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15.思い通ずる

「取り敢えず商会の応接室にでもどうかな? 御招待するよ! 後、宿も準備させてもらっているから使っておくれ」


『有料じゃ無くて良いのですか?』


サージャに心の中でと突っ込みを入れたくなるニュールであったし、逆に有料じゃ無いのなら何か目論見が有りそうで怖いと思った。


港から一段上に商会や商店並ぶ通りがある。その中で一際豪奢で整い、活気ある人の出入り多い建物。

そこがナルキサ商会の商館であった。

エリミアと同様の作りで階下は受注受付や荷の積み降ろし場所や商談する場所があり、最上階に商会長室や応接室等が備えられていた。


サージャ・ナルキッシュの見た目はいかにもエリミアの者であり、育ったのもエリミアであった様だが成人してからの主な活動場所はタラッサ連合国だった。

タラッサ連合国の中の首都カロッサを擁する宗主国コンキーヤ王国に属する商人の様なのだが、年1回組むエリミアの隊商業務を委託され、ナルキサ商会で請け負いサージャ本人がこなしているようである。

エリミア国内に他に対応出来る商会が無いと言うこともあるが、それだけエリミアの王城との関係が深いと言うことだ。

ニュールは気付いた違和感を口にはしなかったが、疑問に思うことを色々と考えていた。

するとサージャが勝手に答えてくれた。


「僕はエリミアとコンキーヤの末端王族同士の子なんだ。母がエリミア出身で継承権は無かったが上位王族であったのと、病弱な事もあってエリミアを出られなかったんだよ。だから母が亡くなるまで5都エクシーに居たし、一応大賢者様の家系の者なんだよ」


確かに言われると容貌と言うよりは雰囲気が、大賢者リーシェライルに似ていた。


タラッサ連合国はコンキーヤ王国の他に、この港湾都市ザルビネ含むメランテ王国と、タラソ王国、バダカ王国の主な4国と小国2国からなる国々で連盟を結び成り立つ。

宗主国は8年に1度選び直され、昨年タラソからコンキーヤに変わったばかりだ。そして宗都もエイデスからカロッサに変わった。

この国々も自然神を祀る神殿を持つが、サルトゥス以上にお飾りな感じの神殿だった。


そして賢者の塔である水の本神殿はコンキーヤ王国とバダカ王国の間にある小国の1つレグルスリヤ王国王都ハトゥルーサにあった。


今回この応接室には、エリミア辺境王国の内部情報扱うため正式な契約をしているニュールとモーイがフレイリアルに付き従う。そして、モモハルムアとフィーデス、及びエリミアの交易引き受ける商館の主であるサージャがその場に在り向かい合い座る。

一連の形式的挨拶の応酬を乗り越えると、いきなり楽し気に切り出すサージャ。


「結構、派手にやっちゃったみたいだねぇ…」


笑顔でサージャからプラーデラでの出来事を振られるが、何処まで答えたものか戸惑っていると更に言葉が追加される。


「犯罪者引き渡しの要求等は出されて無いようだけど、プラーデラ国内には御布令が出されている様だから気を付けてね…それに捕縛依頼と追手も出されている様だよ…勿論ヴェステからも引き続きね…」


貴重な情報を貰えるのは有難いが、それこそ料金が発生するのでは無いかと戦々恐々とするニュール。

表情に出ていたのかサージャが理由を続ける。


「君だって、自分で見つけた縁繋がりし者に幸せになってもらいたくて動く事にしたのだろう? 僕にだって多少の情は有るよ…まぁ、全く利益が無ければ放置するかもしれないけどね…」


笑顔の目の奥が笑っていないのが怖い。


「…それにしても、王女様は凄いね。これで3件目じゃない? 他国からの婚約の申し込み…」


「「「!!!」」」


其所にいるニュール達3人が絶句した。


「3件って…何なんですか?!?」


当事者であるフレイリアルは動揺しまくりサージャに尋ねる。


「1件目のサルトゥス王国からのは承知しているだろ? 今回も同行者に居た小殿司様が守護したる者だよね…」


詳細に把握するサージャ。


「そして、2件目は逃げてきたプラーデラ王国の国王から正式に申し込みがあったらしいよ…あの国にも書状用の転移箱は存在したからね…だけど正式な使者はまだの様だよ…」


サージャは各国の状況を説明しつつ教えてくれた。


「一番ビックリするのは3番目だね。ヴェステ王国の王位継承権第2位の者との婚約を打診してきたそうだ。此はサルトゥスへの牽制かも知れないけどね…それに、その王子様はお歳が8歳の様だよ」


皆の顔が呆れ返る。


「まぁ、3番目のはニュール…君を再度取り込む為でもあるのかもしれないね…」


予想外だが思い当たる事は山程あり、ニュールは言葉が出ない。


「どっちにしても2番目と3番目からは此の先も追われるのは分かってるだろうけど、コレを踏まえてどう動く?」


フレイもニュールも固まる。


直接逃げるとか、戦うとかではない政治力や心理的な権謀術数はフレイリアルもニュールも一番苦手な部分である。ニュールもある程度、裏で蠢く様な流れを察することは出来る。だが、相手を手玉に取りやり込めることは苦手であった。


「やる事は変わらない…予定通りタラッサの…賢者の塔へ行ってみるだけだ」


ニュールは淡々と答える。


「そうだね、出来ない対処を先んじて行うより、その都度起きた問題を解いていくのが君達向きだね…」


サージャの話が落ち着いたようなのでモモハルムアが今回の本題である任務を実行する。

今回の任務のお世話係を、リーシェライルより依頼されたナルキサ商会が請け負った。商会長補佐であるルシャが同行し、一応4日程前に賢者の塔の転移陣で行き先を組み換えエイデスへ行きザルビネへ移動してきた。直接ザルビネに入らなかったのは、リーシェライルが新設された陣の座標をまだ把握してなかったためだ。

本日行動を共にしているサージャとは、モモハルムは今日が初対面だった。


「この度、大賢者リーシェライル様の依頼にて…此れを届けるために参りました」


フィーデスに目くばせし、モモハルムアはフレイリアルに手元に用意した箱を手渡す。

フレイリアルが受け取った箱を開けると、其所には片手に乗る大きさの鏡が入っていた。良く見ると何種類かの魔石が埋め込まれ陣の施された物であり、フレイリアルはリーシェライルの魔力を感じた。

其所に居ないのに寄り添うように感じる魔力に、フレイリアルは花咲く様に笑みモモハルムアに礼を言う。


「モモハルムアありがとう!」


「…っ!……」


その言葉にに心苦しそうに一瞬目を逸らすモモハルムアが居た。そして、何か言い出そうとするが声にならないのだった。


「…横から失礼致しますが、その鏡は遠見の鏡だと思います。通常のものだと月の満ちた夜などに使えるようになりますが、高魔力保持する魔石の装飾入っている様ですのでもう少し使い勝手良くされているかも知れませんね…」


サージャが説明してくれる。


「遠見の鏡?」


「動く映像見る鏡です。対になる鏡持つ者と動く映像で繋がれます」


「じゃあ、会って話せるんだね…」


フレイリアルは感慨深げに鏡を手にし暫し後、大切そうに箱へしまう。

その時、サージャが目を細め何が起きるか分かりつつも爆弾を投下する。


「そして、モモハルムア様も…大賢者リーシェライル様とのご婚約おめでとうございます…なのかな?」


サージャのその言葉に、3人共に驚きの表情浮かべモモハルムアを凝視する。

その状態に晒されたモモハルムアは唇を噛みしめ、手に爪食い込ませ俯き無言の返事をする。


一番動揺したのはフレイリアルだった。

聞いた事実を認識する為の思考が全く動かなくなっていた…まるで其れは自身の家が一瞬で消えて無くなった様な気分だった。


「…リーシェ…」


近くに居て当然の者が自分の手から離れていく…何かを大切な…まるで自身の一部を失ってしまった様な気分だ。

胸元に吊るした灰簾魔石を握りしめ力なく呟く事しかできなかった。

モーイは俯くモモハルムアを見つめ問う。


「モモ…其れでいいのか?」


モモハルムアの答えは無い。

ニュールの表情は読めない…だが、モモハルムアの方を向き告げる。


「其れがお前が選び下した決断ならば祝おう…」


その言葉にモモハルムアの目が空虚になり、徐に立ち上がると部屋から飛び出す。

フィーデスも立ち上がり追おうとしたが、思い止まりニュールへ向かい述べる。


「モモハルムア様は…外堀を埋められ仕方なく、身内を盾にされて…動きようが無く…王妃から…!!」


溜め込んだ怒りを吐き出すように主人の思いを状況を伝える。


「それなのにっ! クッ、モモハルムア様が自分で選んだ訳がないだろ! モモハルムア様はっ…! どこまでも貴様の事を!! …グッ」


フィーデスは憤りながらも言葉を呑み込む。


「もし、あのエリミアでの戦いの時言った守ると思う気持ちが本当に有ったのなら…あの時より生じた因縁からも貴様が守れ!」


そう言い、モモハルムアを追いかけようとしたフィーデスを立ち上がったニュールが止める。


「そうだな…すまん。まだ守りきれて居なかったんだな…」


そして代わりにその場を辞しモモハルムアを追いかけた。

商館を出ると通り向かいは全面下段の港を見晴るかす場所であり、所々に石造りの装飾施された四阿がある。

その中の一つにモモハルムアは座り海を眺めていた。

連戦に戦い疲れ疲弊する兵士の様に、瞳の奥に虚空映し出すモモハルムア。


横まで赴き、声を掛ける。


「心無い言葉を掛けてしまった…申し訳ない…」


隣に座るニュールに気づくと堪えていたモノが溢れ出す。

ぽつり…ぽつりと、モモハルムアの瞳から降り注ぐ雨は無表情のままの美しく艶やかな頬に跡を作り流れる。


「頑張って挑んだ戦いに苦戦して疲れているんだよな…本当に色々分かってないし、気が回らなくて済まんな」


そしてモモハルムアの頭を抱き寄せ、髪に口付け落とす。

そのままモモハルムアはニュールに強く抱きつき泣きじゃくる。


「お前は頑張っている…」


頭を抱き寄せられ撫でられ続け、ニュールから掛けられる言葉にモモハルムアは落ち着き力が湧く。


『こんな状況に屈するほど私は弱くない!』


涙は止まった。

そしてモモハルムアはもう少しだけ勇気を…この何も分かってない愛しい人にもらうことにする。


「ニュール、ありがとう…」


そう言いつつ、いつの間にかニュールの膝の上に這い寄るように座る。

腕の中で泣き続けた可愛らしい生き物が、涙に濡れた顔を上げ、そのままニュールの至近まで寄って来る。


『ヤバイ…近い!!』


と思った瞬間に、またもや塞がれ奪われる。

抗うことは出来なかったし抗うつもりのない自分にニュールは吃驚した。

無意識に両腕で包み込んでしまっていた。


モモハルムアも包み込まれる腕の中で確かに思いが巡り始めている事を実感でき、その淡い魔力の循環にひたり今度は喜びの涙一筋流れるのであった。



商会の応接室に戻るが気恥ずかしい…何か凄い状態になった分けでもないのに物凄くニュールは気恥ずかしかった。

無事連れ帰ったモモハルムアはニュールの腕に絡みつき離れない。

激甘に蕩けそうな瞳でニュールを見つめながらここまで歩いてきたのだ。

モーイとサージャはフーンっと言う目をしているし、フィーデスに至っては今すぐ刀の錆に…という雰囲気。

ニュールは心の中で言い訳する。


『いやっ、そんな凄いことしてないですから! 頭抱き寄せ慰め、接吻されたのをそのまま抱き締めただけですから…!!!』


フレイリアルは1人固まり虚ろな表情で心彷徨わせている感じだった。

モモハルムアが正気に返りフレイリアルに謝罪し真相を告げる。


「フレイ、途中で抜けてしまって…貴女のことを放置してしまってごめんなさい。自分のことで手一杯になってしまったの…」


フレイリアルはモモハルムアの言葉に力なく答える。


「いえっ、気にしないで…大丈夫…おめで…とう…」


「フレイ、それは偽装よ! 私も、大賢者様も、この婚約を進める気は全くないわ!」


フレイリアルが顔を上げる。


「エリミアで少しずつ塔と…王宮の関係が変になってきている感じがするの。王宮で外部から人が入れられて…色々動いていらっしゃる様なの…王妃様が…」


フレイリアルは会うたびに全く読めないあの人が、何のために動いているのかサッパリ分からなかった。


だが何らかの理由の下、リーシェを排除しようとしているのだけは分かった。

フレイリアル自身も、色合いだけでない他の理由で忌まれているであろう事を感じ取っていた…自身の特質によりその思いを増幅させているであろう事も最近認識した。


いつかエリミアで対峙しなければならないのが王妃その人である事を十分覚悟した。

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