6.思わくは...
大叉角羚羊に似た、余り他の国で出会った事のない少し小ぶりの獣二頭立てで引かれる客車にて、王宮へ連れ行かれる。
客車の作りは簡素ではあるがしっかりとした作りである。
ゆるりと6人が同乗できる大きさであり、決して罪人運ばれるような物では無かった。それでも、ニュールはこれが招待と言う名の捕縛連行で無いことを願いつつ周囲の景観をジックリと観察する。
かつてニュールが影であった頃、比較的良く各国へ連れ歩かれた。
それだけ任務をこなす機会多かったとも言える。
だがプラーデラの王都ポタミは初の場所であり、ニュールにとっても新鮮で興味深い街並みであった。
気候は河や湖などに面している地帯が多いためか、ヴェステの王都よりも穏やかであり過ごしやすいようである。
朝方まで過ごしていたミストの街から王都に近付くに従って、今まで見た事のある景色が変化していく。
石を使った建物であるが、ヴェステの雰囲気より寧ろサルトゥスの方が近い雰囲気だ。開口部が大きく、全ての窓に硝子が入っている。壁面などに洒落っけがあり、機能重視のエリミアや素材をそのまま利用する事の多いヴェステとは違っていた。
王都に入ると魔石を入れる型の街灯は消え、光る水流れていると言う柵が家や商店の前に並ぶ。夜になるとそれらが勝手に光始めると言うのだから、魔力以上に謎であり未知の魔法の様である。
だがやはり魔力感知板が至る所に設置されていて、内包者には過ごしにくい…スッキリしない気分の場所なのでは無いかと思う。
そんな表情を察したのか王よりの使者は言う。
「この王都ポタミの市井にいる内包者は、潜りの者か、外国の者だけです。国内に居住する者を感知すれば、迎えの者を使わし内城壁の中へ移住してもらっています」
「その方達は街には出入りは出来ないのですか?」
珍しくフレイリアルが問う。
扱いの差に敏感なフレイリアルは、内包者の処遇に疑問を抱き軟禁されているのか…と気になったのだ。
「そんな事は無いのですが一度内包者と分かると、国内では市井に居ることへの反発が大きく暮らしにくいのです…」
「内包者は忌まれているのか?」
ニュールも気になり尋ねる。
「忌む…と言うか畏怖…と言った感じですかね。実際、王自身も内包者でありますので…」
ニュールも風の噂で聞いたことがあった…プラーデラ王国現国王は高位の魔石内包者である…と。
「今回、貴殿方をお迎えしたのも…襲撃予告を前の街で受け、実際襲撃されたようだったので…保護…させて頂きました」
予想外の事実を耳し、皆疑問に思う。
「「「「「???」」」」」
「ブエナ氏の店が襲われた様です」
「「「「「!!!」」」」」
「あぁ、人的被害は無いようですし内包者関連の被害は国が保証していますのでご安心を。外国から来た内包者への嫌がらせは良く有るので、外交的にも問題があるため保証しているのです」
苦笑しながら続ける。
「王の意を曲解する右派がどんな所にも存在するのですよ…」
そう言った後に浮かべた微笑は、笑みを返せないほど鋭く冷ややかだ。
暫しの時間ひんやりした空気が流れた。
だが王城壁内に入った事に気づいた使者は、気を取り直したように此方に向かい笑む。
「さぁ、お客様方には此方で御滞在していただき、公演をお願いしたいと思います。その時、王よりお言葉あるかもしれませんのでご留意ください」
何だか、あらららら…と言う話になってきた。
プラーデラ王国はヴェステ王国と戦うこと多いが…敵の敵が味方とは限らない。
取り敢えず穏便に出国するためには、この緩やかな…真綿で首絞められる様な危機を乗り越えねばならないのだった。
連行…保護されたのが自分達だけかと思いきや、4組ほど同じような者達が案内されているとの話だった。他の組は、辿り着いた広間に既に待機していた。
今回ここに招かれていたのはニュール達含め全部で5組。
皆、興業を行う者達であり、まるで王を楽しませる為わざと余興を行わせる出演者を集めた様にも見えた。
案内した者が、王宮の歌舞音曲の担当者だった。
呼び出された見知らぬ者達と、いきなり順番や時間配分を決めるように言われる。
集まっていたのは魔石使いの曲芸師の一座2組と、魔石4弦演奏団と、幻想舞踏団。ニュール達は最後に来た者として余った場所に入れられた。
3番目だ。
粗方の説明を受け、最終的な注意事項に入る。
「時間通り…予定通り…出来るかは王のお心次第ですので、呉々もゴリ押しなどしてご機嫌を損なわぬようにして下さい。余程のご不興買うような事が無ければ、明日謝礼と共に各々望む目的地にお連れ致します。但し、余りのご不快をもたらされますと…その後の保証はしかねます」
最後の保証されない状態が、放り出されるのか…処分を受けるのか気になる所だ。
「最後に…王からの何らかの思し召しあれば…従うのが賢明なご判断かと思われます。以上簡略な説明となりますがご容赦下さい」
そこからは団体毎に個室に案内される。
ニュール達に用意された部屋は1部屋だったが、中で2部屋に別れている豪奢な作りの部屋だった。
「何でいきなりこんな王宮の外苑部にある別棟にまで来ているのだろうか…」
イストアが全身固まりながら、まっとうな感想を述べた。
他の者達のお気楽さが図抜け過ぎていて頭抱えたくなる度合いなのだ。
「おいっ、気を抜きすぎじゃないか?」
思わずニュールが軽く注意を促す。
「だって仕様がないだろ? 何か対応出来るわけでもなし…」
「ご褒美もらえるなら天空の天輝石くださいって言って良いかな?」
「腹へったなぁ、何かくんないのかな?」
肝が据わっていると言うか考えなしというか…と言う様子であった。
『まぁ此ぐらいの気楽さがオレらには向いているのかもしれないか…』
苦笑しながらも、つい心強くなるニュールであった。
「でも、アレ…ヤバイよなぁ! 王の思し召しあったらぁ~とか、良い子がいたらお持ち帰りって事だろ?」
「それ以外の意味もあるだろうが、そういう意味もあるかもな…まぁ、先へ進みたい者は目立たず不興を買わない程度にやるのが良いかもしれない。ここに残りたくないなら衣装なども目立たぬように工夫しろ…」
ちょっと座長らしい配慮をするニュールであった。
目立つつもりは毛頭なく、不興買わない程々の感じで上手く止めるはずだった…。
挑発さえされなければ。
最初は他の一座からの小さなからかいだった。
「奴隷と奴隷使いの余興でも見せてくれるのかい?」
プラーデラに入って言われ慣れた言葉であり、皆、最初は動じなかった。
「ヒヒッ、女奴隷の余興って…ソイツは楽しみだな!」
「王様達にのお眼鏡に叶うかは疑問だけどなぁ~」
「よっぽど良けりゃぁ、オレらが呼んでやるよ」
下卑た笑いに包まれると皆の心の温度が下がる。
最初にブチリッ…と女性陣3人の堪忍袋の緒が切れる明確な音が聞こえた?…様な気がした。実際にはモーイが手にしてた、絶対切れないだろう綱渡り用のロープを素手で千切る音だった。
勿論、魔力は然り気無く纏っているが、賢者級の魔力操作に目覚めつつあるモーイの巧みな操作を見破る者は少ない。
素で千切った様に見えたであろう。
「「ひっっ!」」
恐れおののき息を飲む音が聞こえた。
「…せ、戦闘に来た訳じゃ無いんだ、げっ芸の、わっ技が劣るならお前らに価値は無いのさ!」
恐怖におののきながらも口は減らなかった。
「貴殿方4番目かしら? 直ぐに帰れるようにして差し上げますわ…」
フレイも密かに切れていて、高貴な姫様仕様になっていた。
その後心底冷えた蔑みの目にたじろぐ口汚い者たち。
そして、戦場以上に戦闘的な人々が出来上がり戦いの火蓋が切られたのだ。
王宮であるため、特に魔石の使用制限は無い。
よってフレイの制限解除した臨海点ギリギリ完全完璧な魔力による幻想的映像の創出が行われた。勿論ニュールの補助無くしては収拾つかなくなり魔力が破綻し、文字通り爆発していたであろう。
モーイとミーティとイストアの曲芸組も魔力で足場築き空駆け巡る様に華々しい映像の中を飛び回り観るものの心を奪った。
素人であった日が懐かしい…芸、極めし者となりそこに在った。
『何でこいつら皆、演芸の専門家になってるんだろう? これで食ってけるんじゃないか?』
声に出して突っ込みを入れたいが、場所柄口に出せないのが悔しい限りだ。
だが皆ニンマリと笑み、満足の表情浮かべる。
トリを飾るに相応しい興業になったと信じたい。
厳密には終わりじゃなかったのだが…残り2組は気の抜けた様な演技は、途中打ち切りを宣告され即刻退場となっていた。
退場する口汚き者たちに、心の中で指立て舌出し今後の活躍を祈るのであった。
しかし此処が王の御前で有ることを、皆スッカリ失念していた。
残った3組は各々王の御前で挨拶する。
正面まで赴き跪き黙礼し退出するだけだが、前の2組の中から3名ほど見目麗しき者が声を掛けられ別室へ連れ行かれた。
ニュール達も目前に控え黙礼し問題無く退出…しようとすると前方より直接声が掛けられる。
「控え、面を上げよ…」
側近の者が王の言葉を伝えてきた。
「直言許す」
目の前で声を出したのは、プラーデラ王国国王シシアトクス・バタル・クラースだった。
赤き髪を一つに束ねた若き王に見えるが、年の頃は40を越えているはずだ。見た目は、20代半ばぐらいにしか見えぬ柔らかな物腰の男だった。
「此度は大変良いものを見せて頂いた。以前タラッサの王都で見た幻想奇術のようであった…再びあのような演目見ること叶い重畳」
遠い目をして噛み締めるように過ぎ去りし日を思い出しているようだった。
「お褒め頂き恐悦至極にございます」
ニュールが代表して至極まっとうで在り来たりの返事を返す。
「うむ。まずは貴殿達と、しっかり見知りたいな…後程、あらためて席を設けよう。共に有れ」
そうしてニュール達は、一瞬で済むかと思った危機的時間がまだ前哨戦であった事を思い知らされるのであった。




