だけど行きたがる…」


リーシェライルが美しい顔を曇らせ呟いた。

そして心の中でも呟く。


『もう、手放さない…これ以上の負荷は僕が耐えられない…』


フレイリアルは、この場所から飛び出せない自分の不甲斐なさに嫌気がさして俯き唇噛みしめるしか無かった。

そしてリーシェライルは余計なモノを切り捨てた…と言うのに、内から崩れ始める自身を感じるのだった。




フィーデスと共にモモハルムアは久々のエリミアの王城へ赴いたが雰囲気の変化に驚く。

王宮と言われるような王族が管理する領域に、賢者の塔の賢者達の姿を散見する。

王宮の転移陣の管理も賢者の塔へ移譲されていた。


『今まで頑なに賢者の塔が関与する事を拒否してきた…と聞くのに、この変わり様…』


「陣のご利用は昼時となります」


管理する賢者に告げられ、王宮滞在時に用意される王族専用客室へ赴き待つ。そんな中お茶を入れて貰いながら、侍女達から王宮の近状を聞き出す。


「随分と塔の賢者達が多いのですね…」


「えぇ、王妃様が臥せってからは大賢者様が色々と取り仕切って下さっているので、その分賢者様方が王宮の方まで面倒見て下さって…」


話している者は周りの侍女から、少し慌てたようにつつかれて思い出した様に付け加える。


「ご婚約者様なら既に御存知の内容…」


モモハルムアは被せる様に毅然と伝える。


「私共のその婚約話は、両者とも納得していない…王妃様の独断です。真実では無いのでお間違えの無いよう御願い致します」


そして緩急付けるように柔らかく続ける。


「変な噂が続いていると双方良い御縁を見逃してしまうかも知れないですし、素敵な姫が遠慮してしまうかも知れませんからね…」


こう伝えておけば身分が程々ある侍女などが我こそはと思い、モモハルムアの望まぬ噂を消してくれるであろう。


「最近は華やかな場所に近づいて居ないので、色々と教えてちょうだい」


モモハルムアの紫水晶魔石が作り出す高貴な笑みは、殿方だけでなく侍女達にも有効であった。


「王宮に第6王女が戻られて居るようですが、大賢者様の指示により自室に軟禁されているそうです」


モモハルムアが一瞬の驚き顔の後、尋ねる。


「私、第6王女様とはお友だちなの。この地を離れる前に、ほんの少しで良いのでお話出来ないかしら?」


そしてモモハルムアが目配せするとフィーデスより、相応の謝礼が渡される。

こう言う対応を苦もなく出来る自分を客観的に見る時、モモハルムアは伯父を思い出し自身に嫌悪を抱く。だが、今回は必要な事と自分の中で割りきる。


フレイリアルの私室は既に離れ…と言って良いような場所にあった。


入り口には3名の、王宮の兵が立ち誰何する。

侍女から話しを通してもらっていたが、兵達にも心付け送り時間を確保する。


「フレイリアル様…フレイ…」


奥の窓辺に佇む人影。


「モモ…ハルムア…様…モモ…」


其処にはインゼルで最初会った時の様な憔悴した姿が有った。

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