15.向い動く
ヴェステの赤の塔を活性化した後、ニュールは次の塔へ行く前にヴェステ王宮最奥に直接赴く。王のみが寛ぐこと許された場所へと…。
通常なら他のものが築き上げた結界陣を通しての転移は不可能である。
それにも関わらず、ニュールは王宮に敷かれた何重にも折り重なるように組み合わせてある複雑な結界…その繋ぎ目を読み解き見つけ自身の体内魔石より魔力を導き出し通す。
先日訪れた時に転移陣の終点登録しておいた場所へと繋がるのを確認し転移した。
共に辿り着いた者は、皆無言でニュールに附する。
そこから先は、王と王が所持するモノしか存在しない区画である。
扉開け放ち何か所か部屋の境をくぐり抜け、その中から王の居場所を探す。人の気配する方へ向かうと、最奥に寝所らしき場所があった。
辿り着くと入り込んだ気配に気づいたのか、高貴であろう何者かが柔和な声で語り掛けてくる。
「グレイ…来たのかい?」
薄布で出来た天幕越しに、寝具の上に座し書類めくる姿が透けて見える。声掛けに反応が無いのに気づき、その者は徐に立ち上がり中から現れる。
部屋着姿のヴェステ王国シュトラ・バタル・ドンジェだった。
「あぁ、君だったのか…現れ方が似ていたので人違いをしてしまったね…すまない」
夕時終わり闇時に入る時間帯…既に寝所で寛いでも良い様な時間なのに、突然現れても全く動じずに笑みで迎える。
しかも寝具の上に広げた書類に埋もれ、休息とは程遠い世界に思い馳せていた様子。
器が大きいのか底が抜けてるのか…分からない。
この王は、あらゆる行動に周囲を魅惑する要素詰め込み、数多の魅力で周囲を惹き付け引っ張っていくのであろう。
「塔の事だ。ヴェステの塔…赤の塔の魔力を巡らせておいた。一応、ある程度使えるだろう。18層から先は賢者相当の者でないと入るのが辛いだろう…塔と言われていた場所にある陣から別の場所へ飛ぶ。行けば分かるだろう」
ニュールも至って平常心で、この時間の訪問に気遣うこともなく伝えた。その報告に嬉しそうに答えるヴェステ国王シュトラ。
「…ありがとう、約束を守ってくれたんだね」
「約束と言う程の事ではない…が、約束と言うのならもう一つの塔は貰うぞ」
「あぁ…好きに使ってくれ。ただし、必要になったら使わせて貰うと思うよ…」
柔らかい雰囲気で伝えるが有無を言わさぬ口調である。
「出来るなら構わん。お互い様だ…」
ニュールも同様に笑みを浮かべ軽い口調だが、しっかりと突き刺すように釘を刺す。
夜も更け始めるこの時間に、2人で笑顔を浮かべ言葉と態度での頂上決戦と言った雰囲気醸し出す。
伝えるべき事は伝えた…と言うような雰囲気をニュールが行動で示し、そのまま転移の起点作り飛ぼうとする。
その時、王が声を掛ける。
「その2人を宜しくね…」
ニュールは無言で一瞥し、最奥の間より飛ぶ。
辿り着いた場所は赤の塔への入り口となる錠口にある陣だった。ニュールは連れ立っていた面々に最後通牒突き付けるかのように告げる。
「来る者は拒まんが、去る者を追う気も無いから好きにしろ」
そう言い放ち動き始める。
いつの間にか構成する顔ぶれが変化し5名になっていた。
ニュールの腕に相変わらず絡み付くように寄り添ったままのモーイと、反対の腕に赤の将軍ディアスティスが加わり左右を固める。そして背後にミーティとピオが付き従う。
錠口にある陣から降りた後、後ろからミーティがニュールに問う。
「此処から、どうやってプラーデラの塔に行くんだ?」
「勿論ここから飛ぶぞ」
「行ったことないのに飛べるのか?」
「此処は錠口だ、色々な塔に繋げてある。赤と白と黄と…其々の塔に繋げてあるようだ。向こう側が物理的に崩壊してなければ…此処にある陣に刻み込まれた場所までなら…飛べるだろ。塔内の陣が壊れることは滅多にないから、上空へ向かって立つ塔ならば建っていれば問題ないだろう」
ニュールが此処の陣の構成や転移先調べながら答える。それに追加して向かう先の塔の状況を、ピオが更に説明する。
「プラーデラの塔は建っていますし、内側は損傷少なく保存されていると聞いてます」
だが、思い出したように付け加える。
「ですが、陣としての輝きは見られなかったと思うのですが…」
「そうだな、魔石置き試してみたと聞いたが…動かなかっようだぞ」
赤の将軍だったディアスティスも聞き知った状況を告げる。
それを話で少し考える様子のニュールだったが、判断終了し伝える。表情に現れる感情の起伏は薄くなったが、行動は前と変わらなかった。
「実際に遣ってみるのが一番だな…」
以前同様、遣ってみなけりゃ分からない…という主義の様だった。何か他のモノ飛ばし試してから始めるのかと思いきや、そのまま陣の上に乗る。
「そのまま行くのか??」
いきなりの行動に少し戸惑うミーティ。
「問題無い筈だが…気になるのなら残れ」
転移先の無い陣の運命は、皆知っているはずだ。
躊躇しているのはミーティだけだった様で、他の者達は普通の顔で行先が無いかもしれない陣に乗る。
『ある意味、みんな心まで筋金入りだな…』
だがミーティは自分の慎重な考えとは裏腹に、然程心配してない自分に驚く。
『これは信頼なのか、心の機能がどっか壊れてるのか…』
だが絶対に付いて行くと言う意思は揺らがないものだった。
「王、準備は整いました」
プラーデラ国王、国王シシアトクス・バタル・クラースはその声に頷く。
ヴェステの砂漠から少しプラーデラに入った荒野にある壊れかけた塔。賢者の塔の遺跡…と呼んでいた其れは、一度は不要と手放した物であった。
「あの塔を壊すか、手に入れるかしたら私に興味を持つかもしれないからね…」
そう言って微笑む王の瞳から狂気が消えない。それでも城から出て前を向き進むだけましである…と側近達は思い、王が正気に戻る望みを捨てない。
「では始めてくれ…」
プラーデラの塔のある場所から10キメル程離れた隣街にある小高い山の上、そこに突然一列に煌めきが走る。その光が流れ星の様に夜空を輝きつつ、こちらに向かって移動する。
其処には元々設置していた砲台の横に、魔力対応可能な遠打ちを新たに配備した。
占拠された塔を奪い返す助けにもなるだろうが、ここに配備することでヴェステの国内への攻撃が視野に入って来るので牽制にも使えるし、実際に使う事態となっても十分に役立つだろう。
5つ並ぶその光は殆どズレる事なく飛び、終着点間近で魔力により1点へと収束する。辿り着いた先で激しい輝きが起こり次に爆音と共に嵐吹き荒れる。
そして、その嵐が含んでいた渦巻く破壊の魔力が周囲を巻き込み粉々にしていく。
その第一の砲撃で塔周辺に留まり警備していたヴェステ軍は一掃された。塔そのものに刻まれている防御結界陣にも揺らぎが生じているのが見て取れる。
「では第二の砲撃を」
王は攻撃の指示をする。
『この攻撃で、あの揺らいだ結果陣は破壊されるであろう。それと共に塔自体も爆撃の影響受けるかもしれない…』
王はそれで良いと思った。
「無意味に繋がり残すモノなど綺麗さっぱり消えてしまえばよい…」
そして第二の砲撃が塔へ届く。爆炎あげ魔力が渦巻き、その攻撃を受け止め輝く防御結界陣に亀裂が入り結界が無効化された。
「では、最後の砲撃を」
もう手に入れることではなく、破壊することへ気持ちは傾いてしまった。
最後の砲撃が着弾する瞬間、爆発と共に起こる魔力の渦巻き荒れる奔流の中で薄っすらと黄緑の輝きを感じる。
かつて王が戦場で対峙したときに見たあの輝きが塔を覆い、爆発収まった後に残る塔全体を覆っている。
「あぁ、あの者が此処に現れたのだ…私は此の者とも対したかったのだな…」
王の目に涙とともに、久々に狂気以外の光も入った。
ニュール達が転移した先にはボロボロで壊れかけている塔とだった。
壊れかけの壁の部分から外が覗き見える。
ヒビが入り破損し、巡るべき魔力の輝き漏れ出て十分な効果を得られないと思われる防御結界陣が、あっけなく無効化される瞬間が目に飛び込んでくる。
そして考える間もなく再度向こうから跳んでくる夥しい魔力を伴った砲撃が、無防備となった此の塔へ届く寸前であるのも見えた。
「えっ????」
ミーティが言葉を発した瞬間その攻撃が届く。
だが、衝撃も炎も熱も全く感じることがなかった。
そして塔の外では意味なすことの無い渦巻く魔力が、黄緑に輝き広がる結界の外で虚くも凄まじい攻撃を繰り広げる。
攻撃続く中、ニュールが珍しく先を急ぐ。
「さぁ、淡黄の間へ行くぞ」
そう言い進むニュールの足取りが軽い。それに今までの表情なき表情とは違う、心の入る顔つきだった。ある意味、喜びを含むような面差し…何か知っている場所に内側から歓喜しているような様子。
そんな風にミーティには思えた。
そして再上層に至り、はっきりと他の者達にも感じらるようになる。
最上層の部屋は柔らかく黄色く輝く黄水晶魔石が全面に使われていた。そして中央には、天輝を浴びて魔輝石化した魔物魔石と思われる物が据え付けてある。
ニュールはその魔石を見つけると、悠々たる面持ちでゆったりと近づき手を伸ばし…触れて魔力動かす。その瞬間、塔全体の魔力が、のっそりと蠢くように活動始め循環する。
それまで存在しなかった強い圧力ある魔力が、部屋の魔石から放出される。ただの賢者では耐えられないような圧力と凄まじい魔力の流れ。
ミーティを含めた、そこまで付き従っていた者達が全員膝を折る。
だが皆の顔に不快さは無く、むしろ清々しさ感じる表情が見える。
快適な魔力が突き抜け、苦しさの中で胸の高鳴りを覚える。高貴なる圧力に屈服する喜び…此処に存在するだけで歓喜湧き上がる様な…不思議な感覚。
その嵐の様な魔力の乱流が収まると、そこにはニュールだけどニュールではない不敵な笑み浮かべる者が居た。
今までは魔物が持つ衝動…本能とのみ融合していた。
本来、賢者の石相当に至る程の魔物魔石であり、衝動だけで動く様な魔物とは違うモノ達が多数その中には存在していた。
そこには、人間に近い思考と理性持つ魔物が在り、代を重ね魔石を受け継いでいたかの様だった。
正しい塔に入り、正しい手続きが行われ、正しき姿現すための封印が解除される。
そして本当の意味での融合が完了したのだ。
悠然と立つその者を目にした瞬間、全員がその前に跪く。
それは魔物の王に対しての対応としては当たり前のことだったのだ。
「面倒なことは無しで今まで通りに…。とりあえず煩いモノだけ片付けよう」




