7.飛び出し動く
天空の天輝石を手にしても、まず使える状態にしなければならなかった。
グレイシャムの中に居るレイナルが教えてくれたのは、塔を支配状態に導き切り換える…と言う事だけだった。支配による塔との繋がり。
其れを達成しないと折角のフレイリアルがもたらした自由への道を使えない。
「ニュールが出来たぐらいだからと侮っていたけど、以外と難しいんだね」
横にいるお人形グレイシャムの中の者に話しかける。
「感情の昂りが支配には必要な様です」
「それは難しそうだな…」
自身が興味を持ち心動かすモノが少ないのをリーシェライルは十分理解している。
「そうですね、リーシェライル様が乱されるのはフレイリアル様ぐらいですね…」
「それは何か声に出して言われると嫌だな…」
淡々と語り指摘する言葉を厭い顔をしかめるリーシェライル。
「では内に戻り、語りかけましょうか?」
「いいや、そのままの方が色々と都合が良さそうでしょ…」
その時、窓辺の椅子に置き度々眺めていた遠見の鏡より、淡く輝く魔力が漏れ出す。だがそれはフレイリアルが導く魔力では無かった。
そのあり得ない状態に、リーシェライルは鏡を手に取り自分側からも魔力動かす。連動しフレイリアル側の映像映すが箱の中ではっきりしない。
其れでもこの胸騒ぎを消すために鏡に中にある、まだ溜まっていない魔力を強制的に導き出す。そして無理やりフレイリアル側の鏡をリーシェライルの手で動かし、覆われた鏡を取り出し魔力による視界を確保し目にした光景…。
一瞬でリーシェライルの青い怒りの魔力が立ち昇る。
青の間でさえもミシリッと音するぐらいの圧力、この場所で無かったら粉々に破壊されていたであろう。
目にした景色はリーシェライルの思考を凍結させた上に…そのままの爆散させた。
見知らぬ者に動きを封じる様に組敷かれ、無理矢理に貪る様に口付けられ続けているフレイリアル。
そして捕縛結界陣で捕らえられている鎧小駝鳥。
一瞬で、リーシェライルはその光景がもたらしている状況を理解した。
湧き上がる怒りに思考が支配される。
『触れるな!』
叫ぶように思い籠る魔力を流出させる。
『其れは貴様のモノではない、僕だけが手に入れて良いモノだ』
頭に血が上り、全てを破壊したくなる衝動に駆られる。
真の怒り…とは、こうやって訪れるモノなのだとリーシェライルの内にある冷静で冷たい部分が理解した。
その怒りの昂りは、奇しくも塔とリーシェライルの間に支配の関係を導き出す。
そして体内の賢者の石と天空の天輝石との連携、書き換え、移行…が無意識のままに実行されて行く。
塔との繋がりが薄れる感覚とともに切り離されるような解放感が体を支配した。
今なら何処までも好きなように飛び立てる。
塔に繋がれる前の自由だった頃の感覚が体に甦る。
「成功しましたね…。この天空の天輝石の力で機構を維持出来るのは精々夕時終わるまででしょう…其までにお帰りください。過ぎれば機構は暴走し制御弁である貴方も滅びるでしょう」
その言葉を最後まで聞き取ることなくリーシェライルは陣を作り飛び出した。
「人間の衝動は飛躍する切っ掛けにもなるのですね…次に何を生み出すのか…楽しみです」
ひとり青の間にて、お人形の口を動かし呟くレイナルであった。
リーシェライルが辿り着いたのは遠見の鏡を登録地点と見なして飛んだ転移陣終点。
そこは捕縛結界の中、クリールの横だった。
「お前との繋がりがフレイを不自由にしたの?」
人ならざる美しさ持つ男がクリールに無表情な殺意持ちクリールと向かい合い妖艶に微笑み呟く。
此の人間があの嫌な奴以上に危険で…敵わぬ存在である事は、魔物となっているクリールには一瞬で感知できた。そして此の者の事を、クリールが大切に思っているフレイリアルが魔石同様嬉しそうに語っている姿を何度も見てきた…。そんな決して手出しできない存在から殺意向けられたら…甘んじて受け入れるしかない。
クリールは覚悟する。
伸びてくるリーシェライルの手が首に置かれる。
その瞬間首に付けられていた命奪う為の道具と、体内巡る毒物が浄化されるのが分かった。
一瞬で起きた予想外の流れにクリールは驚く。
「足かせにもなるが、守りにもなるのは知っているよ…そしてあの子のお気に入りであることも…」
そして柔らかなクリールの羽をひと撫でして言葉続ける。
「鏡を此処に導いた事に免じて見逃がすよ…」
冷んやりとした艶やかな笑み浮かべ、次は無いと圧力をかける。
そしてリーシェライルは陣を解く。
見知らぬ部屋の中、無理やり事起こそうとしている者いる地点へ一歩踏み出す。
フレイリアルは今回も動きようがなかった。
クリールに毒まで投与されてしまている状況…エルシニアの策略は、実際に行動縛る縄や薬と同様にフレイリアルの心を縛り行動を十二分に制限した。
腕を掴まれ導かれた場所に行くしか無かった。
「この前同様、心縛られ動けぬ様は美味です。十分楽しませて頂けそうですね…」
座らされたフレイリアルの目の前に立つエルシニアは、そう言いながら腕伸ばしフレイリアルの頬を撫でる。
フレイリアルは触られるだけで神経が逆なでされるような不快感を感じた。
だがエルシニアはその不快そうな表情を見て更に楽しむように顔を近づけ…フレイリアルは思わず避けようとして其のまま倒れこんでしまう。
無言で驚愕と恐怖の表情浮かべるフレイリアルに言い放つ。
「自分の意思で抵抗出来ない者を組敷くのは何百倍も楽しいですね…従いたくないのに従わざるを得ない表情を眺めながら蹂躙していくのは最高です…」
そして力入れ押さえつけ、圧し掛かる。
「あとは此の君の姿をエリミアの大賢者様に見せて上げたらさぞ楽しいだろうなぁ…まぁ、事が成された後に知ると言うのも口惜しさ増すでしょうから、大賢者様の涼しく薄い表情に深みが増すかもしれませんね…」
フレイリアルは怒りが湧き上がるのを感じた。
この状況を受け入れざるを得ない自身の変わらぬ迂闊さと、リーシェへの失礼な物言い…この者が述べる御託にうんざりしたのだ。
心の中で思わず叫ぶ。
『五月蝿い!』
声なきフレイリアルの声を聞き取ったかの様にエルシニアの表情が変わる。
「そうですね…楽しくて少しおしゃべりが過ぎてしまった様です…」
エルシニアの真剣な言葉が残忍な笑みを際立たせる。そして昂ぶり欲を帯びた、狂気宿る瞳へと変化していく。
「さぁご要望どうり、黙りましょう。僕のお喋りな口を塞いでください…僕も罵る君の口を塞ぎましょう…」
そうして言葉通り唇を重ねる。今までの鬱憤晴らし全てを取り返すように…エルシニアは、全身を強張らせ不快さを表すフレイリアルの口に執拗に留まり貪る。
暗い喜びが増し更なる先へと歩み進めるために手を伸ばした瞬間、体に衝撃走りベッドの上から吹き飛び壁にぶつかる。
「???」
一瞬、理解できないエルシニアの前に、涼やかに美しく…しかし怒りに瞳を煌めかせ立つリーシェライルが魔力纏う物理的な力で吹き飛ばしたのだ。
「フレイ大丈夫かい?」
エルシニアを退かし横まで進んだリーシェライルが、フレイリアルの強張り固まる体を優しく抱き起し包み込むように抱きしめる。
抱きしめられ少しだけ緊張解けるフレイリアルが声なき呟きをする。
『リーシェ?』
そして、その温もりが本物であるのを感じると、今までの恐怖を取り除くために強く強く抱きしめ返し声なき声で叫ぶ。
『リーシェ!!』
全ての思いが叫びと強く抱きしめる腕の力に集まる。そして少しずつ気持ちほぐれ、頬を伝わる涙に変わっていく。
「遅くなって御免ね…」
そう言って優しく軽く口付け、目を見つめる。そして再度…深く…全てを浄化する様に口付けた。
それは全ての魔力を検知し分解解除する、文字通り浄化する口付けとなった。
「あっ…」
「うんっ、魔石を使った拘束系の魔力による声の抑制だったみたいだから解除しといたよ」
さすがリーシェは頼もしい。
「なぜ此処へ? それに塔から離れて? えっ?」
今更のように塔以外の場所にいるリーシェライルにフレイリアルは目を見開き仰天する。
「フレイが手に入れた天空の天輝石の力だよ。魔石に溜まってる魔力が少ないから短い時間だけど…それでも自由に此処まで来られたよ!」
美しい笑顔を花開かせ、喜びを伝える。
「私が遣ったことは少しはリーシェの役に立てたのかな…」
ただ、それだけを願い動き色々と巻き込み…予想外の事が引き起こされ、フレイリアルは自身の行動が信用できなくなっていた。
「あぁ、勿論だよ。実際に赴くことが出来ないと思っていた場所に来ることが出来ているんだよ!!」
そしてリーシェライルは温かい愛溢れる眼差しをフレイリアルに向け告げる。
「本当にありがとう…フレイリアルのお陰で僕は自由を味わえたよ」
「今度は本当の自由をリーシェにあげるからね…」
感謝の言葉に勇気づけられ、言葉通り更なるリーシェの自由を勝ち取る事を目指すのであった。
部外者のように壁に吹き飛ばされ、暫し動けなかったエルシニアは思う。
『何なんだ!! 散々奪い続けた者が直前で美味しい所を又しても奪って行くって言うのは何なんだ!!』
エルシニアの憤懣遣る方ない思いが激高へと変わっていく。
『許せない、許せない、許せない…』
「許せない!!!」
荒ぶる叫びとなって飛び出した。
暴走する思いそのままに装飾品として壁に掛かっていた戦斧を取り、魔力纏いリーシェライルへ襲い掛かる。
怒りに任せた攻撃は一瞬でいなされる。
それでも積年降り積もった勝手な恨みの念は、ちょっとやそっとじゃ諦めない。
立ち上がり…再度攻撃仕掛けてくる。
リーシェライルは、フレイを庇いつつ受けるその攻撃を楽しんでいた。
「何が許せないのかは知らないけど、此方の方が許せない気分だよ! フレイは僕のなんだから、勝手に触れた君の罪は万死に値すると思うんだ…」
フレイを抱きしめたまま、楽し気に戦うリーシェライル。
その軽やかな動きにフレイリアルは吃驚する。
「リーシェって戦えたんだね…」
「フレイ、さり気無く失礼な発言だと思うんだけどなぁ…」
「だって、青の塔に籠りっきりだったから…」
言い訳するフレイリアル。
「行動が怪しいお姫様が近くに居たから一応備えていたんだよね…塔内でも危険な奴から守れるように一応気を使っていたんだよ!」
そう言ってエルシニアの攻撃を雑談しながら躱す。
その態度に心底から怒り襲い掛かる。
「オノレぇ! 貴様のような…貴様のような者になぜ全てを奪われねばならないのだ! 似ているからと言って比べられ侵害される謂れはない!」
「君が僕に似ているって? 傲慢だなぁ…身の程知らず? とでも言うのかな…随分と侮られちゃてるんだねぇ」
「!!!」
その言葉にギリギリと歯噛みし憤怒の形相となったエルシニアは、高級魔石から導く全身全霊の思い込め魔力を導き出す。その全てを纏い、渾身の力込めた一撃をリーシェライルへ落とす。この攻撃を防御結界で弾くでもなく…逃げる事もなく…魔力纏い素手でリーシェライルが受け止めた。
「簡単に制圧する事は出来るけど、それじゃあ君のような愚物は満足できないでしょ?」
艶麗に煽るように笑み嘲る。
「僕と遊びたかったなら…直接来れば、いくらでも相手をしてあげたのに…」
「!!!」
格の違いを見せつけ、憐れむように…馬鹿にする。そして最終的な宣告をするリーシェライル。
「でも、もう終わりにしよう。君は少し遣り過ぎたんだよ…」
そうして、シッカリとフレイの頭を抱きかかえ目を隠し実行する。
「さようなら」
かつてエリミアの陣築いた日に行ったのと同じように、意識あるまま末端より細かく転移陣で飛ばし肉体を徐々に消滅させ、彼方との回路を全開にさせ吸収させる。
今回は音漏れも防ぐため、その者の周囲に陣も築く。
その中で、消滅させられた末端より美しき色合いほとばしらせる傲慢なる者。恐怖の中に取り残されたことを少しずつ自覚し、失われる自身を目の当たりにして阿鼻叫喚する。
その様を目を細め楽し気に見守るリーシェライル。
すべての処理完了し、痕跡も残していないこと確認してから結界を解除する。
ある程度を察するであろうフレイに短く問う。
「僕のこと怖いかい?」
「リーシェがどんな事をしたとしても私は大好きだよ」
その言葉に安堵し、再び強くフレイリアルを抱きしめるのであった。




