失敗
体から力が抜けていき俺は死を悟った。
徐々に冷えていく体、遠退いていく意識が俺に永遠の眠りへと誘う。
遠退いていく意識の中、去って行く空気の背中が不思議と印象的だった。空気の背中を眺めることしかできない俺は剣を念力で持ち上げ、空気の背中を貫いた。
「グッ、あはっ、ハハハ。グフッ、流石は全知全能だ」
空気は笑っていた。空気は自分の背中から胸に生えたアクセサリーを見て、血反吐を吐いた口は口角はつり上がって気持ち悪く笑っていながらアクセサリーを引き抜いていた。
「き、っも」
結局、この手で奴に止めを刺せなかった。
研究所で何人も殺してきた俺が今になって怖気づいて奴を殺せなかった。何人も殺しておいて心の中ではもう手を汚したくないと思っていやがる。
魔物だと簡単に殺せるのに殺す対象が人間変わると力を使いたくなくなり、無意識にセーブがかかる。さっきだって念力を使えばあんな奴肉片と赤い液体に変えられたのにしなかった甘い自分に対して怒りが湧いてくる。
俺はいつまでも悲しげな目と血反吐が出ている口は笑っている空気の背中から流れ出る血がホラーな光景を眺めながら意識を捨てた。
いつの間にか俺は夢ような夢じゃないような少し不思議な夢を見ていた。
それは死んだはずの幼い少年が空気のキモヤローと親しくしている夢を見ていた。
「君はまた、あんなに傷をつけてさ、本当にバカじゃないの?貫通していたんだよ」
「こんのくらいのキズは治癒がいれば無いに等しい」
「あのね。僕にはちゃんと名前があるの。前に名乗ったよね?それに僕は数日前の君を助けたことを物凄く後悔しているよ。数日間君は死ぬようなキズを作って戻ってくるんだもん。研究者達に撃たれた君を治さなければよかったよ」
「それについては感謝している」
「あとね。死にかけている理由で君に首を切られたよね。まだあの時のこと根にもっているから。あれは僕じゃなかったら普通は死んでたよ」
「殺してごめんなさい」
幼い少年はとても怒っているようで空気に説教をしているようだ。一方空気は言葉で謝っているが変わらず悲しげな表情のままで反省していのかわからない。
「さっき小さな女の子の傷を治したけどさ、あの傷って君が付けたんじゃないの?女の子にキズをつけるのってどうかと思うよ。ほんと君って最低だよね?」
「あれは醜い物達に死を与えた時に起きた只の事故」
「意味わかんないし、もう女の子の傷は僕が治したからもういい。今度は僕を呼び出して何さ?化け物と戦って死にかけましたからキズを治してください。って言うだけに呼んだんじゃないよね」
空気を見ると消し飛ばした右腕が元に戻っていた。それにさっき剣で刺した傷も綺麗に無くなっていた。当然、これは俺が見ている夢だから奴の傷が無いのは不思議ではない。きっとこの夢みたいのは死ぬ前の走馬灯のような物だろう。
「おにいちゃんだいじょうぶだからね。ミリおねえちゃんのキズをなおしてくれたあのおえねちゃんがなおしてくれるからがんばって」
「タカシさん死なないでください。私はまだ何もあなたに返せていなんです」
俺の傍らにはミリとアルムがいた。それにベスも。
二人はそれぞれの言葉を言って今にも泣き出しそうに俺を見つめている。
二人に触れたいがもう触られる腕がない。
「全知全能を治してほしい」
「君はあの女の子の他に誰かを傷つけたの?そこに倒れているのってタカシじゃんか!」
「全知全能を早く治してほしい」
「だから君はタカシと喧嘩してあんなにぼろぼろになっていたのか!」
「おねえちゃんはやくなおして、フェェ」
ついに泣き出したアルムが幼い少年に俺を治すように催促する。
幼い少年のことをお姉ちゃん(?)と呼んでいたけど性別を勘違いしているのだろう。
「わかったから泣かないで」
幼い少年は俺の体に触れると無くなっていた両腕と右足がギョッとする速度で生えてきた。
夢なのに微妙に現実感が有り、凄くリアル的で本当に夢なのか疑問に思えてくる。そして高速で生えてきた両腕や右足の感覚があって、生えてきたばかりの両腕をアルムが祈るようにつかんでいた。ベスも嬉しそうに俺の胸の上でぷるぷると揺れている。
「ベスー、おにいちゃんがなおったよ。起きるまで一緒に待とう」
「タカシさんを治してもらいありがとうございました。お礼はどうすれば?」
ミリは俺の欠損を治してくれた幼い少年にお礼をどうとか言っていた。
「お礼なんていいよ。そもそも空気がやったことだから気にしないで」
「いいえ。気持ちだけでも受け取ってもらいたいです。あっ!」
ミリが何かを思い出して鞄の中からあるものを取り出した。
「これを受け取ってください」
「綺麗だね。これは?」
「宝石です。売ればお金になるはずです」
「わかった。これはありがたくもらうことにするよ」
ミリは洞窟から持ち出した三つの宝石をお礼として差し出したようだ。幼い少年はミリに差し出された宝石を少し困ったような表情で受け取っていた。
「特別大サービスでタカシの血液を増やしといたから少し眠ればすぐに動けるはずだから」
「良かった。タカシさんは大丈夫なんですね」
「おねえちゃん、ありがとう」
「じゃあ。僕たちはタカシが起きる前にもう行くよ。また、タカシと空気が喧嘩するといけないから。それとこの辺りの魔物は空気が一匹残らず倒してもらうからゆっくり休んでね」
「また会おう」
と言い残して幼い少年と空気は去って行った。
微睡む俺は夢ながら空気とは二度と会いたくないと思いながら二人を見送った。体が自由に動かしていたなら空気に向けて中指を立てていただろう。
「バイバイー!」
二人の姿が見えなくなるまでアルムは無邪気に手を振っていたのが目に焼き付いていた。
そのあとの夢はよく覚えていない。
自分の感覚であれから数時間が経ってだんだん意識が覚醒してきた。
「おーい。だれかー。きてー」
アルムが大声で叫んで遠くにいる誰かを呼び掛けている。
目を開けたら大きく手を振るアルムがいた。遠くに誰かがいるらしいく喉ががらがら声に鳴りながらも呼び続けている。
「アルム」
「あっ!おにいちゃん。だいじょうぶ?」
俺が呼び掛けるとアルムが気づいて、心配そうに駆け寄ってきた。
「俺は大丈夫だ。ところでミリはどうした?」
「ミリおねえちゃんはかわにみずをくみにいったの」
ここの近くに川が流れているらしく、ミリはそこで水を汲みに行っているみたいだ。迷わないか心配だが、荷物を確認したところタブレットが無かったからタブレットを持って行ったみたいで少しは安心した。
近くに魔物の気配がないし、アルムを見る限りもうすぐ戻ってくるだろう。
「おにいちゃん、もうすぐここにひとがとおるよ」
「そうなのか」
研究所と関係がある奴じゃなきゃいいが、もしも関係者だったらアルムの目の前で人がトマトジュースになる瞬間を見せてしまう。
「おにいちゃんたてる?」
左足一本になった俺の下半身は念力なしではとても立てられない。この右足が空気のクソヤローに切り落とされたからな。
「あれ?幻覚かな?左足が二重に見えるよ。それに無くなった両腕の幻覚も見える。俺はそこまで狂っちまったか」
「なにいっているの?」
失ってしまった物がある俺はどうやら本当に死んでしまったようだ。
いや、あれで生きていたら自分を怪物かお化けだと思うよ。
「ほんとうにどうしたの?おにいちゃんのおててはちゃんとあるよ。ほら」
アルムが俺の手を握る。
切り落とされたはずの手にプニプニと柔らかいアルムの手を握られる感触がある。両腕だけではなく右足も感覚がちゃんとあり動く。まだ頭と体が重いが念力を使いながら頑張って立って見せる。立ち眩みでチカチカする視界とズキズキする頭痛の中で歩くことに成功した。
立ち上がる時、体に乗っていたベスに気づかずプルンと落ちた。
落ちたベスは何か言いたそうにプルプル震えている。頭痛と立ち眩みで相手にまともにできなかったので触るだけでにしといた。
「き、きっついな」
立ち眩みと頭痛が治まる頃には念力無しで立てるようになった。
「タカシさん?もう大丈夫なのですか?」
大きな袋を抱えたミリが戻ってきた。
「本当に、本当に良かったです。もう目覚めないかと思いました」
大きな袋を投げ出したミリに抱き付かれた。投げ出された袋は念力でチャッチした。
俺が寝ている間、ミリは滅茶苦茶心配していたようでずっと泣いていたそうだ。
「でも良かったです。思っていたほど元気そうで安心しました。タカシさんを見つけた時は両腕と右足が無くなっていて死んでいるかと思いました。でも通りすがりのお姉さんがタカシさんを治してくれたんです」
「通りすがりのお姉さん?」
「はい、私も顔の傷を綺麗に治してくれました」
言われるまで気が付かなかった。ミリの顔には空気にヤられた頬の傷が綺麗に無くなっていた。
ミリの顔に触れても傷痕すら残っておらず、傷が元々無かったみたいだ。
「フニュ。タカシさん、顔を触りながらそんなに見つめられると恥ずかしいです」
「おっ、すまない」
顔を赤く染めたミリは嬉しくも恥ずかしそうに俺を見つめていた。
「そのお姉さんはタカシさんと同じシマシマの腕輪していましたし、タカシさんのことを知っているようでしたよ」
「俺がしていた腕輪と同じ腕輪をしていて、俺を知っていたか」
バーコード付きの腕輪をしていたということは被験者なのだろう。そして俺を知っているなら一緒に逃げてきたあの中の誰かだろう。あれほどの失った両腕と右足を治す力か。あの時、そいつがあの場にいれば幼い少年が死ぬことはなかった。
無い物ねだりして後悔いてもしょうがない。
それに嬉しいこともあった。左腕が切り落とされたことにより長年忌ま忌ましく思っていたバーコード付きの腕輪から解放された。これでマップに表示されることもなくなり、研究所から発見されにくくなった。
この力を使うのに自重すればこそこそと自由に生きていける。
「これで本格的に自由になったぞ」
ふと左手首を見るとそこにバーコード付きの腕輪が付いていた。
ウゲッ!!
切り落とされた左腕に付いていたはずのバーコード付きの腕輪が新しくなった左手首に「ずっと付いていました」と言わんばかりの当然のように付いていた。
腕輪よ。お前からやっと解放されたと思ったよ。本当は呪いの腕輪ではないのか?
「タカシさん、どうかしました?」
「いや、何でもない。ところでその袋は何?」
「喉が乾いたので近くに流れている川でお水を汲んできました。気が付けば私達二日以上何も飲んでいないので」
チャッチした袋で汲んできたようだ。
木の実を食べたいて気づけなかったが俺は思う程、喉が乾いてはいないがミリとアルムは喉が乾いていたみたいで今まで我慢していたらしい。
キャプと音がしたので中身は本当に川から汲んできた水のようだ。
「タカシさん動いて大丈夫なんですか?」
ミリはまだ俺を心配しているらしく荷物を持たせてくれなかった。荷物と言ってもリュックサックモドキの中身は水と木の実ぐらいしか入っていないのでそんなに重くはないはず。
ミリとアルムの荷物を念力で持ち上げているのは二人に黙っている。
小さな女の子だけに荷物を持たせるなんて心苦しいから気づかれないようにこっそりとね。
ミリからタブレットを返してもらいマップを確認すると驚くことに俺たちはいつの間にか目的地であるルルーンの街の近くにある森の中にいた。
聞いた話しによると俺はすぐそこで倒れてらしい。それでミリたちはどうやってここまで来たと質問したら、俺を治してくれたお姉さんとは別のお姉さんに連れてってもらったみたいだ。
そのお姉さんはきっとリサのことだろう。運がいいことにリサの能力であるテレポートでここまで来たのだろう。テレポートの能力がある彼女がまだここら辺にいたとは思わなかった。いつかあったらミリ達を送ってくれたお礼でも言いたい。
マップによるとルルーンの街までは少し歩けばもうすぐ見えるだろうから三時間程歩けば着くみたいだ。
水を汲んできたミリに水を飲ませ一休みさせた。
ミリは俺の膝の上に座って休んでいたが心配をかけたので別に気にしていない。アルムはアルムでベスを抱いて隣にぴったりとくっついていた。
そこに馬に乗った子供二人と手綱を引いて歩く女性が通りかがった。
通りかがりの一向に見覚えあったがそれほど気にしなかったがあちらが何か気づいたようだ。
「タカシ様?!」
子供に呼び掛けられて顔を上げるとびっくりした表情をしたアシュティア達だった。疲れた顔をしているが特にケガをしていなさそうだ。
アルムが言っていたもうすぐ人が来るというのはアシュティア達のことだったようだ。
マップを確認したところ西からルルーンの街に行くための道はここしかなかったからたまたま通りかがっただけのようだ。
「タカシさーま!」
馬から綺麗に飛び降りたアシュティアの妹のフォスティアがドレスなのに凄い早さで走り寄って来た。
「ごめんなさい!!これを」
走り込んだと思いきやいきなり頭を下げて謝られて差し出されたのは赤い布に巻かれた何か。
巻かれた布の中は空気のクソヤローに切り落とされた左腕だった。それをフォスティアが大事そうに丁寧に差し出した。
「俺には新しい腕が生えてきたから必要ないよ。赤の他人の腕なんて気持ち悪いだけで捨ててもよかったのにこんな大事に布まで巻いちゃって。でもありがとうね」
今渡されても困る。俺にはすでに新しい腕があるのだからこんな物はいらない。
フォスティアが俺の切り落とされた腕を差し出す経緯が意味不明で何をしたいのか正直わからない。
「フォス、タカシ様にちゃんと言わないと伝わらないですよ」
「お姉様」
「頑張って」
フォスティアは姉のアシュティアに催促され何かの決心をした。
「助けてくれてありがとうございました」
助けた?なんのことだか検討つかないな。あっ、もしかして。
「魔物から助けたことか?」
「それもありますがフォスティアお嬢様を庇いましたことに対してです。街に着いたら主樣から褒美が与えられます」
鎧姿の女性が軽く説明してくれたが何故か見つめる目が敬意が込められたのは不思議だった。
褒美か。何を貰えるのかわからないが貰える物は貰いたい。ルルーンの街で魔石を売ろうとしていた魔石と素材をすべてベスに食べられてしまったからできればお金が欲しい。
空気が倒した魔物の魔石を取った方が売る物が増えてよかった。ヤツが倒した魔物の死骸をどうこうする余裕はなかったから。
「タカシ様が行ってしまってから魔物に襲われてとても大変でしたよ」
アシュティア達が俺から離れた後のことを説明してくれた。あれから森に迷って魔物に襲われて何度も死にかけたらしい。でも森の中を迷い続けていたら飼い慣らされた馬を発見し、馬を拝借したとアシュティアが説明してくれた。
魔物と出会うたびにアシュティア達を守る為に鎧さんが頑張って戦かったらしく、今の彼女は身体中がボロボロで満身創痍と言った感じだった。
「タカシ様、そちらの子達は?」
アシュティアが俺の後ろに隠れていたミリとアルムに気づいて名前を聞いてきた。
「猫耳の子がミリでこっちがアルムだ」
アシュティア達を一目見てからずっと黙っていたミリとアルムが緊張したように固まっている。このままだと自分で自己紹介をしなさそうだったので二人を紹介する。
「初めましてフローレイティ家のアシュティア・フローレイティと申します。ミリさん、アルムさん宜しくお願いいたします」
「こっ、こちらこそ宜しくです」
「よろしくおねがい」
ミリはペコリとお辞儀をしたがアルムは俺の後ろに隠れたままだ。アシュティア達に人見知りしたのだろうか?
(タカシさん、あの方たちって貴族じゃないですか)
(貴族ってなんだ?聞いたことはあるがわからんな。アルムはわかるか?)
(アルムもわからない)
(だよな。ドレスに鎧、コスプレしているだけじゃないのか?)
(こすぷれ?)
(こすぷれ?なんですかそれは?)
二人はコスプレについてわからないらしく、首をコテンと傾げていた。俺も人の人のことは言えないがコスプレについては研究所の人に軽く教えて貰ったが詳しく知らないが二人に物語りに出てくる人物の服装を真似ることと教えた。
(それで貴族って結局なんなの?)
(私もよくわからないですけどとにかく偉い人のことです)
ミリもわからないみたいだ。アシュティア達を見るに貴族とはお金持ちみたいだと思うことにした。
「タカシ様達はここで何をしていたのですか?」
「一休みをしていたところで今から出発しようとしたところだ」
「その一休みが終わりましたら一緒にルルーンの街まで付いてもらってもよろしいですか?」
「別に構わないが」
「本当ですか!!」
物凄く鎧さんに喜ばれた。
目の前で力を使ちゃたし、鎧さんはアシュティア達を守る為、ボロボロになるまで魔物と戦っていた訳だし、魔物が現れたら助けて貰えると思ったのかな?
「では早速行きましょう」
ルルーンの街まで何もなく着いた。
そして街に着くまで魔物は現れなかったが力尽きた魔物が転がっていたので魔石だけを回収していてそのまま放置した。
「アシュティアお嬢様にフォスティアお嬢様!よくぞ。ご無事で」
街の門があったがアシュティア達を見たおっさんの門番がすぐに入れてくれた。
何故かおっさんの門番はアシュティア達を見つめて泣きそうになっていた。
街の中は凄いことになっていた。