龍神様のへそ
午後から暇になった竜之助は砂浜にいた。
駆け回って尻を追いかけていた。
「ぐははは~! 逃げねえと食っちまうぞ~!」
物騒な物言い。
離れた木陰で乙姫が涼んでいたが微笑みを浮かべながら見守っていた。
それもそのはず、
「きゃー!」「わー!」「こわーい!」
子供たちが嬉しそうに悲鳴を上げながら逃げ回る。
「ほらほらほら捕まえるぞ~逃げろ~逃げろ~」
竜之助は童心に帰って鬼ごっこに励んでいた。
波打ち際まで一人の少年を追い込むが彼は負けじと素早い動きを見せて鬼の手のひらをかわす。
「また竜之助、逃してる~」
「これじゃいつまでも鬼のままだよ~」
「それでも大人なの~?」
諸事情で手加減していたために子供たちに文句が出始める。
「いやー面目ない。島内の子供たちがこんなに駆けっこが上手だとは思わなかった」
「そこは頑張ってもらわないとー」
「大人なんだからさ~」
「ははは、島内の子供はなかなか厳しいな……」
不満が続出する子供たち。
竜之助でも歯止めが利かなそうになると、
「これこれ、あまりいじめるでない。竜之助が本気を出したら鬼ごっこにならないぞ」
乙姫が颯爽と仲介に入る。
「姫様~。竜之助が遅いのはきっと手枷のせいだよ」
「そうだよ、かわいそうだよ。はずしてあげてよー」
「う、痛いところをつくな……」
純粋な子供たちがきらきらとした眼差しを乙姫に向ける。大人のうす汚い事情を話すわけにはいかない。
「外してあげてよー」
「かわいそうだよー」
「そうだ、姫様も遊ぼうよー」
「見張りはかれいちゃんがやってるし、一緒に遊ぼうよ」
要求が増えた子供たちの大合唱。乙姫の手を引っ張ってだだをこねる。
「こら、あまり、私を困らせるではない」
竜之助は流れを読み、鼻を摘まんで裏声で便乗する。
「ソウダヨ、ハズシテアゲナヨー」
「バレバレだぞ、竜之助……」
乙姫の提案で竜之助からひとまず鬼役を外すことに。
「ここらで良いところを見せないと亀と見間違われそうだから、ほんのちょっと本気を出すとするか」
竜之助が準備運動している横で、
「姫様も遊ぼうよー」
子供たちは未だに乙姫とじゃれていた。彼女は海女だけでなく子供たちからも愛されている。
「遊んでやりたいのは海々だが私にはお役目がある。お前たちが羽目を外しすぎ時のために控えておかないといけない」
「ええ~今日は海水浴はしない予定だよ~」
「それに雨は降らないよ~風も吹いてないし」
「いやいや私の勘がこれより雨風が訪れると囁いている。遊ぶのは良いがくれぐれも気を付けるのだぞ」
◇
「ほれほれどうした小童ども~。さっきまでの威勢はどうした」
鬼役を免除された竜之助は大人げなく本気を出して逃げ回る。
「そっち行ったー! 追えー!」
「囲め囲めー!」
いつしか決まりは変更され、鬼に捕まった者は鬼を交代せずに増殖するようになっていた。
「捕まえた!」
距離を詰めて飛びかかる少年。
「って思うじゃん?」
あえて飛びかかりを誘い、まんまと罠にはめる。
「ちくしょー!」
少年は悔しがりながら砂浜に散る。
島の子供総出で竜之助を追いかけているが指先は掠りすらしない。
「もしもし亀よー亀さんよー♪」
鼻歌まじりに余裕を見せて煽る大人げない大人。
「くっそー! 竜之助のくせにー!」
「皆の力を合わせて絶対に捕まえてやる!」
子供たちは賢く、闇雲に追いかけていては捕まらないとわかると隊を組んだ。
竜之助をある場所に追い詰めていく。
(見え見えの誘導だが……ここは乗ってやるとするか)
竜之助は岩を背中にする。竜之助の背の倍はある巨岩。島の人間は龍神様のへそと呼んでいる。
三日月形の砂浜のちょうど中心地点。周囲はまっさらな砂浜であるのにまるで誰かが持ってきたかのように巨岩がぽつんと立っている不思議で神秘に満ちている。怒った龍神様が投げた、月見の腰掛けにしようと鬼が運んできたとも。
竜之助と龍神様のへそを囲む子供たち。包囲網は一本ではない。後ろにも陣を張り、頭上を飛び越えられても捕まえられるように対策してある。
「年貢の納め時だぞ、竜之助!」
「お縄に付け!」
「付け!」
勝利を確信する子供たち。
「この俺を追い詰めるとはなかなかやるじゃねえか、竜宮島の子供たちよ。しかし! 捕まえる前に微笑むとはまだまだ未熟よな!」
圧倒的不利な状況で笑みを忘れない。
「そのでかい口も今日までだ! かかれー!」
「かかれー!」
前線の輪が一気に狭まる。
ついに捕まるか、竜之助。
「とう!」
掛け声とともに、子供たちの視界から竜之助が消える。
「あれ、どこ行った!?」
「さっきまでここに……!」
「みんな上だ上を見ろ!」
子供たちは上を見上げる。
岩の上で高笑いする竜之助がいた。
「がははは! しょせんは子供の浅知恵よ!」
背が高い岩でも仙術でひと跳び。まんまと逃げおおせた。
「ずるーい! 早くおりてこーい!」
「そこまでされたら捕まえられないよ!」
竜之助は耳に手を当てて、
「んー? なんだー? 遠くて聞こえんなー!」
にんまりと笑う。
「卑怯者ー! おりてこーい!」
「こうなったら石だ! 石を持ってこい!」
「こ、こら! 石はやめろ! わかった、すぐ下りるから!」
非難轟々。竜之助が降参したとしても怒りが収まらないかもしれない。
しかしそこで乙姫の鶴の一声。
「おーい、皆の者ー! そろそろ休憩にするぞ! ばあやがスイカを切ってくれるぞー!」
子供たちは一斉に竜之助から興味を失う。
「わースイカだー!」
「急げ急げー!」
「竜之助が来るまでに全部食べちゃおうぜー!」
包囲網は元気よく崩壊。
上から眺めていた竜之助は切り替えの早さに圧巻しながらも少しの寂しさを噛みしめる。
「やれやれ……」
竜之助は岩の上で胡坐をかき、
「お前は行かないのか?」
岩の上の先客に問いかける。
「……」
岩の上の先客、かれいは耳を貸さずにじっと海の向こうを眺めていた。
「見張りに熱心なのは結構だが今日は暑い。ずっとここにいては干からびてしまうぞ」
「……」
「ここから何が見えるのだ?」
「……」
「……さては、ここにずっといるのは下りれなくなったからだろう?」
「……」
かれいはことごとくを無視した。
(成人前の小娘は気難しくてかなわん……)
竜之助は腕を枕にして寝転がる。鎖が固く頭が痛くなるが風は気持ちよかった。空は青く、厚い雲が時折灼熱の太陽を遮ってくれる。
あくびをひとつ。昼間からだらけても文句を言われない、のどかな時間。
(……こんなに心穏やかになるのはいつぶりだろうか)
お師匠様が存命で戦に参加する前には修行の合間で幾分か穏やかな時間を過ごしていた。
気を緩めれば眠りこける。視界がうすぼんやりとしてくる。
「ねえ」
突然の呼びかけに、
「うお、寝てない寝てないぞ」
意味もなく否定してしまう。
「あんたが寝てるか寝てないかどうだっていいの」
意外なことにかれいから話しかけてきた。
「いつまでそこにいるつもり? うざい。消えて」
話しかけてきたかと思えば辛らつな言葉。
浦島からの言葉なら憎いだけだが少女に言われると少し傷つく。
「別にお前の邪魔はせん。これ以上近づいたりしないから気にしないでくれ」
「だめ。うざい。きもい。消えて」
「この岩はお前の所有物で、岩の上はお前専用の特等席なのか?」
神聖な場所で余所者は近づいてならないとなれば大人しく従う。しかし特に決まりがないのであれば従うつもりはなかった。
「あたしが消えろって言ってるんだから消えてよ」
「ははは、大の大人が小娘の指図を大人しく聞くと思うか?」
「……姫様の指図には大人しく聞くくせに。大人ってみんなそうだよね。大したことないくせして偉そうぶってさ」
「何を至極当然なことを言う。お姫さんは偉いし強い人だ。従って当然。俺を動かしたければ口ではなく腕でだな」
「もういい。知らない」
かれいは大きなため息をつきながら岩を器用に降りていく。男でも臆病な性格ならおっかなびっくりで降りていきそうなものをすいすいと慣れたように。
「なんだ、一人で降りれるのではないか」
「これくらい出来て当然でしょ」
かれいは岩を降りると村とは逆方向に歩いて行った。
勇ましい後ろ姿を竜之助は見守る。
「この島は気の強い女が尽きないなぁ」
用事が済んだ竜之助は降りようか降りまいか悩む。岩の上は見晴らしがよく風も気持ちいい。許されるのであればここから夕日を眺めてみたくなった。
「おーい、竜之助ー」
岩の下から乙姫の呼ぶ声。
「俺をお呼びですか。少し離れてください。降りますので」
「いや、そこにいたいのならそこにいてもいいのだぞ」
「お姫さんを頭上から見下げるなんてできませんよっと」
竜之助は岩から飛び降り、猫のように四本足で着地し、なんなく立ち上がる。
「ならば今度から中腰で話してもらおうかな」
「お姫さんがお望みとあらば」
「意地の悪い冗談だ。それよりも上のままでいてよかったのだぞ。私がお前に声をかけたのはスイカを渡したかったからだ」
「おお、そいつはありがたい。だけど俺よりもまずかれいに渡してくれ。喉が渇いているだろうからな」
「ああ、かれいか。それならば大丈夫。恐らくは川に行ったのだろう」
「川」
「湾に行きつく小さな川だ。近くに流れている」
「……川があるのか……そこって石とかたくさん落ちてますか?」
「奇妙なことを聞くな。石ならいくらでもあるぞ」
「時間があったら後で見せてもらっていいですか?」
「別に構わないが……石など見てどうするつもりだ?」
「島の防衛に必要なんですよ」
「石が島の防衛に必要……石垣でも作るのか?」
「さすがの俺も石垣は作れねえですわ!」
「なんだ、作れないのか……それは残念だ」
乙姫は本気で残念がる。
「お姫さんは俺を何でも屋とは思っているんですか……」
「何でも屋とは思っていない。ただ、頼りにはしてるぞ」
「頼りに、ですか……それは俺がエビス様だからですか?」
「エビス様かどうか関係ない。私は少なくとも竜之助を悪い人間とは思っていないぞ。かれいのこと、気にかけてくれたんだろ? 彼女と彼女の親に代わって礼を言う」
「いや、べつに、そんなんじゃ……」
「わざと悪者になって降りるように仕向けたのだろう。頭ごなしに言っても素直に聞かないだろうしな」
「あーあー、それよりもお姫さん、この岩なかなか立派ですねー」
図星を突かれた竜之助は耳を赤くしながら話題を変える。
「なかなかに立派な岩だろう。龍神様のへそと呼ばれている」
「へえ、大層な名前がついてるんですね……もしや俺が立っちゃまずかったですか?」
「いや、この岩なら問題はない。島の者たちも見張りによく使っているし、客人に上らせたりもする。あと子供たちの腕試しをする、憩いの場」
「子供の腕試し? もしかして上りきらないと大人として扱ってもらえない儀式とかあるんですか?」
「あはは、ないない。しかし、だ。島の掟ではないが男の中の不文律みたいなもので、上れない奴は腑抜け扱いだな」
「おっと竜宮島も優しいだけじゃないんですね」
「ある程度の競争も必要だろう。ただし上れなかった、ただそれだけの理由で差別を行えば竜宮家は絶対に許しはしない」
「ひゅー、かっこいい」
「竜宮家は竜宮島の上に立つ者だからな。だから女である私も上れるように厳しく鍛えられたものだ」
「え、お姫さんもですか?」
「当然だ。それも仙術抜きでだ」
「仙術抜きか……そいつはすごい。というか、かれいも生意気ですが、この岩を上れるんだよな。すげえな」
「ああ、かれいもすごいぞ。平民で少女なのにもう龍神様のへそを登頂するのだからな」
「ちなみにみんな小さいころから上れるものなんですか?」
「うーん、まちまちだな。主に男は十歳を越えると自然に上り始めるものだ。誰が教えてもいないのにだ。そういう習性なのか?」
「あー、すごくわかります。男なんてそんなもんすよ。お姫さんもその年くらいから?」
「私は九歳から」
「へえ、九歳から……九歳!?」
「おっと久しぶりに竜之助の驚き顔が見れたな」
「そりゃ驚きもしますよ……九歳の頃の俺なんて、ただの鼻垂れ小僧ですからね」
「だが私でもまだまだだ……母上は八歳。浦島は八歳十か月だ」
「充分すごいと思いますけどね……あ、浦島は別です。あいつは男だし、出来て当然です」
「あ、そういえば竜之助」
「なんですか、お姫さん」
「お前に言わなければいけないことがあった」
「なんですか、改まって」
「いやはや、まさかとは思っていたがずっと勘違いしていたとはな……」
「俺が勘違い? 何をです?」
「お前が心底嫌っている浦島は女だぞ」
「へえ、浦島は女……女……おんなあ!?」
「おっとまたまた驚き顔が見れたな。今度のは傑作だ」
竜之助の滑稽な顔を見て、乙姫はくすくすと笑った。
「あいつが……女……」
「やけに引きずるではないか。女に負けたことがそんなに悔しいのか?」
「女に負けることは不思議ではないですよ。でもなんだ、こう、なんでしょうね……」
胸の奥底にモヤモヤを植え付けられたような気分。決してムカムカがムラムラに変わったわけではない。
「竜之助なら勝ったら抱かせろと条件付ければ良かったーと叫ぶかと思ってたぞ」
「ううん、悔しいですが何も言い返せねえ……」
乙姫と竜之助は砂浜を離れて小川に来ていた。川底には丸みを帯びた石が詰まっている。
子供たちはおやつを食べてお昼寝中。またばあやが来たことで乙姫は子守の任務から一旦離れ、竜之助の監視に徹している。竜之助も竜之助で島を守るために働こうとしていた。
「これは……だめだ……これは……悪くない……」
竜之助は石を拾っては選別する。良い石を右に、悪い石を左に投げていく。
「水切りの石でも厳選しているのか?」
「ちょっと違いますね。俺が探しているのは手頃に投げられる石ですよ」
「投げられる石だと」
「この島には弓矢がいくら揃っているかわからない。わかったところで使い手がいなければ意味がない」
「そうだな、弓矢は遠距離から一方的に攻撃できる強力な武器だ。射程だけで言えば剣と拳よりも優れている。しかし習得するには相当の修練が必要だ。作るのだって職人の手がいる」
「その通りですよ。俺も使えなくはないんですけどね、集団戦となると分が悪い」
「それで石か」
「そう。弓よりも古い人類の遠距離武器ですよ。矢よりも安価で数もそろえやすい。さらにこれに草鞋と紐を組み合わせればなかなか飛ぶんですよ」
乙姫は腕を組み感心する。
「……やはり私の目には狂いはなかったな」
まるで考え付かなかった発想。竜之助に依頼したことは正しかったと再認識する。
「だがこれを城内まで持っていくのは一苦労しそうだ。手押し車とかないですか。竜宮島ならそれぐらいありますよね」
「……城内だと?」
「え、だって、賊が攻め込んで来たら籠城しますよね?」
すれ違う二人。
竜之助は素早く察する。
「……まさか、砂浜で戦うおつもりですか? いや、それはいくらなんでも無謀ですよ」
竜之助の想定は賊の島の接近を察知したらすぐさま城に逃げ込み防御に徹する。長期戦になるかもしれないがそれが最も勝率が高く安全な合理的な戦法。
しかし乙姫は違う。彼女の勝利条件は高潔。
「島民の生活を守ってこその領主。城に閉じこもっていては町を守れないではないか」
彼女の恐怖は自身の戦死よりも島民の生活の崩壊。
賊が戦意喪失を狙って町に火をつける可能性がある。島民に城に避難させるにしても道中は険しい山道。若者ならまだしも老人全員の命の保証は出来ない。
「お姫さんもわかっているでしょう? この島は砂浜からしか上陸は出来ないが、その砂浜がめちゃくちゃ広い。砂浜に陣を布いたって囲まれて終わりですよ」
竜之助は説得する。説得するが、早々に諦める。
乙姫の目が真っすぐだったからだ。申し訳なさそうにはしているが決心は固く譲る素振りを一切見せない。
「……ったく。えらい人間に命を拾われちまったぜ」
「悪いな、竜之助。報酬は弾むからな」
「報酬がもらえるように頑張らないとね……」
一方的に折れた竜之助は石拾いを再開する。戦場は変わるが用意して損はない。
「どれ、私も石拾いを手伝うとしよう」
「ああ、それなんですけどね、姫さんには別のことをやってもらいたいのですよ」
「別のことだと」
「そう、お姫さんにしか出来ないことっすよ」
◇
目を輝かせた子供が乙姫に川で拾った石を見せる。
「姫様! 拾ってきたよ!」
「おお、なかなかに丸い石。かじかは石拾いの天才だな」
かじかと呼ばれた少年は乙姫に頭を撫でられるとえへへと笑い、
「見てて姫様! また持ってくる!」
そしてかじかは川底を手探りする。彼以外の少年少女も同様にまるで宝探しのように没頭している。
「石拾いに夢中になって転ぶでないぞ」
乙姫は貰った石を竜之助に渡し、誰にも聞かれないように小声で会話する。
「……これはどうだ」
「……うーん、かじかには悪いが丙といったところか」
「……そうか」
「……すまねえな、辛い仕事任せてしまって」
「……良い。これも島を守るためだからな」
竜之助の提案で子供たちに手分けして石拾いをさせていた。ただの石を拾わせるだけではすぐに飽きてしまう。そこで乙姫に一枚かませる。
『最近丸い石に目がなくてな……みなに川で私が気に入りそうな石を探してはくれないか』
子供たちの人気者である姫様の頼みとあれば、一生懸命に励む励む。数分で川原に石の山が出来上がる。
「このままでは崩れてせっかく分別した山が一つになってしまいますね。ちょいと俺が砂浜まで運んでおきます。だいたい姫様の目でも甲乙丙の区別がつくようになった頃でしょう」
「いいや一人前には程遠い。しかし任されたからには一生懸命やるさ。そっちは任せたぞ」
「はいはい、任されました」
石山の下には藁筵が敷かれていた。それをひょいと持ち上げる。
「あ、そうだ、竜之助。ついでにかれいの様子も見て来てくれないか」
「かれいですか。そういえばこっちに来てから見てないですね」
「恐らくは岩の上にいるはずだろうが念のためだ」
乙姫は竜之助を見送った。
その直後のこと。
「……む」
きぃんと右耳で耳鳴り。
(これは……予感が的中したか……)
乙姫は手を叩いて子供たちに告げる。
「一生懸命励んでいるところすまない。石拾いはこの辺でおひらきにしよう」
「えー、なんでー? まだ始まったばかりだよ?」
「そうだよ! お姫様にまだ良い石をあげてないよ!」
健気に尽くしてくれる子供たち。
しかし乙姫はその好意をひとまず不意にする。
「……まもなく雨が降る。海まで流されたくなかったら早々に上がれ」
海女たちの前と同様に厳かな風格を示す。
だがしかし、
「やだー! まだやるー!」
「雨なんて嘘だ! お空は青いままなんだもん!」
子供たちにはいまいち伝わらない。乙姫関係なしに石拾いに夢中になってしまっていた。
これには乙姫も呆れつつも、
「……言うことを聞かぬ子には鬼になるしかあるまいな」
腕まくりをし、実力行使に出た。