竜之助の新天地
「これでしばらくは大丈夫でしょう」
包帯を巻き終えたあかめは道具を片付け始める。
「有難い。だいぶ身体が楽になった」
腕をぐるぐると回す竜之助。だが本人の元気さとは裏腹に身体には根深く傷が残っており、悲鳴を上げる。
「……いだだだだ!?」
「無理はなさらないでください。この島でできる最高の治療を施しました。しかし仙術医療には遠く及びません。無理は禁物です」
「いや、だとしても、大いに助かりました。身体の芯まで貫くような痛みが嘘のようだ。腕は本物のようですな」
「当たり前だ……あかめは竜宮家の典医なのだからな……」
傍らには乙姫もいた。
「どうしたんです、お姫さん。浮かない顔をして。いつも自信満々な島自慢はしないんですか?」
「……できると思うか? お前を、こんな場所に押し詰めておいて」
三人がいた場所は外の光が届かない薄暗い牢屋だった。洞窟を掘り、鉄格子をはめた半人工の牢屋。深手を負った竜之助であれば仙術を以てしても脱出は不可能。
あの時、乙姫は決断した。
竜之助の行動制限をさらに厳しくすると。乙姫の監視がない場合は外出は許されず、また人里へ近寄ることも禁じた。
「まさか殺さず生かすなんてな……お姫さん、どこまでお人好しなんすか」
「お人好しはどっちだ。こんな待遇を押し付けられておいてヘラヘラ笑っているお前が言うな。いくらでも罵倒しても良いのだぞ。あかめも口がかたいほうだ」
「はい、そうですね」
あかめは静かに頷く。
「……ありえませんよ。捨て置きしても死ぬような余所者にここまで手厚い治療を施してくださるんだ。感謝しきれないほどです」
竜之助はやはり律儀に畏まったお辞儀を見せる。
乙姫は最初こそは驚愕し感心したものだったが今は別であり、謝意以外にも別の意図があるように見えてしまう。未だに現実を飲み込めずにいた。竜之助が多くの人を殺めたことに。
「……手配書のことだが、島民にはしばらく伝えないことにした。お前に遊んでもらった子供たちに動揺させたくないからな」
島民だけでなく竜之助をも気遣っての判断だったが、
「それは悪手ですよ」
本人はばっさりと非難する。
「いくら盤石の信頼の上でも胡坐をかいてはいけねえですぜ。こういう嘘や隠し事の積み重ねで万が一の時に麻痺しちまうもんですぜ。俺のことをもうお忘れですか」
「忘れるものか!」
ドン!
乙姫は岩の壁を叩くと洞窟が揺れる。
「……悪かった。口が滑った。謝ります。ごめんなさい」
「……いや今のは私が悪い。上に立つ者として恥ずかしいところを見せてしまった」
謝りはすれど撤回はしない。
「……島民たちも理解してくれるはずだ」
「それならあかめ先生、このお姫さんの判断をどう思いですか?」
「わ、私ですか!? そんな、私はただの医者でございます。姫様の判断に意見など」
「良い。許す。思ったことを素直に伝えよ」
「ええ、ええ……」
正座していた彼女は膝の上をぽんぽんと手で叩いた後に、
「……私は姫様の意見に賛成です。というのも私も二児の母親です。身体だけでなく心の健康も願う身。真実を知った時の衝撃は計り知れないと思うのです。それも命を救ってくれた恩人、竜之助様のことですので」
竜之助はばりぼりと無精ひげを掻く。
「そうかい。それが先生の決断なら尊重するしかねえな。ただし忠告もしておくぜ」
「え? なんでしょう」
「先生のところの娘は賢い。一瞬で何かしらに勘づくだろうぜ。せっかく仲直りしたのにまたヒビでも入ったら」
「……いいえ、竜之助様」
あかめは静かに首を横に振る。
「それも覚悟の上です」
恐ろしいほど真っすぐな瞳をしていた。
「……すまねえ、野暮だったか」
「いえいえ。お気遣い感謝でございます。それでは私はそろそろ上がらせていただきます」
「うむ、大義であった」
あかめは牢屋を出る時も退室するかのように丁寧なお辞儀をしてから洞窟を後にした。
「……あかめ先生、綺麗な人だなぁ」
残り香をくんくんと嗅ぐ竜之助。薬の匂いのはずなのに妙に落ち着く。
「……竜之助、何度でも言うが」
「わかってますわかってますってば。手を出しませんって。それにあの人は抱きたいっつーか癒されたい! って感じの人なので」
「言ってることがよくわからぬぞ」
「これはまあ、男の感覚というか世界の話なので……それよりもお姫さんはいつまでここに? それとも今晩は添い寝してくださるのですか」
「たわけ。私も用が済んだらここを立ち去る。牢に鍵をし、洞窟の入り口に岩で蓋をしたらな」
「岩で蓋!? いやまあ、お姫さんならできるかもしれませんが空気の隙間は作っておいてくださいよ!?」
「冗談だ」
「じょ、冗談か……ふう……」
狼狽してから心底安心する竜之助の様を見ても、乙姫の胸の中はざわついたままだった。
「……なあ、竜之助。お前はどっちなんだ。悪人なのか、それとも善人なのか」
「突然何を聞き出すんですか。そんなの聞かれても答えようがありませんよ。悪なのか善なのか、他人が決めるもんなんですから」
「成程、言い得て妙だな。お前の善悪の天秤は、私なのだな」
なんとも投げ出したい責務。上に立つ者として民のために盾になる覚悟はできているが善悪を決める天秤になる覚悟はできていなかった。民を守るために必要な責務であるはずなのにすっかり抜け落ちてしまっていた。
「喋る元気は残っているか」
「手足を動かすと体は痛みますが口なら一向に構いませんぜ。あかめ先生からもお喋りは禁止されていませんので」
「冗談交じりでもいい。お前の過去を聞きたい」
「冗談交じりでも面白くないかもしれませんよ?」
「それでいい。なるべくありのままを伝えてほしい。私はお前を知らなくてはいけないのだ」
蝋燭の火はじわりじわりとロウを溶かしていく。




