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竜宮島の乙姫と一匹の竜  作者: 田村ケンタッキー


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33/53

さより

 空は晴天。温度湿度ともに快適で何をしても日和がついてしまう。

 さぞ町は賑わうだろうと思って来てみれば、


「人っ子ひとりいやしねえな。みんな家事で忙しいんですかね」


 先日までの賑わいが嘘のように閑古鳥が鳴いていた。

 竜之助は足枷を鎖を脛に巻き足の甲の上に鉄球を器用に乗せて道を傷つけないように配慮しながら歩く。


「……そうだな。そういう時もある」


 乙姫の答えはそれだけだった。

 どうして町に出歩いていないのか、なんとなく二人ともわかっていた。

 道には人はいないが建物の中には気配を感じる。そして視線も。


「まあ俺としては助かりますね。ご老人が鉄球に躓いちまったら一大事だからな」


 竜之助としてはこの発言は気を遣ったつもりだったが、


「……すまないな、竜之助……すまない……」


 逆効果になってしまった。 


「な、なんで謝るんですか……変な人だ……」


 人が出歩いていないことは竜之助にとっても悪い話ではない。


(あんまこういう姿を子供には見せたくないからな……)


 いたたまれなくて頭を掻いた。


「クワはあかめさんのところに持っていくんですよね?」

「そうだが……?」

「助かるぜ。美人な姉さんは薬よりも怪我に効きますからね。微笑まれたらもーう痛みも吹っ飛んでいくかもしれませんね」

「……私じゃ無理そうだもんな」


 場の空気を和ませようとして放った冗談が滑った。それどころか乙姫の自尊心まで傷つけたかもしれない。


(……調子が悪い……大人しくしておくか……)


 二人はしばらくしてあかめの家に着く。


「着きましたね、ふう……」


 籠を下ろし、ややだらしないが地べたに座る。


「ご苦労だったな、竜之助」

「ここまで来てなんですが後は頼みます」

「中に入らないのか? あかめなら気にしないと思うが、あ、その、なにとは言わないが」

「あかめさんの他にじゃりんこもいるでしょう? イタズラ好きだからな、めたらやたらに怪我をつっついてきそうだからよ」

「そうか、わかった。だが中に入りたくなったらいつでも入ってくるんだぞ」

「そうですね、雨でも降ったらお邪魔しますよ」

「すぐ終わらせる。荷を下ろしてくるだけだからな」

「ははは、積もる話もあるでしょう、ごゆっくり」


 置いてきぼりになる竜之助。少しの合間の孤独。

 ゆっくりと流れていく雲を見上げると時が長く感じられた。


(……居心地が悪いな)


 ここ最近は常に傍らには誰かしらが立っていた。じろじろとした監視の目やひしひしと伝わる緊張には仕方なしとはいえ困ったものなのだが話し相手には困らなかった。

 離れたからこそ気付く、他人の存在のありがたみ。衣食住への感謝は忘れないのに。


(……いかん、いい大人がなに人恋しくなっていやがる)


 日に日に弱くなっていくのを感じる。身体も、心も。

 鍛錬から日々遠のいている。生きるだけ、それだけの目的に絞っていたため、全盛期の頃より衰えてしまっている。


(お師匠様の修行は厳しかったが飯はしっかりと食わしてくれたんだよな……絶食の修行の時は除いてだが)


 服の上から腹をつねる。


(皮だ。苦戦は必須か)


 忘れてはならない。この島への滞在が許されているのは戦力のためだ。この地上で最も極楽に近い土地が脅かされている。

 善意でこの大罪人を生かしておくほど、この島はお人好しじゃない。

 助けられた分、食った分は働かなくてはいけない。

 乙姫の実力は相当なもの。浦島も気に食わないが実力を認めなくてはならない。

 そこに自分がいる。戦う時に枷を外してくれるとなれば必ずや戦力になってみせる。足手まといにはならない。


(そしていざとなれば盾になってでもお姫さんを──)


 すると突然声が降りかかってくる。


「おい、立て」

「もう用は済んだんですか、お姫さん」

「やれやれ、切り傷で朦朧としているのか? もっと深く切り込むべきだったな」

「いや……このいかにも人を見下したぶしつけな物言いは、浦島か」


 不意打ちで襲い掛かってきた浦島が話しかけてきた。いつもの鎧姿に籠を携えていた。


「今すぐ私と共に来い」

「え? やだ」

「……なに?」

「……なに? じゃなくてさ。当たり前だろ。俺、お前、嫌い。俺ここでお姫さん待つ」

「なるほど……お前はこの場で切られたいのだな? だったらお望み通りに今すぐ楽にしてやる」

「不意打ち以外で俺に傷つけられねえ雑魚が粋がってんじゃねえぞ」

「辞世の句か? 文字数くらい合わせろ」

「これのどこが辞世の句に思えるんだ、能無し」


 浦島の刀が日の光を浴びるその時、


「ちょっと! 二人とも! 人の家でなにやってんの!」


 天から降り注ぐような声量で叱られる。

 否、声は下から轟いていた。


「す、すまねえ、かれい。俺とした大人げがなかったぜ」


 殺気立った二人を止めたのはまだ幼いかれいだった。背中には下の子を背負っていた。

 しわくちゃな顔がさらにしわくちゃになり、しまいには泣き出した。


「ほら、二人が騒ぐから泣いちゃったじゃない!」

「いや、たぶん、お姉ちゃんの声にびっくりしたんじゃ──」

「言い訳しないの!」

「ご、ごめんよー、よちよち泣き止んで。驚かしてごめんねー、このおばさんがちょっかい出してきてだな」


 あやしながらも責任転嫁を忘れない。


「あぁ? おばさんだと?」


 喧嘩の火はなかなか鎮まらない。


「ひとまず決着は後にするとして、お前が俺に何の用だ」

「緊急事態だ。人が要る」

「つまり、お前が俺に力を借りるってことだろ? いやぁ信用ならん! なんで今更この俺に助けを求める!」

「力を借りるつもりもましてや助けを求めるなんて一言も言っていない。ただ、人が要ると言っただけだ」

「ああ言えばこう言う野郎だな、その鼻、鉄球で低くしてやろうか」

「はいはい、竜之助も落ち着いて。浦島様、なるべく本題は早く話すべきかと」

「話すよりも見てもらったほうが早いだろうな。ここに来るまでの道にこれが落ちていた」


 それは持っていた籠。

 真っ先にかれいが覗く。


「これって……葉っぱ? とっても良い香りする葉っぱだね」


 続いて竜之助も覗く。すでに嫌な予感がしていた。


「こりゃあただの葉っぱじゃねえ。山菜だ。どれも収穫時期の……今朝採れたものだ。この持ち主はきっとさよりのばあさんだ。これをどこで拾った」

「屋敷の前だ。ついさっき見つけてきた。屋敷の中を探してみたが彼女の姿はなかった」

「なるほど、緊急事態だ。今すぐ行きたいところだが……待ってくれ」

「どうしたの、竜之助。すぐに行かないの?」

「まずは確認だ。やっぱりここは譲れねえ。どうして俺なんだ? そしてどうして姫さんに相談しない?」

「ふん、部外者のお前にはわからないだろうが姫様は忙しい。お前はここで姫様を待っていたのだろう? しかし不思議に思わなかったか? 籠を下ろすだけに時間がかかりすぎだって」

「そ、そりゃ、そうだが」

「あ、ちょっと私もおかしいって思った。お母さんが私に子供を任せていい天気だから日の光を浴びさせないって言ってた」

「ははっ、どうやらかれいのほうが察しがいいようだな」

「茶化すな。つまり、大事な話の最中ってことだろう」

「ちなみに私は何を話しているかわかっている。だが部外者のお前には絶対に教えないけどな」

「はいはい、口がかたいってのはいいことだ。もう慣れっこだ」

「わかってくれたかな? それではもう一度聞こう。ついてきてくれるかな」


 浦島の問いかけに竜之助は答える。


「嫌だね」

「竜之助!?」


 かれいはまさかの答えに驚く。

 竜之助は立ち上がり、続けて答える。


「お前についていくんじゃねえ。ばあさんを助けに行くんだ」




 捜索の道中にさよりの屋敷に立ち寄る。


「ここに籠が落ちていたんだ」


 指さした場所には山菜の端や乾きかけの僅かな泥が落ちている。証言は嘘ではない。


「屋敷の中はきちんと見たんだよな?」

「ああ、もちろん」

「俺も見ておきたい」

「金目の物を盗むつもりか?」

「疑うんであればあとで服脱いで尻の穴まで覗かせてやるよ」

「……盗めるものなんてそもそもない。落ちぶれた武家屋敷だからね」

「……家が落ちぶれたかどうかは本人が決めるもんさ」


 竜之助は門をくぐる。


「ばあさん、邪魔するぜ!」


 辺りを見渡す。

 屋敷の内側は門前と同様に華やかさはないものの小奇麗に整っている。一日放っておくと畑になるような雑草もきちんと根こそぎ抜かれ庭園の形を保っている。


「肝心のばあさんの姿がねえな……他に人の気配もない……」


 地面を確かめても手掛かりになるような足跡はなかった。


「ばあさん! 帰ってきてるなら返事してくれ! 昼寝してるのか、ばあさん! あがるぞ!」


 大声をあげながら玄関から上がる。

 屋敷内も一人暮らしの年寄が暮らしているには十分すぎるほどに整理されていた。天井に蜘蛛の巣どころか埃も見当たらない。掃除が行き届いている。


「生計を立てながら女一人で家を守る……なかなかできるもんじゃねえな」


 しかしやはり老婆の一人暮らし。畳の上を歩いているとぐにゃりと柔らかい感触。


「こりゃ床下がシロアリに食われてるな……急いで直してやらんと。でもまずはばあさんの無事を確かめてからだ」


 それから母屋だけでなく納屋もくまなく探したが発見には至らなかった。

 長居していられないと早々に切り上げて門の前に立つ浦島に合流する。


「探し物は見つかったか?」

「だめだ、ばあさんは見つからなかった」

「おや、てっきり鍵を探し回ってるのかと思ったよ」

「鍵ぃ?」

「彼女は牢屋番。昔から鍵を管理している。牢屋や拘束具のね。こっそりくすねようとしなかったのかい」

「全然思い付かったぜ。咄嗟に出てくるなんて浦島様も悪ですねえ」

「いやいやお尋ね者ほどではないよ」

「どうする? 尻の穴見とくか?」


 竜之助が尻を向けると浦島は無言で踵を返した。



 

 浦島は腕を組んで森を見上げる。


「さて、山に来たものの途方もないな」


 老婆を二人だけで捜索するなんてそもそも無謀な話。島民を集めて手分けして探すべきだが彼女たちにも生活がある。それに山の中を探し回る経験と体力が少ない。新たな遭難者になるやもしれない。


「そうだ、試しに地面を嗅いで匂いを辿れないかい」

「おいおい、人を犬扱いしてくれてんじゃねえよ。そうだ、じゃねえよ」

「なんだ、できないのか。役立たずめ」

「役立たずかどうかは俺の働きを見てからにするんだな」


 竜之助は道端の藪を押し上げ地面を凝視する。


「……ここは通り過ぎた後だ。もう少し先へ進もう」

「は? 何を根拠に言ってるんだい」

「山菜が収穫された跡がある。俺は朝のうちにお姫さんとここら一帯を巡回済みだ。体力のないばあさんのためにあえて採りやすい場所は残してある。へへ、さっそく手がかりを見つけたぜ。さすがはお姫さんだ。あの人の人徳は本当に人を救うんだ」


 胸がじんわりと温かくなる。真冬に飲むお汁粉や甘酒みたいに心まで溶かしそうだ。


「おっと、しんみりしてる場合じゃねえ。先へ急がない──」

「竜之助」


 迂闊。竜之助は浦島に背後を取られていた。


(しまった、また切られる……!)


 急いで真正面を向き直すも浦島は刀を構えていなかった。


「これをやる」


 彼女が鍵を渡してくる。


「足枷の鍵だ。一時的にだが外してやる」

「お、おう……」


 どんな風の吹き回しだと返してやりたかったが咄嗟の、予想外の出来事に何も言えなかった。


(これは信頼の証として受け取っていいんだろうか……なんだ、意外とかわいいところあるじゃねえか)


 鍵を鍵穴に挿して回す。足から重みが消える。

 浦島に一言礼を言おうとした竜之助だったが、


「これで一勝だな」


 浦島が突然勝利宣言を出す。


「は? 一勝だ?」

「さっき、背後を取られていたよな?」

「そ、それがどうしたよ」

「よかったな、命拾いして。心の広さに感謝するんだな」


 ふふん、と悦に浸る。


「……やっぱ可愛くねえわ、こいつ」


 改めて気に食わない、気が合わないと思った。




ぱちーん!


肌と肌がぶつかり合う音。


「ちっ……これだから山は……!」


舌打ちして苛立ちを見せる浦島。耳元にちらつく羽音に手が出るも成果はなかった。

甲冑を着たまま山中を歩き回っているので鎧の下は汗でとっくに蒸れていた。

疲れこそは見せないものの、若さゆえに忍耐が些か足りない。


「まだ見つからんのか、竜之助! こんなみみっちい探し方で見つかるのか!」


順調に思われた捜索はここに来て遅れが生じる。


「仕方ねえだろ、これが今できる最善の策だ」


仕方ない。自分で言っておきながら嫌悪する。

竜之助は焦っていた。さよりの無事も確認したい。そして#誰が連れ去ったのかも__・__# 。


(ばあさんが野生動物に攫われたとは考えられない。この島に熊はいない。もしも仮に島民の知らぬ間に上陸してたとしても必ず痕跡が残るはずだ。本来のご馳走である山菜を食い荒らした跡や、ばあさんを襲った跡だ。なのに籠は使い古した傷だけで目新しい傷はなかった。となると誰かが人為的にあそこに置いたこととなる。その経緯や理由はわからない。わからないが……まずはばあさんの無事を確認するのが先決だ)


必死に地面を探る。売れば高くつく山菜にも目も暮れず。


「ちっくしょう!」


苛立って地面を叩く。


「まだまだ採れる場所があるのに……残っていやがる……」


ただの山菜採りであれば喜ばしいことだが今は違う。

すなわち手がかりが途切れた絶望の瞬間。


(年齢と体力を考慮してももう少し先へ行けるはず……しかしここで闇雲に進んでは駄目だ……)


冷静に冷酷に決断する。


「……一旦途切れた場所に戻る」

「なに、今更か」

「……しかた……そうするしか手がねえ。もしかしたら別の道に穴場があるのかもしれない」

「ちっ……埒が明かない……」


浦島は竜之助を追い越して道の先へと進む。


「お、おい! お前どこへ行くんだよ!」

「僕は僕で探させてもらうとするよ」

「俺の監視はいいのかよ!」

「勝手な真似をすれば僕が直々に手を下してやるまでさ」

「勝手な真似してるのはお前のほうだろ!!」


手分けして探すのは愚策ではない。愚策ではないが、


「野生動物に出くわすなり滑落したり問題が発生したらどうするつもりだ……」


仙術使いである浦島が後れを取るとは考えづらい。

小さくなっていく浦島を見送った後に、


「……あとで助けを求められても知らんぷりするからな」


浦島が離れることはそれはそれとして竜之助にとっては幸運でもあった。


「いつ背中からばっさり切られるかわかったもんじゃねえからな……これでばあさんに専念できる……」




手がかりが途切れた場所まで竜之助は戻ってきた。


「さて、戻ってきたは良いものの……」


地面はくまなく探したつもりだ。


「少し目線を変えるか……」


監視下ではできなかったであろう木登りを始める。


「とりあえず上から見てみるとしよう」


下からではわかりづらい、屋敷からの距離を測るためにも、また山の地形を把握するためにもまずは上を目指す。

足枷が外れたおかげでなんなくてっぺんにたどり着く。上りやすさを重視し高さは物足りなかったが目印となる景色が見えた。


「あっちが砂浜で、あっちが城と……太陽は……今のだいたいの時間だと傾き始めてるからあっちが西で合ってるな……にしてもでっかい島だな」


四方八方を海に囲まれた孤島にしては壮大で、閉ざされた感覚がまるでしない。


「おっと、せんちめんたるになってる暇はない。ばあさんを探さないと」


方位を確認した後に辺りを見渡す。

すると人影は見つからなかったものの、現在地からそう離れていない距離に怪しい場所を発見する。木の陰に隠れているが竜之助の目は誤魔化せない。

新たな手掛かりを発見したが素直に喜べない。


「……また、洞穴か」


新たな暗闇の中に光はあるか。




 竜之助は嫌がる足をなんとか前に進ませ早速発見した洞窟の前までやってきていた。人工的ではない自然と偶然によって生まれた洞窟。祀られているような神聖さはなく、島民すら知らぬような、見捨てられたような不気味さ、不吉を感じさせる。中から冷気が吹き込んでくる。汗ばむ首元を冷やす。

 根拠はないが勘が囁く。


 この中に誰かがいる。


 それがさよりなのか、または見知らぬ誰なのかはわからない。


(行くしかねえか……)


 明かりのない洞窟の中に意を決して飛び込む。武器も明かりすらもない丸腰のまま。

 ひんやりと冷たい岩壁を頼りに伝っていく。


(頼むから一本道であってくれよ……このまま迷子になって孤独と寒さで死んでしまうのはごめんだぜ……)


 不安は杞憂に終わる。

 洞窟は見た目の印象よりも深くはない。すぐに奥が見えてきた。

 光も見えてきた。

 ゆらりゆらりと静かに揺れる火の明かり。

 鉄球を外したおかげで足音を殺したまま接近できる。

 灯されたろうそく、そして倒れた人。

 エビのように丸まった背中。目を凝らすと白髪交じりの老婆だとわかる。


「ばあさん! さよりのばあさん!」


 慌てて駆け寄るその時、


「うわあああああ!!」


 暗闇の中から、真後ろから男の声。さよりの所持していたナタを両腕で振り上げていた。


「こんな時に邪魔してくれてんじゃねえ!」


 竜之助は身を屈めながら素早く振り返る。

 そしてナタを振り下ろされる前に男のみぞおちに肘打ちする。


「か、あ……!」


 ナタが手から落ちる。

 無力化したが竜之助は手を緩めない。

 男の首を掴むと岩壁に押し付けた。


「おい、てめえ、なにもんだ」

「げほ、げほ……!」


 男はみぞおちに肘打ちを受けた影響がまだ残っている。

 しかし竜之助はお構いなしにあらっぽく、空いてた手で男の前髪を掴んで揺らす。

 男はうすくらい洞窟の中でも竜之助の凶悪さに顔を引き攣らせる。


「……目が見えてるってことは島の人間じゃねえよな。怪我や病気でもなけりゃ禿げた年寄だって駆り出されてるんだ」

「ま、まて、話を聞け……」


 顔つきは若い。成人済みの男に見えた。着た衣服は海辺に流れ着いた物を拾ったかのようにオンボロ。痩せてはいるが筋肉質だった。

 自分が言うのもなんだが、ますます怪しい。


「話は後で聞く。お前を締めてから遅くはない」


 首を絞める力を強めると男は苦しみながらも慌てて弁明する。


「待て待て待て! 俺は、この島の住民だ。戦場に行くのが怖くてずっと隠れていたんだよ!」


 竜之助はわずかに力を緩める。


「証拠はあるのかよ?」

「証拠は後で見せる……それよりも話を聞けよ、俺の……」


 男は息を整え、


「ふー……はー……」

「それで話ってのはなんだ」

「話かい、話ってそりゃ……」


 ニヤッと笑う。


「そこのばあさん、放っておいたら死んじゃうよって話」

「なにっ」


 竜之助は振り返る。


「う、うう……」


 さよりは呻き声を上げて震えていた。


「隙有り」


 目下で男の足が素早く動く。

 竜之助は金的を警戒して脛で防御する。


「ぐうう!」

「あ、君強いね。手に負えないや。ずらかろずらかろ」


 竜之助の実力を瞬時に見抜いた男は手を振り払うと早々に洞窟から退散する。


(あの動き、手練れに違いない。傭兵か、なにかか……)


 分析を進めたかったが今はそれよりも優先すべきことがある。


「ばあさん、無事か! 悪いがちょっと体を動かすぞ」

「う、うう、あなたは……さっきの……」

「喋らなくていい! 自分の体の心配だけしてろ!」


 さよりは腹に切り傷を負っていた。ボロ布のような包帯に血が滲む。滲み方から浅く、長い切り傷とわかった。決して揉み合いになってできるような傷ではない。


「……あの野郎の仕業だな……」


 思わず殺気立つ。地獄の果まで追いかけて後悔させてやろうかと行動に移してしまいそうになる。

 しかし今はそれよりも優先すべきことがある。


「ばあさん、ちょっと痛むぞ」


 大量の汗をかき呼吸の荒いさよりを背負い、高温のろうそくを手に握る。


「う、ううう!」

「痛むか、すまねえ。でも我慢してくれ。すぐにあかめさんのところまで連れて行ってやる」


 明かりを手にしたとはいえ、手練れの男がいつ襲いかかってくるかわからない。

 慎重にそれでいて急いで洞窟から脱出する。


「待ってろよ、ばあさん。すぐだ、すぐに着く」


 竜之介は焦る。耳元の老婆の呼吸に荒々しさが消え、静かになろうとしている。


「ばあさん、しゃきっとしな。怪我治ったらやることがいっぱいあるんだろ。屋敷を見てきたぜ。どこ見てもぴっかぴかでよ、驚いちまったぜ。でも床下が腐ってただろ、あれは直さなくちゃだろ」


 声をかける。それで命が吹き込まれるわけでもないとわかっていながらもそうせずにはいられなかった。


「……ありがとうねぇ……竜之助殿……でもね、私は……あなたが思ってるよりも立派な……人間じゃないのよ……」

「返事してくれなくたっていいんだって! 話し相手欲しさに話しかけてたわけじゃあねえ!」


 洞窟の出口、光が見えてきた。そう安心するのもつかの間、


「いっつっ!?」


 足裏に激痛が走る。

 暗くてわかりづらかったがマキビシが撒かれていた。


「来るときはなかったのに……! あの悪趣味な男の仕業か……!」


 痛みに耐えながらも光に向かって進む。

 竜之助は必死だった。受けた恩関係なしに背負う老婆を助けたかった。

 いつの日か叶わなかった無念をここで果たそうとしていた。


「……無理しないでくれ…………私なんかのために……」

「だから喋るなっての! 年寄ってのはおしゃべりだな、ほんと! ちょっとは我慢しろ!」


 こんな暗くて寒い、不気味な場所で人は死んではならない。


「竜之助殿…………お願いが…………あります……」

「お願いだぁ!? 聞いても叶えはしないぞ、俺は! 俺はあんたが思ってるよりも立派な人間じゃないからな!」


 こうして懸命に人助けしてるように見えるが違う。結局は自分のため、心のために動いている。


「こう見えて何人も殺してきてるんだ、だから、だから……」


 願いを囁き終わるとさよりの腕はだらんと力なく垂れる。


「……最後まで……人の話を聞かねえばあさんだ……」


 枝の間から眩い光が降り注ぐ。

 さよりは光を見上げることはなかった。

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