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第九話

 二日後の早朝クレヌがアブソリュート伯爵邸にエリーゼを迎えに来た。出迎えたエリーゼは普段絶対に着ない動き易いパンツスタイルだ。街で侍女が用意した量産品で足元も動きやすいブーツスタイル。髪は一つにまとめてゴムでくくった、その辺にいておかしくない街娘姿だった。対するクレヌは、軍服でもなく一般人に紛れる服装を着こなしている。帽子と眼鏡をかけて若干おしゃれに仕上がっていた。


「まあ、新鮮だわ。似合ってらっしゃいますけど、何故そのような変装を?」

「黒目と黒髪は非常に珍しいですから目立たない為ですよ。さ、参りましょう、エリーゼ様」

「はい。それでは行って参ります!」


 見送りの母とマギに令嬢の欠片もない元気が良すぎる挨拶をし、屋敷から自分の足で一歩踏み出す。


「す……」

「どうなさいました?」

「すごいわ! 私こんなに身軽に外を歩いています! いつもは、何人も護衛がつくのに!」


 気をよくしたエリーゼは、アブソリュートの邸宅から離れて、露店が立ち並ぶ区域に来ると「まあ、あれは?」と寄り道をし始めた。最初こそ、丁寧に説明していたクレヌだが、それが十分ほど続くと自由に動き回るエリーゼの腕を掴んだ。


「あの? クレヌ様?」

「馬車の時間に遅れます。それと……、少しこちらに来てください」


 そう言ってクレヌに連れ込まれたのは露店も建ち並ばない歩道の隅。人通りがない場所でクレヌによって木の幹に背中を押し付けられたエリーゼは「え?」と困惑を隠せなかった。


(しまったわ、つい嬉しくて自由にし過ぎたかしら! お、怒られる!?)


「アブソリュート邸で最初に話しておくべきでしたね。今後あなた様のことは『リゼ』と呼びます。ですから、いえ、だから、リゼも『僕』の事は『クレヌ』と呼び捨てで呼ぶこと」

「え? クレヌ様?」

「リゼ、『クレヌ』だろう? 恥ずかしがらなくていいから呼び捨てで読んでごらん? そういう、『設定』のはずだろう?」


 目の前に迫るクレヌの整った顔。その口から出た『設定』という言葉にエリーゼは心の中で絶叫した。


(あー! お母様の夫婦設定!!)


 赤面して口をモゴモゴするしかできないエリーゼに満足したのかは分からないが、大人しくなったエリーゼから離れたクレヌは、「行くよ、おいで」と声をかけるとさっさと行ってしまった。


「……あら、随分あっさりしていらっしゃること……」


 今までなら、手を引いてエスコートでもしてくれただろう。だが、そうじゃない。


「そうか、街ではこれが普通なのね! 勉強になるわ!」

「リゼ!」

「あ、待ってください、今行きます!」


 手を取ってもらわない代わりにクレヌの隣に並んだエリーゼは、年の近い魔導師が隣にいるという、今までに体験したことのない状況に胸を躍らせていた。




 乗り合いの馬車の主人に身分証を見せる。勿論偽造のものだ。

「新婚か?」

「はい、故郷に顔を見せに戻るんです」

「ほー、それは親御さん喜ぶねぇ!」


 と、クレヌの嘘で疑われることなく馬車に乗り込めた。馬車の乗客は全部で十人ほど。そのち半分以上が女性だ。この馬車に揺られて二つ目の街で降りる予定。エリーゼは、幌の窓から外を眺めて王都の外の景色を見られるのが今か今かと待ち遠しかった。

 しかし、王都から出る前に、エリーゼはご機嫌斜めになった。

 変装していてもクレヌは注目を浴びてしまうのだ。神秘的なオーラか確固たる己に対する自信が漏れ出ているのかは分からないが、乗り合いの馬車で一緒になった女性陣に人気のクレヌ。エリーゼのことなどそっちのけで会話が弾んでいる。おかげで旅を始めて一時間も経たないうちに、エリーゼは背負っていたリュックを開けた。

 中に入っているのは、ほとんどがお付きのメイドであるマギが用意した持ち物。最低限の着替えと万が一、一人になってしまった時用の地図や金銭。身だしなみを整えるための道具と、軽症の傷を手当てする最低限の救急キット。「それ以外は必要なら買ってください」と、言われた持ち物たちだ。そして、エリーゼが用意したのが、本と箱。途中で取り上げられたためまだ読み終えていない『有毒植物大辞典。発見されている有毒植物を全網羅』と、プロチウムからもらったヘアドレスだ。ヘアドレスは高価なものだが、プロチウムのもとに行くのなら持って行った方がいいだろうとマギのお許しも得た。本に関しては駄目だと却下されると思ったエリーゼだが、おそらくすでに諦めているマギはため息をつくだけで何も言わなかった。


(こんなに早く本に感謝することになるとは思わなかったわ)


 本に没頭していると、不意に「くす」と笑う声が聞こえた。クレヌと会話していた女性のうちの一人がエリーゼの本を覗き込んだのだ。


「何でしょう?」


 そうエリーゼが不躾に見てくる無礼な女性に尋ねれば、「変わったご趣味ね」と、嫌味を言われる。少し不愉快になり言い返そうとすると、先に、「そうなんですよー」と、クレヌがのんきに笑いながら答えた。


 それに少し顔が歪みそうになる。胸がズキと痛んでその結果が顔に出てしまいそうになるのだ。クレヌの口で変わっていることを肯定されるのは、同士を失う感覚がしてしまう。今の受答えが場を取り持つためのものだとそう思いたい。


(それとも、この本に興味があると仰ってくださったのが嘘かしら?)


 だが、疑心暗鬼になればよいことなど一つもない。そう、思考を切り替えたエリーゼは本を閉じて馬車の外の景色に興じることにした。

 王都から出ることなど年に一回、避暑くらいしかチャンスがないエリーゼにとって、馬車の窓の風景も大層魅力的だった。季節は春。木々の葉の緑も瑞々しくその間に咲き誇るピンクや紫、黄色の花々も可愛らしい。王都では手入れして綺麗に育てる草花だが、自然では自由に咲きたい場所で咲いている。乱れても摘み取られることない自由な花はエリーゼの不安な感情を拭い去るには十分だった。

 だがそれは、注意力を失わせるのにも十分だった。

 外の景色に夢中になり、時間があっという間に過ぎていた。ガタン、と大きな音を立てて馬車が停まると一つ目の町に着いたところだ。するとクレヌが急に立ち上がり、さっさと馬車を降りてしまったのだ。


「え!?」


 慌てて追いかけようとしたエリーゼ。だが、リュックを背負おうとして気付いた、無くなっている。それに気付いて青ざめたエリーゼだが、次の瞬間「いえてぇええ!! やめろ!」という声が聞こえた。慌てて馬車から降りると、クレヌが男を地面に伏せさせ制圧しているところだった。


「このリュックは返してもらう。逃げるなよ。そっちの女もだ、逃げても捕まえるからな」


 そうクレヌにひと睨みされたのは、エリーゼの本を見て嫌味を言ってきた女性だ。クレヌの視線に怯んだその女性は、逃げようとするも、馬車の主人に取り押さえられ、男共々あえなく御用となってしまった。

 リュックを奪い返したクレヌは、エリーゼに近づくと「はい」とリュックを差し出した。


「中身確認して。減ってない?」

「え、あ、はい。大丈夫です」

「そう、なら良かった。この町で一時間休憩だから、どこかでお昼を食べよう。おいで」


 そう颯爽とエリーゼの前を歩くクレヌは嫌でも目立ってしまう。特に今の一連の騒ぎを見ていたお嬢様方からは「キャー」と熱い視線を注がれ、男性からは「兄ちゃんやるなぁ!」と肩を叩かれていた。愛想よく返しているクレヌは実に好青年。


(本人多分気付いてないわ……。とてつもなく、目立っているわ! 強くて愛想も見た目もいい人が、その辺に沢山いてたまるものですか! これ以上クレヌ様に活躍の場を与えてはいけないわ。こんなところで素性がバレてしまうのは悲し過ぎる……。私、しっかりしなくちゃ!)


 改めて気を引き締めたエリーゼであった。


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