乙姫と竜之助
「どうだ、驚いたか? どんと驚いてくれてよいのだぞ?」
ドッキリ大成功。いたずら好きな乙姫は竜之助の驚く反応に期待していたのだが、
「……今なら仙術でぶん投げれば浜に届くかな……」
「おい、竜之助。銛に向けるような目を私に向けるでない」
眼差しは真剣そのもの。止めなければ本気で実行していただろう。
「なんだ、あんまり驚いた様子はないな。つまらぬ」
「驚きましたよ。すごく。満足しましたね? それでは走って島にお戻りください」
「戻るか! 私はお前とともに島を出ると決めたんだ!」
「島を出るのは勝手ですが、どうして俺と、それも同船してるんですか!? ただでさえ罪深い俺の船に! それとも姫の自分が乗れば飲み込まれなくて済むと思ったんですか!?」
立ち上がると舟はたちまち揺れ始める。飛沫が船底で水溜りを作る。
二人はとっさに中腰になり、安定を取り戻した。
「それは違うぞ、竜之助。罪深いのは私も同じ。同船したのは一蓮托生としての覚悟を見せるためだ」
「どうして……どうして俺なんかのためにそこまでできるんだ……領主の領分もとっくに超えちまってるぞ……」
「む、なにやら勘違いしているようだな。この際だからはっきり言っておく」
竜之助の顔を両手でがっちりと挟む。そして目を合わせてはっきりと言う。
「私はお前に惚れたんだ」
「ほ、ほれ!?」
「昨晩だって男女の契りのつもりだからな。私が褒美や償いのつもりで簡単に身体を許すと思ったか」
「……島の一大事やいざってときは許すと思っています」
「それはそれ、これはこれだ! とにかく私を見くびるなよってことだ!」
竜之助は甚平の言葉を思い出し噛みしめる。
「……見くびってなんかいませんよ……ただ想像を、軽々と飛び越えやがるんですよ……」
「ん? なにか言ったか?」
「いや何も」
ガクン!
船首が巨大な渦の中心に向かって下がっていく。
「姫さん! どこでもいい! なにかに掴まれ!」
「お、おう!」
竜之助は舟べりを掴み、乙姫は竜之助にしがみついた。
「姫さん!?」
「すまない、この中で一番頼りになりそうだったのがお前だったのでな」
舟は高波に底を叩かれ、渦から脱出する。
「……もしかして舟に乗るのは初めてですか」
「初めてなものか! 父上に釣りに誘われ、二、三度は乗っている!」
「それ乗ってないも同然!」
「仕方ないだろう! 水の上を走れるんだから!」
高波が二人の喧嘩を食う。
「いざとなったら俺を置いて逃げてくださいよ!」
「いいや、いざとなったらお前を抱えて逃げる!」
「たまには俺の言うことを聞いてくださいよ!」
「お前こそ! 私の言うことを聞くべきではないのか!」
島にいた頃よりも喧嘩する二人を高波は跳ねてずぶぬれにし、口の中をしょっぱくする。
「……姫さん、まずは一時休戦だ……文句は陸に上がってからだ」
「……そうだな……まずは龍神様にお通しを願わなくては」
座り込んで呼吸を整える。
「何か通り抜けるための助言とかありません? 甚平様は教えてくれませんでしたけど姫様が知ってたりは?」
「父上が知らぬことを私が知っているわけがないだろう」
「ここにきて俺の中の姫さんの評価が落ちまくりなんですけど!?」
「島に入る時は強硬手段として縄で引っ張ってもらうこともできるんだがな……だからもうしばらくゆっくりしておけばよかったのに。お休みとなれば少なくとも命を落とす心配はなかったのだ」
「こっちにだってこっちの事情があるんですよ、ったく……」
竜之助は再び座禅を組んだ。
「お、座禅。私もやってみたかったんだ」
乙姫はその隣で見様見真似で座禅を組む。細かい点は違うが背筋は伸びているため美しく映える。
潮に翻弄され、船首をぐるぐると回る舟がようやく前進したかと思われたが、前方に突如として巨大な渦が生まれる。
その大きさたるや百人も乗るような巨船も一飲みにしてしまうほど。
座禅を組み、目をつむった二人は目には見えなくとも音で感じ取っていた。
ふと乙姫が話しかける。
「なあ、竜之助」
「なんです、姫さん」
「……手を、つないでくれないか」
「……」
竜之助は何も言わず強く強く、握りしめた。
海の底に沈んでも離さないような意志が見えた。
二人は不思議と自分の罪と向き合う。
直接、間接的にも命を奪った。誰かが悪くないと慰めてくれるが罪は消えない。消してはならない。一生をかけても罪を償うことはできないかもしれない。
それでも背負っていく。二人はそう決心した。
轟音を立てていた竜巻が嘘のように収束、消滅する。
残るはたぷり、たぷりと船を叩いては消える波の音。
そして、
「……ーい……」
遠くからの人の声。
「……姫さん、声が聞こえないかい?」
「うむ、私にも聞こえた。島のほうからだ」
目を開く。島の外を現す岩礁にまで二人は無事にたどり着いていた。
後ろを向く。海を挟んで人がいた。
大勢の人が砂浜に集まっていた。
「あ、はは……これもお姫さんのどっきりですか?」
「いいや、ちがう、これは……これは……!」
島民総出で二人の出航を見送っていた。乙姫も知らぬサプライズだった。
色鮮やかな竜が昇る島独特の大漁旗が何枚もはためく。
言葉が聞き取れないものの、かすかに声も届く。のどを枯らすほどの声量でなければ届かない声が途切れない。
「しまったな、旗の一枚でももらっておけばよかったぜ。とりあえず櫂だけでよろしいですか」
「……ありがたく使わせてもらう」
乙姫は涙ぐみながら目立つように呼応するように櫂を振って返した。
「いってきます! みな、息災で!」
こうして乙姫と竜之助の波乱万丈な人生が幕を開けた。




