第七話 忍んでこそ忍び
前回は、社会科見学に出かけた話。
勇者が襲撃されそうになった話。
「ですから施設長。あの子はカラスが襲ってくると言って物を投げたり、トラが襲ってきたといって大きな猫を投げ飛ばしたり。自分が物語の英雄の様な言動をしたり。普通の子供と違う言動が多いので心配なのです。」
「でも、同室の男の子の面倒や、小さな子達の世話もしているのですよね。少し変わっているだけで良い子なのでは有りませんか。」
「そうですね、キャッチボールや鬼ごっこをしたり遊んでいますね。足も速いですし運動神経は良いと思うのですが、変な妄想ばかりするようでは今後が心配です。この間も忍者は何処にいるんだとしつこく聞かれて困りました。」
「大丈夫ですよ先生。あの年頃の子は色々空想するものですし。あの子は此処へ来るまで殆ど外に出る事もなく育ったそうですから。お姉さまが読んでいた<おとぎ話>やテレビのドラマの影響も有るのでしょう。大丈夫。直ぐに現実を受け入れる様になりますよ。」
「そうです、ね。朝早い時間からすみませんでした。」
「構いませんよ、何かあったら何時でも相談に来てください。では、引き続きあの子の指導よろしくお願いしますね。」
先生は納得して戻っていった様だ。当直明けだから疲れていたのかも知れない。手帳を開きこの後の予定を確認する。昼前にあの子の父親が知り合いの病院関係者と一緒にやってくる。
一度は親子鑑定をしている筈なのだが、もう一度鑑定するとは、よほど鑑定結果に納得いかなかったのだろう。
予定どおりの時間に現れたあの子の父親は、自ら立会って採血を確認した後。直ぐに帰ってしまった。
そして、数日後に渋い顔をして再び現れた。
父親は、あの子を引き取る手続きの為やってきたのだが。検定結果にはしぶしぶ納得しているようだった。
「再度の検査でも間違いなく親子とは判定されたのですがね。」
「なら、お顔はお母様に似ているのでは無いですかな。」
と、安心するように言ってみるが。
「いや似ておらん。多少彫りが深いというならそれでも納得できるがな。我が家には居らんのだ…。緑色の瞳の人間などは。」
「いや、それは、奥様の家系については余り分からないのでございましょう。おじい様かお婆様に欧米の方がいらっしゃったのでは有りませんか?」
「そうだな、それで納得するしかあるまい。」
間違いなくあんたの子だよと言いたくなるが、ぐっとこらえて笑顔を作っておく。あの子を預かる時にそれなりの寄付を貰っているので。変にもめて返せと言われてもこまる。養護施設の運営も楽ではないのだから。
「学校へしっかり通わせていただいて、普通の生活ができるのなら私どもも安心してあの子を送り出せるのですが。」
「無論だ。あの子は跡取りとして引き取る、女ばかりで男が生まれないのでな。仕方ないのだ。」
手続きが終わって、父親は帰っていった。
明日には、秘書か家の使用人(執事だろうか)があの子を迎えに来るのだそうだ。金は有るだろうから、生活に苦労する事は無いだろうが、幸せな家庭生活が遅れるかは分からない。しばらくは、寄付のお願いをするついでに、あの子の様子を見守るとしよう。
夜になって施設の子供達の様子を見回って、当直の先生達に「よろしくお願いしますね。」と労った後で、養護施設の近くにある我が家に帰る。
息子は部活から帰っていなかった。妻には「直ぐ晩御飯にしますか。」と聞かれたが、食べれば、つい飲んでしまうので、「息子が帰ってからにするよ。」と言って、自分のコレクションルームに向かった。
自分のと言っても殆どは親父の集めたものだ。携帯電話、俗にガラケーと言っている折りたたむタイプの物だったり、細長くてボタンが付いていたりする電話だ。それが、一つの壁一面に並んでいる。
そこにある、ひときは大きくて存在感の有る肩に掛けるタイプの携帯電話を手に取る。
一ヶ月に一度程度しか使えないそれの受話器を取る。ゼロを4回押した後、電話を掛ける。
「遅くなりましたが御連絡致します。」
「はい、小さな子供や同じ年代の子達と日々遊んでおります。」
「ええ、魔法も使えない様です。」
「それから今度、お金持ちに引き取られるので贅沢な暮らしをすることになると思います。」
「そうですね、高カロリーの物ばかり食べてゴロゴロしていれば、たとえ勇者でも肥満体型になるかもしれませんね。」
「ええ、また一ヶ月後に御連絡いたします。」
毎日施設の周りをランニングしたり、筋トレしている事は言わなかった。特に聞かれなかったし、嘘も言わなかった。全て言う必要も無いだろう。
報告の後、明日中には銀行口座に、善意の人からの寄付が振り込まれる事になる。どういう仕組みか分からない。父の代からやっている事を引き継いだだけだ。父がどんなつもりでこの仕事を引き受けたのか分からないが、本来の親方様からでは無い仕事の以来だ。
義理有る方の以来なのか、運営のためにやむを得ずなのかは分からないが、施設の経営は厳しい。この寄付が長年続いていなければやってこれなかっただろう。
「ふっ。」と笑みがこぼれた。
勇者が忍者を探していたか。
忍者は見つからないから忍者なのだよ。
そして思う、そろそろ息子に一族の教育を始める時期なのかなと。わが一族は<草>(くさ)なのだから。
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