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明かされる事実、乙姫の決断

「そうだ、竜之助。染物屋へ行こう」


 突然の行き先変更。用事を終えて城へまっすぐ戻るはずが寄り道することに。


「お姫さんのような偉い人が寄り道していいんですかい」

「ちょっと見ていくだけだ。それに私ではない、お前のを見るんだ」

「俺のですか?」

「ああ。かれいを助けてくれた礼だ。お代は気にしなくていい。好きなのを選べ」

「俺は別に……着れればなんでもいいんですがね」


 竜之助は衣服に対しては無頓着。恵んでもらった一張羅はところどころほつれてはいるが風邪を引かなければそれでいいといった具合。


「遠慮するでない。むしろ受け取ってもらいたいのだ。島民の命を救った功労者に今の服のままでは竜宮家の名が泣く」


 聞く耳を持たずにずかずかと突き進む乙姫。心なしか浮足立ってるように見えた。


(そういやばあさんが言ってたな。おめかしが好きだって)


 酒を飲まず、おめかしもせず。禁欲を厳守する乙姫にとって着物屋へ訪問する絶好の機会。


「……まあ、見るだけなら行くとしましょうか」


 愉快に揺れる後ろ髪を追いかける。



 町の一角。屋根修理がなく、竜之助が初めて立ち寄る区画。


「愛染算五右衛門紺屋……かたっくるしい名前だな」


 入り口に掲げられた看板を見上げる。達筆な文字で記されている。


「お、文字が読めるのだな」

「お師匠様にみっちり習ってなんとかな。お経くらい難しい字が続くと眠くなっちまうが」


 乙姫が入り口前で声をかける。


「おーい、イルカー! イルカはいるかー!? っふふっ」


 自分で言っておきながら吹き出してしまう。


「その声はお姫様ですかー? も~、人の名前を洒落に使って自分で笑わないでくださいよ~」


 中から若い女の声。

 がらら、と軽快な音を立てて玄関が開く。

 中から堅苦しい屋号から一転、愛らしい女性が顔を出す。

 屋号と同じ藍色に身を包み、海の原の人間にしては豊満な胸を揺らす。


「お世話になっております~、イルカです~。お姫様と、えと、そちらはたしか」

「ああ、こっちはだな」


 乙姫が紹介する前に、


「竜之助です。以後お見知りおきを」


 落ち着いた低い声。刃物のように尖った目つきを抑えて腰を低く、紳士的に振る舞う。


「あー、あの竜之助さんですか~。噂は聞いてますよ。かれいちゃんを助けてくれたんですって。エビス様と言え島外の人なのに、すごいですね~」

「いえいえ、人として当然としたまでです」


 ふふっ、と爽やかに笑う。


 乙姫は早々に竜之助の異変に気付いた。


(さてはイルカのような女が好みだな……鼻の下が伸びてる)


 なんとなしに面白くなく、生け花に使う剣山のような眼差しを向ける。


「今日はどのようなものをお探しで」

「染物であればどんな色も好みですがそうですね、イルカさんのお勧めはなんですか?」

「うちのお勧めとなるとやはり藍色になりますね~」


 展示していた反物を手に取って広げる。


「藍色。竜宮の海によく似た美しい色だ。まるでイルカさんの心のように」

「まあ、お上手ですね~」

「この染物、もしや全部イルカさんが?」

「そうです、私です。といってもまだまだ見習いですが」

「こんな素晴らしい出来で、見習い! 良い意味で末恐ろしいですな!」

「もう、そんなに褒めないでください、照れちゃいます~」

 イルカはポンと肩を叩く。

 

「……えへへ」


 女性からの接触にデレデレする竜之助。


「……ほうほう、そういう仕草が好みか」


 乙姫の視線はさらに砥がれる。

 その視線に気づいてか気づかずか、イルカは乙姫を見る。


「お姫様は何にされます?」

「え、私か!?」


 乙姫は突然話を振られ面を食らう。


「いや私は見に来ただけだ。うん、ますます腕を上げたな、イルカよ」

「見に来ただけですか、残念。せっかくお姫様用に仕立てた着物がありましたのに」

「頼んでもいないのに仕立てたのか!?」

「当然です。お姫様なんですから常日頃から見た目麗しい恰好をしてもらわないと。甲冑なんて不恰好、今すぐ脱いで、ささ奥のほうへ」


 手招くイルカ。染物の腕は確かなうえに商売上手でもあった。

 吸い寄せられそうになったが乙姫はぐっと堪える。


「……いや、やはり、できぬ。今は我慢の時。私ばかりが贅沢はできぬ」

「……ちょっとくらい贅沢しても誰も責めたりしませんよ?」

「いいや、責める。他でもない、この私がな。わかってくれ」

「……そういうことならそういうことにしておきましょうか。気が変わったらいつでも声かけてくださいね」


 沈痛な空気になりかけたがイルカが気を利かせて場を明るくする。


「そうです、竜之助様。羽織はお持ちですか?」

「羽織は……さすがに」

「そう、もったいない。竜之助様は肩幅があるので良く似合うと思うんですけどね。女の子の目を惹きつけること間違いなしですよ」

「む、それはなかなか魅力的だな……だがしかし羽織といえば礼服。着る機会があるとは」

「そこはご安心を。普段使いも考慮した意匠にしておきますので」

「それに値が張るだろうし」

「月々の分割払いも対応しております。署名と血判があれば誰でも!」

「……ひ、ひとまずこの話は持ち帰っていいだろうか?」

「前向きの検討よろしくお願いします~」


 イルカの圧に負けた竜之助は口説きもそこそこに尻尾を巻いて逃げ出した。




「あのままでは羽織だけでなく振袖も買わされていただろうな」


 城へ向かう山中。染物屋の出来事を振り返っていた。


「違いねえ。あれは相当の口達者。一筋縄ではいかぬだろうな」

「……一筋縄ではいかない? よもやまだ諦めていないのか?」

「ったりまえっすよ! あんなかわいこちゃん島外でもめったにお目にかかれない!」

「夢を見るのは自由だが、早々に諦めたほうが身のためだぞ」

「む、まさか恋人がいるんですか」

「いや恋人はいない。婚約者もな」

「じゃあ問題はないですね」

「それがあるんだ。彼女には意中の相手がいる」

「あんな可愛い子を放っておくなんてろくな男じゃねえな」

「それまた男ではないのだ」

「男ではない? どういう意味ですか?」

「……彼女の思い人は、浦島だ」

「浦島! またあいつか! いつも俺の邪魔ばかりしやがって!」


 道端の真っすぐに伸びた杉の木をばしばし叩く。


「今回は悪くないだろう。それに惚れたきっかけも悪気はない。イルカが山の中で染物の原料集めをしている時にイノシシに襲われたところを通りがかった浦島が助けたのがきっかけだ」

「むむむ……じゃあイルカちゃんがああやって商売していられるのも浦島のおかげってことか……」

「そうなるな」

「ぐぬぬぬ……ぐぬぬぬぬ……」


 腕を組み犬のように唸った後に判決を下す。


「……今回ばかりは許す!」

「おっ、大人になったな」

「だがイルカちゃんは俺がもらう!」

「……そこは譲れないんだな」

「むしろ好機と捉えるべき。叶わぬ恋、寂しさも募るだろう。そこを優しくすればちょちょいと」

「悪い人間だな、お前は。心ではなく、頭がな」


 呆れた乙姫は先に行く。

 竜之助もついていく。

 その時、顔の前を木の葉がひらりと舞いながら落ちてくる。


「……っ!?」


 刹那、殺気を感じた竜之助は乙姫に飛びかかる。

 彼女の身体を抱きかかえ、前方に飛ぶ。


「突然なんだ、竜之助!?」

「敵襲です!」


 木の葉が何枚も空中から落ちてくる。

 木の葉に紛れて人影。

 凶刃が竜之助の背中を裂く。


「ぐう!?」


 走る熱に大の男が呻き声を上げる。


「竜之助!!」


 地面に着地すると竜之助は乙姫を離す。厳密には手離した。

 自由になった乙姫は素早く竜之助の背中に回る。


「血が流れているぞ!」


 ざくろのように赤い切り傷。


「そりゃ切られたんだ、血くらい流れますよ」

 強がるが膝をついたまま立ち上がれない竜之助。額には汗を滲ませている。

 

「早く血を止めなければ!」

「なに幸い傷は浅い。俺の身体なら二日も放っておけばふさがりますよ」

「こんな時まで強がるでない! 大事な自分の身体だぞ!」

「それよりも、だ」


 動けば血が流れ出る。それでも竜之助は立ち上がり、不意打ちを仕掛けてきた相手に問いかける。


「相変わらず不意打ちとは……色男がやることじゃあねえなあ、浦島」


 城にいるはずの浦島が山の中にいた。そして鮮血を浴びた太刀を握っていた。


「浦島!? いったいこれはどういうことだ!?」


 乙姫はひどく動揺しながらも必死に問いかけるが、


「……姫様。今すぐそのならず者からお離れ下さい」


 浦島は凪のように静か。


「つい先ほど、島外から式神式の御布令おふれが届きました。島外の混乱、物価の他に気になる情報が入りました」

「浦島! 答えろ!」

「お静かに、姫様。最後まで聞いてください。届いたのは手配書でした。人相書きと一緒にね」


 懐から一枚の紙を取り出し地面に捨てる。

 紙は風に乗り、乙姫の足元に。


「これは……!?」


 拾う前に紙に何が書かれているか理解してしまう。

 見覚えのある人相、そして名前まで記憶と一致する。それもすぐ側の人間と瓜二つ、いやそのものだった。


「もうおわかりでしょう。そこにいる男は大量殺人、令嬢強姦未遂の嫌疑がかけられた大罪人なんですよ」


 後ろ髪を左右に激しく乱す。


「認めない! 認めないぞ!」


 乙姫は忠臣からの忠言を頭ごなしに否定する。


「姫様が認めようと認めなくともこれはまごうことなき事実。さ、姫様。そこをおどきください。即刻断罪してくれましょう」


 今か今かと刀をちらつかせる。


「浦島は見ていないからそんなことを言えるのだ! 竜之助がこの島で何をやったのかを! 屋根を修理し、子供たちと遊び、かれいの命を救ったのだぞ!」

「危ないところでしたね。まんまと術中にハマっていたのですよ。偽善を積み重ね信頼を得て油断した瞬間に正体を現す。詐欺師のよくやる手段です」

「ああ言えばこう言う……!」

「それはこちらの台詞です。ほぼ男子禁制となった竜宮島に迷い込んできた男一人を切るのになぜそこまで躊躇うのです。切ったところで運が悪かった。それで済む話でしょう」

「そんな簡単に済む話か! 人の命は大事にしなければならないのだ!」

「ですが罪人なら別でしょう。竜宮島とて法がある」

「だから竜之助には……!」

「では罪の有無は先程から黙り込んでいる本人に聞けばよろしいかと。さあさあ、息絶える前に正直に白状したらどうだい」

「竜之助……違うよな? お前は手配書に書いてあるような罪は犯さないよな……」

「……」


 竜之助は黙り込んだ。傷が痛むからではない。明確に答えづらく気まずく目をそらし、ずぶずぶと沈みこんでいくほどぬかるんだ泥を見つめる。


「口がきけぬというなら首を振るだけでもいいのだ。首を横に振れ、今すぐにだ」


 乙姫の願いは届かない。


「……ここまでか」


 竜之助は観念する。


「ああ、その手配書に書かれていることは……ほぼ事実だ」

「な……っ!?」


 乙姫に衝撃が走った。裏切りに似た感覚を覚える。だが失望よりも驚愕が大きかった。


「騙すつもりはなかった。隠し通す気も……なかったといえば嘘になる」


 弁明に、


「だがしかし待ってくれ。俺は決してこの島を貶めようと思って遠くはるばる海を渡ってきたのではない。この島へ来た理由も話した通り。海坊主もまるっきり知らない」


 釈明。

 人の命を奪う大罪、それも多くの数を奪ってきた。隠していただけに心証が悪い。


「そんな……竜之助が……」


 乙姫は青ざめた顔で一歩下がる。

 その姿を見た竜之助は血潮が流れ、身体の芯が冷えていくのを感じた。


「いまさらそんな戯言を信じられると思うか?」


 浦島の追及が耳元を飛ぶ蠅の如く煩わしい。


「お前に言ってるんじゃない、お姫さんに言ってるんだ!」


 竜之助の突然の大声に乙姫の身体が跳ねる。


「……なあ、お姫さん。決めてくれ。俺をどうするよ」


 声を荒げたものの顔は見れなかった。


「私は……私は……」


 彼女は悩んだ末に苦渋の決断をする。

 剛直な杉の木が、林がざわりざわりと揺れ動く。

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