朝と夢
竜之助は夢を見た。ぐっすり眠るか、意識を保ったまま目を瞑るだけの生活が続く彼にとって夢を見るのは珍しい。
久方ぶりに見る夢はどれだけ頓珍漢なものか。なんてことない、ありふれた夢だった。空を飛んだり、奇妙な動物に出会ったり、キツネにつままれたような不思議な体験はない。
人と人が出会い、ありふれた営みを行う夢。そう、淫夢である。
登場人物は夢の主である竜之助、そして相手は乙姫だった。
ぼんやりと白い霞がかった空間。そこに二人だけいる。
「お姫さん、ここはどこですかね……」
戸惑う竜之助。
しかし乙姫は微笑むだけ。
そして微笑みながら竜之助の足元でしゃがみ込み、着物を剥いでいく。
「お、お姫さん、だ、だめです、あっ、あっ、あー!」
あともう少しで手が触れようとした瞬間、夢から覚める。
「……………………なんてベタな夢を見るんだ、俺は」
そして恐る恐る股間を見、
「……………………どうしよう」
頭を抱える。
これまでの人生、ここまで危機的状況に陥ることはない。武器がない状態で山賊に囲まれたり、滝壺にまっさかさかに落ちた時もなんとかなってきたが、これはどうしようもない。まるで打つ手がない。
「か、紙……どこかに紙は落ちてないか!?」
「雑巾でよろしければありますよ」
「おう、これはありがてえってきゃーーーー!? 誰ー!!!???」
雑巾を受け取った後に悲鳴を上げる。
「申し遅れました、牢屋番を任されてますさよりでございます」
「さより……あぁ、あの立派な屋敷の……」
やけに寂しい町の唯一の一軒家。気品さよりも清貧を感じさせる、主ではなく従者と竜之助は考えている。
牢屋はあの町の近くに位置する。あの家が見張り番を担っていると考えるのが自然。
「狭く暗い場所でしたが、ゆっくり寝られましたかな」
「ええ、そりゃ……まあ……」
年老いた婆さんだからか、自然と話しかけてくる。
竜之助としてはありがたいようなそうでもないような居心地。
「ここに水桶を置いておきます。用が済みましたら雑巾はそこに入れておいてください」
腰が曲がっていながらもてきぱきと仕事をこなす。ゆっくりなようで的確に効率よく動く。そのおかげか、天然の牢屋にしては清潔を保っている。
「もうしばらくしたら姫様がいらっしゃると思います。お食事は姫様が直々にお持ちになりますので」
用が済むと、牢屋に入った相手に対して深々とお辞儀をする。
去ろうとするさおりを竜之助は咄嗟に呼び止める。
「ま、まった、ばあさん!」
「何か用がございますか?」
「用ってほどではないが……その……今朝見たことは忘れてくれねえかな」
大の大人が思春期の少年のような失態をしでかした。寝小便のほうがまだまし。
「一生のお願いだ! 特に、お姫さんにはご内密に……!」
土下座して頼み込む。男としての尊厳を守るためにも別の尊厳は代償にしなくてはいけない。この世は非情である。
しかしこの世も捨てたものではない。
「はてさて……何のこと仰ってるか皆目見当がつきませんな」
「ばあさん! 恩に着るぜ!」
と一安心したのもつかの間、
「朝から何を騒いでいるのだ、竜之助」
「げええ!? お姫さん!? もういらしたのですか!?」
後片付けも終わる前に乙姫が到着してしまう。
「それでは私はこれで」
さおりは一礼する。
「うむ、お疲れ様」
乙姫は手を振って見送ったのちに、
「お前が腹を空かしてると思ったので早めに来たのだ」
「お気遣いは有難いんですけどね……!」
空気を読んで欲しい。なんてのは無理なお願いだ。
乙姫は鼻を鳴らす。
「うん? なんだかこの部屋、臭わないか? 草を刈った後のような匂いがする。昨日はしなかったよな?」
「お姫さん! すいません! 今朝がたちょっと戻してしまいましてね! 今、掃除しますので外で待っててくれませんかね?」
「やや、体調がすぐれないのか? ならば休んでいろ。掃除なら私が代わりにしてやってもよいのだぞ」
「本当に! いいから! そういうの!」




