7.迷走する思い
『偉い方々との謁見や会食は苦手以上に…嫌いだ。特に無礼講と言う名の、無礼無しの席なぞ糞食らえだ』
ニュールは心の中で悪態をつく。
それに自身もそうだが、他の者からボロが出ないかと思い心休まらない。
「ほぉ、鄙行くにしては華麗なる面々である様だが…特に其方、見知っている者に見えるのだが…」
いきなりボロが出そうになったのは周りではなくニュール自身だった。
「いえいえ、私のような者が高貴な方々と見知る機会は、この様な機会無ければあり得ぬこと…誠に有り難き幸せ…僥倖で有ります」
頭をブンブン振りながら謙遜し、平伏せんばかりに頭を下げ田舎者丸出しに装う。
実際に王と対した記憶は無い。
影であった頃、主に仕えていたのは赤の将軍である。公式の場へ行くとしても警備等で赴くことが多く、王宮内に入るより城外に控えている事が多かった。
高貴できらきらしい方々と関わる機会は無かったと思われた。
「私は戦場へ戦力として赴くこともあるのです…」
王が予想外の方向から切り出す。
「??」
「ヴェステの方々には暁の防衛者…等と呼んで頂く事もあったようです」
敵軍であるが羨ましい呼び名であると…その頃のニュールは思っていた…。
「王、自ら戦う力となるとは、国民もさぞ心強いでしょう」
「そうですね…そうなれる事を願ってます」
平常心でやり過ごしたが、ニュールは直接の攻防で手合わせした事を鮮明に思い出した。
ヴェステの魔力砲と、プラーデラの若干魔力施した物理砲でのやり取り。
その防衛担当として、既に《三》となったニュールが派遣された戦い。
圧倒的攻撃魔力の差を物ともしない、鉄壁の防御力で相対してきたのを覚えている。
ニュールは任務には忠実だったが欠片の愛国心も無かったので、依頼された防御役を最低限だけこなした。指定された範囲内だけを忠実に守り、後は放置した。
相手方に展開された防御結界を眺め、降り注ぐ魔力を巧みに弾き利用している様を感嘆の思いで見る。
真剣な思いで戦い対峙する者へ、賞賛の思い沸き上がるのだった。
そんな過去の思いに耽っている内に、次に王の関心が向けられたのはフレイであり話が振られていた。モーイが巧みにお子様仕様で装わせていたので、そう言った方面からの働きかけが無かったのは幸いだ。
王は子鼠の様にひたすら食を貪るフレイに感心し、心和んだ様で感慨深げに眺め尋ねた。
「他に欲しいものはあるかい? 食べ物以外でもあったら言ってごらん?」
ニュールは手を伸ばし制止しようとしたが遅かった。
「天空の天輝石が欲しいです」
一瞬、王の周りにいた護衛や側近全てが注目し…気色ばみ剣に手をかける。
王は片手を挙げ制止する。
「なぜ欲しいんだい?」
その目には今までの和む色は消え、上に立つ計算高い王としての目になっていた。
「魔石が好きだから…凄い魔石だと聞いたからです…」
流石にその威圧感に気付き、畏まるフレイ…自分が言ってしまった事の不味さにもやっと気付いたようだ。
「そうか…魔石好きか…」
王は呟き遠くを見る。
そして考え至ったように、その石の状態を告げる。
「今ある、天空の天輝石と言われている物は魔力を失った状態なんだ…」
そしてフレイリアルの目を見て伝える。
「それでも、そのままあげる事は出来ない…君が差し出せる対価は何だい?」
フレイリアルは、王の本気の問いに本気で答える。
「用意出来るものなら全てを…」
王が立ち上がりフレイに手を差し出し誘う。
「では、一緒においで。対価が決まったならあげるから…まずは本当に欲しかった物か見定めると良い」
今度はニュール達が気色ばみ、双方一触即発の状態となる。
その中でフレイリアルは考え、自らの意思で王の手を取り立ち上がる。
それは、本来の目的である大賢者リーシェライルの為に探していた天空の天輝石を手に入れるべく立ち上がる、エリミア王国第六王女フレイリアル・レクス・リトスとしての決断だった。
その固い決意を邪魔することは誰にも出来なかった…。
王はフレイリアルの手を取ったまま、前だけ見て進む。
長く続く廊下を無言で歩み、突き当りまで達する。すると其処には目立たないように陣を展開してある入り口があった。
厳重に鍵のかけられた小部屋を開け、フレイリアルを共に引き入れ内側より外扉の鍵を掛けなおす。
そして内扉の前で立ち止まったまま、国王シシアトクスはフレイリアルに声を掛ける。
「本当に私に付いてきしまって良かったのかい?」
無言でフレイリアルは頷く。
「何があっても?」
「ずっと探し求めていた物が在るなら、私自身のことならば全て…捧げられます」
『リーシェの為ならば…』
フレイリアルの決意は変わらなかった。
「本当にどんな事でも?」
その言葉にチョットした意地悪と王者の尊大さが加わり、フレイリアルを試すように前触れなく強く抱きしめた。
だが近付き魔力の循環が否応なく出来上がると、そこに繋がりが生まれてしまう。
シシアトクスは予想外の癒しに驚き、フレイリアルはシシアトクスの中にある目的へ向けての真剣さを感じ取り驚く。
2人の繋がりが予想外の感情を生みだした事にも気付く。
フレイリアルのシシアトクスへの理解と同情…そしてシシアトクスのフレイリアルへの正負判別つかぬ情…。
その繋がりを理解しつつも、切り札を持つ者の傲慢さが王の言動を後押しし強気にする。
「そうだな…こうして、癒し続けてくれるのなら私は前へ進めるかもしれない…君の差し出す対価は君自身と定めよう」
そのまま引っ張るようにフレイリアルの手を再び取り、内にあった扉を開く。
そこには階下へ続く螺旋状の階段があった。それをひたすら降りて行く。
王宮の地下になるのだろう、そこには地上には無かった魔力の気配が強く濃くなっていた。
表情の変化に気付いたシシアトクスがフレイリアルに話しかける。
「ここは塔ではないが、地上へ魔力を導きだす地点だったようだ」
降りて行く間に色々と王が語る。
この地の魔力が枯渇しかけてからの事を…。
それは魔石や内包者を国内の者達で奪い合う、争い耐えぬ日々であったと。
終止符を打つため、先代から方向性を定め今の政策へ進んできたと…。
だが落ち着きを取り戻した様に見えたが、力ある国内の者は外にそれらを求め、内部の力なき者は鬱憤張らすように内包者への偏見を作り出す。
「なかなか上手くいかないものだな…」
真面目で前向きな王の素の姿が見えた。
『この人も、必死にあがき自分の道を見つけようとしている…』
フレイリアルの気持ちが同情から共感へと変化していく。
「色々な道を探してみたのだが…難しいものだな…」
王は心の底にある弱さを呟いていた。
階段を降りきると部屋があり、シシアトクスはフレイリアルをそこへ導き入れた。膨大な書籍と資料、様々な魔石があり、一目で研究者の書斎と分かる場所だった。
「そこに掛けて待ちなさい…」
フレイリアルをおいて奥の小部屋に入ったシシアトクスは、包みを持って出てくる。そして、大切そうに抱えたそれを机に置きくるんでいた布をはずす。
中から石が出てきた。
「此は、プラーデラが所有していた塔の遺跡から発掘した小箱に入っていた石だ。塔にあった資料と照らし合わせた所、天空の天輝石と言うものの特徴と一致した。今は魔力なき只の石と化した物であり…確定的判別がついた物ではない…」
「触れても…良いですか?」
フレイリアルは許可をもらい石を膝へ移し抱く。
感じるそれは確かに魔力無き石であった。
だが感覚を研ぎ澄まし、石に働きかけ感じ取る…すると、その中に確かに魔力の残滓が感じられる。
天輝石であるのは分かるし、空間魔力を持っているのも分かる。
そして、フレイリアルがここに存在する力ではない力を呼び出し満たせば甦るであろう事が…手に取ると自然と解った…此が本物であると言うことも…。
フレイリアルは机に石を戻すと前に座るシシアトクスに伝える。
「この石が欲しいです…」
「…では始めに言った通り私は君自身を貰おう…君が何者であるかは既に把握している。我が国には身分的に釣り合う者を招く国力が無かった為、正妃が存在しない。故に、そこに入ってもらおう。あと、研究に協力してくれたら尚有り難い…そして癒してくれるなら重畳である…受け入れるなら全てを与えよう」
手を差し出され誘われる。
フレイリアルはその手を取る。
連れ出され向かう奥の部屋に何が有るかは分かっている。
頭では納得している。
だが気持ちは…。
『違う…』
心の奥でフレイリアルは呟く。
奥の間に連れ行かれ、王に抱きしめられ魔力が巡る…真摯に国の未来へ取り組む姿勢と、フレイリアルを大切に扱おうとする心は伝わってくる。
『違う…』
フレイリアルの消えない気持ち。
ゆっくりとマントを取り払われ、モーイによって偽装された上着の紐がほどかれる。
すると隠されていた体の線が衣服に現れる。
その艶美な肢体を目にしシシアトクスは思う。
『国王としての義務と打算とで進めた取引だったのだが…悪くない取引だ』
欲による歪みが生じる。
王の瞳に情欲の光が入り込み、魔力循環で刺激された回路から劣情が沸き上がる。
正負の天秤が負へと傾いていく。
感情の誘引が起こり、心の暗がりへ続く道へと導かれてしまった。
「この石と引き換えるに足る、十分なモノが手には入るとは思わなかったぞ…」
口に出して呟く王の声音からは淫情が滲みだし、そこにあったシシアトクスが本来持つ優しい気持ちが消えてしまっていた。
「違う、貴方じゃない!」
やっと口から出たフレイリアルの真実の思いは、欲に踊らされている王に力でねじ伏せられる。
「君に取っても決して悪い話じゃ無いはずだ…」
既に組敷かれ押さえ付けられ、なすすべもないフレイリアル。
王が更なる領域へ踏み込もうと胸元に手を近付けた瞬間、青い魔力が鋭く光り王の目をくらます。
胸元につけていたリーシェライルによって魔力込められた灰簾魔石が、危機に対し発動したのだ。
力から逃れ部屋の外を目指すが、王が見たことのない陣を発動させ部屋の外と内を遮断する。
「この陣はプラーデラの塔の遺跡より持ち込んだ資料より組んだ陣だ。対処するのは難しい…じっくりと再び話し合い、お互いの利益を考えよう…」
冷静な言葉を話すが、目のギラツキが尋常では無い。
『この目はインゼルで見たアイツの目と同じ…そして、エリミアの…とも同じ、何かに突き動かされ操られているような…』
フレイリアルは咄嗟に思考を巡らせてしまったが、悠長に考えている暇は無い…だが逃げ場も少ない。
その間にも王はにじり寄り、フレイリアルを追い詰める。
『捕まる!』
そう思った瞬間、目の前の国王が倒れた。
「???」
その背後に立つのは見知った顔だった。
「だから、迂闊で愚かなのです…」
タリクがそこに立っていた。
「タリクゥ~何でぇ」
半ベソをかきながら理由を尋ねようとするが遮られる。
「王が意識を取り戻す前にこの陣を解除なさい! 貴女なら出来るハズです」
「はいっ…」
思わず素直に返事する。
そして有無を言わさぬタリクの言動に従う。
陣に解析の魔力を流し読み取る。確かに見たことは無い物だったが、構造は単純でありインゼルの白の塔を囲む魔力より数段劣るモノだった。
言われた通り、王が意識を取り戻すより前に陣を解除して地下部屋より脱出する。
ふわりと最初に羽織っていたマントをタリクに掛けられる。
「身体は秘しておきなさい、危険です」
そう言ってタリクは目を背けるが、気遣う気持ちが温かくて涙が出る。
地上階の小部屋まで行くと皆が居た。
王が退出した後、皆は部屋まで一旦戻された。そこから抜け出しフレイリアルを心配して探し、ここまで辿り着いたのだ。
全員の意見が一致した。
今が、脱出すべき時で有る…と。




