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竜宮島の乙姫と一匹の竜  作者: 田村ケンタッキー


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連れション

 月明かりが止まないうちに竜之助は目を覚ます。

 夢心地が抜けない。傍らに寝息を立てる乙姫がいなければ現実だと思わなかっただろう。


(寝ていても美人は変わらないんですね……)


 垂れた髪の毛をすくいあげようとしたがすんでのところで手を止める。

 温かく安らかな惰眠に舞い戻りたい欲望を抑え、布団から出た。

 身だしなみを整えた後に、畳に手を付け額を付ける。


「お世話になりました」


 一方的に別れを告げて寝室を後にした。

 礼節を尊ぶなら、本心に従うなら一言では圧倒的に足りない。

 自分が放つ一言一句を聞き取ってほしいし、時間をかけて咀嚼してほしい。

 だが言葉を羅列しているうちに目を覚ましかねない。

 これでいい。寝ぼけた頭でないとできないこともある。


「もう一つ、挨拶に行かないとな……天守閣か? その前に厠に寄っておくか」


 気の向くまま、厠に向かったつもりだったが、


「これはこれは竜之助殿! 奇遇ですな!」


 その厠の前で探していた人物が待ち構えていた。


「甚平様……どうしてここに……」

「決まっているだろう。君と同じ、催したのだよ」


 探す手間が省け、幸運ととらえるべきだが、一方で顔を合わせづらい理由もあった。


(お姫さんと夜伽した直後に顔合わせづれえ……まだ、心の準備が……)


 彼とはこれから大事な相談がある。相談などと聞こえはいいが結局のところ心は決まっていて形だけの相談だった。納得もされないだろうし到底許されない行いだ。

 それでも心で決めたこと。避けては通れない逃げてはならない勝負だった。


(言え、言うんだ、竜之助……! 当主だろうと遠慮せずに言ってやるんだ!)


 竜之助は言う。


「……あ、まだかかりそうならひとまず布団に戻ってます」


 ここにきて腑抜ける。


(島のために尽力したとはいえ、武家の嫁入り前の一人娘をキズモノにした男だぞ! それに帝殺しのお尋ね者! 許しが得られる前に、腹切り、いや即刻首を落とされてしまう!)


 これは逃げはない。後回しだ。

 そう言い訳し、来た道を戻ろうとしたのだったが、


「竜之助殿」


 甚平は呼び止める。


「は、はい、なんでしょう」

「どうも先に入った者は厠の中で居眠りをしてしまったのかもしれない」

「は、はあ……それならば私が中に入って起こしましょうか」

「いやいや客人にそんなばっちい真似はさせられん。そこでどうだ、ここはお近づきの印として連れションに行こうではないか!」

「……連れションですか? すみません、それも島言葉の一つなのでしょうか」

「……おっと、いけない。君には伝わらない言葉だったか。要は一緒に外で小便しようってことだ。ささ、いくぞ。さすがに城内ではできんからな、外に行くぞ。我慢できるかね?」

「べ、別に構いませんが……」


 流されるように竜之助は付き合わされる。緊張するも二人きりになれるのは願ったり叶ったり。当主である甚平だけに話を通したかったため、ちょうどよかった。


「……意外ですね。当主でも厠の順番を守るなんて」

「当主だからこそだよ。偉そうにふんぞり返ってばかりでは人はついてこない」


 と大層立派な当主であったが、


(かといって、こうやって森の中で小便するのもどうなんだろうな……)


 自然体すぎるのも考え物だと思う竜之助。

 大人の男二人、肩を並べて木の根にめがけて放尿している。

 万が一、ここに桐生のような不意打ちの得意な刺客が現れたら竜宮島はひとたまりもないだろう。

 そんな危険性にひやひやしながらもなんとも言い難い快感がそこにあった。


(と、いけねえ……本来の目的を忘れるところだった)


 あまりの居心地の良さに目的を忘れ、そのまま城内に戻ってしまいそうだった。

 甚平は不思議な男だった。食えない男であるが憎めない男でもある。緊張が嘘のように和らいでいた。

 いつまでもぬるま湯に浸かっていたい。だがそうできない理由がある。


「あ、あの、甚平様。実は折り入って話が──」

「竜之助殿」

「あ、はい、なんでしょう」


 話を切り出そうとしたが厳かな声で遮られる。年功序列、優先権を譲る。


「ちなみにこのことは乙姫には内緒だぞ? バレたらあとでうるさいからな」

「……甚平様も人が悪い。共犯に仕立てた後にその事実の開示は汚くないっすか?」

「言ったら付き合ってくれないだろう?」

「そりゃあそうですよ。お姫さんに嫌われたくないですもん」


 竜之助は切り出せずにいた。ぬるま湯から上がろうとしても引きずり込まれてしまう。


「ちと冷えるな。そろそろ城内に戻るとしよう。ふかふかの布団で暖を取ろう」

「あの、甚平様」

「それともこのまま釣りに行こうか? 実は私は釣りに目がなくてねえ。心得はあるかい? 自分用の竿は? ないなら余ってるのをくれてやる」

「……甚平様」

「釣れた魚はばあやではなく乙姫に料理させよう! 武芸ばかりではつまらん人間になってしまう! ばあやほどでもなくていいからせめて人並みの腕前になってもらわねばな。竜之助殿もそう思うだろう?」

「……くっ」


 これまでの苛烈な人生を送ってきた身としては夢のような話だ。甚平はこれをわかって話している。そう、甚平は人が悪い。

 厠の前に待ち構えていたのもわざとだろう。会ったばかりの人間の心を読んで、自分の意のままに操ろうとしている。

 でもそれは何も悪い話ではない。彼は歓迎しようとしている側だ。

 彼は偉大だ。穏やかな笑顔を浮かべているが手を見ればわかる。歴戦の生傷が彼を物語っている。

 心強い手だ。あの乙姫を育て上げた手だ。悪人のはずがない。

 だがしかし、


「甚平様。実は俺、この島を出ようと思っているんです」


 ようやく言えた。喉に刺さっていた鯁がころりと落ちる。

 言うのは実は簡単。難しいのはここからだ。


「竜之助殿、君は──」

「勘違いしないでください! 決して竜宮家を疑っているんじゃありません! あなた方が俺を足止めして帝に献上しようなんて策略を練るとは思っていません! それとこの島が嫌いとか息苦しいとか思っているわけでもありません! これは本当です! 俺は仙人のお師匠様と共に国中を旅してきました! 長居したい国は少しはありました、でもここはさらに上、ここで一生を終わらせたいと思うほどです」

「ではなぜ出ようと思った? 少なくとも私は君と娘の仲を認めなくもないと思っている。正式に家臣として抱え込もうとも考えている」

「わかめよりも根なし草な俺にはもったいない話だ……むしろ姫さんに手を出しておきながら逃げ出そうとしている……許される話じゃないのは百も承知です」

「ではなぜ」

「……言わなくてもお判りでしょう。俺は帝を殺した大罪人だ。都から遠く離れた竜宮島でもそれは変わりません。いずれ追手はここまで来ます。俺は舟を借りるときに漁師たちに顔を覚えられている。行先も伝えている。そう遠くないうちに追手は来ます」

「ならば全力で匿う。もしもバレたとしても我々竜宮は帝とだって」

「それが駄目なんです。掟を守るのは立派ですよ。でもそれじゃあまた竜宮で血が流れてしまう。今度は、俺のせいで……それがどうにも耐えられません。勝つには勝てるかもしれません。でもそれは犠牲の上だ。この島は食材に恵まれている。だが肝心の米が足りない。そればっかりは海向こうの国との流通頼りだ」

「海向こうの国にも私は顔が利くぞ。帝の栄光は南では微々たるものだ」

「それでも、やっぱり俺一人がいなくなったほうがいい。流れ着いた身と、この島に息づく住民。当主ならばどっちを優先べきですか」

「君はえびす様だ。そしてこの島を守った英雄だ。そして何より竜之助君。君だからこそ、この島にいるべきだ。私だけではない。島の皆が歓迎するぞ」

「……そうです。えびす様です。だからこそ災禍を呼び込んではならない。そして島を守った英雄……最後まで守らせてくださいよ。この島を。さよりのばあさんと約束したんです」

「……ここで彼女の名を出すか」

「人が悪いのはあなただけじゃない。いや俺のほうがその点では一枚上手かもな。俺がここにいれば、また彼女のような犠牲者ができてしまう。あんまこういうことは言いたくありませんが先の短いばあさんだった。最後の最後までとことんついてなくて、かわいそうだが、ああいうのはほかにいくらでもいる。でもよ、そういう人たちのためにも涙を流せてしまう、かわいそうな人もいるんだよな。俺はどっちかというとそっちを守りてえんだ」

「乙姫に今の話はしたのか」

「ははっ、しませんよ。この話を聞いたら殺す勢いでぶん殴られるかもしれませんね」

「……娘を見くびらないでくれるかな」

「おっと、そうでした。実の父親の前で言う話ではありませんでしたね」


 竜之助は屈託のない、若者らしい笑顔を浮かべた。


「……わかった。君の望みを叶えるとしよう」

「ありがとうございます。んで話は急で悪いのですが、この足で海を出たいのですが」

「もう行くのか。もうちょっとゆっくりしていったらどうなんだ」

「今がいいんですよ。風も穏やかですし。それに筋書き的にもいいんですよ」

「筋書き……大罪人は竜宮家の者たちが酔っ払っている隙に逃げ出した、とでも言いたいのか」

「まさしくその通り! さすがは甚平様!」

「なーはっははっはっは!」


 途端、甚平は腹を抱えて笑う。酒の席でも見せなかった大笑いだった。


「しー! しーですよ、甚平様!」

「すまない、すまない。いやぁ若いのはいいな……」


 城に向かおうとしていた足を山の下へと向ける。


「それでは参ろうか。一番いい船を見繕ってやる。ついてこい」

「よろしいんですか?」


 竜之助は旗振る甚平に続く。


「当主権限だ。しかしわかっているだろうな? この島を出るということは龍神様のお許しが必要ということを」

「それなんですけど……一度はいれたからあとはお目こぼしもらえたりはしませんか?」

「それはそれ、これはこれだ。むしろ入るよりも出るほうが難しいのだ」

「それはなんでですか?」

「明確な答えはない。竜宮の富を多く持っていくからとか、龍神様がすねるからとかいろいろ言われている」

「……なんだか怖くなってきました」

「よし、それなら島を出るのはやめて俺と釣りをしないか?」

「いえ、ご遠慮させていただきます」

「ちぇ、釣り仲間が増えると思ったんだがな……せめてお休みの日まで待つのはどうだ?」

「これ以上島にいたら決心が鈍っちまいます。それにそもそも島もでれなきゃあっちでも生き残れないでしょう。しょせんそこまでだったってことですよ」

「ははは、勇ましいなぁ。竜之助君は」

「勇ましさで言えば、甚平様。あなたには敵いませんよ」


 森の中、風が吹き抜ける。


「男全員引き連れて出陣なんて大博打……俺だったら絶対できないぜ」


 どうせ島流しの身。言いたいことをぶちまける。


「どうしてこんな大博打を打った。一歩間違えれば全てが取り返しのつかない結末になっていたんだぞ」


 島の財、民の命だけでなく乙姫にも危険は及んだ。

 問い詰められた甚平は腕を組む。


「……竜之助君は鮭という魚を知っているかい」

「……サケですか? 知ってるし食べたこともありますよ。貫雲国で」

「なら鮭の一生は知ってるかい」

「……もともとは川の魚ですけど稚魚に成長した後に海に出る。そして大きくなったら元の川に戻ってきて産卵する。そうですよね」

「物知りだねえ。大正解だ。私もその鮭と同じだよ。鮎のように川で一生を過ごせばいいものをわざわざ海に出て、そして帰郷も激流をさかのぼらなくちゃならない。鯉のように竜にはなれないのにな。だが挑戦するだけの価値、得るものはあった。帝に恩を売れたし、知らぬ土地の守護大名とも酒を酌み交わし、そして膨大な報酬を得た。これで竜宮島はますます豊かになるぞ」

「……終わりよければすべて良しで済ませようってか」


 竜之助は足を止める。


「あんた、どれだけ乙姫が心細くしていたかわかっているのか」

「竜之助君……君は理由を知りたいのではない。私を咎めたいのだね。殺気が丸出しだよ」

「さ、殺気……!? 俺はそんなつもりじゃ」


 指摘されてようやく頭に血が上っていたことに気づく。


「いや君の怒りはもっともだ。私はわかっていたよ。あの桐生が裏切ることくらいは。島の防衛が丸裸になるのだ、事を起こさないはずがないだろう」

「……はあ?」


 再び血の巡りは激しさを増す。引いた潮が津波となって戻ってくるように。


「……わかっていただと? わかったうえで、忠告すらしなかったのか?」

「竜之助君……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの娘は箱入り娘で終わる器ではない。私は本気で後継ぎとして育てているのだよ」


 竜之助は思い出す。


「ああ、そうだった……乙姫も言っていたな……あんた、そういう人間だったな……」


 人のよさそうな笑みを浮かべるが根本は掟と責務を遵守し、そのためなら泳ぎ方も知らない娘を海にも投げ落とす冷酷な男だということ。


「君も言っていただろう。もしもこれしきの事態を乗り越えらなければ、しょせんそこまでだったということだ」

「甚平様……今たったひとつ、島にやり残したことを見つけました」

「ほう、それはなにかな」

「……あんたは生かしておけない。少なくとも! 乙姫の側にいてはならない男だ!」


 竜之助が仙術を使い殴りかかろうとした時、


「遅い」


 すでに甚平は背後を取っていた。そして首元に釣り針を突きつけていた。


「……あーあ、せっかく生き延びたのに台無しだ」


 竜之助は力を抜き、膝を崩す。

 忘れていたわけではない。あの乙姫が組手で一度も勝てていない事実を。

 ただ、ここまで実力差があるとは思えなかった。

 一矢報いるつもりで顔面だけでも一発殴るつもりが、まるで目で追えなかった。


「……当主様に歯向かっちゃあ首くらい覚悟しないとですね」

「……いいや、君は刀を抜かなかったし、そもそも持っていない。私にとって子供がじゃれてきたに過ぎない。殺気も感じられなかった」

「……子供か……三十過ぎたおっさんに向ける言葉じゃねえよ……」


 精神面でも完全な敗北。久々に越えられない山のような壁にぶつかった。


「立ちなさい、竜之助君。この島を出るのだろう」

「出るつもりでしたけど……なんか今のでやっていける気がしなくなりました」

「なーに、男が一度くらいの完敗で腑抜けておる。命をつないだのであればもう一度鍛えなおして挑めばよいのだ」


 甚平は先を歩く。不意打ちで襲い掛かった竜之助に背を向ける。


「そしていずれこの私を完膚なきまでに叩きのめして乙姫を娶るのであろう」

「あの!? 話の展開についていけないんですが!?」


 竜之助は慌てて立ち上がり、ついていく。



「何度も言いたくないですが言いますよ? 俺は大罪人なんですよ。この島に戻れっこないんですよ。それに海を渡れたところで生き残れるかもわからない」

「おっと、それなんだが行く当てがないのであれば雲隠れするのにいい国を知っている」

「いい国? まさか光嶺なんて言いませんよね? ここから何日もかかりますよね。上陸も難しいでしょうし」

「いやもっと近くに顔の利く国がある。南番(なんばん)悪鬼納(おきな)国だ」

「悪鬼納……海の原国でも五帝大陸のいずれの国にも属さない中立国……ですよね」

「おお、知っているようで何よりだ。悪鬼納とは距離も近いしな、独自の外交でつながっている」

「地名だけですよ。俺も一度も行ったことがありません。というか、どんだけ顔が広いんですか」

「いざというときのために親睦を深めておくのだ。いやまあ遠方の人間と飲み交わすの利害関係抜きにしても楽しいのだがな」

「でもよろしいのですか……それって恩を売るってことで竜宮家にとって不利益なのでは」

「これしきはさせてくれ。当主として何の土産もなしに客人を送ることはできない」

「俺が向こうで騒動を起こさない保証はないんですよ?」

「あはは、そこはくれぐれも頼むよ。あと女遊びはほどほどにな」

「し、しませんって! こう見えて純情派なんですよ!?」

「うーん顔つきから性豪に見えるが、まあ信頼してるから大丈夫だ」


 甚平は自信たっぷりに言った。

 しばらくして二人はさよりの家の前にたどり着く。

 甚平は門を見上げる。


「立派な屋敷だろう。こんな立派な屋敷、都でもめったにお目にかかれないだろう」

「……あぁ、立派だよ。これを一人で維持し続けたばあさんがな」

「ごもっとも。しかしこのままでは空き家だ。誰かがこの屋敷に入ってくれれば大手を振って修繕できるのだがな。さよりも、同じ思いだと思うぞ」

「あー、それなんだが……一つ提案があるんですよ」

「ほお、言ってみなさい」

「子供の遊び場所にしたらどうですかね……大自然に囲まれて遊ぶのは結構ですが、それだと雨の日は退屈になるんですよね。じゃあ誰かの家で集まるかとなれば手狭になる。ここなら広い庭もあるし、子供が集まって遊ぶにはちょうどいいんじゃないすかねって」

「なるほど、寺小屋みたいなものか……良い案だ。前向きに検討しよう」

「甚平様、すみません、寺小屋ってなんすかね……」

「む、いかん、寺小屋も通じないのか……そうか、あれはもう少し先の……」

「あの、甚平様?」

「あー、すまん。寺小屋とはつまり、あれだ、学校……いやこれも通じない。そうだ、稽古場だ、稽古場。子供向けの、学問の稽古場みたいなもんだ」

「学問の稽古場……だめだ、頭がおいつかねえ……なんだよ、それ……すげえ……」

「お? この意義が説明しなくとも通じるか。先見の明まであるとはすごいな、竜之助殿は」

「すごいのはあんただ。どうしてこんなことを思いつける」

「私の()()()()ではない。これも稽古場の恩恵と言えるな」

「そうか、あんたのあいであじゃないのか……おい、ちょっとまって、なんで外来語を知ってるんだ!?」

「なんでまたよりにもよってかの国の言葉を、それもこの時代に習得するのかねえ……役に立つのはもっと先だろうに……」


 首を傾げながら甚平は歩き出す。


「おい! 待て! いったいぜんたいあんた何者なんだ!」

「まあまあそう熱くなるな。ゆっくり話させてくれ。ただしこれを知っているのも信頼を置ける一部の家臣のみ。この意味が君にわかるかい?」

「えっと、それは……や、やっぱり……」

「竜之助君は輪廻転生を知っているかね?」

「おい!」


 怖気付いても問答無用。


「私はね、この世界の生まれではない。そして一度命を落とした人間なんだよ」


 それから話すは甚平が甚平となる前の半生。

 海の原と似た歴史を持つ国の話、今よりもはるか先に進み狂暴化した火器銃器、東の果て、さらに東に位置する大国に無謀な戦争を仕掛けたことを。


「国のために文字通り命を張った。海の原に流れ着いた後しばらくはそれを誇りにして生きていたんだがね、奇妙な縁で自分と似た境遇の人と船の上で出会った。そいつも輪廻転生者でしかも私よりも未来の人間だった。そこで初めて戦争の結果を知った。知った俺はすべてが下らなく見えた。生きてるのも嫌になった」


 そして舟は嵐に襲われ、甚平は海に投げ出された。


「こうして私は竜宮島に流れ着いた。甲姫と出会い、一目ぼれした。人生急転直下ならぬ急上昇だよ。いやー君にも見せてやりたいよ、甲姫のあの美しさったら! 刀や城がここまで発達してるのになんで写真機がないのかね!」

「すまねえ、甚平様……ただでさえあんたの過去で頭が追い付いてないのに突然おのろけされてもまったく心に響かないんだが……」

「そうか、では大事な部分だけ話すとしよう。私とて今でこそ人の上に立つ人間だが、元から立派な人間ではない。むしろ逆だ。私は元は海坊主、海賊だった時期もある。甲姫との結婚なんて夢のまた夢、決して届かぬ恋とは言い聞かせながらもな、心の奥底では諦めきれずに死に物狂いで成就させた。君にもその覚悟があるんじゃないのか」

「……俺は…………………………」


 答えが出ないままに砂浜にたどり着く。

 あれほど多くの血が流れたはずの砂浜。穏やかな風が潮の香を運ぶ。血だまりも波がすべてを洗い流した。


「ここは美しいだろう、竜之助君」

「はい」

「そして無常とも思えないか?」

「……はい、そうですね」


 ここで多くの命が散った。そこに大小はなく、等しく一つの命。

 海とは死んだ証左すらきれいさっぱりに洗い流してしまう。

 踏み荒らした砂浜も風できれいに均されていた。


「お、あそこにちょうどよく舟が浮いているな」


 砂浜に一隻。後ろには人が一人入れそうなほどの木箱が積まれていた。


「おっと、いけない、いけない。どうやら荷を下ろし忘れていたようだ。中には食事と武器が入っている。うん、しかし、ちょうどいい。竜之助殿にやるとしよう」

「甚平様……嘘はおやめください。俺が出ていくと見越して準備していたのでしょう」

「なっはっは! ばれてしまったか! 万が一と思ってな。受け取ってくれるかな」

「充分ですよ。一応中を覗いてもよろしいですかな」


 竜之助が触れようとすると甚平が慌てて手首を握って止める。


「ややっ、無粋な真似はよしてくれ。本当に中は食事と武器が入ってる! これ、本当!」

「そ、それもそうですね……疑うような真似をしてすみませんでした……」

「そうそう、玉手箱のように海を渡ってから開けてくれ」

「そうさせていただきます。海を渡れたらの話ですが」

「そう悲観するな。私は通れると信じているぞ」


 舟を海に浮かべる。


「世話になりました。もしも何もかもが上手くいったら、またこの島に戻ってきます」

「礼を言うのはこっちのほうだよ、竜之助君。君がいなければこの島に深い傷が刻まれていた。礼が足りない。必ず帰ってこい」


 竜之助はちらりと山の上、城を見る。


「……息災で」


 舟に乗り櫂を漕ぐ。

 沖に行くにつれて、穏やかだった海が荒れ始め、いくつもの渦が生まれる。


「これが竜巻か……ほんと不思議だ……近くで見るとぞっとするぜ……」


 見ていると引きずり込まれそうな気がしたために視界から外す。

 櫂は船底に置く。すべてを龍神様に託す。

 手持ち無沙汰になると目をつむり身体は自然と禅を組んでいた。

 舟が揺れるが尻は糊がついたように離れない。

 心は不思議と落ち着いていた。運よく島を離れられたとして地獄のほうが生ぬるく感じられるほどの波乱の人生に逆戻りするとわかっていても。


(……それでも俺はここで出会った全てを支えに、生きていこう……こんな時代でも乙姫のような心優しい人がいる……それだけで、俺は、気丈ルビになれる……)


 その時、声が聞こえる。


「ふむ、禅を組むというのは突飛に見えて案外合理的かもしれないな……低重心になるから安定性が生まれる……よく考えたな、竜之助」

「ふふっ、いけねえなぁ、姫さんの幻聴が聞こえるぜ……俺も弱ったもんだぜ」

「竜之助。私も禅がやりたい。手ほどきを頼む」

「まだ酔いが残っているのか……それにしてもえらく生々しい……」

「おおい、聞こえているか? 独り言をそれまでにしておけ」


 竜之助の頬を乙姫が叩く。


「ま、まさか、本当に姫さん……?」


 恐る恐る瞼を開く。

 するとそこにはまごうごとなき乙姫。腰に海神を携えていた。

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