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異世界勇者は帰り道を探す  作者: ゆたここ
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第四話 勇者の行き先

勇者は残っている魔素子をすべて使って姉を回復させようとしたが、気を失ってしまった。

 あの後、姉が息を吹き返すことは無かった。


 魔素子を使い果たして気を失った後は<病院>という所に運ばれて、体調を調べられたらしい。


 腕に細い針を刺されて目が覚めた。健康状態だの病気が無いか調べるらしい。魔族に転生した訳でもないから調べられて困ることも無いが血液と一緒にせっかく溜めた魔素子まで無くなったら困ると思ったが、今はほぼ空だったから余計な心配だった。

 その後透明な液体が入った袋を吊るして、血管の血液に何か混ぜると言うので必死に嫌がったら、<おかゆ>という柔らかい米の食事を白い服の女が持って来て、それを食べることが出来た。薄い塩味で特別美味しい食事では無かったが不味くはないし、胃にやさしいと白い服の女が言うので全部たいらげた。ここでも襲われる可能性も有ったので、起きていたかったが、直ぐに眠りに落ちてしまった。


 目が覚めると、昨日と同じ食事が並んでいた。食事の時間に目が覚めた様だ。

 幸いなことに寝ている間に襲われる事は無かった様だ。様子を伺っても夜に何か騒ぎが起こったりはしていない様だった。やつらも人が多い場所では襲撃しないのかもしれない。


 何日かすると体調も回復してきた。熱い食事は無かったが、久しぶりに食べる温かいスープと冷え切っていない食事は姉がいなくなった悲しみも少しは癒してくれたのかもしれない。


 その後病院を退院することになった。自分は母親にも父親に引き取られる事は無く、児童養護施設という所で生活する事になるのだそうだ。


 朝ごはんを食べてしばらくした頃、男性と女性の二人の施設の担当者が迎えに来た。「荷物は有りますか?」と聞かれたが、姉との思い出が小さな袋に入っているだけで、着替えとよべる物も数枚の下着だけだった。他の服はボロボロで今着ているのもポリスマンが返さなくて良いと言うので貰った服だ。

 白い服の女に「ありがどうございました。」と世話になったお礼をして部屋を出た。


 施設の担当者が動かす鉄の馬車(じどうしゃ)に乗ってしばらく移動した。透明な板の外に見える景色は今まで見たことが無いものだった。石で出来た四角くて高い建物は前の世界の城の塔より高かったし、金属で出来た四角い箱が幾つも繋がって芋虫(キャタピラー)のように走っているのも見た。映像が見える板では見たことが有ったが実物は始めてみた。確か<京浜東北>という名前だったか。


 石で出来た高い建物が沢山ある場所を過ぎると、木と土で出来た低い建物が沢山見えてきた。その建物もまばらになり、畑の中に建物が建っている場所になった頃それが見えてきた。

 細長い1階立ての建物とちょっとした広場で構成され、敷地を低い囲い(レンガと鉄の網)でおおわれている場所だった。

 入り口近くで新聞記者というのが「息子さんにお話を。お父さんについてどう思われますか?」と聞いてきたが、特にどうとも思わなかったので何も言わなかったら、施設の担当者が追い払ってくれていた。

 王や貴族が死んで儀式が有る訳でも、家族や近所の親しい人が死んだ訳でも無いのにあの新聞記者は何が知りたいんだろう。以前の世界では勇者の時もその前も死は直ぐそこにあった。そしかすると、自分が知らなかっただけで新聞記者は近所の住人だったのだろうか。


 養護施設の建物に入ると物陰に気配を感じたが、自分より小さな子達がこちらを覗いている様だった。敵意も感じなかったので、気が付かないふりをしておいた。

 通路を歩いて入ったのは長いすが置かれた部屋だった。そこでは父親が座って別の誰かと話をしていた。

 部屋に入って挨拶をするまでに聞こえていた部分で想像すると、新聞記者が五月蝿いとか、母親もどこか別の、何かの施設に入ったとか、を話していたようだった。


 父親と話をしていたのは施設長だった。入り口で話を聞いていたと察したのだろう施設長から。(母親と)

 「会いたいですか?」と聞かれたが

 「いいえ。」と首を横に振った。


 母親の子供では有るけれど、生活の荒れようや姉や自分への仕打ちを思うと会いたいという気持ちは少しも無かった。もう死んでいるが会えるなら元の世界の母親のほうがもう一度会いたいと思う。帰れるかどうか未だ分からないのだけれど。


 自分には名前が無かった。


 元の世界での名前は有ったが、この世界での名前が無かった。

 正確には戸籍に登録された、国家に認められた名前が無かった。何回か姉や母親から名前で呼ばれる事は有ったが、自分の名前の文字がどんな文字か分からなかったらしい。自分にとってはどうでも良い事だった。

 父親は自分を引き取ることは無かったが、戸籍の手続きや施設に入る手続きをしに来ていたらしい。なにか身分証のようなものも机の上に有ったが。前の世界の冒険者証とはずいぶん違ってとても薄い物だった。

 父親は面倒くさそうに施設長としばらく話をした後、自分を一瞥しただけで行ってしまった。


 庭に有った黒い鉄の馬車(じどうしゃ)が動く音がしたので、その鉄の馬車で何処かへ行ったのだろう。


 これからこの養護施設での生活が始まる。

 勇者は今までちゃんとした名前で呼ばれた事が有りませんでした。「○○ちゃん」とよばれてもそれは呼び名で、名前では有りません。保険証も有りませんでした。もっとも病気にならないので使うこともありませんでしたが。


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