11.危険な奴に巻き込まれ
騒ぎ聞き付けて人の集まり始めた場所を、ニュールは振り返る事なく抜け出す。
『…ったく、骨折り損だった上に騒ぎになっちまってる…』
有利な評価を得るため…フレイリアルを待機させた上で、わざわざ競う者を探して近付いた。
其れなのに、無駄足に終る。
だが徒労を悔いる間もなく別口の誘いを察知し、ニュールは人疎らな周囲から忘れ去られた様な場所を…再度目指す。
条件満たされる場所へ至り…人の気配が消え去ると、付かず離れずで様子を見ていた者達が距離を詰めてくる。
しかも…堂々の正面から現れ近付き、丁寧な口調と優雅な所作で話し掛けてきた。
「こんにちは。不意にお声掛けさせて頂くこと御容赦下さい」
声を掛けてきた少女は、フレイリアルと大差無い年齢に見える。
だが落ち着き払った対応は、教育の完了した成年の御令嬢と言った雰囲気を持ち…見た目との落差が激しい。
「此の祝いの良き日…見知らぬ貴方様との出会いに対し、此の場にて御挨拶叶い…心より深く感謝申し上げます」
畏まった言葉と共に、穏やかな表情で恭しく一礼してくる。
一見仰々しく…皮肉めいた言い回しにも感じられるが、ニュールに向けられる眼差し自体に悪意は無く…むしろ温かみと好奇心が感じられる。
最初の慇懃無礼で冷笑的に見える態度は、ニュールへの侮りではなく…此の厄介な催しへの苛立ちが表に現れたのであろうと察せられた。
此の少女に、他者を隔絶するような高圧的驕慢さは無い。
其れなのに目の前に立つと思わず跪きたくなる…不思議な雰囲気を持ち、先程遭遇した者達とは異なる…在るだけで気高さ滲み出る真に高貴な存在だと感じさせる。
だが浮かべる柔和な笑みの奥に、年端いかぬ者と侮れぬ掴み所の無さが潜む。
更に…其の背後には、少女とは正反対の…他を圧する程の隠しきれぬ殺気纏う完全装備の女騎士が控えていた。
少女は心からの余裕を持つ微笑み浮かべ挨拶すると、ニュールが挨拶返すのも待たずに…交渉持ち掛けてくる。
「突然ですが、無駄な争い避ける選択をする…と言うのは如何でしょう? 貴方が守らねばならなくなった御方を説得し、今回の茶番の要を…私に譲るよう説得して欲しいのです。不躾なお願いですが、聞き入れて頂けませんか?」
其の少女はシレッとした表情で…大したこと無いかのように、本来戦いで手に入れるべき守護魔石を要求してきた。
ニュールがフレイリアルの守護者候補として参加した経緯も、大体の所は把握しているよう。
ニュールが呆気に取られていると、取り引き条件まで持ち出す。
「もし応じて頂けるなら…貴方が今後不自由無く暮らせるよう、相応の報酬を約束させて頂きます。任地に赴いた後、手にしたモノで気楽に自由に過ごされるのも…宜しいのではないか…と」
何処までも胡散臭い申し出だが…現れた少女が信用に足る者である…と、申し出を受け入れたなら…約束は確実に守られるであろうと…一瞬で理解できた。
『確かに交渉による取り引きが不可…とは、言われてない。成績への他の加算入らずとも、守護魔石が手に入るなら上々…と言う事なのだろう。此方の行き先が選べるなら、お願いしますと即答したいぐらいの申し出だ…』
お嬢様からの秀逸で魅惑的な申し出に、つい…気楽に呑気に考え耽ってしまう。
本気で気持ち傾きそうになるが、自身に由来する諸事情により…諦めざるを得ないニュール。
「…大変残念ですが、受けたくても受けられない所以が私には御座います。好条件であり…心揺さぶられる申し出ですが、お断りせざるを得ないです。恩情により…御声掛け頂いたと思いますが、誠に申し訳ありません」
心から惜しむ気持ちを表しながら、丁重にお断りさせて頂いた。
十分注意払い…気遣ったつもりではあるが、高貴な御方からの不興被るツボは理解し難い部分があるので…此の応答が正しかったのか多少不安になる。
もっとも…相手からの返答で、余計な憂いであると確信が持てた。
「此方も残念ですわ。とても…とっても良い出会いの気がしたのです…」
申し出を蹴られた事を嘆きつつ、少女は楽しそうに微笑む。
其れは、随分と好意的な対応の様に思えた。
ニュールは一連の遣り取りをする中、改めて少女の姿に目を止める。
銀に近い金の髪と…砂色に紫水晶を混ぜ込んだような瞳の儚げな深窓の御令嬢…と言った風情の少女が、頬に手を当てて残念そうに微笑み…目の前に立っていた。
後10の年もしたら…男女問わず其の足元に下僕として傅く者が続出するだろう、美しく整った魅力的な容貌。
そして上に立つ者が持つべき風格に至っては、既に十分備わっている。
後ろに控える女騎士は、現時点でお嬢様に心酔している…と言った感じである。
故に…お嬢様が微笑みを与え会話するニュールを烏滸がましく感じ、許し難い存在であると認定したよう。
会話の只中より…敵意むき出しで憎々しげに睨み付け、警戒し…牽制してきてた。
交渉が途絶した瞬間、守護者候補である女騎士は控えていたお嬢様の背後から…主守るべく最前面に飛び出し…間を遮る。
交渉は決裂した…と判断した女騎士が、戦闘態勢に入ったのだ。
押し殺していた殺気解放し、遠慮なくニュールに向け…剣抜き構える。そして殺気纏わせた…相手ねじ伏せる高圧的魔力を放ちつつ、斬撃打ち込む。
一分の隙も無い、完璧に整った攻撃。
だがニュールは、難なく防御魔力纏わせた手持ちの短剣で受け止める。
刹那の攻防…競り合った力がギリギリの均衡を保ち、刃合わせたまま…次の一手を互いに探る状態となっていた。
そして次の瞬間…どちらからともなく力強めた魔力の反発で、双方弾き返される。
距離を空け…再度警戒しつつ互いに構えるが、ニュールは相手の次の攻撃に驚く。
「…?!」
其処からは、彼女ら2人掛かりでの…近距離からの高出力魔力による攻撃。
高級魔石から導き集束したであろう魔力そのものを、純粋な力とし生み出された衝撃波がニュールを襲う。
其れは…行動を制限する程の、直接的な重圧を与える。しかも隙を与えぬように、一切の手加減無く…見事に連携した多種多様な攻撃が間断無く仕掛けられた。
騎士だけでなく…其の可憐な御令嬢も、ただ守られるだけでない…自ら戦いに参加する強者だったのだ。
基本は…お嬢様が防御結界展開し女騎士が攻撃を担当する、役割を分けた二人一組での攻撃。
勿論…美しきお嬢様と女騎士、2人とも攻守共に絶妙に使いこなし対応する。
しかも…お嬢様の防御結界の使い方は、少し特殊であった。
周りへの被害を考えてか…相手への攻撃力高める為か、自分達が撃ち込んだ攻撃と共に敵を覆い閉じ込め…退路塞ぐ。
通常…内側からの力に弱い防御結界を、魔力攻撃の圧に耐えられるよう…変則的に対応するしなやかさで強度補う。そして対象を内に押し留める事で、十分に攻撃として通用する力へと転化した。
結界強度の調整と…魔法陣無しで指定範囲取り囲み…結界を展開する魔力操作技術は、繊細さ持ちつつも大胆であり…ニュールをも感嘆させる。
其の攻撃は、十分に有効であった。
お嬢様が作り上げた…攻撃魔力荒れ狂う防御結界の内へ閉じ込められたニュール、自身守るべく…結界を築かねばならない。
だが攻撃魔力で満たされた結界内は、多重攻撃受けたのと同様…高負荷掛かる空間となった。
ニュールが手にしていた…普通の安価な魔石は、早々に魔力を引き出し終え…一気に砕ける。其の手に魔力の基となる魔石持たぬ状態のニュール、結界は消え…為す術もなく対峙するしか無い状況。
お嬢様と守護者候補の女騎士は、其の隙を決して見逃さない。
ニュールに次の魔石取り出す機会与えず、速やかに更なる大火力の攻撃魔力打ち込み…其れを包み込む結界を再度仕掛ける。二人の連携で出来上がった攻撃が閉じられた空間に爆風吹き荒れ、再度結界内に閉じ込められたニュールの姿が…煙の中に見え隠れしていた。
此の圧倒的展開に、二人は思わず勝利の笑みを浮かべる。
完勝に近い形での敵対者の殲滅、最終確認をした訳ではないが…目にしている状況に緊張が緩む。
次の瞬間、お嬢様の首に冷やりっ…とする感触が伝わる。
今…お嬢様の背後に立って居るのは…仲間である守護を任された女騎士ではなく、短剣握りしめ…お嬢様の首筋を捉えたニュールだった。
魔力体術を駆使し…攻撃と供に結界で包み込む一瞬の間に抜け出し、お嬢様の背後を取ったのだ。
しかも油断誘うため、結界内に幻影まで残す徹底ぶり。
形勢逆転…と、ニュールに捕らわれてしまったお嬢様。
其の光景を目の当たりにし…守りきれなかった女騎士はギリギリと歯を食い縛り、怒りの中…今できる最善を求めて最速の思考巡らせる。
だが一切の手は残されておらず、其処に踏み留まるより他無かった。
「油断…してしまいました。完敗です」
刃で拘束されたまま、お嬢様は敗北を認め首飾り型の守護魔石を懐から取り出し…差し出す。
自ら対応してくれたので、ニュールはゆっくりと拘束を緩める。
刹那…憎しみを滾らせ固まっていた女騎士が、ニュール目掛けて襲いかかる。
「フィーデスお止めなさい!」
同時にお嬢様が一喝し、毅然と制止する。
「貴方は私を貶めるつもりですか?! 完全な敗けを無かった事にする恥知らずになるつもりはありません!!」
美しく可憐なお嬢様なのに、男前な潔さ。
女騎士の目に浮かぶ怒りの炎は消えぬが、忌々しげにニュールを一睨みしてから…主人の命に従い剣を鞘に収める。
其れを確認し、お嬢様は優雅にニュールに向かい会釈し…名乗る。
「改めまして…。私、モモハルムア・フエラ・リトスと申します。今回の選任の儀における選定に参加させて頂く者の1人です。以後…御見知り置きを…」
花の如き面に…麗しき微笑み浮かべるモモハルムアの挨拶、ニュールは意識せずに深く礼を捧げてしまうが…挨拶は無難な言葉を慎重に選ぶ。
「遅ればせながらご挨拶させて頂きます。私…ナルキサ商会の臨時雇として、最近ヴェステより入国させて頂きました…ニュールと申します。高貴ならざる身ゆえ、ふつつかなる行いありましてもご容赦下さい」
名前や勤め先…出身国等、既に出回っているであろう内容だけを口にする。
手にしてる魔石は完全に砕けていたのに…何処から魔力を導いたのやら…など
の諸々は、オヤジの胡散臭い微笑みで有耶無耶にして遣り過ごすつもりのよう。
だが年に似合わぬ強かさを持つモモハルムア、決して甘く無い。
「ニュールさんは賢者…ですか? ヴェステに賢者が居たとは聞いてませんでした。そちらが、申し出を受けられない諸事情でしょうか?」
肉食獸が狙いを定めた獲物を襲うがごとく、優雅な微笑みを浮かべながら…直球で質問してきた。
だが…伊達にニュールもオヤジ臭くはない、面の皮は鍛えてある。
正面から流し、シラを切り通す。
「いや~お気遣い痛み入ります。ですが…そんな大それたモンでも無いし、大した事情でもありません。それがし、しがない庶民であります。お嬢様のような高貴な御方が、気に止める程の価値は御座いません…」
「ふふっ、十分に興味を引く…楽しい方ですわ」
受けて立つモモハルムアは、大人びた艶やか…と呼べる笑みを浮かべ…心から楽しそうに笑う。
そして譲歩してあげた…とでも言うように、余裕持ち引き下がる。
「取り敢えず今…は、 "おっしゃる通り" と言うことにさせて頂きます。いずれまた…確かな御縁もあるでしょうから…」
可憐な見た目年齢と異なる…妖艶さ隠し持つ、爪鋭き美しき獣が其処に居た。
しかも、ガッツリと首根っこを押さえられ…捕まってしまったかのよう。
『何故だろう…勝負には勝ったはずなのに、完膚無きまでに攻略された気分だ…』
心の中の思いとは裏腹に、ニュールは嫌な汗をかきながらも礼を返す。
「勿体なきお言葉、ありがとうございます…」
取り敢えず当初の目的を果たせた事に感謝すべきか…此の何とも言えぬ巡り合わせを憂慮すべきか、予感めいた身震い生じ…判断に戸惑うニュールなのであった。
その頃…フレイリアルは、ニュールに指示された場所に留まる。
そして舞台見渡せる席…身動ぎ一つせず一点を見つめ、手に汗握り…緊張感緩めず…睨むように前を向く。
フレイリアルが全神経を向けたのは、舞台上の映像と演出…そして演者達だった。
目の前で繰り広げられる迫力の出し物、初めて観る魔石夢幻魔術団の幻想奇術。
素晴らしく非現実的だが…何処までも真実であるかの様な空想幻影映像のことは、以前から王城内でも評判になっていたので…外部の情報に乏しいフレイリアルでも耳にする機会はあった。
今回の演目は、世界に天輝巡り魔石が天輝石に変化するまで…を物語仕立てで様々な魔石からの光輝く魔力を駆使して観せる超娯楽大作…と噂になっていた。
キラキラとキラキラとキラキラの世界。
初めて目にしたフレイリアルは…瞳自体がキラキラ輝き出しそうなぐらい夢中になり、存在しないはずの魅了魔術を施されたのか…と言っても過言で無い状態。
周りの事など全て抜け去り、頭の中はキラキラした魔石の魔力で満たされ…一杯になっていた。
勿論、ニュールの事も…自身の現状も…此れから先の事も…思考から全て消え去る。
今回の祭りでは、半時を2つに分けて2回とも同じ演目を行うよう。
夢見心地のまま1回目を見終わり大興奮のフレイリアルは、考える事もなく…観覧継続を選択する。
次の回が始まるまで間があるのに、既に前方の舞台しか目に入らないよう。
暫しの休憩の時を挟み再度舞台始まると、先程以上に…周囲の状況などお構い無く集中する。
だからこそ今まで空いていた隣の席に…見知らぬ者が座っていると気付いたのは、舞台が始まり…暫く経ってから…。
フレイリアルが人の気配に気付き…チラリと横目で確認すると、ボーっとした感じの男が…知らぬ間にフレイリアルから1メル程の場所に座っていた。
ちょうど七色に輝く天輝降り注ぐ場面であり、2回目…とは言え絶対に見逃したく無い場面…シッカリ観たかったので…横が気にはなるが舞台に集中する。
其れなのに隣の人物は、フレイリアルの都合など気にせず…盛り上がる良い場面で勝手に声を掛けてきた。
「幻想奇術が好きなの?」
其の男の周りにはフレイリアルしか居らず、明らかにフレイリアルに向かって話し掛けてきている。
だが、真剣に観たいフレイリアルにとっては大迷惑。
だから失礼…とは思いつつ、舞台から目を離さずに適当に答える。
「うん! さっき初めて観たんだ。とても綺麗だよね! 天輝が降り…ただの魔石が魔輝石に変わる瞬間の映像と演出が最高!!!」
初めは迷惑顔隠す気もなかったフレイリアルだが、舞台の感想を思うがまま語り始めると楽しくなり…自然と笑みが浮かぶ。
「本当に妖精が出てきて祝福しそうな感じだし、実際に天輝降り注ぐ場を想像しちゃうよねっ。色々な魔法陣が浮かんでは消え…消えては浮かび、とても幻想的! 何十回、何百回と観たいし、他の人にも…是非観せたい!!」
『リーシェにもニュールにも!!』
見せたいモノの名は、流石のフレイリアルも…心の中でのみ叫ぶ。
それでも…舞台や魔石への自身の熱い思いは止まらず、見ず知らずの者を予想以上に付き合わせてしまった。
チョットした質問に対しての答えから始まる…自身の過剰な態度、若干後ろめたさを感じる。不躾に声を掛けられはしたが、其れ以上の失礼さで自らの勝手な思いを聞かせたのだから仕方がない。
フレイリアルは顔の確認さえせず語ってしまった相手の表情目にすべく、今更ながら…舞台から目を離し話し相手に目を向ける。
『此の国の人達より、ちょっと髪色が濃い感じ…で眼も…同じ感じ? …ニュールに少し雰囲気が似てる。リーシェと同じぐらいの歳かな? 凄く綺麗な上に…とても優しそう。勿論リーシェの方がズット上なのは当然だけど、此のお兄さん…どっかで見かけたかな』
美しいが掴み所の無い感じの男を…ボケッと観察していると、視線に気付いた相手が再度質問投げ掛けてくる。
「今まで公演を観たこと無いの?」
「自分の周りには…来なかったから…」
王城内へ魔石夢幻魔術団を招いた…と言う話しも聞いていたし、毎年来ている事も知っている。
ただし、フレイリアルには縁が無いし…関係の無い話し。
観ることも出来たとは思うが、嫌な思いをしてまで観る気は起きなかった。
「そうなんだ…。でも今回観る事が出来て、良かったね」
其の男は、とても美しく微笑みながら言葉続ける。
「僕も…あの最後の場面が好きだよ。光散乱し…七色の輝き溢れる空の下、魔石が魔輝石に至る所が最高だよね。観る度に…魔輝と共に飲まれて魔輝石になる瞬間を想像し、僕が魔輝なら…眠りにつくように死ねたり…誰かを苦しませずに死なせられるんだろうな…って思うんだ。僕ならきっと快適な終わりに繋がる、最高に幸せな状況を作れるよ! 君もそう思わない?」
恍惚とした笑み浮かべ、冷たい声で楽しそうに物騒な事を口にする男。
思わずフレイリアルの気分は、ドン引く。
『危ないお兄さん…!』
チョット偏執的な人だと困るので、警戒しながら慎重に答える。
「幸せになれるとしても…もっと素敵なものを沢山探してからじゃないと、最期を迎えちゃうのは嫌だな…」
フレイリアルの返事に対し、男の表情に哀れみが混ざる。
「本当はね…君みたいに素朴で素直な子供の願いは、全部叶えてあげたいんだよ。だけど、だから…ごめんね…」
丁度…舞台は先程話題に上げた佳境の部分に入り、フレイリアルは其のお兄さんが返してきた言葉を…途中までしか聞いていなかった。
光飛び散り…七色の輝き溢れる空…一番の輝きが舞台中央に迫力の音楽と共に現れ、盛り上がり始める場面。
顔だけ横を向き話し掛けてきてた男が、ゆっくりとフレイリアルの方へ…身体ごと向きを変える。完全にフレイリアルに対峙した男は、何の考えも見えぬ表情で…抱えてい鞄からズシリとした感じの大きな魔石を取り出し自身の膝の上に置く。
其れをゆるりと何気なく両の手で包み込み、魔力を導き始めた。
掌を超える大きさの魔石を此の場で抱えている時点で異様だと言うのに、誰1人気にしてない。
直近で見つめられているフレイリアルさえも、舞台に夢中だった。
フレイリアルにとって、生まれて二度目に観る…幻想奇術。
其の舞台が最高潮に達する瞬間であり…真横の怪しげな男がもたらすであろう危機的状況に全く気付かず、目の前の舞台へと全力で集中しているのだ。
楽し過ぎて正面の舞台から目が離せない…嬉々とした面持ちの普通の子供達同様、目を輝かせ正面を見据える。
「さようなら。夢心地のまま…永遠の楽しい夢を…」
フレイリアルに優しく愛おしむように静かに声を掛けた男は、その凶悪な魔力秘めた巨大魔石から極限まで高め引き出した迸る魔力を…フレイリアルへ向け一気に…解き放つ。
優しさ溢れる…だが憂い秘めた笑顔のお兄さんは、冷酷な襲撃者へと変貌した。