第一話 雨の中の少年
4、5歳ぐらいの(幼稚園児くらいの)男の子が、見たことも無いような大きな犬数匹に囲まれていた。
勤務中の交番の近くの小さな公園だった。
小雨だったので傘無しで近くのコンビニに先輩巡査のお弁当を買いに行く途中、薄暗いのに街灯も消えている公園に男の子が立っているのが見えた。フェンスの高さと比べると小学校入学前の身長に見える。110センチ前後だろうか。
小さな子供が大型犬に噛まれて死亡した事例も聞いてるから早足で公園に向かう。噛まれると危ない。
仕切りのパイプを飛び越えるとヘッドライトなのか眩しい光が視界を横切った。
一瞬つぶった目を開けると、公園の隅にほとんどの大型犬が移動していた。近くに倒れていた一匹の犬は唸りながら体を起すと、他の犬の方に走っていった。
何が有ったのか分からないが、まあ良かった。犬たちは何処かへ行ってしまった。最近この辺りで野犬が出たと言う話も聞かなかったけど、どこから来たのだろう。後で市役所に報告しないと。
先ずは子供の保護だな。ずっと外にいたのか服もずぶ濡れだった。
名前や住所を聞いても「大丈夫」というだけなので、とりあえず派出所に連れて行った。
先輩が奥からバスタオルを持ってきてくれたので、服を脱がせて下着だけにして体を拭いた。
「おい、こりゃあれだな。」
「そうですね。」
子供の体型ではなかった。痩せ過ぎていた。傷跡は分からなかったが薄っすらと痣もあった。噛まれた後は無かったので、それについては唯一安心できた。
男の子が風邪を引かないように毛布をかけて座らせる。ぐったりしてさっきより元気が無い気がする。
先輩が電話を始めたので、コンビニまで買出しへ走った。食べている暇が有るかわからなかったが、先輩に頼まれていたお弁当と、おにぎりを何個かと子供が喜びそうなお菓子を買って引き返した。
「先輩、今日は弁当の温め無しですいません。」
「気にすんな。」
お役所も、県警の担当も来るまでに時間が掛かりそうだ。
袋からおにぎりを取り出して「食べるか」と聞く。
こちらをじっと見るので「遠慮するな、おごりだ。」というと、残りが入った袋へ飛びついた。
お菓子の袋を持って開けようとした後、食べずに仕舞って袋を抱えている。
「先輩。先にこの子の家に行ってみますか。」
「そうだな、迷子の該当者は無かった。住所は分からない様だが。家の場所は分かるかもしれん。晩御飯はお預けだな。」
コンビニの袋を持ったままの男の子を先頭に歩いていく。服は近所から先輩が調達してきた。サイズは合わないが仕方ない。少し休んだからか走るのが速い。おい、走るな!
路地を奥深く入った集合住宅だった。担当地区を外れるギリギリの辺りだった。ひょっとすると、どの管轄からも担当漏れになっていた集合住宅かもしれない。
部屋は一階の隅で、明かりは点いていなかった。
男の子は入って行こうとするので、一旦止めて呼び鈴を鳴らす。鳴らない。
ドアに鍵は掛かっていなかった。
「電気止められてますね。」
「そうだな。」
玄関直ぐのドアを開けた部屋には若い女が倒れていた。脈は有る様だが痩せていた。先輩が肩をゆすって声を掛けると目を覚ました途端叫び声をあげた。近所の人がやってきたので、警察だと言うと遠巻きにしていた。
他の部屋を見ると、小さな女の子がいた。触ると冷たくなって死後硬直も始まっていた。男の子はフラフラと近寄ってくると。「お姉ちゃん…。」と小さく言った後、縋りついて泣いていた。いつまでも。
しばらくして到着した救急隊員に母親と思われる女は連れて行かれた。叫び終わった母親に話を聞こうとしたが、まともに話をすることは出来なかった。
野次馬整理をした後で、荷物をまとめて帰る鑑識さんに聞いたところ、市役所からの入学案内書類があったので女の子は小学校に入学する直前だったようだ。体格は三歳児ぐらいにしかみえなかったのに。
部屋にも女の子らしい服もかわいい縫いぐるみも無かった。古い服を紐で縛って作った様なボロボロの人形が女の子に抱きかかえられているだけだった。
ここが巡回場所に入っていたら、この子を助けてあげることが出来たのだろうか。でも親に何もないと言われると、まともに対応できないし近所の人の情報提供で動くしかないのが実態なんだからしょうが無かったんだ。自分のもやもやする気持ちを無理やり納得させた。
男の子はこの後どうなるのだろう。部屋の様子を見ても父親はあてに出来ないだろうし、まともな親戚もいないのだろう。そうすると福祉施設でしばらく育てられることになるのだろうか。今より幸せな生活が送れる様に祈ろう。
そういえば、あの男の子の名前。未だ聞いてなかったな。
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