10.巻き込まれでは無く自主的に
『今の攻撃は、細い木の棒ぐらいの太さに、精密に風と砂を混ぜ収束させてあったな。範囲を狭めて出力を上げた魔力と共に、加速し打ち出したものか』
ニュールは、今受けた攻撃を冷静に分析してみた。
結界で弾かれた時の対策としても優秀であり、多少周りに人が居ても巻き込む事無く…被害が少ないと思われる方法。
『良く考えた、状況に適した悪くない攻撃だ…』
自分達が標的だと言うのに、つい誉めるような感想が思い浮かぶ。
此の攻撃を仕掛けてきた儀式参加者…ニュール達に対抗する者は、今回の競技規定に現状を加味し…周囲へ配慮した戦術を用いる思慮分別を持つ者のよう。
其の分、展開が予想通りに運ぶ。
人々が密集する…中央広場付近の通りに近付いた為であろう、攻撃魔力の第2射が2人の下に届く事は無かった。
其れでもニュールは、人混みに紛れてからも今まで通りの警戒を続ける。
『さっきぐらいの…ある程度の人が行き交う通りであっても、襲撃の手を緩めぬ…穏便に事を運べる実力を持つと言う自負。力を誇示したいと願う…旺盛な顕示欲を持つ、血気盛んな年頃の者…って感じか』
今度は相手の人物像を、推察してみたニュール。
だが明確な敵を前にする此の状況、楽しんでいる自分自身をも浮き彫りにし…少し微妙な気持ちになる。
「…仕掛けては来ても、鼻垂れ小僧ども。本気で攻略してく訳じゃないぞ…」
小さく呟きながら、己を戒める。
余計な気持ちと考えを締め出し、警戒は緩めずに再び思考を巡らす。
「今までの襲撃は同一の奴…では無い…な」
ニュールは其の小さな呟きと共に…相手の行動や判断に現れる些細な傾向を用い、考えを詰めていく。
『だが共謀の可能性はあり…か。長距離の攻撃に自信のある…だが隠密系の技術持たぬ…兵士あがり…とでも言う感じの、若干拙き者…』
「おいっ、今回の参加者に面識はあるか?」
ニュールは思索の中から這い上がり、フレイリアルに尋ねる。
突然声を掛けられたフレイリアルは、ボーッとしていた頭をフル回転させ…出来る限りの者達を頭の中に並べてみる。
思い起こすことが出来たのは9人程、守護者候補の者と共に顔と名前が浮かぶ。
「9組覚えてる…かな」
「その中に…兵士あがりって感じの守護者候補で、18~20ぐらいの年の奴らはいるか?」
「継承権11位のエシェリキアと13位のアズリノ…21位のイソラの守護者候補は、遠くから攻撃する様な魔力操作できるよ。年も丁度それぐらいだったと思う」
人へ頓着しないフレイリアルだが、妙に詳細に覚えている事にニュールは違和感を覚える。しかも…其の表情には明らかに憂いと不快感が押し込めてられているのだから、気付くのは当然…とも言える。
理由は、単純だった。
即座に名が思い浮かび…答えられたのは、結構な頻度で会う機会があったから。
其れは…フレイリアルへと意地の悪さ見せる面々が、名を告げた3人と…付き従う守護者達が主だったからだ。
ニュールが…若干気遣うような…様子を窺うような表情浮かべている事に気付き、フレイリアルは1言だけ答える。
「…少し嫌なだけ」
フレイリアルに向けられた…其の者達の悪質な言動や嫌がらせの頻度は、悪戯的な意地悪…として扱うにしては悪意に満ちた容赦なきものだった。
最初は子供に有りがちな、露骨に貶める表現で苦しめる遣り方。
しかし…其れは序の口であり、周囲の大人からえげつなさ学習した小賢しき悪鬼達は…見る見る進化し邪悪に成長する。
より悪辣に変化した小鬼どもは、学んだ技術を活用して人々を巻き込み…印象操作を行うことまで身に付けていた。
自分達の醜悪さを上手に隠し、周囲には欠片も本性見せず巧妙に取り繕う。
そして…まるで民心背負う先導者であるかの如く振る舞い、率先してフレイリアルをあげつらい…評価を貶めていく。
絶妙な匙加減で…蜘蛛の巣の様に精密な悪評張り巡らせ、人々の関心奪い…自分達に望ましき流れを操り導く。
そんな善良さ誇示するクソな輩から身を守るには、遠く離れ…関わらぬのが一番。
十分に理解していたからこそ、フレイリアルは悪評を放置し続けた。
だが…触れぬが故に、眉唾物の噂がジワジワと広められていく。阻止する手立てもなく、関係の無い者達の中にまで…醜悪な評価が刻み込まれる。
そして立派な王族の一員であるあ…上品な御子様達の手により、引き籠りだと言うのに王位継承権持つ…印象最悪な姫君が作り上げられたのだ。
「嫌がらせなんかしなくても、継承権なんて…欲しければ…いつでも…」
人を陥れようと必死な者達を思い浮かべ、フレイリアルは暗い顔で呟く。
フレイリアルの心に渦巻く憤怒を理解しつつも、ニュールは若干顔をしかめ…注意促す様な言葉を掛ける。
「其れが…簡単に叶うなら…な…」
そして…フレイリアルの心の傷にわざと近付き、辛辣にたしなめる。
「他人が羨む程のものを持ってるのに、其れを心底欲しがる奴の目前で軽んじる…ってのはチョットどうなんだろうなぁ。なかなかに…意地が悪いんじゃないか? 其の態度、ひねた奴なら嫌味と受け取るし…自慢しているようにも見えちまうぞ」
「私は意地悪しない! 嫌なことしてくるのは、いつでも向こう!」
若干怒りを含む口調で、即…反論するフレイリアル。
「自慢もしてない! 遠回しな嫌がらせをするぐらいなら、直接言葉にして望みを伝えれば良いっ!」
俯いていたフレイリアルが、頭を上げ前を向いていた。
今まで胸に溜め込んだ全ての出来事への憤り吐き出すべく、ニュールの目を真正面で捕らえ…不服を申し立てる。
だがニュールは、フレイリアルを煽るように…更に言葉を足す。
「其れは、真っ直ぐに立ち向かう力持つ…強き立場のモノだけが出来ること。影で貶め…継承権を奪おうとする様な姑息な奴は、お前の主張を理解出来ないだろう…そして理解する気もないはずだぞ」
フレイリアルの望む…建設的話し合いによる状況の改善、其れは無理に等しいと…ニュールは忠告した。
「度胸も力も無いが…徒党を組んで数で流れを作る巧妙なクズには、徹底的に対抗しなきゃぁ…付け上がるだけだろ。格下の奴に分からせるんなら、制裁でも加えるべきなんじゃないか?」
「でも…だからって…何か、何…かっ…嫌だ! 向こうが遣った事も…此方が遣ったほうが良いだろう事も、何か違うっ!!!」
フレイリアルは納得のいかぬ思い…遣りきれぬ思い…を、大声にして発する。
思い描く未来へ、己が望む方法で進みたいと主張を始めた。
理不尽に傷つけられ…諦め心閉ざし…自分を責めるばかりの様な状態から、自力で立ち上がろうとする気概見せたのだ。
『溜め込み…自身に刃向け…己に非を求める不健全な状態より、八つ当たりの様な怒りであっても…外に向け発散した方が幾分かマシさ』
自身が一時的にでも受け止める存在になれると思ったニュールは、フレイリアルの偏執を正面から切り崩した。
溜め込んだ心の澱を洗い流す手助け…は、見事成功したようだ。
叫び主張した後…気が抜けた様に俯くフレイリアルに、ニュールは憐れみと慈しみを感じ…其の頭に軽く手を乗せ労う。
そして、今度は謝罪を口にした。
「会って間もないオレが、責める様な事を言って悪かったな…」
顔を上げたフレイリアルは、不思議そうな顔でニュールを見つめる。
「正直…自分以外の誰かが思い考える事なんて、本当はどーだって良いと思うぞ。変に気にしても、状況が改善する事は殆んど無いからな…」
ニュールはニカッとオヤジ笑いを浮かべ、道化た様な表情で続ける。
「縛られ…動けなくなっちまうぐらいなら、全て捨てて逃げちまっても良いんだ。だが…自分で自分を貶め、縮こまっちまうのは駄目だ。自分自身からは、決して…逃げられんのだからな」
「………うん」
短く返事をして、再びフレイリアルは押し黙る。
だが…心の中で重石となっていた鎖は、少しだけ軽くなった…かもしれない。
其の表情から、行方を失った憤りが…少しだけ落ち着いていた。
毒抜きのような心の吐露と…ニュールからの叱咤激励を受け、未だ脱力した表情のフレイリアル。
其の呆けたフレイリアルを抱えるようにして、ニュールは足早に移動する。
安全圏とも言える…人々密集する区域に入ってからの遠隔攻撃は無いが、其の分…近距離魔法や体術や武器による攻撃へ警戒を移す。
防御魔力と探索魔力を十分に展開し…攻撃魔力も即時打ち出せるよう準備しつつ、頭の中で…今までの展開から今回の勝ち筋を考察していく。
『防御での加点は…攻撃を防いでる分得られていると思うが、逆に攻撃による加点は得られてないか…』
「…少し攻撃での評価も得た方が…無難なのか…」
ニュールは呟いた後、フレイリアルに伝える。
「此処の舞台で遣る出し物でも見ながら、ちょっと此処で待っててくれ」
催しや公演のある…中央広場に設置された舞台前、一定の間隔で敷物や椅子が並べてあった。席は全て無料であり、今日一番の見所となる舞台の出し物が…そろそろ始まりそうだ。
多くの人が、此の場所へ集まり始めていた。
ニュールの言葉を受け入れたフレイリアルは、舞台前方の敷物がある人だかりの出来る区域より少し離れた…簡素な長椅子の置いてある観覧席に単独で留まる。
取り残されはしたが、其処には…今までになく強固で魔法以外にも物理的にも効果のある狭い範囲に凝縮された防御結界がニュールによって築かれていた。
ニュールが離れる前、此れでもか…と厳重に施した守り。
フレイリアルは過保護っぷりを強力に感じる…力業な結界の中で、自分が無意識に微笑んでいる事に気付く。
例え此の状況が…無理やり巻き込み手に入れた強制的奉仕でしかなくとも、真剣に最善を尽くすニュールの姿勢を嬉しく感じる。
フレイリアルは、リーシェライル以外の下で…久々に安寧なる時を得たのだった。
フレイリアルを残し、1人…広場の縁へ向かったニュール。
探索魔力自体をも自身の身体同様に…精密な魔力操作で隠蔽しつつ、周囲を警戒し続けていたニュール。
勿論、此の広場に競う者達が複数潜伏していることも把握する。
『今いるのは5組か、さっき遠隔攻撃を仕掛けてきた奴は…此処には居ないな』
自身に纏っていた防御結界や隠蔽を解除し…無防備に歩き回るニュールは、見事な程…田舎から祭りを楽しむために出てきた目的無くプラプラと観光している気楽なオヤジにしか見えない。
『フレイの話から推測すると、この件にオレが組み込まれたのは昨日の昼時の3つ過ぎ以降。日が傾きかけた頃までの間…と言う所か。余程の目や手を持って無い限り、オレの情報は…名前や今の仕事程度の素性だろう。それさえ持ってない者も多いはず』
ニュールは行き渡っていないだろう自身の情報を利用し、対戦者をおびき寄せることにしてみた。
一番近場で気配が感じられたのは、屋台の立ち飲み屋周辺。
探りを入れるのに都合が良いので、店のオヤジ相手にボヤいてみる。
「……それでな、何か凄い嬢ちゃんに昨日から捕まっちまってぇ、子守り仕事さ。チョットいい加減、疲れちまってよ~」
注文したエール片手に、其処のオヤジと会話しつつ引き続き探索魔力を展開し、周囲を確認する。
「まぁ息抜きも必要さね。でもその凄い嬢ちゃんは放っておいて大丈夫かい?」
今、近くで様子を窺っているのは3組ほど。
『人相書き位までは手にしてたのか…』
ニュールは其の3組がフレイリアルに近付くのを防ぐため、偽情報を聞こえる様に流し…相手の行動を操る。
「嬢ちゃん本人が言ったんだが、何かなぁ…吃驚する凄い魔石があるから大丈夫だそうな。まぁ…本人が大丈夫って言ったんだし、問題ないだろ? 実際見せてもらったけど、震えが来そうなぐらいヤバいのだったよ。ありゃ~暴走でもしたら、一帯吹き飛ぶ奴だ」
先ほど察知した中で、一番近くに感じた気配の者達がニュールを値踏みしているのが分かった。
「恐ろしいねぇ。何でまたそんなお嬢ちゃんに関わっちまったんだい?」
オヤジが丁度良い時に丁度良い質問をしてくれた。
「たまたま隠れ石持ちってばれちまってなぁ…」
「あんた石持ちかい?」
店のオヤジは吃驚しつつ、気の毒そうに笑う。
此の国では儀式での正式な内包者が多いため、雑魚魔石を取り込み内包したとて騒がれるような事は無い。
おおよそ3の歳で行う儀式にて…たとえ魔石取り込めずとも、10の歳程までは…生活で使うため手にした魔石を取り込むことがある。
魔力を正式に扱うには、生活魔石を取り込んだ程度では劣るため…儀式での内包者が多い此の国で表立つことは無い。
むしろ…厄介ごとに巻き込まれないようにするため、隠してしまうのが常。
ただし…他国だと魔石の内包に至る者の絶対数が少なく、雑魚魔石であっても取り込みが確認されてしまうと…国によってニュールの様に強制連行されてしまう。
「あぁ…途中からのだから、一応…って程度だ」
遠巻きに観察しているであろう者に対し…仕掛けた会話だったが、見事相手の警戒感が緩む。
罠に嵌まった者の、組し易し…と判断した侮りの思いが明らかに伝わってくる。
ニュールが村で捉えられた後、連れて行かれた場所で良く受けた…侮蔑の感情。
1組の…値踏みをしていた対戦者と其の守護者候補が、ニュールを丁度良い獲物と認識したようだ。姿現し、直接…威圧のための魔力をぶつけてきた。
「フフッ…得体の知れない森の女より、雑魚オヤジを殺ってからの方が楽そうだ」
「王女様の一縷の希望打ち砕き…反抗する力削ぎ守護魔石を手に入れんとするは、大変…理にかなっている行為だと思います」
雑踏の中、明らかに嘲笑…と思える嫌な笑い声が近付いてくる。
明らかに "聞かせたい" …と言った、傲慢な思惑が入り込んでいるようだった。
自身の優位疑わぬ者達の驕りは、本来なら声潜め秘して近付き有利に立ち回るべき状況を…道理を歪め思いっきり破る。
其処には…フレイリアルより少し幼いが…大変身なりの良い、品のある顔立ちの…高慢な態度の男の子が立つ。そして背後に、成人したて…16の歳程の…主の威を借り偉ぶる…と言った感じの小物感溢れる男が控えていた。
自分の持つ力を疑わず慢心し、弱者ならば踏みつけねじ伏せると言わんばかりの態度。己の勝利しか目に入らないようだ。
其の醜い心持ちの男の視線は、ニュールを格下…と断定し嘲りの対象としていた。
「まあ、今日はこんな日だけど、受けちまった仕事だからそろそろ戻るよ」
ニュールは店のオヤジに一声掛けて店を背にし、待ち構える対戦者達へと向かって歩く。
店から3メル離れた木の下、其の二人組は余裕の表情で蔑むように此方を見る。
ニュールはあからさまな視線を笑みで受け流し、目の前に立ち声を掛けた。
「何か御用っすか? 今から雇い主の嬢ちゃんの所に戻ろうかと思うんすがね…」
「ははっ…雑魚とは言え、此方に気付くぐらいの力はあったのだな」
後ろに控えていた者が、此方に向ける視線同様…見下す口調で喋り始めた。
ニュールは思わず面倒になり、そいつを無視して大元の王族の坊っちゃんに話掛ける。
「此のまま対戦するって事で宜しいですか?」
「貴様! 私を通さず、高貴なるコレルラーダ様に声をかけるとは無礼な!!」
其の返事と共に…前にしゃしゃり出た守護者候補と思われる者が、問答無用とばかりに近距離魔法をぶちこんで来る。
…が、ニュールが展開していた防御結界に…普通に弾かれてしまう。
更に情けない事に…其の者が発動した魔力の反射は自身へ戻り、あっけなく自分の攻撃で白眼剥き…倒れてしまった。
『…えっ??? 自滅ってポイントになるのかな?』
予想外の事に、ニュールは戸惑う。
倒れた守護者候補の横…真っ青な顔色で涙を溜めてこちらを見る坊っちゃんの表情に、ニュールは更に気が抜ける。
何の対策もせず攻撃すれば当たり前のことなのであるが、実践経験の乏しさから…自爆してしまったようだ。
「あの~、こっちの勝ちって事で良ければ守護魔石を渡してもらって解散にしたいのだけど…」
「…もう…無い」
動揺し目を泳がせる坊っちゃんから、消え入る様な声で言葉が返る。
思わずニュールは聞き返す。
「無いって…?」
「既にアズリノに獲られた。だけ…どっっ、グスっっグラスゴーがぁぁ…フレイルからなら…取りっ…ヒック…返せるって言うから来たのにぃぃぃ…ヒック…」
後は涙に濡れ、嗚咽を漏らすだけで言葉にならなかった。
『アズリノって確かフレイが言ってた継承権13位の子供だっけか…』
ニュールにとっては王族であろうが何だろうが、子供は子供。
だからと言って…目の前でぐずってはいるが、先程高慢な態度で向かってきた子供を慰める気が起きる訳もない。
『悪いな。子供…と言っても、自業自得を引き受けられる程度の年齢。危機的状況でも無いんだから、自分の気持ちは自分で収めるべきだな…』
子供に弱いと自称するニュール、だが…何でも彼でも甘やかす程には甘く無い。
其の我が儘な坊っちゃんを…空惚ける様に放置し、注目を集め始めた揉め事の中心から…然り気無く隠蔽使い立ち去った。
拍子抜けな相手もいれば、手応えある相手もいるようです。オッサンにはどちらも子供だましっぽいですが、時々居る猟奇的な者には注意しないと…ドキドキしちゃいますよ。