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ストライキ


 昭和時代の学生にとって、


「明日、予告通り鉄道はストライキをするのか? それとも労使交渉が妥結して、ストライキは回避されるのか」


 ということは非常に重要だった。

 理由は簡単。

 えっ、当時の高校生はみな労働問題に関心が深かったからって?

 いえいえ、そうではなくて、


『ストライキが行われれば、学校が休みになるから』


 明日はストが予定されているという日、ホームルームで担任の先生が念を押す。


「明日、ストの場合には学校は休業です」


 もちろん悪ガキたちは大歓迎。

 そんなにストが多かったのかとお思いでしょうが、一例ですがウィキペディアの「スト権スト」の項目には、


『日本で単にスト権ストと言った場合、…(中略)…日本国有鉄道(国鉄)のストライキ、特に1975年(昭和50年)11月26日から12月3日にかけてのものを指すことが多い 』


 とあるほど。

 ほぼ1週間、国鉄が止まったと私の記憶にもあります。

 このストの影響は同じくウィキペディアより、


『そして11月26日、スト突入により、国鉄では旅客はほぼ列車の運転を休止し、運行したのは約3%余り、660本に過ぎなかった』


 そういう時代でした。

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― 新着の感想 ―
千葉房総半島沿線で 時限スト被害に遭った記憶が 何かバスか何かで回避したか スト回避時刻まで待ったか記憶無し 以後、房総半島への日帰り旅行は 暫く無しにした記憶が 80年代だったかな?
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