おまけ6 フィーデスの思い
フィーデスは意識が途切れ途切れに戻る中、遠くで聞こえる密やかな会話に衝撃を受ける。
「…モモ…ルム…はバルニ……カ公爵からの……出しを蹴って陣で……だ」
「何だと!…で…私の顔が……るではないか!」
『あぁ、モモハルムア様は一人でも再度インゼルへ向かわれたのだな…』
驚きと共にフィーデスは誇らしさを感じ、モモハルムアの行動に納得する。自身が同行できなかった無念さを感じはしたが、心の中にあるのは感慨深さと…ほんの少しだけ感傷的な気分があった。
フィーデスの生家は上位の王族であり、年代こそ違えど本来ならモモハルムアと肩を並べ競う様な立場の者であった。
…何事もなければの話だ。
過去を遡ってみても、この国は上位者への組織的反逆等と言うのは見当たらなかった。下位王族を含め、与えられる権限等に満足行く者が多かったので逆らう者が少なかったと言うのもある。
それでも恩恵を受けるだけで満たされず更なるモノを求める者や、与えられたモノには興味を示さず謎を解き真実を求めようとする者は一定数存在する。
反逆と言う面での取り締まりは緩かった。
だが、この国の大方針…機構の秘匿と言う事に関してだけは統制厳しく、反するものは容赦なく排除された。
フィーデスの両親は機構の管理を任されていて、都市管理を担う一翼であり研究者でもあった。
身近に機構を感じる分、真理を探究する誘惑に抗えなくなる。
そして解き明かそうとする者の周りには、現状の利だけで満足出来ず欲を持ち蠢く者達が貪り利用しようと群がる。
監視下に置かれた者達が禁を破る時、禁に触れる内容知る者達は塔の観察者にもれなく処分さる。
フィーデスが幼い頃、フィーデスの両親も処分を受けた。
判断が下されると、申し開きする機会無く処分される。
気づいたときには縁が近いモモハルムアの祖父が暮らす屋敷で生活していた。
両親は継承権なしとは言え上位王族でありその子供であるフィーデスを捨て置くわけにもいかず近くの縁者であるモモハルムアの家預かりとなったのだ。
そしてモモハルムアの祖父であり、騎士団名誉団長であるアナジェンテに引き取られたのだ。
アナジェンテはモモハルムアの祖母に見初められ、熱烈に口説きおとされエリミアに連れてこられた他国の兵士だった。彼の地でも嘱望されている者であったが、アナジェンテは承知するとあっさり職を辞しエリミアへ入ったそうだ。
両親の事は幼き頃の事ではあったがフィーデス自身の身に変化をもたらした出来事であり、記憶と憤りの様な感情は残っていた。
フィーデスがあと数年で立年の儀を受けると言う頃、モモハルムアと出会う。
まだ石樹の儀を受けて間もない頃であろう。授かったのは王城関係者らしい一般的な水晶魔石の系統であった。
その瞳の色同様、紫水晶魔石を内包したモモハルムアは自身の希望通りであると誇る。
「より稀少な物や、より高貴な物を得るよりも自分が欲したものを手に入れるのが嬉しいのです」
幼さの残る声音でたどたどしくも礼儀正しく述べていた。
モモハルムアはその頃から鍛練のためアナジェンテの下に毎日赴き、フィーデスと共に鍛練を始めた。
『この歳でなぜ? しかも妃をも望める継承位であるにも関わらず鍛練?』
あまりにも謎だったのでアナジェンテに訪ねてみた。
「アナジェンテ様、モモハルムア様が鍛練するのは如何様な理由があるのでしょうか?」
フィーデスの怪訝そうな表情にアナジェンテは髭をつまみながら面白そうに答える。
「遣りたいから遣るそうだ」
「???」
聞いても謎な答えであったが、誰が問うてもモモハルムアの答えも意思も変わらなかった。
ある時モモハルムアと共に鍛練をしていると、アナジェンテの屋敷に訪れていた上位王族の子息数名が輪になってこちらを見て聞こえよがしに話す。
「うまく取り入ったものだ…」
「流石、反逆の徒であり掟破りの親を持つ者」
「幼き子供に取り入るとは上手いこと…」
「実力なき者の悲しい術よ」
よく囁かれてるのを聞く内容である。俯き甘んじるが、フィーデスは聞く度に腹が立ち周りを呪いたくなる様な思いが沸き上がるのだった。
感情を押し殺し顔をあげると、その者達の前へ向かうモモハルムアが目に入る。
端麗な微笑みを浮かべ凛とした佇まいでその者達の前にあった。
そして美しい笑顔のまま述べる。
「正面から告げられもせぬ御託…親の威を借り他人の親の所業をあげつらう滑稽さを自覚なさい。無様です。同等の地に立てるようになってから出直しなさい」
その毒づきに気を削がれる者も居たが、怒り膨らます輩も居た。モモハルムアを殴り付けようと手を振り上げる者に、素早く距離を詰めたフィーデスが鍛練で使っていた刃を潰した剣を突きつける。
「何方様のお屋敷で、何方様が何方様に手をあげようと? …お考え下さい」
その言葉でその者達は場を去った。
「ありがとう、フィーデス」
「何であんなこと…」
「だってフィーデス自身の事を知りもしないのに、聞いただけの情報に踊らされ罵るなんて!!」
怒り止まらないと言った感じで続けた。
「黙って居られないわ! 私はフィーデスの凄さを知っている。だから許せなかったの」
無邪気に力強く微笑む。
モモハルムアとも多くの時間関わった訳ではない。それでもモモハルムアはしっかりとフィーデスの事を見て判断していた。
両親と周囲…そして自身への義憤を抱え全てに関わることを避けてきた。
選んだのではない、選ばされた道を…ただ与えられた道を自身が進んでいるだけであるのをフィーデスは悟った。
「フィーデス、もし私達が遣っていることで私達が咎めを受けることになったとしても周りを責めないでおくれ…私達は私達の目指すもののために進み極めているんだ。お前もお前自身が極めたいモノを見つけなさい」
今まで両親のこの言葉を、フィーデスを残すことへの言い逃れのようにしか感じてこなかった。
だが、今分かる。
『あの言葉は踏み出す一歩の勇気が必要な、私のための言葉だったのだ』
「モモハルムア様。私を貴女の護衛騎士にしてください!」
フィーデスの申し出は叶い、モモハルムアの護衛騎士となった。
今では守護者でもある。
『だが、まだ極めていない』
そしてフィーデスは意思の力で意識をしっかりと保ち、ただモモハルムアへ近づくために進むのであった。




