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1.流れる思い巻き込み進み動く

『一体、何度目の呼び出しの書状なのだろう…』


只の使者である自分が考えてはいけない事だと思いつつ、大賢者リーシェライルへの書状を携え賢者の塔へ向かう使者。

以前この役を仰せつかっていた者が抜けて5の日になるが、9人程すでにこの役を拒否し転属願い出たと聞く。通算すれば相当の回数となるであろう。


連日の王妃からの呼び出しの書状を、18層のあの鬼気迫る人外の地へ持って行き更にそこで魔鈴を鳴らし大賢者付き賢者が来るまで待つ。

一般賢者にとっては修行か拷問か…と言う苦痛をもたらす空間。

その場に居るだけで顔が苦痛に歪む。


『確かに耐え続けるには辛い空間、転属願ったとしても責められないであろう』


自分とて何処まで耐えられるか怪しいものだと漠然と男は思った。

冷や汗滲んでくるような重圧感じる魔力の中で、無限の時間が流れるような気がした。

18層転移の間の外より、今までと違う複数の気配あったため廊下に出て跪き待つと予想外の人物が現れる。

王妃様の目的の人そのものが歩いてきたのだ。


人が魅了される瞬間。

その使者の男、は其れを自身で味わう事になるとは思わなかった。


転移の間でさえも鋭い魔力突き刺さり正気を保つのが難しいのに一歩廊下に出ただけでその感覚は倍増し、身体の内部が引き裂かれるような痛みを感じ苦しさが増す。

自身の忍耐の限界に挑戦し、苦悶の表情押し止め書状を掲げ続けるが難しかった。

冷や汗垂らしながら顔しかめた状態の使者など居たら、お目汚し…と処分されても当然であったろう。

だが、この麗しの御方は見ないふりをして下さる。

目の前に人が到達している感覚があり、尊き御方の気配伝わる。

跪き少し下げた目線に入るのは揺れる衣とさらりとした銀の髪。


「今日も、またあの御方はいらっしゃるのですね…困ったものですねぇ…御自身の執務に差し支えは無いのだろうか…」


そう言いつつ膝を折り差し出した書状を直接受け取られた。


「君も他の仕事あるなか此処に遣わされたのでしょ? 身体も魔力の重圧で辛そうだ、一緒に下へ行こう」


ついついその尊いお顔を見てしまった。

宵闇に微かな光の残滓入り輝く瞳とその白皙の美貌。そんじょ其処らの淑女じゃ絶対に叶わぬ人ならざる美しさ。

美しさに性別は関係無かった。

その煌めくお顔が自分を見て優しく微笑む…。

まるでこの世のモノと思えぬ幸せな白昼夢の様だった…その使者は気付いたら賢者の塔の救護室で寝ていた。

その者は自分の心が絡め取られてしまったことに気付かぬまま、その日のうちに王宮から賢者の塔への配置変更願いを出していたのだった。


「此で今の月、配置変更願いが10件目です」


賢者の塔、中央塔管理者からの苦情である。


「そうなんだ…だから何なのかな?」


直接話を聞くことになった大賢者リーシェライルは空とぼける。


「このままだと王宮付きになった賢者が居なくなってしまいます」


「補充すれば良いのではないかな? そんな些末なことまで報告されても困るな…」


「移動するなら地元に帰る…と言う者が多くて…」


一定の勤続年数…御奉公を終えた賢者は、進退の自由を得られる。だか、その年代が塔や王宮の業務を支えているので抜けられては困るのだ。


「それは僕のせいなのかな?」


それはそれは美しい笑みを浮かべて管理者は見つめられた。

慣れた者であっても、男女お構いなしに影響するその艶麗さに囚われてしまう。

心の垣根を崩されドキドキと脈打つ自分しか感じなくなり…顔面は紅潮し四肢は固まり、管理者は二の句が継げなくなってしまった。


「王妃様の嫌がらせの様な呼び出しが無ければ、僕は青の間に閉じ籠って居たかったんだけどな…」


全くもってその通りではあるのだが、大賢者リーシェライル様のご尊顔を拝し奉った者はまるで魅了の魔力が存在するかの様にその足元に跪く。

賢者の塔の賢者達はその状態に慣れたものであり、時々動き固まる者があったとしても問題は起こりにくい。

外部に出た王宮付き賢者が使者として入る事によって問題が生じたのだった。


王妃の呼び出しが始まってから既に1の月。

ある意味王妃も並々ならぬ根性の持ち主である。

呼び出し、挨拶し、大した会話せず、挨拶し、退出する…ほぼ其の流れが繰り返されるだけである。

呼び出されるたびに大賢者様は王妃様に優美に尋ねる。


「このように度々お呼び出しになるのは、私が何か御気に触るような事をいたしたからなのでしょうか?」


「貴方は何故、結婚を進めないのですか」


「それは何度もお話させて頂いた様に、意に沿わぬ者同士で進めても意味の無いこと。繋がりを強める意味が私には無いですし、今後も無いでしょう」


「貴方は国を思う気持ち…世界を思う気持ちはありますか」


王妃の言葉は多くを含みすぎていて分かりづらい。


「言っていることの意味が分かりかねます」


きっぱりと回答する大賢者リーシェライル。

更に尋ね会話したとしても、王妃の訳のわからぬ質問に堂々巡りを起こすだけだった。



王妃は自室の窓辺に立ち、そこから見える賢者の塔を眺め考えあぐねる。


「そろそろ巫女より賜りし時の断片…予言…の事象が揃ってしまう。世界を先へと繋げるには排除が必要、しかし外から周囲を切り崩すのも難しかった…ならば…やはり直接届く策が必要」


王妃は窓に向かって呟く。

王妃の私室…閉ざされた警備ある場所であるにも関わらず、背後に一人の男が近付く。


「王妃様、ご無沙汰しております」


そこに現れたのは大賢者付き筆頭賢者であるグレイシャムだった。王妃は動じることなく対応する。


「あぁ、久しいですね…随分と忙しく動いていた様だし、何やら他の国に鞍替えしたと聞いた気もするのですが…」


「いえ、私の心はこのエリミアと共に…」


「役に立つなら何でも良い。舞い戻ったと言うことは又、此処に選択肢が集まると言うことかしら…」


「ご明察、敬服致します」


「…して、どの様な運びになる予定なのかしら」


「大賢者リーシェライル様に出国して頂き…真に導く方を迎えましょう」


エリミアで新たな陰謀巡らされるのでたった。




転移で赴いた場所は空気乾く砂の匂い運ぶ世界だった…ニュールにとって見慣れた忌々しくも懐かしき場所。

ヴェステ王国王宮、転移の間。


かつて出入りした記憶が甦る。

数多の砂粒に自分自身も小さな砂粒となって混ぜられている様な中に居た。

与えられたモノは飲んでも飲んでも必要な場所へは届かず、一層渇き増す気分にさせ…心が自然と乾いて砕け散る…。

そんな、殺伐とした気分をニュールに呼び起こさせる場所だった。


ニュールの転移終了後、厳重な結界が編み出されるのを感知した。

多分ニュールの逃亡防止と思われる。

何人もの隠者が動員されて築かれたであろう結界で隔絶された王宮の中を進んでいく。


今回連れて行かれる場所は離宮のようであった。案内する者に従い歩むと謁見も出来る広間へと通された。

そこで対面することになったのは、ヴェステ王国の最も会いたくない方々であった。


会いたくなかった重鎮は全て見知った顔であるが、この会見の性質故に挨拶の言葉が浮かばない。

一応会釈と共に軽く普通の挨拶を述べる。


「ご無沙汰しております」


反応なき反応返る中、皆無言で椅子に掛ける。ニュールにも侍従より椅子が進められる。


この重々しき空気を最初に突き破るのは赤の将軍だった。


「久しいな! 健勝で何より、顔を拝めて嬉しいぞ!」


本気で屈託なく嬉しそうに笑む。


『この人は、相変わらず口から出た言葉通りの人だな…』


思わず、配下として動いていた頃を思い出してしまう。


赤の将軍は良くも悪くも考え通りに行動し述べる。

ヴェステ王国の防衛の一翼を担う四将軍が一人ディアスティス・アーキア。

王家の血筋入りし公爵家長女にして、国王と同じ時に石授かりし絆を持つ血族である唯一の女将軍。苛烈にして直情的、策を弄するより力で捻じ伏せる猛々しき者であり…四将軍一甘くない者である。

今回は、他に黒の将軍と王立魔石研究所所長である第二王女サンティエルゼ、この三人の重鎮を相手にせねばならなかった。


「人質を返してもらうにあたっての交換条件を教えてもらいたい」


ニュールは直接、要望を述べる。


「お前の身柄に決まっておろう」


国王代理として参加している第2王女サンティエルゼが自明の事であろう…とばかりに尊大に答える。


「それは否だ」


感情見せずにニュールは否定する。


「では人質の命も無い」


現状に余裕もつサンティエルゼが引き続き強気で述べる答えに端然とニュールは答えた。


「ならば王宮を破壊しよう…少なくとも、この結界を突破すれば城の四半分は吹き飛ぶだろ? 今すぐ必要なら要望に応えよう。この程度の結界の破壊だと大したこともあるまい…詰まらぬというのなら王都ぐらいなら全て壊してやるぞ」


ペテンの様に聞こえるが、今のニュールになら実際に可能であろう。

ただ、そこに多くの命がある故にやらないだけだ。

専横的に振舞うだけの自身ある体制整えた自負を打ち砕くニュールの言葉に、歯噛みするサンティエルゼ。

その背後で殺意剥き出しにニュールを睨みつける隠者Ⅰ…サランラキブが控えていた。

場の緊張感が高まる。


「ヴェステかインゼルの何とかしろ…塔」


「「「???」」」


今まで口を開かなかった黒の将軍…元《一》である言葉足らずの男が口を開く。

だが、相変わらず言葉足らずだった。

今、ヴェステが所有している賢者の塔を復活させろ…と言う内容らしいと、その場に居る者が理解したのは暫し後だった。


「うん、要求としては打倒な線じゃないか?」


ニュールへ赤の将軍が同意を求める。


「あぁ、復活だけなら構わない」


お互いに何処までの範囲を復活とするかまではギリギリ濁す。

全機能の復活だと、誰かが塔付きの賢者にならなければ無理だろう。サルトゥスやインゼルの様な限定的なものなら賢者の石に匹敵するようなものがあれば一部機能の解放は可能だろう。

それに、ニュールにとっては塔の状況確認する絶好の機会でもあった。


交渉は成立した。


人質の受け渡しは塔の機能が復活してからになるが、面会を希望するニュール。


「一時的行動支配可能な薬と刻印を刻むことに同意するなら許可しよう」


サンティエルゼの言葉に同意すると隠者Ⅰが施術する。

ニュールの予想通りすぐに解除しようと思えは解除できるものだった。

そのため何処まで自由にしてよいか不明だが、余計なものについてだけは意見述べておくことにした。


「オレに毒の類は効かん」


体の中を巡る痕跡を辿ると、100種以上の薬物や魔石による生命活動に影響及ぼすような物質が体内に投与されていた。


「やはり、人外なのですね…1種類でも効いてくれれば気も晴れたのに…」


舌打ち不快な表情表す隠者Ⅰなのであった。

捕虜として捕まっている2人の居る場所へは、赤の将軍が案内する。


「お前はどんどん面白いやつになるな」


そうして歩きながら腕を絡みつき寄り添う。まるで恋人と散歩でもするかの様に…。


「あのコレは…」


若干動揺しつつ手短に問うニュール。


「そう言う所は変わらぬな。これは親愛の情だ…興味が有るから近づいただけだ」


『この人はそう言う人だった…』


本能で行動し篭絡する。過去にも興味だけで動き、何の手立てを取ることなく任務完了に導いたことがある。

以前から何度か興味を持たれたことがあった。

その度にこうして近付いて来る。


「飲んだ薬と陣の効果の確認だ。その場に留まり従え」


確かに体内に巡る魔石からニュールの回路へ働きかけてくる感覚がある。

命令通りそれに従う。

絡みついていた腕が、今度はニュールの頬と頭を抱え無理やり…赤の将軍…ディアスティスの唇に重ねられた。

一瞬離れた口から再度命令が下される。


「我に従え」


廊下のど真ん中、公衆の面前でなされる…それはそれは濃厚に交わる…ヤバイぐらいの接吻を…。

ディアスティスは、そのまま着飾れば美貌の公爵令嬢。

朱入る薄茶の髪と妖艶で誘うような容貌と官能的な肢体、そしてニュールよりも少し濃い色合いの橙含む瞳が魔石の支配以上の支配を生みそうになる。

密着する肢体の柔らかさと、試すように攻め立てる魅惑的な唇。


『本気で理性がヤバイです…』


自ら望み落ちてしまいそうな身体を押しとどめるため、思わず魔石の支配解き押しのけてしまった。


「やはりな…お前に魔石や陣での支配は効いてないのだな…ふふふっ」


蠱惑的な笑み浮かべ声たて笑い、更に誘うように告げる。


「このまま魔石の支配下と言い訳して私と籠れば良かったものを…残念だぞニュール」


この手強き御方に名前で呼ばれ悟る。

絡め取られたら最後、全て支配されてしまうであろう。


そしてニュールは思い出したのだ。


『この御方も王家の縁戚…濃き血を持つ者だったな…』


この国は戦にて勝ち取り築き上げた王国、正当に戦い奪うことは正義であった。

その最上位たる王家の人々は、欲しいものを得るためならば万難排し何処へなりと赴き、ありとあらゆる事を厭わぬ者達である。


ニュールは、再度慎重に事に当たる決意をするのであった。

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