山の幸
朝餉はいつも通りに出される。今朝はおにぎりに沢庵と軽め。拘束具が増え、身体の負担に合わせて量が増えるというわけではなかった。それでも竜之助は文句ひとつ言わず、むしろ出されることに感謝しながら、
「いただきます」
手を合わせて頂く。
腹ごしらえした後に、
「今朝はまず薬草採りに出かけようと考えている。大丈夫か?」
「薬草採りですか。ご存知でしょうか山暮らしの経験がありますからね、多少の自信はありますよ。ただしこの島の生態が海向こうと似ていればの話ですが」
「私はお前の知識よりも体力を気にしているのだ。動けるか?」
「腕のいいお医者様に見てもらったからか、もうバッチリすよ」
「……無理はするんじゃないぞ」
「それよりも薬草たっていろいろありますよ? 何を、どこで採るんです?」
「リュウグウクワの根を取りに竜背山に向かう」
「クワ……クワというと咳の薬でしたっけ」
「さすがだな、竜之助。咳止め以外にも利尿作用がある」
「お姫さんもなかなかの博識で。それにしても山にも竜の名前がつくんですね」
「当然だ。神聖なものには畏敬を込めて竜と呼ぶのがこの島の習わしだからな」
「一応確認しておきますが足場が悪かったりしません? こんななりなんで」
「安心しろ。お前は籠持ちだ。それと猪が出るがなに、私が守ってやる」
「ひゅう、頼もしいぜ」
腹を落ち着かせたのちに早速二人は出発する。
竜の名を冠するだけに山伏が好んで走るような険しい道を想像したが、思ったよりも坂は急ではなく、道も整備されていた。
「ここは子供も散歩に来る人気の場所なのだ」
「確かに。のんびりとしてていいもんですな。海も良かったが山まで良いとは」
「平時であれば子供たちを連れてくるのだが……海と違い、やはり獣がでるからな、大人が揃っていれば思う存分に遊ばせてやりたいのだが」
乙姫が暗い顔をすると、
「……この島のガキは贅沢だなあ」
竜之助はぼやく。
「……贅沢?」
「海だけでなく山まで遊び場所があるなんてよ。海向こうでは考えられませんよ。贅沢贅沢。少しくらい我慢を覚えたほうがいいですよ」
「……ふふ、竜之助はおかしいことを言うな」
しばらく歩いた後に、
「そろそろ休憩するとしよう」
巨大な杉の木の下で乙姫が足を止める。
「もう休憩ですか? 俺はまだ行けますよ」
歩き始めてから数分の出来事。
「無理は禁物だ。それに早起きした分、時間に余裕がある。ゆっくり、のんびりと行こう」
杉の木の根に乙姫は腰を下ろす。
「そういうことでしたら遠慮なく」
竜之助は杉の木に向かって両手を合わせ一礼してから木の根に腰を下ろす。
「今のはなんだ、竜之助」
乙姫は前のめりになって聞く。
「えっと、ただの挨拶ですが」
「挨拶?」
「見てくださいよ、この木。立派でしょう? となると神様でも宿ってる感じがしませんか? わかります?」
「わかるとも。島でも木を伐採するときは祈りを欠かせないものだ……なるほど。竜之助はものすごく丁寧なんだな」
乙姫は腰を上げると竜之助を真似て手を合わせて一礼する。
「俺が立派じゃないんですよ。お師匠様の教えですよ」
「驥を学ぶは驥の類」
「……なんですか、それ」
「父上の読んでいた書物の一文だ。子供の頃に読んでいたために全文や書物の題名は覚えていないが肝心な意味は教えてもらったから覚えている。驥とは千里も走ることができる名馬のことだ。つまり名馬を真似ていればそれは名馬の仲間入りということ」
「とんでもねえ。仙人の教えを守っていれば仙人になれるなんておこがましいですよ」
「でも教えを守るのは大事なことだぞ。その教えはとても良いものだと思う。竜之助はその教えを直々に仙人から教えてもらったのだな。贅沢者め」
ふふふ、と柔らかに笑う乙姫。
「教えてもらったといいますが頼んだわけでもねえですし、身体に叩き込まれたってのが正しいんですけどね!」
竜之助は顔を赤くして立ち上がる。
「さあ、もう充分に休んだでしょう! 先を急ぎますよ!」
乙姫は立ち上がり、ゆっくりと追いかける。
「はいはい、わかったわかった」
朝特有の爽やかな風が吹き、杉の枝を揺らす。
リュウグウクワを籠半分ほどに入れると乙姫は道具を片付け始める。
「もう終わるんですかい。籠いっぱいに入れてくれたって俺はへっちゃらっすよ」
「実は薬草以外にもついでに山菜を採ろうと思ってな」
「山菜! いやぁ実はずっとあやしいところに目星をつけていたんですよ」
竜之助は垂れた藪をひょいと持ち上げる。
「ほおら、俺の勘通り!」
山の経験を生かし早くも山菜を発見する。
「あ、待て、竜之助──」
「これ。ここに。ここにも。なんだ、ここは天然の山菜畑か~? おお、竜宮島では今の時期にこれが採れるか。知ってます? これなんて海向こうでは高く売れて……」
ようやく気づく。
乙姫は寂しそうな表情を浮かべていた。
「……もしかして採っちゃいけない仕来りがありました?」
「いや量を守れば誰でも採ってもいいことになっている。だが竜之助。お願いだ。これは竜宮家からではなく私個人からのお願いだ」
「というと?」
「ここでは採らずに、もうちょっと奥、道から離れた場所で頼む。理由は聞かないでくれ」
「……それくらいお安いご用ですが」
竜之助はひとまず絶好の天然畑を離れ、別の場所を探す。
結局最初に見つけた穴場よりも良い場所を見つけられず、山菜はほとんど採れなかった。
「よし、そろそろ引き上げるとしよう」
にも関わらず乙姫はさっぱりとした面持ちで引き上げる。
(今からでももう一度穴場に行きませんか、と言える空気ではないな)
明るいのが逆に怖い。
空気を読んで大人しく軽めの籠を背負う。
しばらくして穴場を手つかずにした理由を知ることになる。
二人が山を下りていると、向こうから一人の老婆が歩いてきた。
「さおり殿じゃねえか。一人かい」
曲がった腰に似つかわない籠を背負っている。
「姫様、竜之助様、いまお帰りですかい」
「ああ、もう引き上げることにした。さおりはこれからか」
「ええ、これから山菜を採りに行くところです。ですがお若いお二人に先を越されたとなるともう残っていませんかもしれませんね」
あえて穴場を手つかずに謎が解ける。
「おう、そんなことはねえぜ。なぜならおひめさんがあああん!?」
突如脇に刺さる手刀。
「くれぐれも……無理はするなよ」
「お気遣いありがとうございます」
お辞儀をしてすれ違おうとする二人。
「待ってくれ、さおりのばあさん。あんた一人かい」
竜之助は親切心からつい、でしゃばってしまう。
「ばあさんが山に一人でって危ないに決まってるぜ。家族は? 友達と約束したりしてないのか?」
さおりはえっへっへと笑う。
「お気遣いありがとうございます。でもずっとこうしてきて慣れっこですので」
「慣れっこ、だからって」
「すみませんね、先を急ぎますので。早く行って早く帰らないと日が暮れてしまう。こんな年寄りに気をかけてくれて悪いね」
籠を背負い直し、改めて乙姫に一礼してから山奥へと向かう。
乙姫は目で追うことなく、見送ることなく、山を下り始めた。
「ちょ、ちょっと姫さん!」
さすがの竜之助も踏み込んでいく。
「いいんですか、ばあさん一人ほうっておいて」
「あれが彼女の仕事なのだ。この山についても島で一番知り尽くしている」
「いやいやどう見たって危ないでしょ」
「危ないのは百も承知。だけど島に住むためにはそうするしかないのだ」
声がわずかに震えている。
「……愚問でしたな」
出過ぎた真似を猛省する。
(お姫さんは聖人のように振る舞っているが聖人ではないんだな)
乙姫のこと、島のことを知ったようで知らなかった。ここは楽園に近いが楽園ではない。
「……見損なったか」
乙姫は島に誇りを持っている。だからこそ直そうにも直せない弱点にぶつかると真に心を痛めてしまう繊細さを持っている。
「……まさか」
だけどそれはつまり弱さに寄り添える心を持っていること。正義感の証明でもある。
「お姫さんはお姫さんが為すべきことを為すべきです。ばあさんのことは、無事を祈るとしましょう」
竜之助は籠を背負い直し駆け足になって乙姫を追い越す。
「さっさと今日の仕事を終えて、ばあさんの手伝いでもしましょうぜ!」
「お、おい! 無理するな! 傷が痛むぞ!」
「と言った側から痛くなってきました!」
元気なのは最初だけ。すぐさまその場にうずくまる。
「お姫さん、さっきの手刀、もっと手加減できなかったんですか!?」
必死の形相で訴える。
あまりの必死さに、
「……ふふ、やはり竜之助は面白いな」
乙姫はおかしくて笑い出してしまった。
「いや、わらいごとじゃないっすよ!?」




