22.思い振りかざし
一緒に居たくもない隠者Ⅸ達と共に陣に乗るとキミアが声をかけてくる。
「ニュール達が到着する前には帰っておいでね…そうしないと、この神殿とヴェステの王宮が破壊されちゃいそうだから頼むよ」
隠者Ⅸが陣の魔力を動かすと、一瞬で見慣れない景色の中に辿り着く。
簡素だが重厚。そして古き懐かしき雰囲気漂う石造りの建物。
暮れ時の光が空を染め、窓無き大廊下に心地よい風が吹き抜ける。そして光差し込む辺り一帯も橙の絨毯のように覆いつくす。
そこを前行く者に従い進む。
「こちらでございます」
案内されたのは客間だった。
「まずはお召し替えを…」
部屋の中で最初に告げられた言葉だった。
侍女の方々が目線そらし赤くなり述べてくる。
「??」
「あの…大変…素敵な御召し物…とは思うのですが、我が国だと…その…少し大胆と言うか…まるで閨でのお衣装の様に見えてしまいますので…出来たら…」
フレイリアルは愕然とする。
予想外にヴェステの常識は自分の常識と…エリミアの常識と一緒だった。
つまり、今フレイリアルが着ているものは物凄く非常識なのだった。
「こっ、これはタラッサの神殿で借りた衣装でっ、私のじゃなくって、着たくて来てるんじゃあ無いんです」
とてつもなく恥ずかしい気分を味わい、赤くなり冷や汗をかく。そしてキミアを恨めしく思いつつ、あたふたと思いきり言い訳してしまった。
用意し着付けてくれたヴェステの衣装は、エリミアで着るような物より薄手で身体にピタリとしていた。だが、首回りと多少胸元が広めに開いている程度で、今までの他国の衣装に比べたら驚くほど正当だ。
着やすさと動きを妨げない素材の素晴らしさを侍女達の前で口にすると、嬉しそうに答えてくれる。
「我が国は武寄りの国故に、女性でも戦える事を美徳としています。王宮では特に動きやすさと防御性ある素材が取り入れられた衣装が採用されているのです」
誇らしげに語る姿は、街中で多少過ごした時には気付かなかった国を愛する人達の思いを感じた。
部屋の扉が叩かれ、再度目にしたくない隠者Ⅸが現れ恭しく述べる。
「エリミア辺境王国第6王女フレイリアル・レクス・リトス様。ご準備が整いましたなら謁見の間へお越しください」
猫被りな隠者Ⅸが侍女たちにも礼儀正しく労いの言葉を掛け、黙礼を送り扉の外に出る。するとその姿を熱く見つめ追う侍女が何人も存在しているのに気付き驚いた。
思わず心の中で叫ぶ。
『こんな奴に騙されちゃダメだからね!!』
謁見の間への道すがら小声で隠者Ⅸが話しかけてくる。
「あの最高~にスケベな衣装脱いじゃったんですねぇ~。王の前にアレで連れてったらどうなるか、スッゴク楽しみだったのになぁ~」
相変わらずふざけていて頭に来るので無視する。
「絶対に閨に直行だと思ってたのに、詰まんないなぁ~」
「!!!」
我慢して口は閉じてたが、フレイは睨みだけは効かせる。だが全く動じず言葉続ける隠者Ⅸ。
「まぁ、その衣装は衣装で似合ってるから良いけどね…ピッタリクッキリ浮かび上がってると思わず掴んでみたくなるけどね~」
「五月蝿い!」
思わず口から強めに言葉飛び出て、あわてて口を閉じるフレイリアルなのであった。
謁見の間に着くと、既に王は一段高い場所より見下ろすように見つめている。
通常の挨拶述べ跪き頭垂れていると声がかかる。
「やあ初めましてだね! 顔を良く見せておくれ」
その優雅で居丈高で豪然たる様は、良くも悪くも王者の風格を醸し出す。生まれたときから傅かれ跪かれ過ごしてきた者の高貴な尊大さを纏いつつも柔和に笑みを浮かべる姿は、誰をも自然とその者の前に頭垂れさせた。
フレイリアルは王の言葉に従い面をあげ、王の瞳を見つめる。
「うん、可愛らしいお嬢さんだね」
そして暫し全体を観察するような…笑んでいるが決して逆らえない圧力ある視線でフレイリアルを足先まで全て見透かす様に眺め、言葉を続ける。
「今回は我が子息の婚約者になっていただきたくて申し込ませて頂いたけど…五妃になってしまうけど、数字にこだわらないで貰えるなら是非我が下へ来て欲しいなぁ…」
一瞬目の奥に現れる欲に恐怖を覚え、フレイリアルは後ずさりたくなるが堪える。
この王の言葉や態度は柔らかいが、圧力が強い。そして、この王が本気を出したら誰にも止められない気がした。
交渉が酷く難しく、困難な道を極めるであろうことが予想出来た。それでもリーシェのために交渉したいと思い動く。
「私は婚約の事ではなく、天空の天輝石についての事をお話したくて参りました」
「あぁ、そうだったね…勿論、君が今すぐ我が庇護下に入ると言うなら喜んで進呈しよう。だが、そうでないなら…やはり対価が必要だと思うんだ」
フレイリアルの表情が曇る。
「君は何を我に差し出せるのかな?」
「……」
自身に何がある訳でもないのはフレイリアル自身が良く分かっていた。
王は柔らかい笑みを浮かべ言い放つ。
「我が欲するモノで君が用意出来そうなものは、その身か、大量の魔力か、我の知らざる真理…と言う所か。どれと引き換えにする? 他に用意できそうなモノが有るのならそれでも構わぬぞ」
そう言い王が側仕えに合図すると、その者が硝子箱に入った魔力の抜けた天空の天輝石を王の前に用意した。
箱越しだが、この前と違い禍々しさある魔力が底をうごめいているような感覚がある。
「天空の天輝石に何をしたの!」
思わず叫んでしまう。
王自身は表情の変化も無く動ずる事無く余裕だが、周囲は一瞬気色ばむ。
「ほぅ、何か…したのはわかるのだね…」
その視線は鋭さを増し、何かを吟味するように視線はずさずフレイリアルに問う。
「闇石の魔力を注いでみたのだが不安定でね…君はなんとか出来るかい?」
そう言って無造作に手に取ると差し出すように前へ持ち上げる。
どう対処して良いか一瞬悩むがフレイリアルは決断し、王が箱ごと掴み差し出した天空の天輝石を受けとるため前へ進み出る。
周囲が制止しようとしたが、それを王が制止した。
目の前まで赴き跪き両手で恭しく受け取る。
受け取ったそれは無理やりねじ込まれた魔力が石の中で爆発しそうになっていて、それを天輝石ごと防御陣施された箱に閉じ込められ、何重にも封印されているような状態だった。
このままではいずれ天輝石自体が崩壊してしまうだろう。
『何て事をしてくれたんだろう…』
フレイリアルは天輝石を抱えたまま、自分の中に静かな怒りが湧いて来るのがわかった。
その怒りは天輝石に酷い扱いをした事への怒りとは違った。
天輝石その物が扱いを厭い怒る…その冷えた魔石の持つ怒気そのものが体の中に溢れてくる気がした。
フレイリアルは怒りの感情の中で天輝石と繋がる。
繋がることで中にあった穢れた闇石の力は、フレイリアルの中へ押し寄せ通り過ぎ浄化され戻る。微かだが本来の天輝石の魔力も戻っていた。
それによってフレイリアルの怒りも和らぎ通常の思考に戻る。
一瞬で起こった流れるような天輝石の浄化作業。
知らぬうちに天輝石にかけられていた全ての陣も解除されてしまっていた。
そこには空いた箱の中から天輝石そのものが見える状態になっていた。
謁見の間全体にどよめきが起きる。
賢者級の目を持つものには、そこでなされた事が粗方見えていた。
隠者総出で最高難度で築き上げた筈の陣が、いとも容易く触れただけで解除された上に闇石の力取り込むだけでなくその場で穢れた魔力を浄化し魔石の中へ戻した事…この力が有れば機構の復活…賢者の塔が復活するのと同等の価値が生み出せるのではないか…と言うことを、見えた者たち皆が気付く。
そこに利用価値ある高級高価な魔石の様な存在を見いだした事に、広間にいた人々に動揺広がり場が落ち着かない。
騒めきが止まらない中、王が小さく呟く。
「これは、真理のひと欠片に価するな…やはり我が横が妥当か…」
言葉聞こえた者達は、勅命得たり…と動きだそうとするが王が皆を制す。
「この者、我が管理下にある故に触れること能わず」
王が宣誓し保護した。
フレイリアルは異様な興奮状態となっている場の空気は感じ取ったが、その原因となる自身のやらかしには気付かず天輝石の箱を抱えたまま状況理解できず茫然と王の方を見て固まっている。そんな眼前のフレイに王は笑みを浮かべ手を伸ばし、頭を撫でつけ頬を撫でる。
そして愉快そうに声出し笑うと王が述べた。
「ふふふっ、良く出来ました。今回は一時的な取引になるけれど君は十分な対価を払ってくれたよ。それに君は君自身で己の価値を示してくれたね…存分に楽しめたよ」
王は心から満足気に続ける。
「お礼として、しかるべき時にしかるべき者の手に天空の天輝石が届く事を約束しよう。ただし、まだこの魔輝石は復活したての上、満たされてない状態。だから、今度は妥当な魔力を多少補充しておくから安心すると良い…闇石の魔力はちょっとした実験だったからね…さすれば暫しなりと彼の者も自由を得られるだろう」
「妥当な魔力?」
「あぁ、タラッサとは良い関係を築いているのだよ…だから時々交渉でヴェステの所有する魔輝石に魔力の補充をお願いしているんだ」
王はごく当たり前の普通の事である様に簡単に述べる。
「それは、人を捧げ導き入れる力…」
「その通り。最近人形になった者でも可能なのか試してもらったが、やはり難しかった様だ。だから人材の確保から必要なのだがな」
すでに頭の中で算段付けた様に述べる王。
「あれが使えれば最適だったのだが…全てが思うようにはならないのだな。まぁ使えぬ隠者や市中に出回る無用な者や犯罪者等、いくらでも用意しようはあろう」
事も無げに言う。
「それって何の関係の無い人も…」
「関係はこの国に存在するだけで発生している…関係とは一方的でなく相手も選び取ってなされるもの。甘んじて受け入れた時点でそれは選択されたと同義なのさ」
「一方的過ぎて…何か酷い…」
あまりにも独善的な態度と行動にフレイリアルは自分の価値基準で呟く。
「お前は酷いと言うが何が酷いんだ?」
王が楽しげに素で問いかける。
「国王という立場を利用している様に見えるかもしれないが、責任果たし得ている力を使って何が悪い? 抗いたければ抗うが良い、気付かずぬるま湯に浸かり…気付いた時に湯になっていたからとなぜ文句を言う? あからさまな状況変化に気付かず抗わぬ者に異議を申し立てる資格はない」
甘く冷たく突き放す。
「私は欲しいものを手に入れるために努力する、お前だって望みのために努力するだろ? 生き残る努力もせず、当然のように現状過ごす者を利用したとて何が悪い?」
フレイリアルは食物連鎖の最上位に立つ魔物を見ているような気がした。
「望むものを手に入れる努力をして、実際に得たからと言って酷いと言うのは、あまりにもお前の方が酷いぞ?」
王の巧みな強者の理論にフレイは頭働かなくなり混乱する。そして王は甘く絡め取る様に微笑み、野望と欲望を煌めかせ力強く断言する。
「生き残るも一つの望み。望むものは人それぞれ…私が欲しいものを手段も含め否定する権利は誰にもない」
王は傲慢さの中で自分の価値基準を誇りフレイリアルに押し付ける。
「強かろうが弱かろうが、本気で望む願いなら死力を尽くし進むことを躊躇すべきではない」
そしてフレイリアルの目を…その奥底をしっかりと覗き込むように見つめ、言葉続ける。
「誰かを助けたいが為の小さな善良な望みであったとしても、望んだ時点で其れはもうお前の望みであり…お前の欲となる。綺麗事とはかけ離れたものになるのだよ…生き残ること一つとってもね」
フレイリアルは何か違うと思えるのに、完全に否定しきれない自分を情けなく思った。
「其でも、貴方は自分勝手で…間違っている…と思う」
「ふふふっ、お前は楽しいなぁ。間違っているかの判断は、時を越え結果を受けた後の人間がする事。自分自身も含めてな」
そして清々しいくらい澄んだ薄水色の瞳を楽し気にフレイに向け、王は問う。
「私はしっかりと自分が招いた結果を味わう覚悟があるぞ。お前には有るのか?」
「………」
フレイリアルは二の句が継げなかった。
豪胆で覚悟を持った王は、人を踏みつぶし死体の山築くことになるとも自分の願いを叶えるため突き進むであろう。既にこの王が見通す未来の中にフレイリアルも組み入れられていると思うと、見えない魔物の巣に踏み入ったような気分になるのであった。




