14.思いあふれる
タラッサ連合国、港湾都市ザルビネは首都カロッサに継ぐ連合国内第2の都市でもある。リネアル汽水湖からの経路を通過し、まず哨戒艦艇の監査を受け港に入る。
船の動力用魔石の代わりに使ってた水棲魔物であった金剛水龍は港に入る前に逃がした。最初は討伐して戦利品にしようとしたのだが、フレイに反対された。
「龍と名の付く魔物は、魔輝とも呼ばれる天輝・地輝を導くんだって。だから討伐しちゃダメなんだよ!」
「だからと言って、ここら辺で放し他の船を襲ってもかなわんぞ!」
ニュールの御尤もな言い分を他所に、フレイは根拠なき自信で言い切る。
「クリールが言い聞かせてくれるから大丈夫だよ!」
何故かクリールが説得役に借り出される…何処まで本気なのやら不明だが、無理なら処分するだけとニュールは考える。
確かに水上で魔石を得るのも難しいし、甲板に上げての素材取りも難しい。
討伐し下手に残骸残して他の魔物を誘引しても困るし…ここまで船を牽引させるため連れてくる事にはなったが、どっか行ってくれるのが一番手間がかからない。
「クリールお願い!」
そのフレイの言葉に答えるようにクリールは魔力を流す。異種の魔物同士の魔力による意思疎通が出来上がっているように見えた。
一瞬ニュールはそのやり取りの中に自分も入れるような気がした。
金剛水龍はクリールからの何かを理解したのか…隙を狙って逃げたのか…湖中央方向へ向かって大人しく去っていった。
船長達には網目の隙間を広げて逃げてしまった…と言うことにした。
監査を受けた船は順番に桟橋に横付けしていくのだが、船が港に入るとき船長がとてつもなく懐かしい商会名をのべているのを耳にし驚いた。
似た名前が多い商会なのかと思ったら…そのものだったらしい。
「やぁ、ニュール久しぶりだね! 元気にしてたかい」
「!!! サージャさん!」
ニュールはそこで予想外の人々に会った。
それは砂漠でニュールを拾いエリミアで雇ってくれた、ナルキサ商会の商会長サージャ・ナルキッシュだ。
ニュールは懐かしい思い以上に、結局自身で直接挨拶に赴けなかった事や、有耶無耶に職を辞した事に後ろめたさがあったので大変恐縮しまくった。
「その節は誠に勝手に職を辞すことになり、申し訳な…」
「まだ辞めてないよ! ニュール、君の扱いは休職だよ…寮の方は片付けさせて貰ったけど何時でも戻って来られるんだからね」
涙が出そうになるほど、普通であることが嬉しかった。
自身の中にある普通願望を温かく受け止めて貰える場所は心を癒す。
だが現実とかけ離れた非日常な美しい少女がニュール目掛けて駆け寄り…腕の内へと飛び込み、その普通な世界を叩き壊す。
「ニュール…お会いしたかったです…」
紫水晶魔石の色した瞳を潤ませ、流麗なる銀の髪をニュールの胸に絡め、可憐で健気な…思わずしっかりと強く抱き止めたくなるような美しき少女が腕の中で小刻みに震えながら喜びの涙を流す。
『ヤバイ…まだ魔物の目の影響が残っているのかもしれない…』
思わず強く抱き締め感動の涙流しうち震える少女に優しく口付けたくなった。
だが背後に控える今まで以上に狂暴に睨み付け隙を見せない女騎士の前で、両手を挙げ害意無く無抵抗で有ることを困り顔で示すしかニュールに選ぶ道は無かったのだ。
1の月ぶり位のモモハルムアとフィーデスだった。
インゼルの白の塔からニュールが展開した転移陣に共に乗りヴェステへ辿り着いた後、各々が自身の目的のために進み出すときモモハルムアは告げた。
「私は残すところ1の週程の留学となります。留学終了後は国に戻り…国や大賢者様への報告をさせて頂きます。だから、その時、各所の様子を然り気無く調べておこうと思います」
フレイリアルにそう微笑みながら伝えたあと、モモハルムアはニュールを真っ直ぐに見据え伝えた。
「必ず情報を伝えに来ます。待っていて下さい…ニュール」
その真剣な瞳に気圧されながらも、しっかり目を逸らさず笑顔で答えていた。
「あぁ! 宜しくな」
モモハルムアはヴェステでの生活に戻った後、華麗にしらばっくれ、優雅にごまかしまくった。
叔父はモモハルムアが消えたとき、保身のために粉骨砕身の努力し活動しまくっていた。
ちょっと似た者親族であると言ったら双方憤慨するであろう。
モモハルムアが消えた夜。
食事会から戻り状態を知らされたモモハルムアの伯父は頭を抱える。
しかも、屋敷から居なくなった上に何やらやらかしたと聞く。
「モモハルムア様はバルニフィカ公爵からの呼び出しを蹴って転移陣の間へ向かった所までは目撃者もいる様です」
「何だと! そんな事をして私の顔が潰れるではないか!」
何よりも自身の立場が大切だ。
「陣で飛んだかは確かではありませんが、取り敢えずモモハルムア様の所在は今の所不明です」
「探すのだ!」
こうして叔父に探される事となり、フィーデスは薬抜けきらぬ体を引きずりながら先にモモハルムアを探し出すべく動き出したのだ。
「取り敢えず公爵には体調不良で戻っていて屋敷で臥せっていると伝えろ。後日わたしも公爵へご挨拶に向かう。全くあれは何を仕出かすのやら…」
屋敷の一角が慌ただしく動きだす。
『昔から全くもって、あの小娘は人の言うことを聞かない!』
心の中、モモハルムアに毒づき憤懣溜めつつも一蓮托生的に罰せられる事態を防ぐべくモモハルムアの伯父は暗躍する。
モモハルムア達が戻ったのは深の時終わり、時始めの鐘が鳴ろうかと言う明け方頃。
微妙な時間帯であり、ニュールやフレイが心配し寮まで送ると申し出るがモモハルムアが断る。
「ここは既にヴェステ。一刻の猶予もなりません…あなた達ご自身の立場をお考えください」
それでも皆が躊躇していると、外に人影あるのを察知した。
ニュールが隠蔽纏い確認すると、苦しそうに呻くフィーデスが転移陣ある部屋の外の廊下で壁にもたれ佇んでいた。
近づくと気配を感じたのか誰へともなく空へ向かい呟く。
「モモハルムア様…ご無事でしょうか…伯父上様がお屋敷に居ないモモハルムア様を…探し回っておいでです…ご留意下さい…」
「フィーデス! 貴女大丈夫なの?!」
モモハルムアが駆け寄り気遣う、それぐらい弱っている。
「薬が…多少…残る程度。騎士として主人を迎えるのは当たり前の事…」
「やはり送った方が…」
ニュールの心配そうな顔を睨み付け、フィーデスは声を荒げ憎々しげに告げる。
「お前達の…お前の存在が、モモハルムア様の気遣いを無にし、立場を危うくするのだ!」
「すまん…」
素直に謝るニュールにフィーデスは唇を噛み言葉を飲み込む。
「モモハルムア様は私が守る…お前らは早々に立ち去れ!」
モモハルムアに心強い女騎士が現れたことで、各々が赴くべき場所へ進む切っ掛けとなった。
皆、自分の道を進むべく行動を開始する。
モモハルムアを寮に連れ帰り、そこからフィーデスはバルニフィカの所に囚われているエシェリキアを密かに連れ出しに行く。
連れ出し…といってもエシェリキアは既にバルニフィカの屋敷の外に出て来る所だったので拾ってモモハルムアの滞在する寮に連れていっただけだった。
「モモハルムア様は既にお戻りになっている。お帰りになった時間も時間だったので休んで頂いている」
「それは何よりです。目的は達せられたのですね…」
「その様だ…」
エシェリキアは現実を受け止める…と言う感じで、その出来事に関しての可否を延べることは無かった。
「では、この状況を遣り過ごして無事にエリミアまで辿り着けば、取り敢えずの任務完了…と言う感じですかね…」
エシェリキアは捕らえられている時に殴られ切れたであろう口の端を、無表情に拭いつつ先の見通しを述べる。
「だが、この国の軍が出てきているようだ」
フィーデスはその仰々しい事態に沈鬱とした表情を浮かべる。
「では、私が処理させて頂きます。この様な時に役立ちそうな関わりもありますので…」
裏の道に関わってしまった故の繋がり、その繋がりは明日には自身の足下を掬うかもしれないとエシェシキアは自覚している。
「…エシェリキア、モモハルムア様を悲しませるな…」
すでにフィーデスはエシェリキアが、フレイリアルの情報を売ったことまで把握しているようであった。
「…僕は僕の信念に基づき行動しますが、モモハルムア様に生涯を殉じ捧げ尽くすつもりです。もう揺らがないので安心してください」
「そうだな…次があるなら私は看過しない…」
フィーデスは釘を刺すのだった。
無事にエリミアへ戻るためにモモハルムア達も動き始める。
叔父も自身の安寧を得るため、モモハルムが体調崩し寮で休んでいたため呼び出しに応じられなかった…と言う申し開きをするためバルニフィカ公爵の下をモモハルムアと共に訪れた。
一連の説明と非礼への謝罪を受けた後、バルニフィカ公爵は三日月の目を細めモモハルムアをじっと見つめながら笑む。
「…まぁ、宜しいでしょう…そう言うことにしておきましょう」
明らかな詐称と知りつつバルニフィカ公爵はそのまま呑み込む。
「いずれ貴女自身にこの貸しの代償を頂くことになるかもしれませんが、ご覚悟は出来ておいでですか?」
「えぇ、私をインゼルへご招待頂き心寒い思いをさせて頂いたお礼はキッチリ述べさせて頂きますわ。それで十分なお釣りが来るのではないかしら…」
強気なモモハルムアが華麗に笑み一歩も引かずに戦う。
「確かに、誘ったのはあくまでもこちら…刺激強き現場へ送り込むこととなり、適切な対処では無かったかもしれませんな…当方からも非礼を詫びさせて頂きます」
ある程度対等まで持ち込めたとモモハルムアは思った。
例え見せ掛けであったとしても…交渉にて不利を減らし譲歩を引き出す。良い年の大人相手に勝利を勝ち取り矛を収める。
「いえ、こちらも随分と勉強になりましたので、今後の良いお付き合いの一助になればと思います」
叔父やエシェリキアによる裏からの働きかけと、モモハルムアの表での立ち回りがエリミアへの無事帰還の道を切り開く。
そして今、モモハルムアは大賢者リーシェライルの願い叶えるべく此処に立つ。
そして、細やかな自身の願いも抱き…。
モモハルムアの本心が、唯々この男に会いたいが為であるから…と言うのが手に取るように分かる故に厳しさ増すフィーデスの視線。
『こんの、糞オヤジめがぁ!!!』
謂われなきニュールへの怨嗟がフィーデスの中で更に膨れ上がって行くのであった。




