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竜宮島の乙姫と一匹の竜  作者: 田村ケンタッキー


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裏切り者の末路

 繰り返し唇を重ねていのちを吹き込む。

 唇の感覚が失うまで、酸欠で手に痺れを始めた頃だった。


「……や」


 か細い声。死の淵にいた、二度と口を開けないと思われていた竜之助が確かに声を発した。


「竜之助! 生き返ったか!」


 ふらりふらりと彼の手が浮上する。

 乙姫はその手を取ろうとするが、彼の手はひらりとそれをかわし、


「……!?」


 ポンと乙姫の胸に触れる。


「……やわらけぇ」

「生き返って最初にやることがそれか!!!」


 乙姫は思わずビンタをかます。

 ぐきりと音を立てながら竜之助の首は回る。


「姫様!? せっかく生き返ったのに!」

「か~……痛そうじゃの……これは送り返しちまったんじゃないか」


 我に返り、乙姫は謝る。


「す、すまぬ! ついうっかり!」

「お、お、お。あお、あおお。お」


 小刻みに震えながら呻く竜之助。


「生きてはいるみたいじゃな、生きては」

「後遺症が残らないといいのですが」

「そ、そのときはしっかりと責任とって面倒見てやるからな!?」


 蘇生に成功したのにいまいち喜べない空気に。


「姫様! 大変です!」


 その時島民の一人が駆け寄ってくる。

 乙姫の顔つきが変わり、ゆるみが消える。


「どうした、何があった」

「浦島様が……浦島が……桐生が逃げました!」

「なに!?」


 倒れていたはずの浦島。目を離したすきに逃亡を図っていた。


「すみません、気を失ってるとばかり……!」

「気に病むな。ちゃんと気絶したと確かめなかった私に責任がある。それよりも奴は今どこに!?」

「海坊主が乗ってた舟で沖へ……!」

「よりにもよって沖とは……! 血迷ったか……!」


 乙姫は走る。

 まだ何かできることがあると信じて。





「はあ……! はあ!」


 海神の一太刀の影響で高い波に阻まれながらも荒れた呼吸で櫂を漕ぐ桐生。


「最初からこうすればよかったんだ……! さっさとちんけな島を見限って、海を出ればこんなことには……うっ!」


 顎の激痛で顔が歪む。

 顎の骨は外れていないが奥歯が噛み合わない。口の中は乾いているのに舌の上を血が浮かぶ。

 口の中は不快感で満杯だった。


「おのれ覚えていろよ、竜宮!! 力を蓄え、いつか復讐を果たしてやる!! 今の倍、いや百倍の軍を連れて、ここを攻め落としてやる!」


 ザパーン!

 ひときわ高い波が船を叩く。

 しょっぱい水しぶきが髪に、顔に、鼻にまで入ってくる。


「ええい不快な! 島も不快なら波も不快だ!」


 波を恨みながら振り落とされないように船上で堪える。

 はるか向こうの水平線の色が変わり始めたのが見えた。


「甚平の顔なんぞ見たくない! 早く、島から出ないと……!」


 島外の目印である岩礁が見えてくる。


「乙姫のやつはついてきてないな? 僕と戦った後だ、さすがにここまでついてはこられまい」


 乙姫は仙術で海の上を走ることもできる。

 警戒して振り返ると彼女はまだ砂浜にいた。追いかけてくる様子はないが、何やら手を振っていた。


「ふん、あいつが何をしようと僕の知ったことではないな」


 前を向き、櫂を漕ぐ。


「あの岩礁を越えれば僕は晴れて自由になれるんだ……陰鬱だった人生がついに終わる……!」


 明るい未来を考えれば櫂に力が入る。

 しかしなかなかどうして岩礁が近くに来ない。

 ()()()()()()()()()


「……もしや」


 後方の海面を見る。


「……どこまでも不快な!!」


 海面には一つの大きな渦が巻いていた。

 渦潮とは通常狭い海峡に発生する現象。

 開けているはずの竜宮島の沖では本来起きないものと考えられる。

 だからこそ島民はこれを渦潮とは呼ばない。

 竜巻と呼び、恐れ敬う。


「くそ、くそ、くそ!」


 漕いでも漕いでも逃げられはしない。

 船はついに渦に巻き込まれる。

 波に乗って速度が増す。水面をトビウオのように跳ねる。


「なんて力だ!」


 嵐でもないのに突風が身体にぶちかましてくる。波にもまれた舟は揺れて軋む。生き延びようと桐生を振り落とさんとさらに加速する。


「櫂が……!」


 船体にしがみついたばかりに櫂を落としてしまう。

 もっとも櫂があったところで桐生に打つ手はない。

 竜巻の勢いは衰えない。

 一度も船酔いしたことのない桐生は目を回し始めた。


「くそ、なんでこの僕がこんな目に……!」


 桐生はまだ諦めない。


「振り落とそうとする力、逆に利用してやる」


 船上で中腰になり、時折横切る岩礁を睨む。


「遠心力と僕の仙術があれば渦の外まで跳べるはずだ……!」


 無謀な考えだったがしかし彼女にはもはや生き延びるにはその手しかなかった。

 間違っても島に向かって飛ばないように機会を見計らう。


「一、二の……」


 呼吸を整え、足元を固める。

 この時舟が異音を発していたが気づくことはなかった。


「三!!!」


 跳ぼうとする足に力を込めた瞬間、船底が抜ける。


「な!? このぼろ船がああああ」


 抜けた穴からバラバラに壊れていく。

 哀れ、桐生は海に投げ出された。


「なんの、これしき! たかが水! 仙術で生き残ってやる!」


 呼吸を整えようとするも海は頭を掴んだかのように何度も顔を叩きつける。


「ぶは、あ!? ぶはああ」


 呼吸を諦めて必死にもがく、足掻く。

 されど海は淡々と桐生を底へと引きずり込んでいく。

 桐生はこの時初めて死を直感する。


「ごめん、なさい! ごめんあさおあ!」


 幼子が親に折檻された後に咄嗟に出てくるような言葉だけの謝罪。

 龍神様は竜宮家よりも甘くない。


「たす、けて……たすけ……」


 他人を理解しようとせず、努力や贖罪を無駄だと嘲笑い、罪を認められなかった彼女が最後にすがるのは、


「たすけて、お兄ちゃ──」






 しばらくして海は凪のように静けさを取り戻す。

 日が昇る。

 竜宮島で最も美しいとされる景色が現れる。

 新たな一日が始まろうとしている。


「なんで……なんで、美しく見えるのだ……」


 だが景勝地に立つ乙姫の心はざわついたまま、洗われもしない。

 裏切者は消えた。穢れは龍神様によって洗い流された。戦いに勝った。

 それでも乙姫は全く喜ぶ気持ちにはなれなかった。

 そして信仰する神を疑う。


「……龍神様。私は、どうすればよろしかったのですか……」

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