エルフの女の子
門から入ると鎧姿の門番数人以外誰も居なかった。
街並みは本で読んだようなヨーロッパの中世時代みたいな建物が並んでいるが辺りには人の姿がほとんど見えない。と言うか、全然いない。
「何事ですか?!」
「アシュティアお嬢様、フォスティアお嬢様、お戻りのところ申し訳ありませんがもうすぐこの街に千を超える魔物の群れが来ます。他の貴族様方々と北側の門からお逃げください」
「お父様はどうしたのですか?」
「領主様は市民の避難を誘導し、戦える者達を集めております」
「お父様が残るのなら私も残ります」
「それはなりません。領主様はお嬢様達のことを思ってことです。どうか領主様の気持ちを御理解を」
「嫌です」
「お嬢様そういわず、ルーカ、お前もお嬢様と一緒に行くんだ。お嬢様の説得を頼んだぞ」
「お父さん」
ルルーンの街に入ったが何やら不穏な状況のようでアシュティア達と門番のおっさんが深刻な話しているようだ。
鎧さんと門番のおっさんは父親と娘のようだ。見比べて顔つきが少し似ている。そういえば、鎧さんの名前を聞いていなかった。鎧さんはルーカと言うのか。
しかし、どうなっているのか状況がわからないのはまずい。ここは情報収集として一回聞いてみよう。
「この街についてちょっと聞いていい?」
「アシュティアお嬢様と一緒にいたガキか。それにしても汚いな。って聞きたいことってなんだ?」
俺も近くにいた若い男の門番に街の状況を訪ねてみた。若い門番は血で汚れた患者服の俺を見るなり嫌そうな顔をしてぶっきらぼうだったが素直に教えてくれた。
門番から聞いた話しによると俺たちが来た方向からルルーンの街に大量の魔物が押し寄せるみたいだが、何故魔物が押し寄せて来るのか原因はまだわからないらしい。
それにしてもここまでの道のりに魔物が思ったより少なかった。本当にその魔物の群れが来るのか疑わしいが今はさほど気にしなくていいだろう。
「魔物がくるのですか?!」
「アルム、つかれてもうあるけないよ。ベスおりてよ」
魔物が押し寄せて来ると聞いた魔物嫌いなミリは顔を真っ青にして話を聞いていた。アルムは話しに興味がまったくなく歩き疲れたのか抱いていたベスを降ろして俺に寄りかかっていた。
降ろされたベスは俺の足にすり寄っていたが今はそれほど気にしなかった。
「だから危険なんだよ。領主様が街にいる冒険者を集めても手に追えねぇからほとんどの冒険者はこの街から尻尾を巻いて逃げちまったよ。魔物が来る前にオメーらも早く逃げたほうがいいぞ」
逃げるってどこへだよ。そんなに大量の魔物が来るなら門を閉じて街の中で魔物を通り過ぎるのを待てばいいじゃないか。
その方が確実に安全のはずだ。
「本当は街に入るには入税が必要だがこの状況だしなぁ。今回は見逃してやる。話は聞いている。西にあった村のほとんどが全滅、オメーらは西から来たところ見ると住んでいた村は魔物共にヤられたんだろ?」
「タカシさん逃げましょう。いくらタカシさんが強いと言っても多勢に無勢。千を超える魔物に勝てるわけないですよ」
村を魔物にヤられたはさておき、魔物嫌いなミリには悪いがやっと街まで着いたのに魔物のせいで「魔物が押し寄せてきます危ないので遠い別の街に避難してください」と言われてもこの街から移動する気もない。このまま住める場所を探そう。
売れる魔石は力尽きた魔物から回収したのがあるが、持ち金は少ない。この状況に便乗して金がたまるまで廃墟あたりに住もうか。
いわゆる無断住居だ。今の状況では誰も住んでいない綺麗な家を探すのは難しそうだが廃墟なら簡単そうだ。こういう街には貧乏人が住む貧民街と呼ばれる場所があると聞いたことがある。そこでは悪者と金がない者達が溢れていているらしい。
危なそうだが手始めにそこに行って探してみよう。
「おいっ!偵察に行ったロートが戻って来たぞ」
ミリとアルムの手を引いて貧民街に向かおうとした時、西の空から嘴が付いていて背中から羽が生えた四足歩行の動物に跨がった男の姿が見えた。
「なんだ?あれは?」
「タカシさん?何なのかはわりませんが何か来るのは見えます」
「えー、みえなーいよ」
「見てみたいから少し待とう」
ミリ達には遠すぎてわからないらしい。
その生き物に少し興味が湧いたので着くまで待った。
「グリフォン!」
昔読んだ漫画と姿が違ったが見るからに鷲のような顔と虎のような体は間違いなくグリフォンだった。
グリフォンは体中血まみれで右目が潰れていて目から血の涙が出ている。乗っていた男もボロボロで着ている鎧が割れている。
「あれが噂に聞くグリフォンですか?!気性が荒い魔物と聞いてましたが顔が厳ついだけで普通の獣に見えます」
「なんか、すごく痛そう」
それぞれグリフォンについて感想言った。
グリフォンって魔物なんだ。凛々しくて強そうだし体の中にある魔石も大きそうだ。
今軽く念力をぶつけたらあっという間に死んでしまいそうに弱っている。街に着くまで魔物と戦ったようで血で汚れたグリフォンの体を観察すると他の魔物の牙や毛が見える。
「おい!ロート、後どのくらいで魔物群れは街に着くんだ?数はどのくらいだ?街にいるヤツらで片がつきそうか?」
「ハング、質問は一つずつにしてくれ」
「悪かったな。これでも飲んで落ちつけや」
俺が話しかけた若い門番がグリフォンに乗っていた男に話しかけながら水筒を投げ渡した。
「ありがとっ、ってただの水か、ったくよ。死にかけたんだから酒が飲みてーや」
「贅沢言うな。っで状況はどうなんだ?」
「やっぱり冒険者共が言っていた通り、千を超える数の魔物が街に向かってやがった。このまま行くと夕方頃には街に着くぞ」
「それは本当か?よかった。夕方にはまだ時間がある。早く街の人間を避難させねーとな。俺は隊長と一緒に避難を誘導する。お前はこれからどうするんだ」
「あぁ、俺は領主様に報告したあともう一度魔物の群れの様子を確認してくる」
「辛い仕事を押し付けてすまない」
「ハハハ、ハング、それは今更だな」
「ロート、死ぬじゃねーぞ」
「わかってる。親父の背中を頼んだ」
男はグリフォンに跨がるとグリフォンも答えるように独特な鳴き声をだす。
「ルーカ、頑張ったな。泣き虫だったお前がお嬢様を命崖で守ったみたいだな。お前が妹で誇りに思う」
「兄さん」
「親父、行ってくる。モグもう少しだけ頑張ってくれ」
風のように街の中を走りかけて行った。
「馬鹿息子が」
門番のおっさんが毒を吐いていたが瞳から涙がポロリと落ちた。
「アシュティアお嬢様、フォスティアお嬢様、早く逃げましょう」
「だから嫌です。ルーカ、お兄さんが行ってしまいましたよ。貴女もこの街に残りたいのでしょう」
「兄は街を守る為に覚悟を決めて行きました。その気持ちを受け入れるのは家族と言うものです。領主様だって同じはずです。私達は気持ちを無下にしないように逃げるのです」
「もういいです。私達は屋敷に向かいます。フォス付いてきなさい」
「待って、お姉様」
「お嬢様お待ちを」
アシュティア達は行ってしまった。
「タカシさん、私達はこれからどうしますか?時間はあるとは故、私達も急いで逃げる準備をしないといけません」
「えー、またどっか行くの?疲れたから行きたくない」
「アルムちゃんワガママを言わないでください。この街に大量の魔物が来るんですよ。それがどんなに恐ろしいことか」
「まっ、とりあえず休めるところを探しに行こう」
アルムが背負っていた荷物を背負い、そしてアルムを抱っこする。こちらを寂しそうに見ていたミリと手を繋ぎ、これから住む廃墟を探しに行く。
いつも通りに誰にもバレないように念力を使って抱っこされているアルムとか荷物を持ち上げている。
腕に負担されている重さは軽い軽い。
貧民街に向かうと言ったがどこにあるか知らない。戻って聞こうにも俺たちが行う無断住居が悪いことだと思うから聞けない。
さて、どうするか。ここら辺はほとんど人がいないようだし、まず見た目がボロボロな建物に入ってみるとしよう。
丁度良く目の前に荒らされたような建物がある。他の建物も荒らされているが他のと比べてこの建物は一味違う。
建物の前には鎖や檻などが散乱している。
「タカシさん、ここって奴隷を売っているお店ですよね?」
「奴隷?なんか嫌な響きだな。入ってみよう」
「入るのですか?!」
ミリのツッコミが入ったが気にせず入ることにした。
ミリの話しによるとこの建物は人を売っているのようだ。嫌な気持ちになるが中に人はいなさそうだし、住めそうか確認するために一回だけ入ってみる。
抱っこされているアルムはよほど疲れていたのか俺の肩を枕にして寝てしまっている。
凄く心配をかけてしまったのでこのくらいは許そう。
中はひどく散らかっていて足を置く場所すらないので念力で散らかっていた物を店の隅に寄せて店の奥へ進む。
奥は薄暗くて汗臭い臭いが漂っていた。内側から無理矢理こじ開けたような痕跡の檻がいくつもあった。
「グスン」
さらに奥から微かに女の子がすすり泣く声が聞こえた。薄暗い場所から女の子の泣き声が聞こえるなんてすごく不気味だ。
「タカシさん、どこから泣く声が聞こえてきますよ。怖くてここから出たいです」
「もう少し待って、今そこにある檻の中何かい動いてないか?」
「フニュ、酷いです。なんで脅かすような怖いこと言うのですか。夜眠れなくなったらどうするんですか」
「その時は隣で寝てやるから少し離れて、くっつき過ぎて歩きにくい。本当にそこの檻に何かいるぞ」
部屋の中は薄暗くて見えずらかったが檻の中でごそごそと動く影を発見した。影を観察してみると小さく縮こまって震えているように見えた。
「グスン」
先程から聞こえたすすり泣いている声はこの影が泣いている声だった。
「フニャァァー!こ、ここからでましょう。今すぐに」
叫んだミリは思いっきり俺の患者服を引っ張って店から出ようとしているが念力で抵抗しているので全然進まない。
「わかったから少し落ち着こうか」
ミリがこのままだと寝ているアルムが起こしてしまいそうなので店の外に出た。
「落ち着いたか?」
「はい、なんとか。ちょっとだけびっくりしましたが檻の中の生き物に対しては魔物じゃない限り怖がりませんよ」
「そっか。なら大丈夫そうだな」
「フニュ?大丈夫とは何のことです?」
「勿論これのことだよ」
ミリの目の前に檻を置く。
「連れてきちゃたんですか?!あれ?この種族は!!」
檻の中に入っていたのはミリと同じサイズの小さな女の子だった。
明るい緑色と金色が混りあった髪色、尖った耳が特徴的でとても美しい女の子が小さく縮こまってプルプルと震えて絶望的な瞳をしていた。
「エルフじゃないですか!そもそもこのお店は奴隷商ですよ。商品を勝手に持ち出して良かったんですか?商品を盗んだことがバレたら捕まりますよ。捕まちゃったら罪人として私達が檻の中に入れられちゃいますよ」
「こんな状況だしな、誰も見ていないようだからバレないと思うが」
「もし、バレたらどうするんですか?!」
「そこは俺の力でやっつけるとか?」
「私達が悪いのですからやっつけちゃいけないですよね」
研究所の人間に見つかったら檻の中にぶちこまれる程度じゃすまないけどね。
体が磨り減るような耐久テストから始まって実験と言うなの一方的な人殺し、自分と同じ被験者と殺し合う能力テスト、使えなくなったら解剖して体から使える臓器だけを抜き取って、残りは廃棄のフルコースの地獄が待っている。
しかし、本当にどうしたのだろう。街に着いてからミリの様子がおかしい。
初めての街にテンションが上がったのか。知らないが、今のミリはなんだか面白いからもう少しこのままにして様子を見てみよう。
「この話は後で考えるとして、そのエルフだっけ?窮屈そうだから出して上げよう」
念力
回りに人がいないことを確認して檻を念力でこじ開けた。
何も知らずに端から見たら、誰も触れていない檻が勝手に開いたように見えそうだ。
「ほら、怖くないから出ておいで」
「ひっ!」
更に怖がらせてしまった。
普通の反応だよね。誰だって硬い金属の檻が独りでに開いたら当然ビビるよね。
アルムを抱いたままでこじ開けた穴から檻の中に入って女の子を見つめる。
「脅かせてすまない。もう安全だから安心して欲しい。それとこれ外すよ」
「えっ?」
女の子の首に付いていた首輪を軽く指で弾く。首輪はピキッと音をたてながら床に落ちるのを見ていた女の子は自分の首に付いて首輪が何も前触れなく壊れたことに驚きを隠せないような表情をしていた。
「いったいどうなってるの?魔法が付与していてびくともしなかった首輪が外れた。ただ指で弾いただけで外れたとも思えない」
「これで君は自由だよ」
女の子は一人で何やらブツブツ言っていが俺は気にせず彼女に自由なったことを知らせた。
「檻から出て好きなように生きていいんだよ」
「タカシさん、この街に魔物群れが大量に来るんですよ。この子にも急いで逃げるように言わないといけませんよ」
「魔物の群れが来るの?」
女の子は魔物と聞いてか顔を上げた。
震えが止まっており、先ほどより怖がっていないように見えるのはここに自分と年が近い者しかいないとわかったのだろう。
「そうです。先ほどグリフォンに乗った人が言っていました。貴女もこの街から早く逃げた方がいいですよ」
「逃げるってどこへ?逃げた先でどうすればいいの?」
「そんなの私達もわからない」
「俺達は住めそうな廃墟を探している」
「どうして逃げないの?」
「やっとこの街に着いたのに魔物のせいで逃げる何て嫌だからさ」
「魔物が怖くないの?」
「魔物なんかよりもっと怖い物を知っているからな」
さて、自由にしたものの檻から出して「はい、さようなら」って訳にもいかない。余りにも無責任だ。奴隷だったみたいで金は持っていなさそうだし、この子一人で生きていくには大変そうだ。
この子をどうするか後で考えないと。今は住めそうな廃墟探している最中だ。
「行くアテがないなら一緒に来るか?」
「えっ?いいの?」
ここら辺は特に見当たらないのでエルフの女の子を加え再び街の中を徘徊する。
歩いている中で俺はエルフの女の子に質問攻めにあった。
「どうやって私が入った檻を動かしたの?」
「引っ張って外まで運んだ」
「そういうのじゃないの。檻に触れていないよね?魔法を使っていなかったけどどういう原理なの?」
「どういう原理って。ただ引っ張って運んだだけのことを説明できない」
「説明になってないよ。それとあなたが着けてる腕輪、とても珍しい模様しているけど何?」
「珍しい模様?あっ、バーコードのことか。それほど珍しい物でもないが」
バーコードは外の世界では必ず見かけると聞いたことがある。
そもそもこの腕輪自体も珍しくもないはずだ。被験者は必ず着けてるし、ありふれているから言われるほど物でもない。
「そうなの?絵本で見た不老族が着けている腕輪に似ているし、見たこともない素材だからとても珍しい物だと思ったわ」
「不老族ってよく絵本とかに出てくるあの伝説の人達ですよね!昔、読んだことがあるんです」
「絵本?私は両親に不老族に纏わる言い伝えを聞かされたわ。不思議な力があるとか、空に住んでるとか」
「私が読んだ絵本は不老族が砂漠の大地を緑色豊かな土地に変えて飢えや暑さから人々を救う話し何ですけど読んでいたら憧れちゃったんです」
エルフの女の子の話しにミリの食い付きがすごい。不老族の絵本がそんなに好きなのだろう。
不老族の話しは漫画や小説に出てくるキャラクターのことを言っているのだろう。
「面白そうな絵本だな。一度読んでみたい」
「凄く面白いのでタカシさんも機会があれば読んで見てください」
ミリが面白そうにその絵本の内容を話すもんだから俺もその絵本を読みたくなってきた。
そんな話しをしながら人がいない街を歩き回ったがどの建物も荒らされていて人が住んでるとか見分けがつかなかった。と諦めかけた時、通りがかった古ぼけた建物が目に止まった。
壁の色が剥がれて、入り口の扉が外れて倒れていてとてもこのままでは住めそうに見えない。
しかし、俺の直感がここに住めと言っている。
「どうしたの?」
「あの家がどうしたのですか?」
「あの建物に入ろう」
「「えっ?」」
俺はミリ達があれほど盛り上がっていたのに未だにアルムを抱いて建物の中に入った。
中は外よりも悪くなく、横長い椅子がいくつも並べならており古い教会みたいな印象だった。
横長い椅子にアルムを寝かせて、隣に座ってアルムに膝枕をしてあげた。
「急にどうしたのですか?」
「とても古い教会ね」
「ってあなたはどさくさに何やってますか!」
エルフの女の子はアルムが膝枕をしていない方の膝の上に座ったのを見てミリが急いで俺に体重をかけるように座った。
「しばらくここで休むか」
俺達はここで少しの間眠りについた。