海坊主上陸
水面に浮かぶ月を飲み込むかのように波立つ浜。
龍神様のへそに打ち付ける波しぶき。
潮騒に紛れる荒海を乗り越えんとする海賊たちの悲鳴。
「もう少しの辛抱だー! 舟にしがみつけ! 振り落とされるな!」
「だ、だめだ、吐く……!」
「吐くなら海にしろ馬鹿!」
櫂も使わずに渦潮の群れを乗り切ろうとしていた。
彼らが乗っていたのは一隻の大船ではなく、せいぜい二人乗りの舟。紐で連結し、縦一直線に進む。
「本当にこの方法で龍神の守りを突破できるのか!?」
「揺れが全体に伝わってないか、これ!?」
「知るかー! 今更後戻りできるかー!」
先頭の禿げ頭が一喝する。
「いいか!? たとえひっくり返っても舟から手を離すなよ!? 離すなよ!?」
「馬鹿はお前だ! 立ち上がるなー!」
禿げ頭が乗っていた先頭の舟がひっくり返る。
「お、おれ、およげな……!」
「もう少しの辛抱だー! 幸いお前の身体は縄で舟に括りつけてある! 息を我慢しろー!」
「ちくしょー!」
渦を乗り越えると舟は加速する。波に乗ったからではない。縄に引き寄せらて陸へと近づく。
そして船底が砂浜に跡を残す。
「着いたー! 竜宮島だー!」
命からがら、はるばる海を越えて、海賊たちは龍神を踏破した。
海を離れて波の届かない渇いた砂浜に飛び込む。喜びのあまりに砂を掴んでは空に投げる。
何かを忘れていることに気付く素振りなし。
「おーい、生きてるかー?」
一人がひっくり返ったまま陸揚げされた舟を引っぺがす。
「なんとか……」
生命力の強い禿げ頭は口、鼻、耳からそれぞれ水を吐き出すとすぐさま立ち上がった。
「お前ら浮かれてるんじゃねーぞ! 長居は無用だ! とっとと奪うもん奪って、とんずらするぞ!」
「そんな命がけで竜宮島にやってきたんですよ? えっへっへ、ちょっとくらいつまみ食いしたっていいじゃないですか」
「お? なんだ? 鍋でもすんのか?」
「ばか! この場合は女に決まってるだろう!」
禿げ頭は一喝する。
「ならん! いいか、よく聞け! 竜宮島の恐ろしさは龍神様だけじゃねえ! そりゃもう練度の高え侍がうじゃうじゃいるんだ! ゴマ粒みたいに見える距離からでもあいつらは正確に矢で頭を狙ってくるんだ! 俺は運よく助かったが、それ以来恐怖で髪の毛が生えなくなっちまったんだ……」
「恐怖関係あるのか、それ?」
「とにかくだ、とにかく! 見つからんうちに宝物庫からありったけの宝を盗むんだ! 急げ、急げ」
カタンカタン……。
暗がりから金属がぶつかり合う音。
海賊たちはその音に聞き覚えがある。
陸上で何度も聞いた、追いかけられた甲冑の音、侍の音。
これが怖くて男たちは海に活動拠点を置いた。
しばらく聞かなかったが、この音を聞くと禿げはしないが身の毛がよだつ。
「話が違う……今は……侍がいないって話じゃなかったか……」
暗がりにぼんやりと浮かぶ明かり。
「火の玉!?」
「ちげえ! あれは提灯だ!」
たじろぐ海賊たち。ちらりと後ろに漂う舟を見てしまう。
「何をやってるお前たち! その腰にぶら下げているものはおもちゃか!」
「そ、そうだ、お前たち! 刀を抜け! ぬけー!」
禿げ頭の指示で海賊たちは刀を抜いた。
明かりの動きが止まる。
海賊たちの目が次第に暗がりに慣れ、明かりの主を捉える。
「鎧に身を纏った……女?」
「驚かせやがって……女一人が生意気な」
切りかかろうとする二人。
「待て、お前たち!」
すると今度は禿げ頭は止めに入る。
「……あいつは竜宮家の女だ……」
「竜宮家の、女……」
ざわり、と海賊たちに動揺が走る。
この海域で竜宮家の伝説を知らぬ者はいない。
龍神様のような古めく正体が謎めいたおとぎ話ではない。
数々の強者が跪く絶対的存在の帝に対し、恐れ多くも楯突いた女傑・甲姫。
「いかにも私は竜宮島守護大名代理、竜宮乙姫だ」
女はなんと恐ろしいことに話し出す。
「乙姫!?」
「つまりあの甲姫の娘か!?」
乙姫は頷いた。
「諸君らに折り入って話がある」
禿げ頭は訊ねる。
「ははははは話ってななななんだよ」
乙姫はおもむろに提灯を置く。
「ひぇ」
それだけの動作で一人の海賊が腰を抜かす。
「……代理ではあるが正式な申し入れだ。諸君らにとっても悪い話ではない」
乙姫は構わずにその場で正座する。
そしてしばらくの沈黙の後に、
「竜宮家は降参する」
降参を申し入れた。




