波は遅れてやってくる
降参を持ち掛けられた海賊たちは混乱する。
「聞いたか、降参だとよ」
「本当だと思うか?」
「んなわけねえ、罠に決まってる」
裏切りに慣れ切った、信じることを知らぬ海賊たちは聞く耳を持たなかった。
禿げ頭が声を上げる。
「聞こえたか、乙姫とやら! これが俺たちの総意だ! 裏をかこうたってそうはいかねえぞ!」
交渉の決裂したかと思われたが、
「……お前たちがいくら探し回ったところで宝物庫にはたどり着けない。密偵を送り込んだようだが我が家臣がとうに首を撥ねている」
乙姫は冷静に返す。流れ、主導権を引き渡さないよう、余裕を見せる。
「あ、あいつ、しくじっていやがったのか……!」
「たとえ合流していようが無駄だっただろう。それだけ宝物庫は巧みに隠されている。そして一ヶ所ではなく、何個にも分けて財を保管している」
「ぐ、ぐぬぬぬ……!」
「そもそも宝物庫に何が入っているのかも知らんのだろう。先に言っておくが金銀財宝の類ではない。宝石サンゴや龍涎香だ」
「龍涎香……? 宝石サンゴはわかるが、そっちは知らねえぞ」
「鯨から時折採れる香料の一種だ。薬にも使われる。取引相手を選べば時として手のひら程度の同量の金よりも高く売れる。竜宮家は龍涎香を取引する場合は海の原ではなく光嶺を主としている。五帝大陸に渡ればもっと高値で売れるやもしれんな」
情報を先出しすることによって信頼を得ようと最善を尽くす。
しかし話は必ずしもうまく運ばない。
「……嘘じゃねえだろうな?」
当然のごとく禿げ頭は疑う。
「#商売柄__・__#、調子のいい話が立て続けに続くと裏に何かあるんじゃないかと勘ぐっちまう。わかるだろう? いつもは坊主が当たり前の釣果なのに、大量に釣れた日にゃお天道様が見えていても雷に打たれるんじゃないかと心配になる気持ちさ」
ぽつりと誰かが呟く。
「坊主は釣れても坊主だろ」
「うるせえ! 大事な話をしてる時に茶々を入れるんじゃねえ!」
禿げ頭は乙姫に睨みをきかせる。
「どうなんだ! お前の狙い、目的を言え! 俺らに降参してお前は何を得をする!」
鬼のような睨みを向けられても乙姫はそよ風を浴びるように毅然。
「無論、島を守るためだ。私は竜宮家の人間だ。矢面に立ち民を守る。此度は財よりも人命を優先したまでのこと」
「……綺麗ごとだ……ほら吹きしか吐かねえような綺麗ごとだ……信用ならねえ」
乙姫の高潔さを禿げ頭はにわかに信じられなかった。
「ありえねえんだよ、民を守るために戦う武士なんてよ。戦となれば真っ先に矢面に立つのは民が常。お偉い武士様は家の存続だのなんだの屁理屈をこねて民を虐げ飢えさせる」
禿げ頭の言葉に海賊たちの目は変わる。魚群のような一つの生命体に変貌する。
彼らは生まれは違えど似た境遇であり何度も酒を酌み交わした同志。
「……残念だが宝物庫の話はなしだ。今回はせいぜい食料の略奪に留めるとしよう。俺らにとってゃ食料もお宝なのさ。明日の贅沢よりも今日の食卓。これ、俺考えた信条ね」
今度こそ、交渉が決裂か……。
「致し方なしか……」
乙姫はおもむろに立ち上がる。
「な、なんだ!? やるか!?」
慌てふためく海賊たちをよそに、
「どうやら誠意を見せないといけないようだな……」
纏めていた後ろ髪を下ろす。
華が開くようにふわりと舞う髪。
「……きれいだ……」
戦いを覚悟し血気盛んな男たちの心を奪う。
乙姫は次に籠手を外した。月明りの下に生える白い肌。男では絶対にありえない華奢な指。
「……」
ごくり、と海賊たちは生唾を飲み込んだ。所作一つ一つに目が釘付けになる。
今度は胴丸を外す。着物の上からでも僅かな膨らみがわかる。
「誠意ってのは……つまり、そういうことなんだな!? そういうことなんだな!?」
禿げ頭が喉を乾かしながらも大声で尋ねる。
「……」
乙姫は目を瞑り、言葉を発さず、こくりと頷いた。
途端喝采を上げる海賊たち。宝を見つけたように大はしゃぎする。
そのうち一人が、
「なあなあ乙姫様よぉ! 初物か、初物なのか!? その若さならまだだよな!?」
「こらこら、よさんか! どっちであろうと気にしないのが礼儀だぞ」
禿げ頭は制するものの、耳はばっちりと傾ける。
乙姫は答える。
「……あいにくだが夜伽の経験はまったくだ。満足させられるかわからない。だから、好きに使うがいい」
毅然と返すが声はわずかに震えていた。
「はいはいはい! 俺最初! 年長者の俺最初な!」
打って変わって禿げ頭は態度を変える。我先に初物を奪おうとする。
「そりゃねーぜ! 明日の贅沢より今日の食卓じゃなかったのかよ!」
「据え膳食わぬは男の恥だ」
「うまいこと言ったつもりかよ!」
げらげらと下劣な笑い。
乙姫は何も言い返せないまま、脛当てを下ろす。
残す武装は腰に差した海神のみとなった。
竜宮家よりも古く、歴史ある刀。竜宮家を竜宮家たらせる力。
(父上……どうしてこんな大事なものを私に預けたのですか……)
戦場へと赴く父が持っていくとばかり思っていた。
(どうして……一度も抜けない未熟者の私に……)
乙姫は海神を一度も抜いたことがない。仙術を以ても不思議と抜けないのである。
悔しさよりも納得が先に来た。自分は未熟だからと。
(私が持っていても仕方がない……今は許せ、海神……)
手放そうとするがなかなか上手くいかない。
来る恐怖に怯えて武器を手放せないのだろうか。
(未練がましいぞ、乙姫。お前は、島を守ると覚悟したのだろう。あの覚悟は嘘偽りであったか)
降参を承諾させるには武器を置き、身体を許すほかない。
島のためとなるのであれば、どんな犠牲でも厭わないと何度も考えた。
(……これでいい、これでいいのだ……これはきっと、私への罰でもあるのだ)
ほろりと手の力が失われる。
海神が手から落ちそうになるその瞬間だった。
「駄目だぜ、お姫さん。裸になってもそいつだけは手放しちゃあいけねえ」
海神は、まだ手元に残っていた。
華奢で白く冷たい手を包み込む、ごつごつとした汗ばんだ手。
「きっと真面目なあなたのことだ、これが罰だなんだかと思い込んで正当化してるんでしょうが……俺から言わせてもらえば糞食らえですよ」
「お前、どうして、ここに……」
「愚問だぜ。俺はまっとうな人間じゃねえからな。檻に閉じ込めても飛び出てくるのさ」
「そうじゃない、どうして、どうしてここにきてしまったんだ、竜之助……!」
「決まってるでしょう、切りてえものを切りに来たのさ」
竜之助がいよいよ砂浜に立つ。
数で勝る海賊たちに立ちはだかる。
「さあ、あの夜の続きをしようぜ……」
するりと刀を抜いた。




