第三話 ネコは泥棒じゃない
第一話直前のお話です。
入ってきた大人の女の人は何か怒っている様だった。母親に向かって「猫」とか「どろぼう」とか怒鳴っている。姉が自分をつかんで部屋の隅に寄って小さくなった後、自分の耳を塞いだ。
女の人が母親を叩いた後何か叫びあった。父親は女の人を連れて建物を出て行った。その後父親が部屋に来ることは無かった。
それから食べるものの質がどんどん落ちていった。去年までは姉の生誕祝いに有った甘い菓子も、今年はその時期になっても、テーブルに乗る事は無かった。食事の量も減っていった。母親のいない昼は食事が無くなり、次は朝ごはんが無くなり夜のご飯だけになった。夜もペラペラした入れ物に入った冷えた食事が一つだけになった。母親は家の外で食べているらしかった。
母親が家にいる日は昼の食事も有ったが、姉や自分が度々叩かれた。自分が叩かれそうになると姉が庇って叩かれたし。姉が叩かれそうになると自分が庇って叩かれた。
水は有ったので、お腹が空くと水を沢山飲んだ。
映像が見える板は使えたので、<家の仕事>が無い時は姉と並んで見ていた。寒い時は姉と2人で体を寄せて毛布を被って見ていた。部屋を暖める道具は有ったが魔法液(灯油というらしい)が少ししかなく。母親が帰って灯油が無いと叩かれたのだ。
映像が見える板を見ながら、甘くて白い粉(砂糖というらしい)を内緒で少し入れて2人で飲むのが楽しい時間だった。
そして、砂糖も<まよねいず>も無くなった。母親は金属の入れ物のアルコールだけは買って飲んでいた。自分がもう少し大きくて、もっと肉や沢山の食事をしていれば狩に出かけて行けたかもしれなかったが、それほどの体力も無かった。
ある日姉が横になったまま小さな透明な袋に入った物を差し出してきた。
「これ美味しいビスケットなの、食べて……。」
中には小さな粉のようなものが沢山入って入た。映像板で得た知識ではビスケットっていうのは平たくて丸い物だったはずだ。
姉の意識は無くなっていた。母親も意識が無いようだ。ゆすっても目を覚まさない。もう外に出てはいけないという<命令>を守る状況では無くなった。
意識の無い姉に今まで何年も溜めていた魔法因子を流し込む。しばらくはこれで大丈夫だと信じたい。
ドアを開ける。窓から見た世界だ。部屋を探しても貨幣らしきものはもう見つからなかった。狩できる獲物を見つけるか、教会からの分配を受けるか、最悪盗賊になることも覚悟した。
しばらく家の周りを探し回っている時、危ない気配を感じた。昔感じた事がある気配。一瞬その姿が視界を横切った。ダークウルフ。
瞬間走り出した。
少し走ると開けた場所が有った。公園といっただろうか。次々とダークウルフが現れた、5匹いる。今の状態では勝つ道が見えてこない。雨も降り始めた。
ダークウルフも取り囲んで様子見といった所の様だ唸りながら周りをゆっくり回っている。武器も防具も無く、昔のような体力もスキルも無い。
魔法、魔法を使えても一度がやっとか。ならどうする、どうやって使う。
ダークウルフとの睨み合いがしばらく続いた後、走ってくる人影が見えた。こっちへ走ってくる。たしか<ポリスマン>と言っただろうか。
ポリスマンが柵を越えようとした時正面のダークウルフの意識が一瞬逸れた。その瞬間体に残っている魔素子を右手の拳に全て集め、意識がこちらに戻る前にダークウルフを素手で殴りつけた。
魔素子が一瞬光った様だ。跳ねとんだダークウルフはこちらを見て唸った後他の連中と何処かへ行ってしまった。
ポリスマンが何か話しかけて来るが、体がだるい、立っているのもやっとだ。ひとこと「大丈夫」と口に出すのがやっとだった。何とか歩いて詰め所までやってきた。連れてきてくれた男は何処かへいってしまい別の男が話しかけて来るが、答える気力も無い。体全体が痺れている感じがする。幸い魔素子自体は余り減っていなかった、使い方が悪いのか、体が持たないのかなのだろう。この周りにはダークウルフの気配も感じられないのでしばらく休ませてもらうことにした。
後輩が連れてきた男の子は不思議な感じの子だった。腕も足も細くて折れそうなのに筋肉が硬い。体は震えていて立てない様なのに怖がっている様にも見えない。何か強い意志を感じた。各所に連絡して男の子に毛布を掛けた後、となりのおばさんから子供服を借りてきた、ちょっと大きいけど構わない、着ないからあげるよと言われた。時々お昼に漬物も持ってきてくれるおばさんだ、近所付き合いは大切だな。
借りてきた服を着せながら色々聞こうとしたが、余程疲れているのか喋らない。犬に囲まれていたという話だから長い間逃げ回っていたのかもしれない。そう思いつつ、色々な事を聞こうとしたのだが、家族の事を話すときだけ反応が激しかった。特に<お姉さん>と聞いたときだけ殆ど動けないのに歩きだそうとしていた。警察官の感が何か言っている、気がする。
詰め所で休んでいるとさっきの男が帰って来た。何か食べ物を買って来た様だが奪い取っては強盗だ。「おごり」?食べ物を分け与えてくれるらしい。どうせならそっちの袋にある分が欲しい。姉に食べさせないといけないのだから。
袋を持ったまま食べるのを我慢していると、一緒に家へ行こうと言い出した。助かる。
おぶって行こうと言われたが、体の痺れも止まって来たので、彼らが移動する程度には動けるので走り始めた。新しい服がキツく無いので動きやすい。
途中で更に体調が回復して移動スピードが上がった。
部屋の前まで来て、入ろうとした所を止められた。この人たちもダークウルフの気配を感じ取ったのかも知れない。
扉を開けてもダークウルフが襲ってくることは無かった。母親の女は倒れていたが生きてはいた。いきなり叫んだ時は少し驚いたが、生きているし、まあ心配する事は無いだろう。
問題は姉だった。生きていた時からそれほど時間もたっていなかったはずだから未だ死んでしまうはずが無いのに死んでいた。ダークウルフが、或いはその主が何かしたのかもしれなかった。
そして……泣いた……。大きな声で泣いた。姉さんの冷たくなった体にすがって泣いた。この世界に生まれて初めて心の底から泣いた。今までは大きく心が揺さぶられる事はなかったのだろう。でも今心は張り裂けそうだった。そして、知っている限りの回復魔法を唱え続けた。ありったけの魔素子が体の中から消えるまでずっと、泣きながら。
そして意識が無くなっていくのを感じた。
続きが読みたいなという方はブクマしていただけると嬉しいです。




