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竜宮島の乙姫と一匹の竜  作者: 田村ケンタッキー


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邪竜剣技お披露目

「誰だおめえは! これからお楽しみだってのに邪魔してくれやがってよ! ただじゃおかねえぞ!」


 お預けを食らった禿げ頭は激昂する。


「おいおい、俺を忘れたのか……なんて言うが俺もお前の顔に覚えはねえな。あんときは真っ暗だったし、お互い様だもんな」

「まさか……あんときの河童か!?」

「河童!? 俺、河童扱いされてたのか!? 海なのに河童!? ちょっと待て、そもそも俺はお前と違って禿げてねえだろうが!」

「はあ!? 俺も禿げてねえが!?」


 子供のような言い合いになる裏で弓を構える者が現れると禿げ頭は止める。


「待て、弓はまずい。この向きだとこの後のご褒美に傷がついちまう」


 仲間同士の相打ちならともかく、乙姫は滅多にお目にかかれない美女。


「傷物にするなら槍で、だろ?」


 下腹部を叩きながらニタニタと下劣な笑いを浮かべる。仲間たちにもその笑いが移る。


「見るからに全身傷だらけの死にぞこないだ。弓を使うまでもねえ。たたきにする」


 海賊たちはぐるりと竜之助を囲む。

 ゲラゲラと禿げ頭は笑う。彼は取り囲みに加わらず、離れた場所から見物する。


「あの時は囲うにしても数も少ない、足場も不安定な不慣れな場所だったからな。今回はそうはいかんぞ」


 乙姫は叫ぶ。


「竜之助! 逃げろ! お前が、この島のために死ぬことはない!」


 竜之助はその場から動かなかった。


「……お姫さん、何か勘違いしてねえか? さっきも言っただろう。俺は自分がやりたいようにやるまでだぜ。俺はこいつらを切りたくて切りたくてうずうずしてるんだ。こいつら海坊主がいなけりゃ俺は変に疑われず、今頃島の人妻たちと良い仲になってたんだぜ」

「……えっと竜之助、お前は何を言ってるんだ?」


 竜之助は伸びてきた無精ひげをばりぼりと掻く。


「とにかくだ! 俺はやりたいようにやらせてもらいますよ! いいですね!」


 刀を構えると目つきが変わる。一瞬で雰囲気が変わる。

 海賊たちの目には先程まで芋侍がでしゃばってきたように映ったが今は違う。海賊たちも日夜戦場を駆る身。生き死を乗り越えてきたかこそ肌でわかる。


「こいつ、一瞬で人が変わった……」


 怯む海賊たち。汗ばんだ手で刀を握りなおす。


「見せてやる……俺の、邪竜剣技を」


 海賊たちが刀をぎゅっと握る。

 次の瞬間、竜之助は上を見上げる。


「なんだあ、お月様、俺に喧嘩売ってるのか!? 受けて立とうじゃあねえか!」


 突如として剣を振り回してその場でぴょいんぴょいんと兎のように高く飛び跳ねる。

 呆気にとられる海賊たち。


「おい! 降りてこい! そんな高いところから見下ろしやがって卑怯だぞ!」


 なおも続ける竜之助。

 真剣そのもの切羽詰まる表情に次第に海賊たちは、


「……ぷ」


 緊張の糸がほぐれ、


「ぶははははは!」


 思わず笑ってはならない場面で失笑してしまう。


「な、なんだこいつは! 酒でも浴びてきたのか!」

「ははは! こりゃ傑作だ!」


 一度解れた糸は戻すのに手間取るもの。

 誰もが竜之助が真剣を握っていることを忘れてしまう。


「ほーれ、ぴょんぴょーん!」


 竜之助は裏声を上げながら笑いを取りながら、間合いを詰める。


「ははっはっは……は?」


 気付いてからはもう遅い。


「──まずは一人」


 竜之助は一振りで一人の首を#刎__は__#ねた。

 まな板から落ちた大根のようにごろりと、砂浜の上を一瞬前まで笑っていた男の首が転がる。白く美しい砂浜が人血で赤く染まる。


「あ」


 隣にいた男は足元に転がる首を目で追う。

 次の瞬間には同じ目線の高さ。


「──二人」


 包囲に二人分の穴ができる。

 竜之助はそこから突破し、次に向かうのは離れた場所に立つ弓兵三人。


「早く! 早く矢をつがえろ!」


 油断は弓兵にまで伝わっていた。

 慌てて放つが瞬間タイミングはバラバラで照準も定まっていない。

 何より放つのが早すぎた。


「だめだぜ、矢を当てるにゃちゃんと引きつけなきゃ」


 竜之助は飛んでくる矢を難なく躱し、次の矢を番えようとした弓兵の手を刎ねる。


「よくもおおお!!」


 弓兵のうちの一人は手練れであり、外したとわかると早々に弓を捨てて短刀を抜いていた。仲間を守ろうと真正面から切りかかる。


「うむ、こんな時だというのにタンが絡んできた。かーぺっ」


 口から吹き出す汚物。


「うわぁきたな!?」


 助けに入った弓兵の顔に直撃し視界を奪う。


「うわぁきたなが断末魔の叫びとなるのはちと可哀そうか」

「かっ!?」


 側頭部を刀の側面で平打ちし、気絶させる。

 落ちた弓は踏んで壊して使い物にならなくなった。


「さて弓兵最後の一人だが……」

「ひぃ!! おねがいだ、切らないでくれ!! この通り!!」


 自ら矢を捨てて弓を折る。弓以外の武装もしていなかった。


「……ちょうどいいな。生かしてやるよ。ほら、味方を手当てしてやんな」

「あ、ありがとう! ありがとう! 恩に着る!!」


 竜之助はあえて降参を受け入れ、


「見ただろう、海賊ども」


 見せびらかす。


「俺も鬼じゃねえ。武器を捨てて降参すりゃ受け入れてやるぜ。それとも首を刎ねられたいか? そこで転がってる首みてえによ」


 海賊たちにとっては魅力的な提案に見えて心が揺らぐ。

 竜之助の実力を目の当たりにさせ恐れさせてからこそ、初めて降参は意味を成す。

 彼の立ち回りがよっぽど衝撃的で刀を下ろす者も現れた。


(よおし、いいぞ、そのまま、そのまま)


 降参は竜之助にとっても悪い話ではなかった。むしろよっぽど好都合。


(……身体中が痛え……仙術で痛みを誤魔化さなきゃとっとと気を失ってるぜ……)


 体力の限界は近い。残る全員と立ち回れば間違いなく全滅させるまえに命を落とす。

 降参は賭けであった。最初にありったけの全力を見せ、恐怖を受け付けて戦意を削ぐ。馬鹿をやったうえで自分の命を守るにはこの方法しか考え付かなかった。


 しかし賭けは失敗に終わる。


「馬鹿か! 海賊が命乞いなどするものか! なあ、お前ら!」


 禿げ頭の言葉に大半の海賊が息を吹き返すが、残りの半分が戦意を失ったままだった。

 この結果を竜之助は前向きに考える。


(俺の不幸体質にしちゃあ……上出来じゃねえかな)


 あと何人斬れば完全に戦意を喪失させるか計算してる時のことだった。


「ぎゃああ!」


 背後から、生かしておいた弓兵の断末魔の叫び。


「どうして、どうして、俺は手当して」


 降参し手当に当たっていた弓兵の首が飛ぶ。

 切ったのは、


「……今更何しに来た、浦島さんよぉ」


 浦島桐生。どこからともなく現れて突如として戦意を失った者の首を刎ねる、無益な殺生に走った。

 竜之助は驚かない。驚きはしないが落胆はする。


「穏便に済ませてやろうって俺の温かい気遣いわからない? どういうつもりだ、てめえ」

「……」


 浦島は何も言わない。何も言わず、剣を振った。


 キン!


 刀と刀が交じり合い火花が舞う。


「……ああ、そうかい。つまり、()()()()()()()()()()?」


 竜之助は眉間に迫る刀よりもその先、浦島の顔を見る。


「ようやく正体を現したな、真の裏切り者が」


 浦島は竜之助に切りかかっていた。

 頭から真っ二つにしようと刀に力を込めて振り下ろそうとしている。

 彼女の狙いはそれだけではない。


「何をぼさっとしている! 抑えているうちに切りかかれ!」

「へい、大将! 野郎ども取り囲め!」


 偉そうにしていた年長者の禿げ頭が従順に従う。


「ぐぬぬぬ……!」


 跳ね返しきれず竜之助の足は沈んでいく。


「どうした、あの時みたいに押し返してみたらどうだ? できるならばな!」


 浦島はより一層力を強める。


「やめろ、浦島……!」

「いまさら命乞いか? 僕が聞くとでも!?」

「違ぇよ。忠告だよ、二度目のな!」


 竜之助は誘い込んでいた。

 下りてくる剣を跳ね返さずに受け流す。同時に浦島の身体の下に潜り込む。


「せえの!」


 腹を蹴り上げて浦島を飛ばす。


「なあ!? 大将がこっちに飛んできた!?」


 浦島の身体は加勢に加わろうとしていた禿げ頭に落ちていき、


「フン」


 浦島は空中で体勢を整え、


「あだぁ!?」


 禿げ頭を踏み台にする。


「まるで猫みてえだな……」


 海賊たちは人離れした芸当に感心してしまう。


「……何をぼさっとしている。切られたいのか」


 浦島は刀をちらつかせる。


「戦わぬ臆病者はいらない。生きる価値もない。真っ先に僕が始末してあげよう」


 ──賭けは失敗に終わった。

 浦島の登場で計算は大いに狂った。

 戦意を失った者も強制的に戦いに駆り出されてしまった。


「……へっ、案山子をいくら集めたところで案山子だぜ」

「その強がりがいつまで続くか、#見物__みもの__#だな」

「おう、よく見ておけ、ここからが邪竜剣技の神髄よ」

「邪竜剣技……ふん、実に下らない。要は姑息なその場しのぎだろう。二束三文の芝居を打って油断を誘う。扇情的に脅して戦意を奪う。衰弱した身体をひた隠しにして強がる……邪竜ではなく三流と改めるべきだね」


 浦島の推察はずばり図星。


(いかんなあ、なんとか言い負かさないと……)


 邪竜剣技は名前が仰々しいだけの見せかけに過ぎない。

 とにかく何でもやる。不意打ち、だまし討ち、闇討ち、ありとあらゆる卑怯な手を使ってでも生き残る術。一皮むいてしまえばこんなものである。

 弱者と見下されよう。小物と笑われよう。

 それでも生き残るのであれば敵を前にして背を向けるのも良しとする。

 しかし此度の戦いは違う。


「……不意打ちばっかの卑怯者がそれを言うか?」


 逃げ道などない。そも逃亡など許されない。

 相手を必要以上に激昂させようと弱みを見せてはいけない。


「手下なんて使わずに真っ先にお前が来いよ。なんだ、怖いのか?」


 浦島の眉がぴくりと引きつる。しかしすぐに深呼吸をし、平静さを保つ。


「もう君とは刃を交わることはないだろう」


 一歩引き、禿げ頭の肩を叩く。


「後は頼むぞ。あいつを一番に殺した者が乙姫の処女を奪えることにした」


 禿げ頭はにたりと笑う。


「大将……男を乗せるのが上手いですねえ」


 肩をぐるぐると回して気合いを入れる。


「聞いたな、お前たち! 早い者勝ちだ! 囲め囲め!」


 囲めと指示が出るが性欲に走る男にそんな言葉が耳に届くはずがない。

 陣形を無視して我先にと襲い掛かる。


「……これだから男は馬鹿なのだ」


 浦島は呆れつつもその場を動かない。

 竜之助はというと、


「俺も男だ。大勢を相手取るからって滅多に背は向けはしないさ。だがな、お師匠様の言葉にはこうある。勝てないとわかれば逃げても良い」


 滅多に向けない背をあっさりと向け、


「お師匠様の言葉とあっちゃ従わないとな! 嗚呼本当は背を向けたくないんだがな! お師匠様の教えだからな!」


 シャカシャカと砂を蹴って走る。



 竜之助は走り回るが追手はしつこく食いついてくる。


「やべえ、もう持たねえ……」


 追手は速度が落ちるのを見計らって、


「しゃああ! 絶世の美女で童貞卒業!」


 自身もふらふらなのにも関わらず切りかかってしまう。


「はい、残念」


 竜之助は振り返ると見え見えの切り込みをかわし、男の首を刎ねた。

 速度を落としたのは当然はったり。


「あいつ、急に振り返りやがった!」


 囲まずに追いかけ回したのは愚策も愚策。

 ばらばらに追いかけたせいで包囲は出来ず、深追いした者は支援のない一騎打ちを強いられる。

 それも眼前にニンジンをぶら下げられた馬のように体力の温存も考えずに走り回ってしまっている。

 こうなってはもはや竜之助の相手ではない。


「おらおら、逃げろ逃げろ」


 絶好の好機を逃すはずがない。逃げ遅れた海賊たち三人を足場が不均等な砂場も助かり続けざまに殺めた。


「ちぃ、いくら絶世の美女がご褒美とは言え先走りすぎだ! 俺が時間を稼ぐ! その間に囲め囲め!」


 禿げ頭は陣形を整える時間を稼ぐために自らの手で切りかかる。


 キン!


 竜之助は受け止めて鍔迫り合いに持ち込む。


「ほう、頭でっかちとは思っていたがちゃんと中身が詰まっていたようだな!」


 刃を交わることによって禿げ頭の実力は本物と知る。攻め過ぎず守り過ぎず、いつでも引ける心構えを持っていた。


「ふん!」


 仕留められないと判断し、仙術で突き飛ばし間合いを取る。

 包囲が完成する前に逃げようとするが遅かった。

 走ろうとした先に二人が待ち構えていた。

 ならばと右に走り抜けようとしても今度は三人。

 最後の穴も禿げ頭が埋める。


「囲まれちゃったね~」


 竜之助を中心に人の円が出来上がる。


「今度は芝居を打っても引っ掛からんぞ。怪しい動きをしてみろ、一斉に切りかかってやる」

「へえ、いいのか? 初物が逃げちまうぜ?」

「安い挑発はよせ。もう初物にこだわらないことにした。抱けるならそれでいい。妥協が肝心ってな」


 じわりじわりと円は狭まっていく。抜け駆けはない。


「どうだ、真綿で首を締められる気分は……」


 禿げ頭はにたりと笑う。


「そうだ、俺も鬼じゃない。手足の骨を砕くだけにして生かしてやらんでもない。そしたらほら、お前も姫様が乱れる姿が見られるだろう?」


 これまでにない見え見えの挑発。


「あぁ…………?」


 そうはわかっていても竜之助は怒りを抑えきれなさそうになる。乙姫を引き合いに出されては冷静さを失いかける。


(……なに一丁前に義憤に駆られてるんだ……俺は、そんな高潔な人間じゃないだろう……)


 息を整え、我慢の限界の半歩手前で抑え込む。

 円はじわりとじわりと狭まる。


「どうした、怖くて一歩も動けねえか」


 違う。身動きができないのではない、動かないのだ。


(種は撒いた……一か八かだが、突破口にはなるはず、だ)


 必ず好機は訪れると信じる。そしてそれは訪れる。


「いった!?」


 突如囲んでいたうちの一人が声を荒げてひっくり返る。


「足が、いてえ!」


 転げまわる男の足の裏には深くまでまきびしが突き刺さっていた。

 竜之助はここぞとばかりに声を上げる。


「ひっかかりやがったな! そいつはお前らが寄越した密偵から頂戴した物だ! 他にも落ちてるぞ、気を付けろ!」


 海賊たちは怯んでしまう。


「そういやあいつ、まきびしをいつも持ち歩いていたな!?」

「おっちんだのにまだ仲間の俺たちに迷惑かけるのかよ!」


 海賊たちの視線は足元に行く。しかしいくら目で追っても夜。黒いまきびしを追うことを容易いことではない。


「馬鹿どもが! 獲物から目を離すな!」


 言った側から隙を見せた一人の首の半分まで切り込む。


「あ、あああ……!」


 打つ手はないがせめても道連れにしようと追いすがってくる相手を、


「死にぞこないが!」


 胸を蹴飛ばして首から刀を抜く。切り傷から大量の血。男は力なく倒れる。


「どこだ、どこにまきびしがぁ!」


 手ごろな距離に完全に竜之助から目を離す愚か者が一人。


「ほれほれ、足元に気を付けろ!」


 次の一人は首ではなく目を狙う。


「目が、目がああああああああああ」


 一太刀で仕留め、無力化する。


「へっ、これで足元の心配はしなくて済むな」


 自由に動き回る竜之助を見て、男たちは慌てふためく。


「どうしてあいつ動けるんだ!?」

「まきびしが怖くないのか!?」


 禿げ頭はすぐさま立て直しを図る。


「わからねえのか! それも嘘だ! 一瞬の間で何個もばらまけるわけがねえ! せいぜい一、二個が限界だ!」


 これもまた嘘だった。口からの出まかせ。確証などない。しかし今は真偽はどちらでもよく、まずは海賊たちに戦わせることが先決。


「なるほど、そういうことか!」

「驚かせやがって! ちくしょうめ!」


 海賊たちはすぐに足元を気にしなくなった。


(ちくしょう、もうバレちまった! もうあと二人はやれたのによ!)


 再び包囲の穴から飛び出して間合いを取る。

 やけにべたつく手の感触が気になり、ちらりと視線を落とす。

 刀身も柄も手も、深紅に染まっていた。本人は確かめようがないが顔の左半分も他人の血で染められていた。

 惨い有様だったが自然と心は痛まなかった。

 竜之助は戦いに慣れ、人斬りにも抵抗は薄れていた。

 これまでもそうだったように、これからもそうなのだろう。

 ただ心が痛むとするのであれば、


子供ガキも遊ぶ砂浜なのに穢しちまったな……)


 悪いとは思いつつも背に腹は代えられぬと刀身を伝う血肉を振って飛ばす。

 切った感触を振り返る。


(首を一刎ひとはねしようとしたのに骨にひっかかっちまった……切れ味が落ちてきている……)


 目を凝らすと刀身に刃こぼれ。


(この刀も限界だ……えんちゃんとすればまだ使えるが、それだと俺の身体がもたなくなる……!)


 仙術は万能ではない。気は有限であり、限界は使い手の技量によって決まる。

 竜之助は現在限りある気を徹底して体内に回している。切る時は筋力増強、切らない時は痛み止めと攻守場面毎に交互に切り替えている。

 えんちゃんとを使えば武器の消耗を気にせずに戦えるがその場合は身体が消耗してしまう。

 傾きすぎると倒れてしまう天秤の左右の皿をせわしなく行き来してるようなものでまさしく死に物狂いで均等を保っている。


(今でもこうして立てているだけでも奇跡、出来すぎなくらいだ……やれる、まだやれるぞ……)


 手にこびりつく血を尻で拭い、刀を握り直す。


「手ごたえのねえやつばかりだな! タコ相手のほうがまだ手ごたえがあるぜえ!」


 決して弱みは見せずに煽り倒す。


「くっ……調子に乗りやがって……!」


 そうは言いつつも切りかからない。完全に怯んでいた。竜之助の剣技に圧倒されていた。


(そうだ……どんどん怖がれ……)


 最初からやることは変わらない。

 敵から戦意を削ぐ。

 幸いにも戦意を失った敵はわざわざご丁寧に浦島が葬ってくれる。

 逆に、決して付け入られる隙らしい隙を見せてはいけない。

 釣りに出かける前に大雨が降っていると行く気は削がれるが中途半端に小雨になると後で本降りに戻るとわかっていながらもわずかな希望に身を任せて突き進んでしまうもの。


「切っても切っても切り足りねえ! そっちから来ないならこっちから行くぞ!?」


 腰が引ける海賊たち。さらに一押しすれば目まで逸らしてしまいそう。


「っふっふっふっふ……」


 唯一その中で笑う者がいた。


「……そろそろ頃合いか」


 禿げ頭が自分の頭の肌を手のひらで拭い、竜之助の前に歩み出る。


「おっと、準備運動にちょうど良さそうなのが来たようだな」

「八左衛門だ」

「あ?」

「俺は八左衛門だ。覚えておくといい。お前を殺す男の中の男の名だ」

「へえ、てっきり名前は蛸入道だとばかり思ってたぜ」

「その達者な口ぶりも聞けなくなると思うと寂しくなるな……」


 禿げ頭を揶揄しても余裕の姿勢を崩さない。


(こいつはそこらの海賊とは違う……仮にも俺と刃を交わっても生き残った男だ……)


 竜之助は油断せずに出方を窺う。

 非情ながらも指揮官としては有能。竜之助の奇策を何度も封じ込めている。

 八左衛門は刀を構える。風体の割には癖のない基本に沿った構え。


(恐らくはあれがあいつの本来の戦法……だがそのあとはどう出る? 真正面から来る? それとも奇策を巡らすか?)


 ざざんざざん、と海が波立つ。

 そして一際高い波が龍神様のへそを打つ。


「俺も海の男だ。しめっぽいのはごめん。別れはさっくりといこうじゃあねえの!」


 先に動いたのは八左衛門。


「真正面!」


 奇策を警戒した竜之助は躱すのが遅れる。


「死ねええええ!!」


 勢い任せに剣を振り下ろす。


「くっ……!」


 もろに受け止めてしまう。


(やば、受け止める、これだけは、これだけは、やっちゃいけねえ!)


 刀をずらし、力を逃がそうと画策するが、


「おっと、逃がすかよ」


 八左衛門は巧みに力加減を変えてつばぜり合いを続ける。


「な……!」

「おおおう!? びびった!? 今びびったよな!? やはり見込み通り、これがお前にとってのいやなことなんだな!?」


 飛んだ唾が目に入る。だが今は瞬きの余裕もない。


「ちょっと仙術の知識をかじっていればわかることさ! 本当に強い仙術使いなら奇策なんて使わずに真正面から戦えばそれでいい! そうしねえってことは何かしらの問題を抱えているってことだ! 問題、すなわち重傷を負ってるってことだ! 痛みを和らげる術を使ってるんだろ! だから力もめいっぱい出せない! そうだろ! なあ!?」

「ぐう……!」

「ぐうの音も出るってか!?」


 勢いづき調子づく八左衛門の一太刀を竜之助は躱せずにいた。

 カタカタ、と刀が鳴り始める。


「おっと!? 腕が震え始めたか!? 限界がちかいかな、こりゃ!」


 言葉とは裏腹に力加減は精密そのもの。


(だめだ、刀を動かせねえ……! 筋力だけでなく技術も備わっている! こいつはただの海賊じゃねえ!?)


 刃の向こうで目が合う。

 八左衛門の目は凪のように静かだった。


「……俺はむかし、仙術に憧れていたんだ。猿のように木々を飛びまわり、トビウオのように海の上を飛びたかった。だが才能もなきゃコネもねえ。飢えに耐えながらその日を乗り越えることばかりを考えてたが憧れは捨てきれず心の奥にしまっていた。そんな若くて青い俺の前に自称仙人が現れたのさ。俺は深く考えずに飛びついた。弟子入りして住み込みで衣食住の世話をしたがなかなか仙術を教えてくれない。思い切って師匠に不満を打ち明けると修行が足りないといいやがる。しまいには金銭まで要求してきやがった。そして俺は言われたとおりに渡しちまった。そして俺は学ぶ。この世は糞で、人間は信じちゃあいけないってな」

「はは、さては持ち逃げされたか」

「はは、半分当たりで半分外れだ。一度は逃げられたがそのあときっちり回収したさ。金も尊厳も命もな」


 八左衛門の刀が徐々に竜之助の眉間に落ち始める。

 もはや竜之助に刀を躱すだけの体力はなく、受け止めるだけで限界だった。


「仙術は大嫌いだ。この不平等の世の中にも関わらず権力よりも稀有で恵まれた才。嫉妬なのははっきりわかるさ。だが、いつか切ってやりてえとずっと思ってたんだ」


 憧れはとうの昔に裏返った。


「最高だぜ、この島は! 大将に乗って正解だった! 仙術使いを殺せて、犯せる! こんな最高なことがあっていいのか!?」


 刃は竜之助の眉間に到達する。眉間から流れる鮮血が両目に流れ込むも瞬きの余裕は微塵もない。


「なあ、負け惜しみ一丁頼むよ!! 万全の状態だったら、とかよおおおお!!」

「……しかたねえな」


 竜之助は力のない呼吸をした。


「死ねええええええええ!!」


 八左衛門は力を込めた。

 すとん。

 大根を切るような爽快な音。


「ええええ……え?」


 人生の絶頂にあった八左衛門の視界から竜之助が消える。

 ズサッ。

 足元に刀の刃先が突き刺さる。


「……あん?」


 竜之助もいなければ自前の刀の刃先も消え失せた。


「ぐああ! ハア! はああ!」


 八左衛門の後ろで竜之助が苦しそうに息を荒げる。


「おっと、仙術で逃げおおせたか? 苦しそうだな、いま楽にしてやるよ」


 振り返ろうとする。

 しかし視界は変わらない。


「あれ、あれ?」


 異変はそれだけではない。


「あれ、俺の首の下に、なんで背中が?」


 それが八左衛門の最後の言葉だった。

 ごろり。

 首から頭が転がり落ちる。

 遅れて主を失った身体も倒れる。


 何が起きたのか、どうして八左衛門があの状況から敗れたのか。

 冷静に判断できたのは最も遠くから離れていた乙姫だった。


「使ったのか……えんちゃんとを……」


 刃こぼれしたナマクラでも業物を両断する。

 あまりの切れ味に斬られた者は斬られたと悟ることもできない。

 邪竜剣技は見せかけとしてもえんちゃんとは本物の強さ。

 ただし代償は高くつく。


 天秤が傾き、倒れた。


「ぐうう、あああ、ああああ!」


 竜之助の背中から止め続けていた血があふれ出す。薬や包帯、仙術、ありとあらゆる方法で先延ばしにしていた痛みが一気に畳みかけてくる。

 気を失いそうになるほどの痛みに身体も傾く。そのまま倒れるこむすんでのところで右足が踏ん張る。


「ふーっ! ふーっ!」


 痛みをこらえ、歯を食いしばる。

 目には意思があった。憤怒の炎を灯していた。その目は明確にとある人物に対して向けていた。

 全身を大物を釣り上げた竿のように勢いよく反り上げ、吠える。


「乙姫ええええええええええええええ!」


 それは魂の絶叫。


「戦えええええええええええええええええええ」

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