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第二十一話

 翌朝、エリーゼが目を覚ましたころにはすでにクレヌは起きており来客を迎えていた。エリーゼに声をかけたのは、クレヌではなく、その来客だった。


「おや、エリーゼ様おはようございます」

「マグネ様! おはようございます。申し訳ありません、二度までご迷惑をおかけして」

「いいんですよ。フルーエルト公爵家の件は、義父であるコート宰相からどうにかしろと言われていた一件なんです。むしろこちらがお礼を申し上げないといけないくらいですよ。エリーゼ様、クレヌもありがとう」

「いえ。お役に立てて良かったです」


 謙遜するクレヌ。その顔はマグネの前だからか落ち着いている。昨日の夜の事が気になって仕方がないエリーゼの不満そうな視線を向けても余裕で微笑み返してくるクレヌ。釈然としないエリーゼだが、仕事を邪魔するわけにはいかず大人しくしていると、アミナが「ねえねえ」と話しかけてきた。


「おねえちゃん、エリーゼ様っていうの?」

「……は!! アミナちゃん! それ内緒よ? 秘密の名前なの」

「なあに、なあに? なんでひみつなの? なんでー?」


 教えてスイッチの入ったアミナの追及が厳しい。それを見ていた母親が宥めてくれたが、確実にここの家の人間には素性はバレているだろう。アブソリュート伯爵家とまではバレていないかもしれないが、貴族令嬢とは察しがつくはず。


(まあ、エリーゼなんて名前、他にもいるはずだしね)


 そうタカを括ったエリーゼに主人の一言が降りかかった。


「以前、大学でお父様の植物学の授業を受けたことがあるんですよ。伯爵はお元気でいらっしゃいますか?」

「……ハイ、ゲンキデス」


 完全にバレた。「こほん」と咳ばらいをしたエリーゼは、佇まいを直し頭を下げた。


「父へのお気遣いありがとうございます。この度はご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。あの、私の事は内密にしていただけると助かります」


 騒ぎにならないようにこっそりフィルスカレントの町の端まで出た二人。まだ馬車はなく、町長が手配してくれた馬に乗り次の町を目指す。


「ちょっと待ってください。私、乗馬は出来ません」

「そうでしょうね、落ちないようにちゃんと掴まっていてくださいね」


(つまり後ろに乗れと!?)


 躊躇しているエリーゼに手を伸ばしたクレヌ。その顔がやたらと嬉しそうなのがエリーゼとしては気に食わない。


「クレヌ様、面白がっていませんか?」

「え? それはあり得ませんよ」


 本当に驚いて否定したクレヌに仕方なく手を伸ばすと、軽々と馬の上に座らされた。


「さ、行きましょう。次はストーンレイクです。ストーンレイクは硲の森に隣接していて、ノアレ領はもうすぐですよ。遅くても明日中には到着です」

「そう。クレヌ様との旅ももう終わりですか?」

「そうなりますね」

「でしたら教えてください。昨日、何に納得なさったのですか? お一人で考えて私に話してくださる気になりましたか?」

「……」


 無言になってしまったクレヌ。まだ馬は出発せず、でもエリーゼを向きやしない。「クレヌ様?」と、エリーゼが前を覗き込もうとするも、顔を背けて表情がうかがえない。幾度かチャレンジしてエリーゼが諦めて大人しくすると、ぽつ、とクレヌが口を開いた。


「プロチウム殿下が探していた方が分かったのですよ」

「ああ、昨日の話で見当がついたのですか? お父様に聞く前に」

「ええ」


 クレヌはエリーゼを振り返った。


「あなたで間違いありません、エリーゼ様」

「……は?」

「硲の森を色づかせたのはあなたです。間違いありませんよ」

「そ、それは何かの間違いです! 私は魔法だなんて使えません! 硲の森を色づかせるために必要な氷結魔法なんて文献上にしかない超貴重な魔法なんて尚の事分かりません!」

「硲の森を通ったら説明して差し上げます。とにかく先を急ぎましょう」


 クレヌは馬を出した。

 突然のクレヌの発言に完全に不意を突かれたエリーゼは、馬が走り出した振動で、ズリ、とそのまま馬からずり落ちた。

 だが、落ちかけたところで伸びて来た手に体を支えられると、「何してるんです!?」と烈火のごとく怒られた。


「何故ちゃんと掴まってないんです!?」

「あ、ご、ごめんなさい」

「もういいです、前に座ってください」

「え、後ろがいいです!」

「却下です。見えないところだと危なっかしい!!」


 強制的にクレヌに抱きかかえられる形に馬に座らされ、見上げればすぐそこに顔がある事態に下を向くしかない。折角の風景を楽しむ余裕すらなく、エリーゼの思考はクレヌの言葉を理解することだけに費やされた。

 プロチウムの思い人がエリーゼだなんてあり得ない。

 何故なら、硲の森を色づかせたのは、昔あった魔導師の少女だったはず。

 でも、その時の相手の事は覚えていない。

 もし、相手に「忘れて」と言われて馬鹿素直に忘れていたとしたらどうだろう。

 そして、本当にプロチウムの思い人が自分だとしたら。

 そこまで考えて、エリーゼはやっと、少しだけ顔を上に向けた。

 そのエリーゼの様子を一部始終見ていただろうクレヌは、「どうしました?」と、エリーゼの視線を受けて微笑んだ。

 思わず熱くなるエリーゼの頬。耳にも血が巡っているのがよく分かるほど熱い。エリーゼは思わず顔を下に向けた。


(だって、プロチウム殿下の思い人は、きっとクレヌ様の思い人でしょ? ってことは……)


 エリーゼは下を向いたまま、全身茹でダコのように熱くなった。湯気でも出そうな感覚にめまいがすると、クレヌが片手でエリーゼを支えた。


「大丈夫ですか? 調子が悪いなら少し休みますか?」

「だ、だだだ大丈夫です! 早くストーンレイクに行きたいわ!」


(無理、こんな状況どうにもならない……。平常心、平常心……)


 前に抱えていたリュックを抱きしめると、その中に本が入っていることを思い出した。流石に見ることはできないが、中身を思い返せばこの状況を乗り切れるはず。


(ど、どこまで読んでいたかしら。ええと、確か、なんだっけ……、えと……)


「急に静かになりましたけど、大丈夫ですか?」


 ふいに耳元で囁かれエリーゼの思考は再び停止した。


(――――っ!! 全然思い出せなーい!!)

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